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(ベル→)ブラ→ホワ
45〜46巻の間
「オレはポケモンリーグで優勝するぞォ!! 絶対に絶対に優勝するからなァ――!!!」
人々が行き交う喧騒の中で一際響く絶叫。一瞬にして視線の的となった少年は気にせず尚叫び続けている。通行人が訝しく見てこようが嫌な顔をされようが絶叫の主は堂々とした面持ちで開き直り、周りとしては何とも迷惑な話であった。この迷惑行為と言っても過言ではないそれは少年――ブラックの日課だ。
それを終えて振り向くと、後ろで控えていた仲間達のお出迎えを受ける。
少し前にアララギ博士からもらい受けたポカ改め進化してニックネームを新しいものとしたチャオ。ついこの前からの新入りチュラ。そして、どこか不安げな顔つきでブラックを見つめているウォーとムシャ。
前の二匹はともかく、後の二匹に視線を落とすとブラックは思わず苦笑を漏らす。
いつもと同じ日課。いつもと変わらぬ振る舞い、のはずだった。自ら心掛けていたのに、こうもあっさりと破られてしまったのだ。流石に幼なじみは騙せないのだろう。
自分達人間はポケモンと直接意志疎通が出来るわけではない。けれど彼とて長年の日々を共に過ごしてきたのだ。言葉を話せなくても痛いほど分かる。今の自分は心配されているのだと。
(付き合いが長いとバレちまうものなのかと驚くよ。オレが思っている事、オレの抱えている問題、些細な変化。オレの事をお前たちはよく理解しているってな)
「ムシャ、ウォー。やっぱりお前たちには分かっちまうよな……」
まだ付き合いの浅いチャオとチュラは何だ何だと首を傾げて互いを見つめている。
「聞いてくれ。オレには今、リーグ優勝という夢の他にも心の中で留まっているものがある。だから気合いを入れてもどこか気持ちが締まらない。ごめん、こんな中途半端じゃ身が入らないし、第一お前たちに失礼だもんな、今日は練習中止だ」
ブラックは仲間達をボールに戻す。今日は一人でいたい。考えに耽っていたかったから。
近場のベンチに寄りかかり、ぽかぽかとした太陽の光を浴びながら抱えている問題に思考を及ばせる。
ブラックの抱えているもの。それは、一言でいえばホワイトの事だ。
ひょんなことからBWエージェンシーの代表、ホワイトと名乗る少女と行動を共にすることとなったブラック。その影響か、最近どうも彼女の事ばかり考えてしまって仕方がない。
彼女が困っているなら彼女の役に立ちたいとブラックは思うし、彼女の役に立てたならば嬉しいとも思う。こう聞けば普通だと思うものだろう。そう、実際普通なのだ。そこまでは。
しかし、ブラックの思考はそこまでに留まらない。一緒にいると彼女が今何を思っているのだろうか、離れていれば彼女は今何をしているんだろうか、仕事を頑張っているんだろうか、街中のショーウィンドウに飾られたポケモンを見立てたマネキンと可愛いアクセサリーが目に止まれば彼女が好きそうだななんて思ったりもする。
ブラックは自覚していた。四六時中、何かしらで彼女の存在を頭の片隅に置いている自分がいる事を。
そして、彼女の仕事に打ち込む真剣な顔や、彼女が夢を語っている時の凛々しい顔や、成功した時に嬉しそうに弾む笑顔が浮かぶ事を。
それはバトルの時もそうだったし、今日の日課の時だってそうだった。頭のどこかで彼女を思い、僅かではあるが夢への熱い想いに混じり込んで純な想いを濁らせてしまう。
要するにブラックは焦っていた。
夢に真っ直ぐ生きてきたつもりだった。バトルは夢の足掛かりで、日課は絶対に叶えるぞ、と自分と周りに向けた宣言だった。それに雑念はあってはならない、雑念なんかいらない、そもそも夢以外の他の事なんか長く考えたくない。そうブラックは考えていたのに。
何故か彼女の事だけは、考えるのを止められない。
どうして彼女のことだけは考えるのを止められないのだろう。いくら考えても、考えても、答えなど出てはこず。
(オレはこれからどうすれば良いんだろうな。身に入らない練習、気合い入れ。こんなことでオレはリーグ優勝なんて大きすぎる夢を叶えられんのかな。叶えられないんじゃないかな。オレは……オレは……)
