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シグ×アミティ
あやクル(魔物)×アミティ(女神)
シグにはある一つの悩みがあった。
クラス変えで初めて話した一人の少女、名前はアミティ。彼女と一緒にいると、どうも胸がおかしくなるのだ。
胸の中の何かがざわついて、心臓がきゅうと圧迫するように苦しくなって切なくなって、心の中で何処からくるのかも分からない哀しさに襲われて。それでも彼女の笑顔を見れば自然と安らぎを覚え、満たされている自分がいて。
様々な感情が心の中で巡るのを、只々感じていた。魂の奥底がざわついて煩い気もするが不思議と悪い気はしない。
この気持ちの正体が知りたくて何でも知っているという本の虫に相談を持ち掛けた。長々と話す事が得意ではないシグが拙い言葉で説明すると、彼は一回頷いた後に得意げにこう言ったのだ。
『それは恋って奴だね!』
返ってきた言葉がシグの頭をもっと悩ます事になるのを彼は気付かなかった。
恋というものがどんな意味を持っているのかシグとて知らないわけではない。只、理解出来ないのだ。
好きという感情に秘められた想いの違いをシグは知らない。
シグはアミティの事が好きだった。これだけ言える事は確かだろう。でも、同級生のクルークも好きで、隣のクラスの高圧的な少女も面倒な所はあるが基本的に嫌いではない。
普通の好きと、恋愛としての好き。
言葉として理解はできても感情がついていかない。しかし、彼女と接している時と他者と接している時とは決定的に違うものがあるのをシグは既に知っている。
(これが好き…?これが恋?)
「―――教えてやろうか」
ぞくり。
低い声が響くと同時に全身に悪寒が走る。振り向けば同級生の姿を借りた魔物の姿がそこにあった。
不敵な笑みを浮かべて目の前に佇む魔物に対してじりっと一歩下がる。頭のアンテナから足の爪先まで"嫌な感じ"が駆け巡る。心が騒ぐ。魂がざわめき告げている。奴に隙を見せてはいけないと。
「教えてやろうか」
「何を」
「恋い焦がれているのだろう?あいつに」
何故その話を今しなければならないのか何を教えようと言うのか、理解出来ないと言いたげに訝しく瞳を向けるのを見て魔物はわざとらしく嘲笑ってみせた。そんな態度にシグは不快感を露にする。
「一つ、昔話をするとしよう」
「何で」
「そこにお前が求める答えがあるからだ」
こうして魔物は一方的に話し始めたのである。
昔々ある所に世界中から嫌われた一人の魔物がいた。姿は見る者を恐怖のどん底に陥れる程に醜く人々からは化け物と呼ばれ蔑まれ、強大な闇の力を持っていたせいか神々からも疎まれる存在となっていた。
しかしそいつが誰かに危害を加える事は一切なかった。城の中に閉じこもり本を読むだけの毎日を送れれば魔物にとってはそれで満足だったからだ。だが、そんな毎日を一瞬にして変える出来事が起きた。
魔物を疎んじる立場である筈の女神の一人が魔物を尋ねて来たのだ。魔物は突如として現れた神に警戒しながらも、女神の方から敵意がない事を示すと魔物は警戒を解いた。神は言った。"また来るね"と。
女神は予告通りまた魔物に会いに来た。その日だけではなく、毎日毎日嫌われ者の為に会いに来た。そこで魔物は女神に対して禁忌の想いを抱くようになる。それは女神にとっても同じだった。二人は互いを愛しあうようになった。
しかし、魔物は悪意ある人間によって封印されその想いが叶う事はなかった。そう、永遠に。
「だからなに」
「お前も分かっているのだろう?」
「なに、が」
「その女神は姿を変えているが、現在確かに存在している」
「だから、なんだっていうの」
「お前が恋い焦がれるあの娘だ。アミティとか言ったな」
「だからっ!」
「お前は私だ」
「っ!!」
(やめて、やめて、やめてよ!!)
