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「お前、女神の生まれ変わりなんだろ?」
自分より遥か下に位置する少女を見下ろしながら、苛立ちをぶつけるように問い掛けてみた。
ぱちくりと幼い瞳を動かす少女はほんの少しの間だけ呆然としていたがそれはつかの間。直後ににっこり笑うと元気良く頷く。それは常時見せるものと同じ笑顔で、それが苛立ちを増大させる要因だという事に少女は気付いていない。
そもそもこんなにも苛立っている事すら、見るからに鈍感そうな少女は気付きもしないのだろう。
「うん、そうみたいだねっ」
「そうみたいだねって、お前なぁ…」
無邪気に笑いながら随分あっさりと肯定の意思を示す少女の姿に、お気楽なものだと吐き捨てるように思った。
この少女は、それらがどういう意味を持つのかまだ理解していないのだろうという事も。
そのお気楽さが幼さ故なのか、この少女特有のものなのかまでは計り知る事は出来ない。
(……無邪気にいられるのも今のうちだけだ)
この少女を見ていると、自分がまだ無邪気に笑っていた頃を思い出す。
何も知らずに純粋に生きていたあの頃。
子供らしく笑う少女の姿に昔の自分を重ねてしまっている自分がそこにいた。
「お前が宿命を背負ったのならば、それは必ず逃れ得る事なくお前を襲う」
闇の魔導師という宿命から自分が逃れられなかったように、この少女は女神という宿命にいつか必ず囚われる事となるのだろう。
既に経験者だからこそ分かるのだ。
それが世界の理で、それが宿命というものなのだと。
「……お兄さんの言っている事、あたしにはよく分からないよ」
「今は分からなくても、いずれ分かる時が来る」
それでも、と少女は続ける。
凛と澄んだ瞳には先程感じたような幼さが少しだけ薄れているような気がした。瞬間、
(………っ)
瞳が、揺れる。
自分が動揺をしている事に一番驚いたのは自分自身だった。
一瞬。そう、一瞬だった。
真っ直ぐ射抜くその視線を素直に受け取る事が出来ず、無意識ながらも一瞬目を反らしてしまった事に気付いてしまった。
光が眩しい。
その真剣さが、純粋さが、力強さが、瞳に宿る光が、かつて己自身が持っていた筈のそれが全てが、闇の魔導師たる自分には眩しかった。
「あたしはあたしだよ。女神の生まれ変わりでも、それだけは変わらない。お兄さんだって、例え変態でもお兄さんはお兄さんでしょう?」
「……ってちょっと待て、変態はどこから出てきた」
「あたしはお兄さんが例え変態さんでも、お兄さんはお兄さんでそんなお兄さんが大好きだと思ってるよ!じゃ、あたし行かなきゃっ」
「ま、待て…っ!」
制止と抗議が入り交じった声を必死に上げた所で少女が止まる筈もなかった。逃げるように無邪気に駆けて行く幼い背中が小さくなるのを見守りながら、溜息が漏れでてしまう。
(誰が変態だ、何が自分は自分だ。所詮ガキはガキか)
「ったく……」
少女は分かっているのだろうか。
少女自身の宿命と自分の宿命が場合によってはぶつかり合う事もあるかもしれないという事を。
「願わくば、あいつが笑っていられるように」
闇の魔導師が幼い少女に笑顔を願うとは、柄にもないと内心笑った。
しかし、少女には自分のようになってほしくはないと真剣に思ってしまった事も事実だ。どんな宿命が少女を襲ったとしても、少女には諦めてほしくはない。引きずられ堕ちてほしくはない。
例え少女の笑顔を奪うのが己なのかもしれないと考えながらも、そう願わずにはいられなかった。
(とある女神の生まれ変わりと神をも汚す青年のお話)
アルルとは違った純粋さや無邪気さに心惹かれていれば良い。
恋愛ではなく、年長者が子供を見守りながら振り回される。そんなシェアミ。
11.10.25
//痛み知らぬ君へ