泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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創約後。




「……ま!! ……とうま!!」

自分を、呼ぶ声がする。
インデックス……?

「……朝飯の支度なら待ってくれー……。……うーん、ってあれ、……なんでお前が風呂場に……?」
「寝惚けているの、とうま。ここお風呂場じゃないんだよ」

確かに背中にはいつもと違う柔らかい感触があって、心地よい感覚に溺れそうにもなるけれども。
まるで、ふかふかのベッドで寝ているみたいな。
え、ベッド……?

「……っ?」

何とも言いしれない違和感に、ばっと勢いよく飛び起きる。インデックスが驚いたように目を丸くしていたが、それに構っていられなかった。インデックスに明け渡していた自室のベッドにインデックスと一緒に寝ていたから? 違う。そこには異様な光景が広がっていたからだ。
まず、そこは、自分達が暮らしていた学生寮の一室ではなかった。
学校の教室程の広さのある無機質ささえ感じる白い空間。そんな広さがあるにも関わらず目に付いたのは、隅に置かれた今自分達のいる簡素な白いダブルベッドと、いくつかの白い収納家具、そして一切の仕切りなく鎮座していたトイレだけ。窓はなく、今現在、朝なのか夜なのかも分からない。外界に通じるような場所といえば、扉が一つあるだけだった。

「なん、だ、ここ……」
「分からない。私も気付いたらここに寝かされていて、とうまが隣にいたんだよ」

自分の身のまわりを探したものの、小人サイズの神はいないようだった。ポケットの中に手を突っ込んで携帯を探してみても、見付からない。そして、その過程で気付く。

「なんだこれ?」

袖を捲ってみると、デジタルな腕時計のようなものが右手首に嵌められていた。
インデックスの方を見ると彼女の方にもあったらしく、白い修道服を捲った先の右腕を見つめて首を傾げていた。小さなディスプレイに23時52分と書かれた機械のそれは、取っ掛りになるような境目すらなく自力で外せるようにはなってはいないようで、ここに自分達を連れてきたであろう誰かの意図が分からず眉をひそめる。

「……一応聞いてみるが、魔術師の類の線は?」
「魔術師の仕業かは分からないけど、魔術の痕跡は今の所ないかも。とうまの右腕も反応してないでしょ?」
「って事はやっぱり科学か。それも能力ではない、純粋な」

溜息をつく。
インデックスは対魔術のエキスパートで、俺は対異能力のジョーカーだ。
けれど、逆に言えばそれだけなのだ。異能が絡んでいない純然たる科学に自分達はどうしようもなく弱い。今回はそれを相手に突かれてしまったらしい。

「とにかく、手がかりを探してみるか」

各々ベッドから動き出す。
そんな折に腕からビリッとした感覚が走った。それから持続的にもたらされるその痛みと不快感に顔を僅かに歪ませる。
それはインデックスも同じだったようで、お互いに顔を見合わせてからベッドに再び集合した。何が原因かなんて、言うまでもなかった。

「この腕輪……、一筋縄ではいかなそうだな」
「何がトリガーだったんだろう。監視しているにせよ、私達、まだ何もしていないのに」

そうして暫く色々試してみてから分かった事がある。この腕輪の電撃(?)はインデックス──正確に言えばインデックスに付けられた腕輪との距離によって発せられるらしいという事。近ければ近い程電撃(?)は弱まり、遠ければ遠い程その衝撃は増す。痛みを感じない距離は1メートル程で、痛みの強さ的に2.5メートル離れられれば御の字という所だろうか。
それともう1つ、ディスプレイの時計らしきものは単に時刻を表しているものではなく、数字が減っていっているという事も。
という訳で、2人文字通り揃って部屋内を探索する事になったのだった。


やはり、最初に訪れるのは扉だろう。当然のように開く気配のない扉には、レバーハンドルがあっても下げる事は出来ず、鍵のようなものもなかった。一応、目一杯体当たりをかましてみても無駄のようで、見た目以上に頑丈に出来ている。
すると、次に目に入るのは下についている玄関ポストのスペースで、中から僅かにでも見える外の情報を得ようと開けた。
ぱらりと何かが落ちる。

