泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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植森前提。









あの騒動、何故か大切な者との記憶だけがすっぽりと抜ける事件が起きてから二ヶ月が経った。あの日から世界は変わってしまったが、自分にとっちゃなんら変わらない日常が続いている。

そう、只一つをのぞいては――。



出会いと別れの季節。
今日は、涙と別れの卒業式だった。中には泣く者も居れば笑って別れの言葉を言う奴もいた。だけど、どちらでもなかった奴が一人いたのを、遠くから見ていた自分は知っている。

そいつは無表情だった。一喜一憂する事もなく、只時間が過ぎるのを待っているような、言うなれば退屈しのぎでもしているかのような。そんな表情をしていたのを、酷く印象に残っている。

だが、もうその生徒もこの場所にはいない。自分の最愛の教え子は、この場所を去ってしまったのだから。



下校時刻をとっくに過ぎた薄暗い廊下をゆっくりと歩いて行く。今年度最後である見回りの仕事。
見慣れた場所を一つ一つ回っていくと、その場所で起きたあいつ等との一つ一つの思い出が鮮明に蘇ってくる。
4月から、もうあいつはいない。もう、あいつの笑顔は見れない。いや、違うな。あいつはもう笑わないと言った方が正しい。
あいつが笑わないのは、この学校を卒業してしまうからではない。あいつを3年間見てきたからこそ分かる。あいつは、もう心から笑わない。
…奴が帰って来るまでは。


「―――…?」


ふと、教室の向こうで暗闇が動いた気がした。そこは3年、自分が今年度まで受け持っていた教室だった。
何せ教室自体が暗かったのでよく見る事は出来ないが、もぞもぞ動く暗闇は、人影のようにも見える。
おいおい、こんな時間に冗談じゃねぇ。と思いながら、教室の扉を開ける。すると影はびくっと体を震わせた。廊下からの僅かな光が教室に差し込み、そこから見えるのは水色の背中。女子生徒の背中だった。


「おい、もう下校時刻はとっくに過ぎてんぞ…」


カチッと電気のスイッチを鳴らす。
蛍光灯の明かりが一気についていき、教室が照らされていく。そして、椅子に座っている女子生徒も明るみになっていく。
そいつの頭が見えた瞬間、そこにいる人物を理解した。それと同時に驚きを隠せなかった。そいつの髪色は独特で、目立ちやすいのだ。後ろ姿で分かる。
何故、こいつが、今日卒業していった筈のこいつが、この場所にいない筈のお前が何故そこに居る?


「……森、お前どうした?」

「…………コバセン…」


こちらを振り向いた森の顔は、酷いもので、思わず息を飲み込んだ。今朝卒業式で遠くから見ていた無表情のような、いや、それ以上をいく無表情を貫いて、まるで人形のような森。感情が一切込もっていない言葉。いつもなら光溢れる瞳も、今では虚ろで只ぼーっとこちらを見ているようだった。

「森……!」

森のただならぬ様子に危険を覚え、森のもとへ近付く。途中で机にぶち当たったが、なりふり構わず急いだ。
…が、その途中で気付いてしまったのだ。森が今座っている席の事を。その席が誰の為の物で、誰が座るべき場所だったのかを。

「ねぇ、コバセン」

「……!」

「桜、綺麗だよね」

そう言って指を差すのは、窓の方向。指の先から外に視線を移すと、森が言ったように中庭に桜が咲いているのが見えた。美しくピンク色に染まっている桜の木。ひらひらと舞う花びら。

「去年ね、アイツと一緒に桜を見たの。綺麗だねって笑いあった」

「放課後、一緒に見とれてたの。綺麗に咲く桜を、アイツと一緒に」

「森…」

「その時にね、」


「その時に……」

森の言葉はそこまで言葉を放った後、止まった。森は自分に背を向けている為、顔は見えない。
森は今どんな顔をしているのだろうか?さっきのように無表情を貫いているのか、それとも泣きそうに顔を歪めているのか。
自分には分からないが、只一つ伺い知る事が出来る。それは、森の肩が体が震えているという事。

「森、お前…」

「その時に、約束したのよ。また、また来年、一緒に見ようねって、約束したの…っ。だから……」

「…森、もう無理すんな」

森の小さな頭に、そっと手をのせた。安心させるように。まるで子供をあやすように。優しく撫でてやった。
その刹那、椅子が倒れる音がした。
森は俺に抱き着いてきたのだ。俺のシャツを強く引っ張りながら声をあげて。

「だから、私、この場所を去るわけには行かなかったの…!だって、まだ約束が果たせていないんだもん。アイツとの約束がまだ…っ」

「アイツとの約束は、今度こそ守らなきゃいけないの。守りたいの!だから嫌なの、この場所にまだいたいの!離れたくないの!」

森の言う"アイツ"
そいつは、今この世界にはいない。この世界を保つ為に100年は帰って来れないのだ。
奴との約束を守る為にこの場所にいたいと、小さな子供が駄々をこねるように泣き叫ぶ森。
そんな森を慰めてやりたかったが、抱きしめる事は出来ない。何故かって?こいつを抱きしめるのは奴の役目だからだ。そうだろう、植木?
この世界に居る筈のない奴に、心の中から問い掛けた。俺の出番はない。

だがな、泣いているこいつを放っておく事は出来ない。行き場のない手の平を森の頭に置いて、軽く叩く。こいつの気の済むまで付き合ってやるさ。何分でも、何十分でも。

「もう、我慢しなくていい」

「うぅうぅ…、コバセン…!私…、私…っ」

「たーんと泣け」

「う…っ、私、アイツと一緒に卒業したかった…!植木と一緒に卒業したかったよぉ…っ!」

記憶喪失事件の全容、自分にあの出来事の真実を全て語ってくれたのは森だ。キューブの存在と繁華界、そして植木の選んだ道。
語り終わった時、森は一切の悲しみを見せる事なく微笑んだ。「自分は大丈夫、植木を待つんだ。だから、もう泣かない」と言って。
その宣言通り、森が涙を見せる事はなかった。だが、本当に森が泣かないでいられるだろうか?人一倍、奴の為に泣いていた森が、まだ幼い少女が。答えは否だ。森は確かに泣かなかった。だが、それは人前でだけだ。誰もいない放課後の教室。声を押し殺して泣いていた森の姿を俺は知っている。



「もう、一人で泣くな…」







思いきり泣いた後の森の顔は、目が赤く腫れていたが、先程とは打って変わって、いつもの明るさを取り戻していた。
ずっと張り詰めていたものを吐き出したのだろう。すっきりしたと笑う森を見て、こちらも自然に笑みがこぼれる。

「ねぇ、コバセン」

「んぁ、なんだ?」

「私、もうここの生徒じゃないけどさ、また泣きたくなったらコバセンを頼って来てもいいかな…?」

自信がなさそうに、真下を向く森。
そんな教え子の頭を、俺はぐしゃぐしゃと思いっきり撫でてこう言ってやった。


「ばかやろう。俺がお前の担任じゃなくなっても、お前達は一生俺の生徒だ」




title by カタリグサ

10.6.6
//ココロの拠り所