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3、2、1、0――…。
0時0分、8月8日。
画面の中で数字が0に戻った事を、ベッドの上で横になりながぼーっと眺めていた。その直後携帯からは軽快な着信の音、受信されるメール。
内心楽しみにしながら中身を開いていく。内容は、自身の生まれた日を祝福する、お祝いのメールだった。学校の友達や、かつての仲間達が揃いも揃って、12時にメールをよこしてくれる事に上機嫌に笑みを浮かべる。まるでケーキを前に出された小さな子供のようだと自分で自分を笑った。
(みんな、嬉しいな……)
0時45分を過ぎる頃。
先程まで騒がしかった携帯電話も静まり返り、メールを打つ忙しさも次第になくなった頃、森はふと画面を見ながらある事に気付く。
(あれ、植木からきてない…?)
かつての仲間であり、同級生。いつも一緒にいる。仲間想いの奴だ。誕生日を忘れて祝いの言葉をよこさないとは思いたくない。が、あの性格だ。ど忘れしているか、0時きっかりに祝う事なんか頭にないかのどっちかで、今頃夢に耽っている頃だろうなと安易に想像ができた。
淋しく思いながらもカチリと電気を消すと、薄い布団を体にかけて寝る事に決めた。今日はもう遅い。眠ろう。明日、正確にいえば今日、携帯に着信がくるのを願いながら。
目を閉じて数分経った後、静まり返る暗闇の中でうとうとし始める。しかし、眠りに入るまさにその瞬間、ブーブーという音と共に緑色にチカチカ光った携帯。いつもなら無視する時間帯でも、今日は特別な日。眠りを邪魔された事に少々不機嫌になりながらも、携帯を取る事にした。
(―――え、植木…?)
『件名 起きてるか?
起きてるなら外を見てみろよ
今日は星が綺麗なんだ』
おめでとうのおの字もない彼からのメールに、がっくりと肩を落とす。誕生日の最初に送られてくるメールで、祝福の言葉を期待しない女の子がどこにいるだろうか。それが好いている男子相手ならば尚更の事。期待した自分が馬鹿だったと言わんばかりに溜息をつく。
しかし、植木がこんなメールをよこすなんて珍しい事で、わざわざこのメールを出した意図を考える事にした。
(誕生日を忘れてるの?それとも気まぐれ?まさか、綺麗な星空を見せる事がプレゼントになるとでも?まさか、植木に限ってそんなロマンチックな事―――)
あーだこーだ考えている内に、行動に移す事にした。メールを無視するのも悪いと思ったからだ。眠気など、思考を巡らせている間にとうに吹っ飛んでしまっている。
直接確かめるに越した事はないと感じた森は、仕方なくベッドから起き上がると、窓の外を見ようと壁にかかるカーテンを一気に開いた。
(え―――、)
その一点を見た瞬間、口を大きく開けながら、驚きに満ちた表情のまま固まっている。
それもその筈、カーテンを開けた窓の向こう側。2階の高さにいる筈のない人物が『目の前に』いたのだから。
そして、その人物の背中にある筈のないものがあったのだから、驚かないわけがない。
そう、それは言うまでもなく、先程彼女にメールをよこした植木耕助だった。
呆気にとられた森は、数秒じっとしていたが、ふと我に返ると、直ぐさま窓を開けた。ガラッと大きな音が鳴ったのも構わずに。
「な、なんであんたがいんの…?」
「良かった、森が寝てたらどうしようかと思った」
「そうじゃなくて、なんで神器が使えるようになってるのよ!」
あくまでも深夜だという事を考慮し、抑えめに言葉を放つ。人差し指が、真っ直ぐ彼の背中に、正確に言えば彼の背中にある青い翼に向けられていた。