声にならない声で叫びを上げながら頭を抱えた。苦しい、苦しい。これ以上ない程に魂がざわめき騒いでいる。
だから何だと言うのだ。アミティが女神だったとして何だと言うのだ。自分には何も関係がないじゃないか。
心の叫びに追い撃ちをかけるように魔物の言葉は止まる事を知らない。
「お前が無意識にあの娘を求めるのは、お前の中にある魂があの娘の中にある女神を求めているからだ」
(違う……)
「お前は私。分かるか?我が半身よ」
(違う、そんなんじゃない…)
「お前があの娘を求める度にお前の中にある魂は反応する。女神を求めるあまり、昔に戻る事を望んでいるからだ」
(違う……!!)
「お前は私と一つになる事を望んでいるのだ。どんなにお前が嫌がっても、決して逃れる事は出来まい。魂が望んでいるのだから」
「ちがう…僕は……」
「案ずるな。お前が私と一つになった後、ちゃんとこの手で女神を手に入れてやろう。お前は私。かく言うこの私も女神に焦がれて仕方がないのだからな!嗚呼女神よ、貴女様のもとへ…、今…!!」
(違う違う違う違う!!)
どんなに否定しても、身体からはみ出る自らの魂はは魔物の方へ手を伸ばしていた。嫌でも理解させられてしまう。望んでいる、魔物と一つになって女神と一緒になる事を魂は望んでいる。
一歩一歩、目の前で魔物が近付くのをシグは見ている事しか出来ない。ガタガタと恐怖で震える身体。全身から湧き出る嫌な汗。逃げたい。逃げ出したいのに足を地面に縫い付けたようにそこから動かない。
「…っ、……うごけ…、うごけ…!」
「無駄だ」
やがて二人の距離は50pもないといった所。
差し出された魔物の指先がシグの身体に触れようとしたまさにその時だった。
"シグ……!!"
「アミ…ティ……?アミティなの…?」
「この期に及んで現実逃避か?ふっ、それも良いだろう。だが!」
"シグ!!!"
(聞こえるんだ。確かにアミティの声が…!)
「アミティ―――……」
本当にそうだったと言うのか。
彼女に向けるこの想いは、本当に魂が魔物の半身として求めているものなのか。そこに一人の人間、シグとしての想いは存在しないと言うのか。
瞳を閉じれば一人の人間、アミティと過ごしてきた数々の出来事が浮かんでは消える。
手が変になってから畏怖の目を向け始めた周りの中に、一切の迷いもなく明るく話しかけてくれたのはアミティだった。
どうしても捕まえたいムシがいて悩んでいた時、苦笑いを浮かべながらも一生懸命手伝ってくれたのはアミティだった。
テストの点が悪くて補習授業を受けた時、分からない所を教え合って点が上がったのはアミティのおかげだった。
いつもアミティが笑っていたから、穏やかでいられた。その笑顔をずっと見ていたいとも思った。
アミティだった。全部全部アミティだったのだ。
(女神だとか魔物だとか関係ない。アミティが好き。アミティが好き…!)
パチンッ!!
