泣かない君へ

  1. Info
  2. Update
  3. Main
  4. Clap
  5. Memo
  6. Home
Last up...12/16 メイン追加
再会の才 / よろずりんく

Text


それはテスト前の時期、赤点の回避──正確には赤点を取った後のアコール先生の呼び出しと大量に出される宿題を回避する為テスト勉強をしに、アミティとシグが二人で図書室に入り浸るのが恒例になった頃であった。
社会の科目を頭に叩き込もうと歴史の本が集まった一角にいるアミティは、そこで図書室である事を念頭に置いた上で小さな声を心がけつつ、うーんと唸っていた。
アミティが唸っている理由、それはらしくもなく勉強に向かっているからではない。それ以前の問題で、彼女が必死に手を伸ばしている場所から少し上にある本にあった。
背表紙に厳かな書体で『プリンプの歴史』と書いてある本を取る為に手を伸ばすアミティは、もどかしそうに声を上げている。
本当なら、こういう時の為に踏み台がどこかにある筈なのだが、たまにあるテスト勉強の時にしか図書室に中々寄り付かないアミティはその考えに思い至らず、焦っていた。
そんな時だった。右の横からスっと腕が伸ばされたのは。
アミティのそれより上に位置して、長く、少しガッチリとしたアミティとは違うシグの腕。

「あ、」
「アミティ」

後ろからかけられる最近低くなった未だ慣れない声に、アミティの心臓は何故か高鳴る。
最初にシグの声が変わっていった時、それはもう大変戸惑ったものだが、周りを見れば成長期というものは誰にでもあるものだし、声が変わろうともシグはシグであると結論付けて納得した筈だった。けれども、未だにドキドキしてしまう時があるのにアミティは気付かされる。それはシグに失礼な事ではないかと思うのだが。

「アミティ?」

そんなアミティの葛藤をつゆ知らずにいるシグは、お目当てであろう本をアミティの前に出してやる。
アミティは、今この図書室にいる目的を思い出して気を取り直し、冷静に雑念を払い、振り返った。それはシグにお礼を言う為だった。
しかし、それがいけなかったのだ。
本を取る為にシグがいたのは、アミティの真後ろだった。つまりシグの顔とアミティの顔が向き合う訳で。距離は当然近い訳で。
ここ一、二年程で自然と斜め上を見上げなければ見られなくなった凛々しい顔。表情はいつものぼんやりとしたものではあったが、男性というものを強調してくる身長と、体格と、声が、いつもは意識しないようにしていたアミティの余裕を奪っていく。
口をぱくぱくさせながら、頬は真っ赤に色付いて、後ろは本棚、横には両手、退路は既に断たれている。

「アミ──、」
「〜〜〜〜っ」

アミティは声にならない声を上げてシグを軽く突き飛ばし、どうにか隙を作ると、ぱたぱたと走っていく。図書室では走らないようにお願いするま、というあくまの声すら振り切って。

「……、」

残されたシグは、アミティに渡す筈だった手元の本を静かに見てから、そのまま歩き出す。
途中で同級生がテーブルの上に本を並べて椅子に座っているのが見えた。

「メガ……じゃない、クルーク」
「あれ、シグ、君一人なのか。アミティはどうしたんだい? いつものように二人でテスト勉強でもするんだろう?」
「……アミティに嫌われた、かも」
「はぁ?」


***


それからというもの、アミティはシグの顔をまともに見られなくなった。
見ようとすると身体が熱くなって、心臓がうるさいぐらいにドキドキして、苦しくなるみたいに息を忘れる。
学校は勿論の事、図書室での勉強もシグがやってくる時間とはズラして行った。
シグの事を忘れるように没頭しようとしたが、そこはアミティであった。唯でさえ勉強が苦手なアミティが、そんな雑念に囚われていては勉強が捗る筈もなく、アミティは溜息を吐く。自分は一体何をやっているんだろう、と。
そんなアミティの様子を見かねて声を掛ける者がいた。

