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黒シグ→アミ
「出して、此処から出してよ!」
彼の悲痛とも呼べる声は誰にも届く事はない。それと同時に、希望の光さえも、もう彼に届く事はないだろう。
冷たい鉄格子をガタガタと揺らしては叫び吠える姿はまるで魔物のよう。
その事を裏付けるかのように彼の身体の一部は人間のそれとは違うモノに変質していた。
「出して……出して……っ」
もう何日こうしていただろうか。叫び、問い、求め、苦しみ、果てには狂う。暗闇の中でこれを一日中繰り返す。
何故自分がこうしていなければならないのか、彼には理解も出来なければ納得も出来なかった。
只一つだけ、こうして閉じ込められる前に誰かに言われた気がする。
――――ごめんなさいね。貴方の力はプリンプに災いをもたらすわ。貴方の意志を問わずに、必ず。彼女の方も、自身の意志を問わずに覚醒するの。そしたら、貴方にとっても彼女にとっても残酷な結末を迎える事になるのよ。
太陽と月の光すら届かないこの箱の中で、幾度目かの涙がとめどなく頬を伝い、地に落ちた。
「会いたい。会いたいよ、アミティ…」
濡れた唇から零れた自身の想い人である少女の名前。
毎日叫びながらここから出る事を願っては、毎日少女の名を呼んだ。
いつものように呼び返してくれる事はなかったけれど、
『―――――。』
想い人の代わりを勤めるように聞こえるようになった声は段々と大きくなっていった。
最初はほんの微かにしか聞こえなかったというのに、今ではその音色が彼にとっては心地よいものに思える程にはっきりと聞こえていた。
「……え?ここから、出してくれるの?本当…に?」
朦朧とする意識の中で、既に人間のものではなくなった黒い手を僅かに伸ばした。伸ばす先は怪しく光る紅色。
少し前の彼だったなら、それを退ける力も自尊心もあっただろう。しかし今の彼にとって纏わり付く紅い誘惑はとても甘いもののように感じられた。
「アミティに会いたいんだ……。それだけなんだ。だから、」
(アミティ…、会えるよね……?)
(紅を宿した瞳が見つめる先に何が待っているというのか。少なくとも彼にとっても彼女にとっても、その選択が最悪な結末になる事を彼が知る術はもうないのだ)
憐憫カンタータ
シグの身体(魔物の抜け殻)に残る魔物としての能力が暴走。アミティは月の女神として目覚める。月の女神による拒絶の力が発揮されるのは魔物に対してのみ。魔物と女神が目覚めれば、魔物は必ず滅ぼされる。女神によって。
11.10.18
//憐憫カンタータ