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いつものようにお嬢さんはバトル特訓に励んでいる。
その中で俺は初めて特訓した日の事を思い出していた。初めて特訓したあの日。あの時のお嬢さんは、知識があるだけで何をどうするかの指示がないと動けなかった。行動が知識に追いついていなかったのだ。
だが、今はどうだろう。
最近のお嬢さんは自分で試行錯誤の戦略を考え、時には自主的にアドバイスを求め、自分で戦法を練るまでに成長した。
だが時々ツメが甘くなるのも事実で、窮地に陥る事も多々ある。でも、そんな時こそ俺達が声をかけてやればいい。
俺達は三人で一つなんだから。
「お嬢さん、そこで一気に畳み掛けるんだっ!!」
「っ!!」
俺が声をあげると同時にお嬢さんは瞬時に動く。サルヒコの放ったかえんほうしゃをエンペルトと共にバックステップでかわす。今のお嬢さんとエンペルトは、思考、想い、ともにシンクロし、わざわざ言葉を紡がないでも確実に意思疎通が行われていた。
「今だっ!!」
間を入れずにダイヤが叫んだ。
するとお嬢さんは何も言わずに人差し指をある方向に真っ直ぐ向けた。と、同時にエンペルトが技を放つ。
ここまで約10秒間の出来事。お嬢さんの指さす方向にはバトルの相手、サルヒコがいた。
いくら素早さに自信があるサルヒコといえども、このお嬢さんの素早すぎる動きに対応が遅れ、攻撃をもろにくらってしまう。
倒れ込むサルヒコを見て、もう戦う力がなくなったと判断した俺は、サルヒコをボールに戻してやった。「お疲れ」とねぎらいの言葉も忘れずに。
それが自分の勝利を示しているのだと分かったお嬢さんは、エンペルトをボールに戻した。それから一息ついた後、緊張の糸が解けたのか顔が緩み、力が抜けたようにその場に座りこんでしまった。
「今日の所はこんなもんだろ…」
「やっぱりお嬢様は凄いや。あんな咄嗟の指示で動けるんだもの!」
「日に日に強くなってるんだ。さすがお嬢さん、飲み込みが早い」
「…これもお二人のおかげです」
そう言ってにこりと笑うお嬢さんを眺め、ふと我に帰った。思えば特訓を始めて大分経っている筈だ。
空を仰ぎ見れば、特訓を始める前までの広がるような真っ青な空はどこにもなくて、辺り一面朱色に染まりきっている。
「さ、日も沈みかけてるし、そろそろ帰ろうぜ」
「お疲れ様〜、オイラお腹すいたよ」
「………」
「お嬢様、どうかしたの?」
「……えっと、さっきの特訓で足を挫いたみたいです」
先程の過程をじっくり思い返す。
静かに目を閉じると、頭の中でバトルの映像が鮮明に蘇ってきた。…あぁ、そうか。後ろに飛んだ時だ。
心配して、しゃがみながらお嬢さんを覗き込む俺ら。
「大丈夫?」
「大丈夫…です。さ、早く行き…っ」
心配させまいと気丈に振る舞おうとするお嬢さん。だが、立ち上がった瞬間、足に負担がかかったのか顔が歪む。するとお嬢さんは後ろ側に倒れ込み、尻餅をつく状態になってしまった。
そんな様子を見た俺とダイヤは、目をぱちくりさせながら顔を合わせて合図を送る。
さすが俺の相方、考えついた事は一緒って事か。
俺は一度立ち上がり、お嬢さんに背を向けて再びしゃがみこんだ。
そして後ろから両手を広げて、
「無理するなよ、ほら」
「………あ、えっと?」
「おんぶ」
「良いのですか…?」
「パールは力持ちなんだよ〜!あ、オイラは二人の鞄を持つね?」
こうして俺は、怪我したお嬢さんをおんぶしながら帰る事となったんだ。
いくら俺が男で力があるとはいえ、時々よろけてしまう事がある。そんな時はダイヤが後ろから支えて、サポートしてくれるのだった。
「おんぶなんて何年ぶりでしょう…」
「んー?」
「思えば、よく小さい頃に父がこうしてくれました。凄く大きい背中で温かくて、とても嬉しかったのです…」
「良いお父さんだね〜!」
楽しそうに父親の事を語るお嬢さん。
俺達はよく自分の身の回り事をよくお嬢さんに喋ったりするけれど、お嬢さんが自分の事を俺達に語るのは殆どない事だ。
名前を聞いた時なんか『下々の者に気安く名乗ってはならない』と言われたのが今では嘘のよう。
俺達が、本当の意味で本物になれた事に今更ながら喜びを持った。それから、お嬢さんの話しをもっともっと沢山聞きたいと思ったんだ。
…だけど、お嬢さんの楽しそうに話す声の、トーンが保たれる事はなかった。
「…でも、父が忙しくなるにつれて、構ってくれなくなって、お話すら出来なくなってしまって、」
「…お嬢さん?」
「お父様と接する時間がなくなって、私は、次第にどう話したら良いか分からなくなっていました。それから…っ、」
「そっか……」
お嬢さんは、その先言葉を言わなかった。俺は肩を掴むお嬢さんの手に、ぎゅっと力を込められるのを感じ、力のない返事をする。
それから俺達も何も言わなかった。いや、言えなかったというのが正しいか。
…俺はお嬢さんの気持ちが、痛い程に分かるつもりだ。幼い頃に父親が出ていき、少なからず淋しい日々を過ごしたから。
でも俺にはダイヤがいた。ふざけあえる友達が、頼れる親友がいた。ダイヤがいたから、どんな苦しみも忘れさせてくれたし、どんな淋しさも紛らわす事ができた。
だが、お嬢さんはどうだったんだろう?
これは想像でしかないけれど、お嬢さんはずっと淋しい思いをしていたんだな。父親に甘える事もなく、友達と心から笑いあえる事も出来なかったんだ。
「そんな私を…。お父様はまた、こうしてくれるでしょうか…」
「お嬢様…」
「ごめんなさい。こんな、事…」
お嬢さんは、不安がっている。父親と上手く話せなくなった自分。そんな自分を、また昔のように甘えさせてくれるだろうか?
でも、俺は知っているんだ。お嬢さんと再会した時、本気で我が子を心配するお嬢さんのお父さんを。再び旅に出る時に、暖かく送り出してくれた父親の姿を。
「また…、またやってくれるさ。あの優しいお父さんなら」
「……」
「パール」
「ん?」
「お嬢様、寝ちゃってるよ…」
ダイヤに言われて初めて気づく。
静かに、そして規則正しく寝息をたてているお嬢さん。
そんなお嬢さんに、驚きつつも自然と笑みが零れてしまう。
「本当だ」
「きっと特訓をいっぱいやったから、疲れたんだね」
「…どんな夢を見てるんだろうな」
「安らかな夢であってほしいよね」
「そうだな」
すると、自分達が泊まるホテルが遠くから徐々に見えてきた事にダイヤと二人で顔を合わせ笑いあった。
さぁ、もう少しでホテルに着くぞ!
ホテルに着いてお嬢さんが起きたら、教えてやるんだ。君のお父さんは優しい人だって、それは君が1番知っている事だろう?って。
そんな事をぼーっと考えていると、後ろでお嬢さんが「おとうさま」と小さく呟いた。
10.5.5
//まどろみの君