神を決める戦いにおいて、アノンに"道"から落とされた際、自身の命を救った九ツ星神器"花鳥風月"。昼間の青い空のような植木のセイクー、戦いの中ではゆっくり見る事の出来なかった翼が今、自身の目の前ではためかせていた。夜の闇の中でもはっきりと見る事が出来る深い青に、森は釘付けになった。
しかし今の植木が花鳥風月を、神器を使う事は出来ない筈なのだ。戦いが終わって、彼の身体の中にある天界力は全て失われ、神器が使えなくなってしまった。なのに、何故今は使えているのか?森の頭の中には、ぐるぐると疑問が渦巻いている。
「まさか、天界力が回復したの?」
「いいや、天界力が戻ったわけじゃない。コバセンに天界力を分けてもらったんだよ。だから数時間限定」
「そんな事が出来るの?それにしても、なんでわざわざ…」
「誕生日だろ」
「へ…?」
「誕生日だから、直接言いたかったんだ。誕生日、おめでとう」
「………!」
森は、はっとした。植木は、彼女の誕生日を忘れたのでもなく、ふざけているのでもなく、彼女へのサプライズのつもりだったのだ。
その事にようやく気付いた森は、彼の思いがけないサプライズに、大いに驚きつつも、素直に嬉しく思う。
「……ばか。ありがとう」
ほんのりと頬を赤に染めながら、そっぽを向いて感謝の気持ちを述べる彼女を見て、満足した植木は満面の笑みを浮かべる。
そして羽をばたつかせると、彼女と自分を挟むように隔てられた窓辺へ身を乗り出そうとした。思いがけない彼の行動に、森は抗議の声を上げようとするが、それは叶わない。
彼が自分の腕を掴み上げたからだ。彼の顔が自分の顔へと近づき動揺する森。まさに目と目がぶつかり合うのではないかと錯覚する程の距離。視線が文字通り、直に交わる近さ。夜の月影に落とす彼の姿。あまりにも短い距離に、森は言葉を失い、口をぱくぱくさせている。しかし、彼はそんな森を気に留めようとともせず、にっと笑うだけだった。
「よし、行くぞ!」
「……へ?行くってどこへ…?」
「…………決まってるだろ?」
星空の散歩道さ!
暗闇の中で弱々しく輝く星々の下。植木は、己の翼で夜空へ飛び回っていた。腕の中の彼女はぎゅっと目をつむり、落ちないように首元にしがみついている。所謂、お姫様だっこというやつだった。
遡る事5分前。彼は森を抱きかかえようと森の体に手をかけた。しかし、森がそれにストップをかけたのだ。それが当然の事かのように行動を起こそうとした彼は、何故制止されたのかは分からない。
不思議そうに見つめる彼に呆れながらも森は、いまにも爆発しそうな程に顔を真っ赤に染めてこう言った。「恥ずかしいからその体勢は嫌」と。それに対して「おんぶだと背中の羽の邪魔になる、この体勢が一番良い」と彼は主張した。
結果、飛びやすさを考慮して、森が植木の主張を甘んじて受ける事となったのだ。
「目、開けろよ」
「だって、恥ずかしいし。…怖いよ」
「大丈夫だって。俺がついてるだろ?」
どうしてこの男は恥ずかしげもなく、そんな台詞が言えるのだろうか。
固く閉じていた目を恐る恐るゆっくりと開いていくと…。森の目に入るのは、間近に見える微笑み。愛おしそうに見つめる彼の顔。遠く見えるのは、藍色の闇夜で光る星月。あちこちに強く、弱く綺麗に瞬く夏の星々。
「な、綺麗だろ?」
「うんっ。綺麗……。それに、風が気持ちいい…。アノンの時は必死すぎて、ただただ怖かったけど、空を飛ぶのってこんなにも気持ちいいのね」
「俺もバトルん時は、守らなきゃって事ばかり考えて、他の事が頭になかったからなぁ…」
「ねぇ、…植木?」
「ん、どうした?」
「ありがとう。最高のプレゼントよ」