「アミティ」
「……クルーク?」

図書室の常連であり、同級生のクルークであった。
クルークは若干低い声でいつものように澄ました表情でいきなり本題を出してきた。

「君、最近シグの事避けているだろう?」

びくり、とアミティの肩が上下する。それはクルークが問い詰めるまでもなく図星というものであった。
アミティはバツが悪そうに下を向くと、目を逸らす。

「何があったのか、話すくらいはしても良いんじゃないかい?」

そして、アミティはクルークに語り始める。シグの声、身体、顔を見ると胸が熱くなる事。この前の一件で意識せざるを得なくなった事。男の子から男性へと、オトナになっていくシグを見てどうしてもドキドキしてしまう事。本当はシグの傍にいたいのに、ドキドキが止まらなくて苦しくなる事。
聞いている内に眉間に皺を寄せるクルークの事を不思議そうに見ているアミティは、相談に乗ってくれている手前指摘出来ずにいた。

「……はぁ、それ、全部シグに言えば良いじゃないか」
「言えないよ」
「どうしてさ?」
「だってシグに嫌われちゃう」

シグはシグ、友達を見る目を少しの変化ごときで変えてしまう事は、友達に一番失礼な事だから。
クルークは、この勘違いしあっている二人の面倒くさい関係に眉間に皺を寄せたままここ一番に溜息を吐いて、呆れて言った。

「シグはアミティの事、嫌いになんてならないさ」


***


シグはムシを捕まえに森に出ていた。
シグもアミティと同じであった。あの一件以来、図書室で勉強をしようとしても身に入らないので、諦めて外に出たという訳だ。
しかし、ちょうちょは網にかからず、いつも寄ってくるてんとう虫には逃げられ、甘い蜜を垂らした木に本命のカブトムシはおらず、大好きな筈のムシを取ろうとしても失敗に終わるばかりであった。

そんな時だった。

「シグ!!」

呼ばれた方向に振り返ると、アミティが自分の方に走ってくるのが見えた。シグは信じられないものを見たかのように目を見開いて驚いている。
アミティは息をきらしながら、そんなシグの驚いた表情を見て驚いた。シグのいつものぼんやりとした表情が崩れたのだ。今まで知らなかった表情を知ったアミティは意を決したように口を開く。

「シグ、あのね、あたしの話を聞いてほしいの」
「うん」
「ごめんなさい。あたし、シグを避けてた。成長期がきてから変わっていくシグを見るとね、ドキドキして、身体が熱くなって、胸が苦しくなるの」

アミティは目を逸らさなかった。それと同じようにシグも目を逸らさない。

「あとね、そうなるの、シグにだけなの」

クルークに、これは絶対に言っておけといわれた言葉をアミティはシグに伝える。

「ドキドキして、身体が熱くなって、胸が苦しくなるの、シグにだけなの」

シグは目をぱちくりしている。
それに対してアミティは顔が沸騰するぐらいに気恥ずかしさで一杯一杯になった。

「……同じだ」
「へ?」
「ドキドキして、身体が熱くなって、胸が苦しくなる。アミティだけになる」
「それって……」
「アミティと同じ」

アミティは知らない所であったが、シグもまたアミティと同じ事で悩んでいた。
身長差が大きくなり、細く丸みを帯びたボディラインが出てきて、どんどん女の子から女性に変わっていくアミティを見て胸を高鳴らせた。本を取る時だって、わざと傍に行く理由を作って、甘い匂いを漂わせるアミティを堪能したりした。そして、それを表に出ないように取り繕っていた。

「アミティに嫌われたのかと思ってた」
「ち、ちがうよ!!」
「うん、でも違った。それは嫌いだからなるやつじゃない。大好きだからなるんだ」
「大好き? ……うん、あたし、シグの事大好きだよ」

やがて二人して笑い合う。
お互いの気持ちを確認して心底安心したかのように、スッキリと晴れやかに。
シグは照れくさそうに、アミティは嬉しさを噛み締めるように、二人はお互いに一歩を踏み出すとどちらが言い出すまでもなく、自然と手を繋いだ。
握られた手が温かくなるまで差程時間はかからなかった。


そしてテスト当日の次の日、十分な勉強が出来なかったシグとアミティは、0点回避はなんとか出来たものの赤点を取ってしまい、二人仲良くアコール先生から出された大量の宿題を片付けるのであった。


22.5.12
//君を好きな僕、僕を好きな君