「ん、なんだ……?」

丁寧に4つに折りたたまれた紙だった。これが何かの手がかりになると良いんだが、と紙を広げていく。無機質に印刷された文字が目に映った。

「えーっとなになに……、おめでとうございます、アナタ達は実験対象に選ばれました。ここは──」

と、口に出して読もうとした事を瞬時に後悔した。書かれた言葉、趣旨、意図を理解すると、咄嗟に紙をぐしゃぐしゃに潰す。
傍にいたインデックスが驚いたように声を上げた。

「えっ、なに? どうしたの、とうま。なにが書いてあったの?」
「……あー、えーっと、インデックスさん。この紙には特に重要な事は何も書いてありませんでしたことよ。違う所を探そう。うん、そうしよう」
「……む、とうまがあからさまにあやしいんだよ」

冷や汗かきながらインデックスからの追求に目を逸らし、他所を指差す。無理矢理強引にでも流れを変えようと、インデックスに背を向けて矢継ぎ早についてくるように促した。腕輪がある以上、ついてこざるを得ないインデックスは、ぱたぱたと駆けてくる。
証拠隠滅を図ろうとぐしゃぐしゃになった紙くずをズボンのポケットに入れようとした時だった。

「……スキあり、かも!!」
「〜〜っ?!!!?」

思いがけないインデックスからの攻勢。
具体的に言えば、不意打ちによる脇から腹にかけてのこちょこちょである。
想像すらしていなかったインデックスの攻撃に握っていた紙くずが思わず手のひらから零れる。ころころと落ちた紙くずを拾おうと、少し歩いて手を伸ばそうとするものの、根本的に上条当麻というものは不幸なので何で今この瞬間?という時に足を挫いて前のめりになってしまう。
その大きな隙をインデックスが見逃すはずもない。

「っつつ……。ああ、クソ、インデックス!! 本当にお前は見なくていいから、だから……!!」
「それは私が見てから私が判断する事なんだよ、とうま」

くしゃくしゃになった紙を丁寧に解いていくインデックスを呆然と見上げていた。

『おめでとうございます、アナタ達は実験対象に選ばれました。ここはセックスしないと出られない部屋です。セックスすれば、すんなり扉は開きますので安心してください。実験時間は24時間。』

今までインデックスに対して性に関する事が結構疎い印象を持っていたから、その文面も理解出来ないという希望に縋っていたものの、どうやら無駄らしい。
文面を読んだインデックスは固まっている。

「…………」
「……だから言ったんだ、お前は見なくてもいいって……」

諦めたように座り込んでから、バツが悪くなって頭をかきつつ、インデックスから目を逸らす。

「……うん、とうまの言っていた事の意味はよく分かったんだよ」

インデックスは前に来ると腰を下ろして、気まずく顔を他所に向けている俺を真っ直ぐ見て言う。

「……でも、私はこの文面よりもとうまがまた1人で背負おうとしていた事の方が悲しい、かも」
「……」

インデックスにそう言われてしまえば、もう完敗する他なかった。

──セックスしないと出られない部屋。
そういう都市伝説をいつだったか青髪ピアスから聞いた事があった。なんでも、偉い科学者の実験心理学だとかで無差別に若い男女が選ばれてはその個室に放り込まれるらしいのだ。青髪は、異常事態、密室、痴情、羞恥、ボクもそないな素敵な場所に放り込まれてみたいわー!!とか抜かしていたけど、実際に放り込まれた方はいい迷惑だ。

とりあえず、文面の事は棚上げに先にやるべき事として他の場所を探索する事になった。
そうやって見つけたものの一つが、収納家具の1つが冷蔵庫になっていて、中にミネラルウォーターが数本入っていた事だった。飲まず食わずの飲まずの方が解消されたのだ、正直これは大きいだろう(インデックスの食べ物がないという大いなる嘆きは置いておいて)
そして、もう1つ見つけたもの。これが問題で、なんというか……ハッキリ言うと避妊具だった。インデックスは分かっていないようで、これ、何?という純粋な眼差しがあまりにも痛くて誤魔化すのに一苦労だった。
やがて。
ついに現実問題と向き合う時間がやってきた。