やがてはこのようにどんどん悪い方向へ考えてしまう始末だ。
「えっと〜?」
こんな風に悩むならいっそのこと彼女に別れを告げてしまおうか。ブラックがそう思い始めていた時だった。
「ブラック、だよね〜?」
いきなり太陽が何かに遮られ、大きな黒い影がブラックを覆う。
見上げると逆光の中に人の影がうっすら見えた。影の主が暗闇の中からにっこり笑ってようやくブラックも見覚えのある姿に気付く。
「ベル……?」
そこに居たのは、アララギ博士から送り出された幼なじみの一人ベルだった。
「よかった、知っている人に会えたよ〜! 今日も一人?」
「ああ。社長は仕事があるらしくて。にしても大丈夫だったのか?」
「あっ、そういえばブラックが助けてくれたんだったね」
「オレは黒幕を見つけただけだけどな」
ベルは相槌を打ちながらブラックの隣に座り込む。何でも、彼女が語るにはまたチェレンとはぐれたのぉ〜!との事。彼としてはそれ自体よりも、結局二人が一緒に旅している事の方が驚きであったが。
幼なじみが再会したのだし折角だからというので、ゆっくり話すことに(本当はベルの落ち込みようが半端なかったので、落ち着きを取り戻させようとした為だ)
サンヨウではドタバタしていてゆっくり話せなかった事、近況や、ちょっとした昔話。そして、夢にまで話が及んでいくと自然の流れでブラックが抱えている問題に話題は移されていく。ベルは一生懸命頷きながらブラックの話を聞いてくれた。
やがて、あんなに悩んで出なかった答えを予想外にもベルはあっさりとブラックにくれる事となる。あまりにもストレートで直球的すぎる答えを。
「そっか、ブラックは社長のことが好きなんだね」
……すき?
すき、スキ、好、好き。
(好きってあれか……?)
ライク? いや、ラブ?!
「えっ?! まさか、好きって男と女ってこと、だよな……」
「そうだよ、男の子が女の子を気になり始めるなんてそれしかないもん。……たぶん」
「たぶんってそういう、もんなのか」
「ううん、そういうもんなの! だって、真剣に取り組んでいる姿や笑顔が浮かんで四六時中離れない、だなんて好意を持っていないとないよ〜っ!」
身振り手振り、おっちょこちょいながら一生懸命熱弁するベルの頬には僅かな赤み。瞳はゆらゆら揺れていてブラックを真っ直ぐ見つめている。
この時、ブラックはその瞳をぼーっと眺めながら幼なじみの事をとても女の子っぽいなと感じていた。決して今までが女の子っぽくなかったというわけではなく、いつもより色っぽいなと、まるで恋をしているとでも言うのだろうか。今まで見た事もない顔。
もしかしたら気付かなかっただけでベルは前からこんな表情をしていたのかもしれない。きっとあれは何よりもベル自身の事だったのだろう。ならばもう疑う余地はなかった。
「……そういうもん、か」
「……うん。そういうもん、だよ」
ブラックは幼い頃から夢に生きていた男だ。夢の為に毎日を懸け、夢の為に人生を歩む。なのでその感情の名を知りながら興味すら持てず、それが普通なのだと思っていた。知らずの内に封印していた、とも言えるだろう。
だが、もう違う。
彼は知ってしまった。
自分は好きなのだ。
彼女の事が好きなのだ。
彼女に恋をしているのだ。
彼女の姿や様々な表情を四六時中考えてしまう程に彼女を好きになってしまっていたのだ。
自覚した今、あの時の思考、行動に思いを巡らせれば一気に恥ずかしさがこみ上げてくるのはある意味致し方ないのかもしれなかった。過去の自分を思い出して火傷する、誰もが経験したあの現象。
(オレは……オレは……)
ブラックは熱くなる頬を腕で押さえ、必死に恥ずかしさと戦っていた。
だから気付けない。ベルの瞳に僅かな悲しみが宿っていた事にブラックは気付けなかった。
「あ〜あ。ちょっと、社長がうらやましいかも」
「え?」
「なんでもないよ〜!」
「おい?」
一体どういう事なのか問おうとした矢先、彼女はわざとらしくそろそろチェレンを探すの始めなきゃ〜!なんて言ったりする。
彼としては気になって仕方がなかったが恥ずかしさを堪える手前、幼なじみと早く別れたかったのもあって深入りはしないでおく事に決めた。
