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アノン戦バッドエンドif
アノンと対峙しながら私は信じていた。植木が絶対に強くなって来てくれるって。
そうだ、追い込まれても、脚がガクガク震えても、首根っこ掴まれて苦しくても、それでも信じ続けていたんだ。
そしたら、ね。植木は本当に来てくれた。星を上げ、習得したばかりの新しい神器を携えて、決まって遅れてやって来るヒーローのように颯爽と現れた。
空とも海とも思わせるような綺麗な青の羽を生やした植木を見て、宙に浮いた状態だった私を降ろしながら余裕しゃくしゃくと笑ったアノン。そうやって笑えるのも今のうちよ。強くなった植木がアノンなんかちゃっちゃとぶっ倒して、私達が勝つんだから。
私自身、未だアノンに押さえ込まれたままだったものの、目の前に広がる歓喜な光景を眺めながらそんな風に信じていたのに。
それなのに。
今、こいつは何て言ったの?
脳内で音声をシャットアウト。思考も理解も不能不能不能。
分からない分からない分かりたくもない。何も聞こえない。嘘だ、これは夢なんだ、そうに決まってる。
そうでしょ。朝起きたら夢見の悪さに最悪な気分に陥りながらも、第四次選考に皆で臨んでいつものように苦戦しながら私達が勝利を収めるんでしょ。
ねぇ、何か言いなさいよ植木。佐野、鈴子ちゃん、ヒデヨシ、テンコ。誰か何か言って。これは夢なんだって、お願いだから言って。
この悪夢に苛まれている私を、誰か起こしてよ。助けてよ……、ねぇ。
「なん、だって……?」
「聞こえなかったのかなぁ、ならもう一度言うよ。君が抵抗した時点で彼女を殺す」
残酷な言葉が耳元で嫌でも響く。
それは私にとっても、植木にとっても、死刑宣告のようなものだった。
植木が抵抗した時点で私を殺す。逆に言えば、植木が抵抗をしなければ私は殺されないというコトで。
要するに、私を助けたければ一切の抵抗を見せることなく、むざむざ死ねと植木に言っているのだ、こいつは。
「ふざけるな、アノンッ!!」
「そう。それが君の答え?」
ぎゅうっと喉元が圧迫され、強烈な息苦しさが私を襲う。
先程の、植木が来る前の身動きを取れなくする手段なんて甘いものじゃない。本当に、本気だ。
(そん、なの、見せ、られ、たら、うえきは……)
「……ぁ、ぅ…ぇ………」
「……森っ! ち、ちがっ」
「なら早くしてよね。これでも、僕は気が長い方じゃないんだからさ」
「けほっ、けほっ」
喉元の圧迫から解放され、酸素を求めて激しく咽る。
今の私は一体どんな姿をしているんだろう。こんな、苦しんでいる姿を見せちゃいけないのに。本当は笑いながら、私の事は気にしなくても良いよって、植木に言ってやりたかった。言うべきだった。でも、唇が震えて上手く声が出ない。
(それだけは駄目。植木、私なら大丈夫だから……。だから、こいつを倒してよ!)
私だって殺すと言われた事に恐怖していないわけじゃない。痛いのだって嫌だし死ぬのも震える程怖い。
でも、それよりも私が今一番怖かったのは、そんな私を植木が放っておける人間じゃないという所。自分の身は二の次で扱いがぞんざいな癖に、他人の為に行動するお人好し。自分の命を投げ出してでも、今、目の前で困っている人を助けてしまう。それが植木耕助という人間だから。植木の答えは多分きっと、もう決まっている。ずっと傍で見続けていたから分かるの。こんなの、あの正義馬鹿が放っておけるわけないじゃない!
「アノン……」
「答えは決まった?」
「森に手ぇ出したら許さねぇ。……それだけだ」
「うん、分かったよ。それが答えなんだね、植木くん?」
「ああ」
何が決まった?だ。
何がそれが答えなんだね、だ。最初から、こうなる事が分かってた癖に!