ベッドにそれぞれ左右に背を向けて腰掛ける俺とインデックス。お互いに何も言わない。否、言えない。
どれぐらいそうしただろうか。最初に口を開いたのは──、

「ねえ、とうま……」
「なんだよ」
「……私なら、いいよ」
「……なにが」
「とうまに……、その、……されても」
「馬鹿、言うなよ。それ、言っている事の意味分かって言ってんのか」
「……分かっているつもりだよ」
「第一、お前シスターだろ?」
「そ、それは、神様だって非常事態の時は見逃してくれる、……と、思うんだよ」

どうか、平静を装っている事に気付かないでほしい。
背中を向けているから、インデックスの表情は分からなかった。
ただ、この状況を受け入れているという事が妙に腹立たしくて、苦しくて、悲しくて、どうしようもなかった。

「大丈夫だ」

それは誰に言い聞かせる言葉だろうか。
そうして、平静を装うのも忘れて叫ぶように言った。

「紙に、わざわざ実験時間は24時間と書いてある。そう、これが青髪ピアスの言っていた通りの実験であるなら、しないで終わるという選択肢もある筈なんだ。結果がどうあれサンプルとして価値がある筈だ!!」
「でも……、こんな実験を実際にやっちゃうヤツだもん。思った通りにいかなければ満足しない、イカレたヤツだったら……」
「それを言ったら、そもそもそんなヤツが満足した結果を出しても無事に帰してくれる保証はないだろ」

事態は平行線を辿る。
暫くして、力なく右腕の方を眺めた。表示されたタイムリミットは21時間丁度を回る。と、そんな時だった。
チクッと、何か針に刺されたような感覚がして思わず腕を持ち上げてまじまじと見てしまう。

(なんだ今の……? インデックスと離れた時の電撃っぽいものとは違うような……)

自分の意思を問わずに、答えは直ぐにやってきた。

最初の違和感は、身体の熱さだった。妙に身体が熱を持ったように汗が吹き出して仕方がなくなった。部屋備え付きのエアコンの故障を疑ったが、インデックスが平然と過ごしている事から、そうでもないらしい。
次の違和感が、早まる胸の鼓動だった。いつもは意識しない自分の心臓の音がハッキリと聴こえてくる感覚。ドクンドクンドクンと、いつか破裂しそうになるんじゃないかと錯覚させる程の異常事態。
この辺りでインデックスが、俺の異常に気付きだす。否が応でも吐き出される俺の荒い息は、静まり返った空間には目立ちすぎたのだ。
そして、最後の違和感。それが、まさかと考えている事へのトドメとなった。

「とうま……?」
「……っ?!」

いつの間にかこちら側に来ていたインデックスが心配そうに顔を覗き込んできた、瞬間。自分の顔が、かあっと熱くなった。やがて、身体中の血液が下半身に集中したのを自覚した事によって、疑いは確信へと変わる。
──上条当麻は、今、インデックスに欲情していた。
それも、今すぐその白い修道服を暴いて透き通った柔肌を晒してしまいたいと欲求が膨らむぐらい、強烈に。
ごくりと、生唾を飲みこんだのを意識する。

「……っ」

(……どうにもおかしいと思ったんだ。タイムリミットが24時間と最初から提示されていれば、しない選択肢も当然出てくるし、しない方がリスクも少ない。にも関わらず提示してきた。畜生、既に布石を打っておいたって事かよ……!!)

欲情。
今までにも、そういう傾向がなかったとは決して言えない。自分がれっきとした男なのもあるが、不幸な事故でインデックスの裸を見た事もあるし、男と一つ屋根の下で住んでいるという危機感を持っていないが為に無邪気に色香を振り撒いてた時もあった。時には外でもお構いなしだった時もある。それでも、その度に意識の底の底に封じ込めて何とかしてきたのだ。

(クソ……)

焦りは募るばかりだ。
状況を理解出来ていないインデックスは、純粋な眼差しでこちらを心配してくる。それが、酷くいたたまれない気持ちにさせるのを少女は気付いていないだろう。気付いてほしくもないが。

「とうま、どうしたの。ねえ、とう、」

不意にインデックスの手が伸びたのが見えた。
ああ、いけない。それは、今、触れられたら、自分は、インデックスは、どうなってしまうのか。怖くて怖くて途端にたまらなくなって、気付けば叫んでいた。