伸ばされた手は触れられる直前という所で弾かれた。
それはどちらから見ても決定的な拒絶の証にか見えない。
「馬鹿な!受け入れかけていた魂が拒絶しただと!?」
自身が導き出した答えを突き付けるように、シグは精一杯魔物を睨みつける。対して魔物は弾かれた事実に驚愕し焦りの色を隠す事なく叫んだ。
「何故だ、何故拒む!」
「僕はアミティが好きだ。魔物なんか関係ない、女神なんかじゃない。アミティが好きなんだ」
「お前は私だと言う事が何故分からぬのだ!」
「分からないよ、僕は僕だから。そしてアミティはアミティだ。お前はいなくなった女神の事を一生追っかけていれば良い。アミティは渡さない!」
「くっ……」
既に臨戦体制の構えを取る己の半身を見て、魔物は怒りで顔を歪めながら警戒するように一歩下がらざるおえなかった。今の身体では能力を100%出すことも出来ない事は魔物自身がよく理解している。
所詮、この身体は借り物なのだ。仮初めの身体で半身に勝つ事は叶わない。
シグの魂が拒んだ時点で勝敗は決したのだ。
(敵わぬか……)
「……ふん、今日の所は見逃してやろう。だが忘れるな。お前は我が血を受け継ぎし半身なのだ。私とお前が一つになる時は必ず訪れる。必ず!」
魔物は前にかざした手の平から魔法陣が浮かび上がらせ紫の煙を大量に生み出すと、魔物を覆い隠すように包ませた。
視界を遮るように毒々しい煙がシグをも襲い、思わず顔を庇うようにして怯んでしまう。
「……!」
時間が経つにつれ得体の知れない煙が薄くなっていき、視界が十分広がる頃には魔物の姿はもうどこにもなかった。
転移の魔導を使ったのだろうか。
纏わり付いていた"嫌な感じ"が今では嘘のように消え失せ気配が完全になくなった事を悟ると、張り詰めていた緊張の糸が緩みほっと一息、
「もう来なくて良いのに」
「何度来ても答えはいっしょ」
「アミティはわたさない」
「誰にも、…わたさない」
少年の呟きは誰が聞くわけでもなく、静寂の中に包まれ、やがて消えた。
****
「シグー!!」
聞き慣れた声が耳をかすめ、シグは振り向いた。遠くを見れば少女が手を振りながらこちらに向かって走ってくるのが見える。
彼女の顔を見れば、暗雲で隠されていた心が晴れるように明るく満ちていく。自然と口元が綻んでしまっていた。
「あー、アミティだー」
「はぁ、はぁ…っ。シグ、探したんだよ!」
息を切らしながら自分を探していたと語る彼女に不思議そうに首をかしげる。アコール先生がシグに用事があるから呼んできてほしいと頼まれたと息を整えながら彼女は説明した。
「先生に呼ばれるなんてよっぽどの事だよね。シグ、何か心当たりない?」
「ない……と思う」
今回テストの赤点なんか取っていないし、宿題もちゃんと提出している、筈だ。
先生に呼ばれる程の心当たりがない。わざわざ学校へ行く事に渋っていたが、お目付け役としてこの少女も同行すると聞いてからはその限りではない。
先生に会いに行く事よりも『アミティと長く一緒にいたいから』という単純な理由で学校を目指すシグの思惑に、彼女は気付く事なく隣で笑いかける。それを見てつられるようにシグも小さく笑うのだった。
「そういえば。さっき、アミティの声が聞こえた」
「声?うん、シグの事を探していたからね、ずっと呼んでたよ」
「ずっと?」
「うん、ずっと。それがどうかしたの?」
「……なんでもないー」
そして確信に至る。
やはり彼女の声が闇に囚われかけていた自分を救ったのだろうと。あの声に秘められた光。本当にこの少女には女神が眠っているのだろうという事。魔物の言葉は真実だという事も。
しかし、シグの想いは何も変わりはしない。
自分は彼女が好きで、誰にも取られたくない。それが例え、自分のもう一つの魂でさえも。
彼女しかいないと思った。本気の好きを知った。自分にこんなにも独占欲があるなんて思わなかった。
(これが好きっていう気持ちなんだ…。これが恋なんだ…)
魔物としてじゃなくて、僕が僕として好きだから。
負けられない。魔物にも、己にも。
ぎゅっと固く結ばれた拳が彼の決意を表す。
古より伝わる魂の縛りよりも、心から感じる想いが勝るという事を未来に渡って証明してみせようと思った。
ノマカぷよwebアンソロジー『ふらふらわー』提出作品。
11.9.26
//収束する恋慕