しばらくして植木は下を見下ろすと、ビルの屋上へと降り立った。休憩がてら少し落ち着いた場所で話そうと森が提案した為だ。植木は彼女をゆっくり降ろすと、縁から落ちないように座らせて、自身も腰を下ろした。
暗い中でぽつんぽつんと灯る街の明かりが、見渡す限りに広がっている。眠らない都会の街、遥か上空で見た自然とは違う美しさを見せている。
遠くから吹き抜ける風が、二人の髪をふわりと揺らめかせていた。静まり返る場、無言の空気、聞こえるのは横切る風の音だけ。いつの間にか二人は自然に口をつぐんでいた。静かすぎる空気に気まずさを感じないわけではない。しかし、言葉が見つからないのだ。
その静けさの中で、ぐっと拳に力を入れて何かを決意をしたように瞳を見据え、口を開いたのは―――、
「今まで、色んな事があったよな」
「植木?」
「森と親しくなったのは、能力見られたのが最初だっけ。森が俺の才を守る、なんて言い出したんだよな」
「だって、消滅させられるなんて聞いたら、いてもたってもいられなかったんだもん。それを聞いてもアンタは平然としてるし。…まぁ、それが役立ってたかは分からないけどさ…」
「でも、そのおかげでやってこれたんじゃないか」
「なんか、才減らしまくってた奴に言われても、説得力がないわ」
「ははっ、本当だって。森がいなかったら、戦いに勝てなかったと思う。今まで森がいてくれたから、俺は強くなれた。今まで一緒にいてくれてありがとう」
彼の言葉に、森はそっと胸を撫で下ろした。森にとって、その言葉は他の何よりも嬉しかった。戦いの時に自分がいた事の価値がよく分からなかった。それが戦いの時以来、己自身の心にずっと陰を落としていた。
森のコンプレックス。植木がそれを知っていたか、知らずに言ったか、定かではないが、少なからずその言葉で森は救われた気がしていた。
「俺…、森の事が好きだ」
「うえ…、き?」
脈絡がないかに思える彼の告白。彼女への想い。森はその言葉を聞いて、驚くよりも、何を思うよりも、反射的に彼の方へ向いていた。しかし、見つめる先には既に彼がこちら側を見つめていて、森の心臓は大きく波打った。
真っ直ぐ向けられる瞳が心を動揺させている。驚きと嬉しさと、様々な気持ちが森の中でぐちゃぐちゃになって、彼に言葉を放てずにいた。そんな彼女へ追い打ちをかけるように、射抜く視線。
「森が俺に向けてくれるあったかい笑顔が、森が俺を心配して向ける眼差しが、森と一緒にいられる時間が、俺は大好きだから。森と一緒にいられるだけで俺は幸せなんだ。だから、これからも俺は森の傍にいたい。いや、傍にいさせてくれ。……俺じゃ、駄目かな」
「……ばか。私は、あんた言われなくても、ずっと傍にいるつもりだったわよ」
ぷくっと頬を膨らませる彼女がおかしくておかしくて、植木は笑みを零した。その様子に、森は少しばかり腹を立てていたが、そんなのはつかの間。笑っている植木を見て、彼女も段々とおかしくなってきたのか一緒に声をあげて笑った。
「ばか…っ、笑わないでよ…!」
「森だって、笑ってるじゃん」
(結局、想いは一緒だったんだ)
この日が、彼女にとっても彼にとっても、特別を越えた記念日になった事は、言うまでもないだろう。
煌めく星空の下で寄り添いあい、手の平と平で繋がれた二人。伝わる体温は、合わさる手の中でじんわりと溶けていく。
繋がっているのは、肉体だけではなくて、しっかりと心も繋がっている事を、言葉で発しなくても感じていた。きっと自分達は同じ事を思う。
自分達はこれからも繋がっていて、続いていくんだ…。
10.8.8
//だからこの手をずっと