「っ、触るなっ!!」

突然の事にインデックスがびくっと肩を震わせて、身体を静止した。その目には困惑の色が滲じむ。やがて引っ込んだ手。涙さえ浮かべたように揺れる瞳。
インデックスの明らかに傷付いた表情を見て、はっ、と我に返る。それは徹底的な拒絶に映ったに違いなかった。
そうじゃない。違う。傷付けたい訳じゃなかったのに。
言葉選びを絶望的に間違えた。
今度こそはと、安心させる為に外面だけでも取り繕って、苦く笑ってみせる。

「悪い違うんだインデックス……。えと、そうじゃなくて、とにかく今の俺は、危ないから近寄るな。じゃないと、俺っ、お前、に……っ、何するか、分からない」
「とうま、一体どうしちゃったの……?」
「多分、この腕輪だ。……この、腕輪から、……っ何か薬を、打たれた。興奮剤か催淫剤かは分からない。……インデックス、お前は、何ともないか?」
「私は平気。それよりもとうまが苦しそうなんだよ」
「ははっ、大丈夫だって。でも、悪いな。なるべく俺の視界に入らないようにしてくれ」

そう言われるとインデックスは困惑した表情のまま引き下がり、ベッドの反対側に移った。
本当ならインデックスにはもっと離れてほしいのが本音だった。インデックスが視界の端にチラついただけで、いや、インデックスが傍にいると意識しただけで、飛び付きたくなるから。例えインデックスが嫌だと言おうとも、そのまま手酷く抱いてしまいそうになるから。
でも、腕輪の存在が邪魔をする。
自分が痛いだけならまだ良い。電撃なんてのは御坂ので慣れている節があるし、痛みなんていつも巻き込まれる騒動と同じだと思えば良い。
でも、今回はいつもとは決定的に違う、インデックスがいるのだ。自分が痛めば痛むだけインデックスにも苦しみが襲う。
だから、自分勝手に離れてはいけない。どんなに苦しくても、キツくても、耐えなければ。
それはじわりじわりと身を焦がされるような地獄。タイムリミットが設けられていなければ、発狂すらしていたかもしれない地獄の監獄のようだった。

再びの沈黙。
身体の異常、自分の荒い息が聞こえる事だけが先程とは違っていたが、振り出しに戻った事は確かだった。
やがて、沈黙が場を支配するのが先程と同じなら、それを破るのもまたインデックスの方なのはまた必然なのか、

「……ねえ、とうま。とうまの友達の、青髪の人の話だと、無差別に男女を選ぶんだよね? なら、よかったんだよ。私の相手、とうまで……」
「インデックス……」
「とうまは私なんかで嫌かもしれないけど、」
「っ、そんな事っ!!」

そうして、反射的に振り向いた。
振り向いてしまった。
困ったような顔で微笑むインデックスが顔が目に入った。目を緩やかに細め、唇は艶やかに、頬はうっすらと鮮やかに色付いて。何故だかそれがとても綺麗だと思ってしまって、
そして──


──がつんッ!!と、自分の顔を自分の拳で思いっきり殴ってやった。


「……ってぇ……」
「とうま?! なにしてるの!!?」

痛い。本当に痛い。加減せずに殴ったから頬がヒリヒリして熱さを感じて、口の中にじわりと鉄の味が広がった。歯でもぶつけて口内を切ったのかもしれない。
でも、おかげで薬による苦しさから、僅かの間だけでも忘れる事が出来るのは僥倖だった。
本当に伝えたい事を伝える為にインデックスの方に向き直って、目を真っ直ぐ合わせる。

「……俺もさ、お前の相手が俺以外じゃなくて、良かったよ。俺以外の奴が相手だなんて今以上に頭がどうにかなりそうだし、お前以外となんて考えられない」
「それならっ、」
「だからと言って!! 欲に任せて、薬なんかの勢いでヤッちまうような事はしたくない。そんな事の為にお前を、インデックスを、今まで大切に想ってきた訳じゃない!! あのな、上条さんを舐めるなよ。言っておくが、こちとら毎日飽きもせずに密かに自分の欲と戦ってるんだ。ああ、そうだ、それが今更なんだって言うんだ!!」

それはインデックスに向けた誓いでもあり、自分に向けた鼓舞でもあり、この状況を仕組んだ誰かに向けた宣言でもあった。
自分は決して状況に流されたりなんかしない。いつものように不幸だった、良かったと、笑って帰ってやる、と。