やがてベルはブラックを一瞥すると、すたすたと端から見ていて危なっかしい小走りで駆けて行く。次に会う時互いはどうなっているだろう、あっという間に遠くなっていく背中に向けてブラックは和やかに笑みをこぼした。
「や〜ん、番号聞くの忘れてた〜……」
ちなみに彼女が失敗に気付くのは暫く経ってからの事である。
***
(オレは社長のことが好きなんだ)
恥ずかしさを何とか乗り越えた彼は再び思考を及ばせていった。
今なら分かる。彼女を思い出す度、想う度に胸で渦巻くこの感情。愛おしいというこの気持ち。恋。
(社長……)
そして想いは膨らんでいく。
ブラックは一度何かを思うと行き過ぎる程に一直線な男だ。熱くたぎるこの想いは止まる事を知らずにやがて溢れだし、
(好きだ、好きだ、好きだ、好きだ)
……暴走。
「うおおおおおおおおお!! 好きだ、大好きだあああああああ!!!」
「なにが?」
ガチン、と。ブラックの全身が石のように固まった。
後ろから聞き慣れた声がしたのは気のせいではないだろう。むしろ気のせいなのだと思いたかった。気のせいであればどんなに良いだろう。
ブラックは焦る、ひたすら焦る。
ギギギギ、恐る恐る固くなった身体の内首だけを曲げると、そこには仕事を終えたらしいホワイトが案の定立っているではないか!
「しゃ、しゃ、社長!?」
「ねぇ、なにがそんなに好きなの?」
「あ、あ、あ」
冷や汗をかきながら言葉を詰まらせた。まさか、社長ですなんて百歩譲っても告白にしかならないのを馬鹿正直に言えるはずもない。
「な、なんでもねえ! それより仕事は終わったのか」
「……。うん、ばっちり終わったわ」
「じゃあ行こうぜっ」
「えっ、ブラックくん?」
「ほら、とっとと行くぞっ!」
「……もう」
彼女はブラックのこの何かごまかすかのような不自然な急かしっぷりに不審を覚えたものの、幸い、社員のプライベートは最低限守られるべきとの考えにより、黙っている事にした。
「オレはポケモンリーグで優勝するぞォ!! 絶対絶対優勝するからなァ――!!!」
(まったく相変わらずね……)
人々が行き交う喧騒の中で一際響く絶叫。一瞬にして視線の的となった少年は気にせず尚叫び続けている。
通行人の中には訝しく見ている者、嫌な顔をしている者と様々で、最初の方はあちら側にいたホワイトも今ではこちら側で甘んじている。ほぼ諦めているからこそだったが、それでもこの状況に適応しつつあるのだから慣れとは恐ろしい。
(それにしても、いつもより気合いが入っているような……? ビクティニってポケモンはそんなに凄いのかしら)
ブラックはいつもの日課を終えると、ぐるりと周囲を見渡し一緒に参加していた仲間達に目を向ける。
前のように曇り顔な仲間はいない。ブラックの心もまた、とても晴れやかだ。今の彼にとって抱える問題など問題ではなくなったも同然だった。
ブラックはあれからごちゃごちゃとなっていた心を整理しながら、考えた。自分が彼女を好きだというのならば、自分はこれからどうしたら良いのだろうと。答えは時間を掛ける事なくすぐに出る。
ふと浮かんだホワイトの言葉。
『これからはね、あなたの“夢”を手伝っていきたいの』
『次つぎジム戦を勝ちぬきバッジを手に入れ、その夢に近づきつつある。尊敬するわ!』
『弁償し終わってからもお仕事がきたら協力してほしいの。そしてリーグに出られた時は、うちの会社のロゴをつけて出場するの』
ホワイトは自分を応援していきたいと言ってくれた。だからブラックはそれに応えていきたいと心の底から思えたのだ。
だとすれば、目指すべき道もやるべき事もたった一つしかない。
「ブラックくん。リバディガーデン島行きの船がそろそろ出るみたい。行きましょ」
「ああ!」
自分の夢を果たす為に、彼女の期待に応える為に、ポケモンリーグを目指す。
彼女への想いが夢の一部になったと言っても過言ではないだろう。ブラックにとって結局は今までと何ら変わらない道だ。
だが、それでも何一つ変わらないなんて事はない。
(絶対に、絶対にだ。オレはリーグで優勝する。そしたら社長に……)
こうして、まだまだ終わる事を知らない彼の夢。
ただし秘めたる野望はまだ彼の心の中に……。
13.8.6
//Your dream won't die