泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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創約後の恋人設定。




それに合図などない。
所謂"そういう"雰囲気の時もあるし、唐突に訪れる時もあった。今回は後者というだけの話だ。
顔と顔を近付ける。
不思議だ。今まであんなに一緒にいて長い時間を共に過ごしてきたというのに、ゼロの距離に慣れる事は未だにない。ばくばくと、胸の鼓動が早まり、うるさくなって、目の前の白い少女に聞かれてしまうんじゃないかと思ってしまう程に緊張しているツンツン頭の上条当麻は、思わず内心で苦笑した。

「んっ、」

それは唇と唇がくっ付くだけの児戯に等しい行為。
けれど、漏れる少女の吐息混じりな小さな声が、こそばゆさを感じるように身じろぎするその小さな動きが、どうしようもなく自分の奥底を昂らせ、何だか酷くいけない事をしているかのような錯覚をさせた。
やがて数秒がした後、顔が離れていく。
正直、離れ難いという気持ちもあったが、ここで余裕なくがっつくのもそれはそれでこの少女に呆れられそうな気がして躊躇われた。結果、大人しく身を引く事にする。
そして、少年は少女の顔を見た。

唇をきゅっと結び、眉をひそめ、苦しそうにも泣きそうにも見える複雑な表情をした少女を見て、ツンツン頭の少年は驚く。そんなに自分とのキスは嫌だったのだろうか、お昼に何食べたっけ?そういう考えが一瞬頭によぎったが、少女の顔が再び近付いてきて顔が肩に乗ったものだから何か違うらしい。
ストップ、と少年が肩を掴んで一旦引き離す。訝しげに見つめる少女は首を小さく傾げた。

「どうしたんだ」
「……なんでも、ないんだよ」

気まずく視線を横に逸らす少女の明らかになんでもないなんて事はないです、という感じの様子に少年は引かない。
同じ部屋で暮らして決して短くない月日が経ったが、彼としては嫌な事は嫌だと言って欲しい思いがあった。ずっと少女の傍にいたい事は確かだったが、少女を傷付けたい訳でも、少女の心を蔑ろにしたまま隣にいたい訳でもなかったからだ。

「インデックス」

諭すような響きで少年に名前を呼ばれると、少女はいくらか逡巡した後、降参するように少年の目を見て重い口を開く。

「……自分でも嫌になるんだよ。嫉妬しているなんて」
「嫉妬?」
「アンナ=シュプレンゲル」

少年は言われて初めてそこであー、と納得がいった。
それは、いつかのクリスマスイヴの時だった。いつものように事件に巻き込まれ、傷付き、疲れ果てていた少年を更なる地獄に叩き落としたのは、アンナ=シュプレンゲルという女だった。女はあろう事か、少年に奪い取るような口付けをして、サンジェルマンウィルスの入った丸薬を呑ませてみせたのだ。詳しい事は割愛するが、紆余曲折あって難を乗り切り、その暫く後これまた割愛するが、アンナとの関係も悪くないものに落ち着いたが、それは関係のない事であった。
初めて、だったのだ。記憶を失くす前の上条当麻がどうだったかは知らないが、自分が記憶している中でのそれは、正真正銘ファーストキスというものだった。
いや、何回目なんてのはきっとどうでもいいのだろう。逆の立場で考えてみればいい。もし、自分の目の前で愛する彼女の唇を奪う者が現れたら? そんなの決まっている。はらわた煮えくり返って一発殴らせろと迫るのだ。

「子供っぽい、かも。ごめんなさい。私、面倒くさい、よね」
「いいや、そんな事はないぞ」

むしろ、それが何より可愛くて嬉しかったりするのは重症なのだろうか。自分の事で思い悩み、自分の事で他者に嫉妬という強い感情を抱くそれは上条当麻の事が好きだという強い表れではないか。
以前にもたまに噛みつきとして表れていたそれ。実はそれが子供の独占欲、或いは刷り込みとしての好意が含まれている、と思い込んでいた時期が少年には少なからずあった。英語で言うなら、LoveではなくてLike。純真無垢な白い少女。本当の意味で好きなのは自分だけで、少女の方は違うのだと。そんな拗らせが入っていたものだから、少女と想いを確かめ合った後の嫉妬はむしろ微笑ましいとすら思うのだ。(まあ、噛みつきはご遠慮願いたいが)もう、不幸だなんて言えないくらいに少年は少女に愛されているというこの状況を喜んでいたりするのだ。

「たまにあるの。あの時の事が、ぐるぐるぐるぐるしちゃって、どうしようもなくなって……」
「お前は忘れる事が出来ない、か」

完全記憶能力。
交差点ですれ違う一人一人の顔を始めとした、ファミレスのメニューの端から端、ダーツを投げる他人のモーションなんてものまで、果てには空に広がる不定形な雲の形も、雨粒一つ一つの形さえ詳細に記憶して再生出来てしまう少女の持つ特異な能力は、時に大きな力になるが、時に少女自身を傷付ける。
その苦しみは、少女に理解できると容易に言えるものではなかったけれど、失敗を忘れたくとも忘れられないという誰しもが通る経験で推し量る事が出来る。勿論、今の状況とは少し違うので比較など出来る筈もないが、嫌な記憶が頭を駆け巡るというのはそれだけで不快だろう。それも鮮明に、何度もだ。
少年はうーん、と少し悩み、苦心の末、やがてポンと思い付いたように笑って少女に言い放ってやった。

「よし、ならさ、これからもたくさんキスをしよう。あの記憶が埋もれちまうぐらいにたくさん、たくさん。な?」
「とう──んっ」

少女が何かを言う前に唇を塞ぐと、悪戯っぽく笑みを浮かべて離れた。少年は、みるみるうちに真っ赤に染まっていく少女の顔を見て、してやったりなんて笑ってみせる。

「とうま」

それから、真っ赤なままの彼女からお返しだと言わんばかりの反撃のキスがやってくる。
やがて離れる唇と唇。なんだかおかしくなって、堪えきれずにお互いに吹き出した。
こうしていけば、苦い記憶もいつしか幸せな記憶に埋もれていく事だろう。二人はその幸せに浸りながら、何度目かも分からない口付けをして笑いあうのであった。

24.11.11
//その苦しみを愛と呼ぼう