「とうま……」
「ってな訳で悪いな、インデックス。俺の、我儘に、もう少し付き合ってもらうぞ」
「……うん」

忘れていた熱っぽさがぶり返す。相も変わらず胸はドキドキするし、呼吸は荒くなるし、インデックスを意識するだけで苦しくなるけれど。
それでも先刻とは気持ちの上で違っているのは確かだ。

そうして、15時間、10時間、5時間、1時間、30分と腕にある時計が終了までのリミットを刻んでいくのを黙って眺めていた。
残り時間あと3秒、2秒、1秒、0秒……。

「……とうま!! 実験は終わりなんだよ!! 扉の方から音がしたから、今なら出られるかも。腕の時計も外れたし……ってとうま!?」


気合いを入れたといってもふとした緩みで自分が何をするか分かったものじゃなかった為に、一時たりとも緩められなくて、ガチガチに縛っていた自意識。強固に保っていた気力と意識を手放した瞬間だった。



***



次に目を覚ますと、無機質な白い天井が見えた。ただ、無機質といっても見慣れたものだったのが前のと違っている。高揚していたあの異常な感覚も今は、ない。
横でパイプ椅子に座っていたインデックスが目を覚ました俺に気がつく。

「あ、とうま起きた?」
「インデックス……。正直最後の方はもう覚えてもいないんだけど、病院ここにいるって事は俺達、無事切り抜けたって事で良いんだな?」
「うん。あの制限時間の後、大勢の警備員アンチスキルの人が来てくれてね、助けてくれたの。とうまに投与された薬は一過性のもので特に大きな副作用とか後遺症はないはずだから安心していいって。それと、実験していたヤツは潰したからもう心配いらないとも言ってたよ」

これは上条当麻のあずかり知らない事だが、どこかの監獄で統括理事長やっている第一位様が、
「『セックスしないと出られない部屋』だァ? なんだァ、その頭の悪い文字列は? 潰すに決まってンだろォが。金と資源の無駄だ」
と、零していたとかいないとか。

「そうか」

インデックスの話を聞いてほっと一息つく。これでもう自分達のような被害者を出す事もないし、得体の知れない薬の心配もないしで、今回の件は一件落着だろう。……と思ったのだが。

「……ところでとうま、一つ聞いてもいいかな」
「ん? 何だよ。改まって」
「……やっぱり何でもないっ。私、家に帰ってスフィンクスのご飯あげてくるね!」
「あっ、おい」

後遺症もないのなら俺もこのまま退院だろうに、インデックスはさっさと病室から出ていってしまった。去り際、何故か耳と頬が赤かったような?

「鈍感もここまで来れば感心に値するものだな」
「ってうお、オティヌス!?」

ベッドの縁に鎮座していた小さな神が心底呆れたような顔でこちらを見ていた。ここにいるという事はどうやら俺が気を失った後、インデックスは一度家に帰っていたらしい。なら三毛猫の世話なんて心配いらないだろうに。
いや、そもそもインデックスはオティヌスにどれだけ話したのだろうか。

「訊いたのはさわりだけだ。細かい部分は知らないが、私は貴様の理解者だぞ? 何があったかなど、容易に想像出来る。人間、お前の言動を思い返してみる事だな」
「……。あー……、そういえば俺、告白まがいな事言ってたし、言われた気がする……」

思わず頭を抱える。
あの時は状況が状況で必死だったから、お互いに気付いていなかったのだ。とんでもない事を口走っていた事に。
今まで何となく避けていた"それ"。確かめた訳ではないが、インデックスの方にもそんな予感はあった。今の関係が変わってしまうのが怖くて。

「どうする? 人間の小娘に逃げを許すか?」

だが、いつまでも先送りになんかしていられない。気まずいまま一緒にいるなんてのは不可能だろうし、ましてや水に流して何事もなかったかのように過ごすなんて。
どうやら、この関係にも決着を付けなければならない時がとうとう来てしまったようだ。

「インデックスに改めて伝えよう、俺の気持ち」

覚悟を決めて、ベッドから抜け出して立ち上がる。
やれやれ、と再び呆れる声が聞こえるが、つかの間、15センチの神が俺のフードに入り込みながら小さく笑った気がした。


22.12.16
//○○○○しないと出られない部屋