泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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「はぁ…。なんだってんだよ…」

只一言、参ったなと思った。

日が暮れてホテルに泊まる事になった俺達は、お嬢さんと男の俺達、それぞれの部屋に向かった。
食事を済ませ、シャワーで汗を流し、ベッドの上でゆったりとくつろいでいた。向こう側でテレビから軽快な音楽が鳴っていて、それをダイヤが食い入るように見ている。タウリナーΩ。ダイヤが毎週楽しみにしているアニメの再放送だ。

それにしても遅い。
時計を見ればもう9時を回ろうとしている。遅い遅い遅い。
何をこんなにそわそわしているのかというと、明日に備えて打ち合わせの為にお嬢さんが俺達の部屋へ訪れる事になっていた。
しかし、現に彼女は来ていなかった。あのお嬢さんが、こんなにも時間に遅れるわけがない。あぁ、もう仕方がない。
俺はいてもたってもいられなくて、イライラする感情を押さえながら立ち上がった。

「パール?」

「お嬢さんの所へ行ってくるよ。時間、忘れてるのかもしれないしな」

「ん、じゃあオイラはここで待ってるよ。すれ違いになったら困るもんね」

「あぁ、頼むな」

「迷わないように気をつけてね〜」


お嬢さんの部屋へ赴き、インターホンを鳴らしてみる。しかし反応がない。一分待っても出ない。お嬢さんは留守だったのだ。ダイヤの言う通りすれ違いになったのかと思い、諦め、きた道を戻って行った。…筈だった。
あろうことか、俺はホテルの中を迷ってしまった。そこで最初に戻るというわけだ。

このホテルは豪勢で広いというので有名なホテルだった。まずエレベーターが見つからない。エレベーターを見つけない事には話しにならない。しかし、自分がどこにいるのかさえ分からないのだ。淡々とさ迷う内に、溜息しか出てこなくなる。

そんな時だった。


「…………?」


どこからか、かすかに音がする。
人の声ではない。何か音楽的な音、流れるようなメロディ、楽器のような音、ピアノの音がどこからか。誘われるようにその音のする場所へと向かった。
そこはロビーで人が集まるような場所だった。しかしそんな活気ある場所も、何故か今では誰一人いるわけではなく、自分一人が取り残されたような錯覚を覚えた。
さっきより大きく聞こえる音の方向を見やると、ホールへ繋がる大きい防音扉がほんの少しだけ開いているのを見つけた。
ああ、音の原因はこれかと閉じようと思ったが、中を覗きたいという自分の中の好奇心が疼く。深く考えた後、とうとうその誘惑に負けて、覗く事にしたんだ。


扉を開けて最初に驚いたのは、ホール全体に響くピアノの音。さっきまでとは違い、直接耳に入り込んでくるメロディの壮大さに感動すら覚える。
その次に驚いたのは、ピアノを弾いている人物を見た時だった。ホールの奥、舞台の上で頭上から降り注ぐ一点の光を浴びながら、なめらかにピアノの音を引き出す人物。――それは、俺が最もよく知る人だったのだから。

周りに人はいない。観客は俺だけ。そんな空間の中で圧倒的な存在感に包まれている彼女。跳ねるように指を動かし、体を動かしながら音を奏でる彼女を見て、自分の周りの時が止まった気がした。俺は完璧に彼女に見入っていて、心を奪われるってのはこういう事を言うんだな、と他人事のように思った。気付けば彼女から目が逸らす事が出来なくなっていたんだ。


どれくらいの時間が経っただろうか。いや、正確にはそんなに経っていないのかもしれない。やがて彼女の動きが止まり、響く音がなくなった今でも、俺は彼女を見つめていた。そこで一瞬のうちに我に返った俺だけど、目の先にいる彼女に声をかけようとも、それが出来ない。先程の完璧な音に、それを奏でていた彼女に、完全に魅せられていたから。
そんな俺が唯一出来たのは精一杯手を鳴らし、大きな拍手としてこの感動を彼女に伝える事だけだった。

彼女はびくっと肩を震わせた後、ようやくこちらに気づいたみたいで驚きに満ちた表情で舞台に立ち尽くしていた。
興奮が収まらない俺は、彼女の元へと走った。静まり返るホールにドタバタと大きな音が響く事も気にせずに。そして彼女の前に着いた俺は、感情のままに言葉を放つ。


「すげーよ、お嬢さん。すげー!」

「…え…あの…っ?」

「見惚れたっていうか。音も凄かったし、圧倒的で壮大だったし、もうとにかく凄くて綺麗だった!!」

「……あ、あの…。…ありがとうございます…」

「というか、何でお嬢さんがここでピアノを…?」

「このホテルは私の所有物ですから。貸し切りにしてもらったのです」

「……!!」


予想はしていた事だが、改めてそう言われると驚かざるおえなくなる。
各地に豪華なホテルを経営しているベルリッツ家って、どれほど凄い名家なのかが伺えるな……。

「それにしても、驚いたよ。お嬢さん、ピアノが意外にも上手かったなんて」

「…心外ですね。それを言うなら、私はパールのその短い袖に長いものが納められていた事の方が驚きなんですから」

ぷっくり膨れた頬を可愛いなと思いつつ、今日の出来事を思い返した。雨が降りだして、慌てて雨宿り場を見つけて休んでいた時の事だった。
肌寒いと身震いした俺は、短く収納していた袖を長く伸ばしたのだ。それを見たお嬢さんの大変驚いた表情を俺は今でも忘れられない。
お嬢さんに質問攻めされて、ダイヤが苦笑いしてたっけ。しまいには自分が気付かなかったからと、お嬢さんが拗ね始めて、狭い空間の中で機嫌を直させる為に苦労したんだよな。

「ははっ、まだ拗ねてんのか?」

「す、拗ねていませんっ!…いえ、少しは拗ねていますが…」

「なぁ、また今度聞かせてよ。お嬢さんのピアノ」

「…分かりました。また機会があった時に」

頬をピンク色に染めて、はにかむように微笑むお嬢さん。
俺達が本物の関係になったあの日から、お嬢さんは最初の頃には見せなかった、色んな表情、色んな仕草をするようになった。お嬢さんの見せるその一挙一動が可愛くて、こちらの心臓がバクバク鳴りっぱなしだ。
だってさ、今の表情反則だろっ。

「パール?」

「えっ、いや、なんでもない…」

「……?そういえば、パールは何故ここに?」

「あぁ、それはお嬢さんを呼びに…って、あああああっっっ!!!」







(いや、よくねぇよっ!?)
(わわわわ、忘れてましたっ!!!)
(二人とも、どこに行ってるのかなぁ?)




title by 確かに恋だった

10.6.16
//二人仲良く遅刻もいいね!