涙目になりながらも、精一杯睨み付ける。でも、結局私はこいつに対抗出来る程の力を持っていない、ちっぽけな存在。何が出来るというわけでもなく、こいつも意に介さず微笑むだけ。
「うーん、念には念を入れておこうかな」
そう言って、こいつは口から何かを吐き出した。人の吐く所を見るのなんか、本当は気持ちの良いものじゃない。ケド、私は吐き出されたソレに釘付けにされた。六角形の黒い何かに。
ああ、それにはよーく見覚えがある。まさか今ここで見る事になるとは思わなかった。
どうして、それが今ここにあるのよ。
「君達も、確か見た事があるよね」
「デス…ペンタゴン……」
「そう、天界の超凶悪吸血生物、死の蛭さ。父さんがロベルト十団の参謀に頼まれて手に入れた時、一匹拝借させて貰ったんだ。まさか僕も思わなかったよ、これが役に立つ時がくるなんてね」
「それを私に……」
「うん。今は眠ってもらっているけれど、僕が念じた瞬間にこいつは目覚める」
「やめろ! そんなコトしなくても、俺は抵抗しない!」
「それはどうかな? 君が抵抗しないという誓いは、彼女が僕の手の内にあるから成り立っているものだろう? 例えば、そこで機会を伺っている彼や彼女が水を差すとも限らないからね」
アノンの目線は、先程まで佐野や鈴子ちゃんが"いた"場所に向けられていた。
こいつの言う通りだ。多分、佐野達は身を隠して隙が出るのを待っているはず。でも、それはチャンスがあればこその打って出られる作戦。多分、こういうコトだと思う。壁の向こうにいる佐野達に向けて言っているのだ、お前たちも例外ではない、と。
アノンは一欠片の希望すら叩き潰し、植木に向けた条件を実質この場にいる全員へ向けたものとしたんだ。
「だから、これは一種の保険さ。彼女はもう僕から逃げられない、それを決定付けさせる為のね。それは君にとっても保険になる筈だ。僕も力加減がいつでも出来る訳じゃないし。万が一に間違えて彼女を殺しちゃうなんて事もあるかもしれないよ?」
「……っ」
(よくもこんな、ぬけぬけと……!)
私も、植木も怒りで一杯だった。でも私達には抵抗すら許されない。良いか悪いかなんてものは存在せず、やるという現実のみ。
アノンは私の後ろ髪を掻き分け、うなじに触れた。それに痛みはなかった。でも、ちくっとした妙な感覚が身体を震わせる。作業は一瞬で終わった。
これで私の命は私のものじゃなくなる。アノンの手中にある私の命は握られただけで呆気なく潰されてしまうものになったってコトね。
「準備はいいかい?」
「植木……」
「心配すんな、森。お前は俺が死なせないから」
やっぱり植木は植木ね。こんな時でも、自分より私のコトを思うなんて。
あんたは馬鹿よ、私が心配しているのはあんたのことなのに……。
「さあ、始めようか」
こうして、私達の地獄の時間が幕を開ける。
一発目に顔面を殴り、よろけた所にお腹に蹴りを入れ、間を入れず神器を放つ。
私が覚えている所はここまで。
そこからは覚えていない、ここまで来るのに長かったようで短かったのかもしれない。頭の中を真っ白にしながら、ただただ必死で植木を見ていた。植木は私の身代わりになっているのだから、目を逸らさずに見ていなくちゃって思ったの。それだけが自分を保てる唯一の支えだった。
植木は決して抵抗しようとはしなかった。倒される度に、何度も何度も立ち上がった。
気が付いたら血塗れのボロボロになった植木が倒れてから一分近く経過しているのを見て、真っ白だった思考から、ようやく復帰を果たし我に返る。
「あーれー、植木くんー?」
それらが示す最悪な状況。頭で理解をする前に私は飛び出していた。
「うえき……うえき……っ」
「……も、り……」
血だまりで濡れることすら厭わず、仰向けで寝かせられている植木を無駄だと知りつつも遠ざけるみたいにして庇った。
「もう、……もう良いでしょっ!」
目の奥が熱い。多分、もう涙は溢れ出している。泣くもんか、泣くもんかって我慢していたのに……。
そんな私を見て憎たらしいぐらいの笑みを浮かべているあいつを、届かないと頭で分かっていても殴り込みたくなる。
「結局、本当に抵抗してくれないなんて、残念だよ。仲間を見捨てた末に死ぬ気で戦ってくれる事を僕は待っていたのに、期待はずれにも程がある。まぁ、いいや。これで目的が達成出来るしね」
「ごめんね……ごめんね……。植木……」
傍らで何かを喋っているあいつを無視して私は謝り続けた。植木は身体中痛いはずなのに、精一杯の微笑みを向けてくれる。
「……森のせいじゃない」
植木はそう言ってくれるケド、違うってコトは私が一番よく分かっている。だって、この地獄の悪夢を終わらせるすべを私は持っていたんだから。
そう、例えば断崖絶壁のこの"道"から自ら飛び降りてしまえば?
そうすれば、植木を縛るものはなくなって戦える。
でも、出来なかった。死ぬのが怖くて、足が震えて私はその場から動けなかった。自分可愛さにそれを選ぶコトが出来なかった。頭を真っ白にして、何も考えられなくして、逃げ出した。傷付く植木をせめて目を逸らさないようにしよう、なんて一番大事なことを隅に追いやって自己満足な免罪符まで作って……!
(植木……コバセン……、みんな……。ごめんね。私はみんなみたいになれなかった……)
私を庇って攻撃を受け続けた植木のように、地獄に堕ちるコトすら厭わなかったコバセンのように、敵わないと、待っているのは死だと分かっていながらロベルトに立ち向かった佐野や鈴子ちゃんのように、植木の為に死ぬってコトを黙っていたテンコのように。
私はみんなみたいに強くなんてなれないんだ……。
「植木くん、君も分かっているだろうけどあえて言うよ。これは世界が懸かった戦いだった。なのに君は戦いを放棄した。もう、この状態で僕に勝つ事は不可能。君は、世界を見捨てたも同然だ」
「……ああ、そんなの、最初から分かってたさ……。だから、最初に一瞬だけ、森を見捨てるコトも考えた……」
「植木……っ」
「でも。出来なかった、んだ……。どうしても出来なかった。例え勝ったとしても……、森がいない世界を考えたら、俺は……っ。だから、森がいない世界なんかいらないって、そう思ってしまったんだ……!」
言葉を失う。
口調こそ強かったものの、私を見る瞳は優しくて。
「……佐野、鈴子、ヒデヨシ、テンコ、悪ぃ。犬のオッサン、……コバセン、ごめん。これが、俺の正義だ」
私達を非難する声は聞こえなかった。
テンコも、佐野も、鈴子ちゃんも、もしかしたらどこかで見ているのかもしれないヒデヨシも、みんな……、黙ったままだった。
「僕には理解出来ないかなぁ。何よりも成し遂げたい事を、その他大勢よりも一人を優先するなんてさ」
「ああ、お前には分からねぇよ。人の大切なものを平気で踏みにじれるようなお前にはな。分かってほしいとも思わん」
「それじゃあ最期は二人一緒に逝かせてあげる。どうせ、世界もヒトも滅びるんだ。今でも後でも同じだろう?」
植木は私の手を求めるように、自分の血に塗れた手を翳した。それに応えて手を伸ばす。
なんだか不思議。永遠の終わりを宣告されたというのに、未だ消えない温もりは私に安心感を与えてくれる。涙は自然に止まってしまった。植木の穏やかな顔につられて私も微笑み返す。
「植木……」
「森。俺、森のコトが好きだ」
「うん、私も。私も植木が好きだよ」
私達は最初で最後のキスを交わした。
密かに憧れたロマンスでも、ドキドキするようなシチュエーションでもなければムードの欠片すらなかったけれど。
それでも、今この瞬間はとても幸せだったから。
もう怖くなんかない、植木と、皆と一緒だもん。
だからどうか、最期の時まで――
「――十ツ星神器、魔王」
13.7.4
//慎ましやかにさよならを