泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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シグ←アミ←病みクル+あや











例えるならば、彼女は太陽のように暖かくていつでも明るく照らしてくれる人だった。




とても秀才だけれど嫌味で性格が悪い。
これが僕自身へ抱く大低の同級生が下す評価で、僕だって他人に嫌われる性格をしているっていう事に気付かない程間抜けという訳ではない。
勝ち気なお嬢様は僕を毛嫌いしながら喧嘩を吹っ掛けてくるし、臆病な少女はいつも堂々と胸を張っている僕を見てはびくびくしながらこちらを伺っているし、憧れの人にいつも寄り添うアイツに至っては鋭い殺意を感じる事が多々ある。

大多数の奴に嫌われている。テストの点数が高い事を先生に褒められた時、授業で一緒のグループになった時、休み時間の時、決まって僕に向けられる眼差しは屈辱的なもので。
それでも良いと思ったんだ。
僕は将来頂点に上り詰め偉大な魔導師になるのだから、そんな偉大な僕と仲良くしておけば良かったと絶対に後悔させてやるんだ。
そんな思いだけが僕を前に進ませた。
それだけの事を胸に抱いて生きてきた、筈だったのに。

(クルーク)
(クルーク、どうしたの?)
(ありがとう。嬉しいよ、クルーク!)

不思議な事に只一人だけ、他と違っていた奴がいた。
彼女だった。

大多数の奴が顔を歪めて不快感を露にするような皮肉を込めた言葉にも、気にもとめていないというかのように彼女はにっこりと無邪気な笑みで返した。
嫌な顔をされる事が当たり前だった僕に、それが衝撃的なものに感じられた事は言うまでもないだろう。
時々苦笑いされる事はあったけれど、僕の言葉に唯一笑顔を浮かべて応えてくれる彼女に段々惹かれていくのは自然の事だった。

人付き合いには向いていない僕の性格によって彼女に対して素直になれる事はなかったけれど、彼女が笑顔を見せてくれるだけで、こちらを向いてくれるだけで僕の中にある何かが満たされていくのを感じていた。



『好きだよ、__。』



彼女の眼差しが僕へ向けられる事はなくなったあの日から、それは全部別のものに変わっていったけれど。








「……お前、今何と言った?」

夜、電気の明かりも付けず月明かりだけが差し込むだけの薄暗い部屋の中に一人の少年と机に放り出された本が一つ。
本からはみ出る紅い魂は驚愕した表情を見せながら目の前の少年に問い掛けた。

「聞こえなかったのかい?僕のこの身体をあげるって言ったんだよ」

紅い魂は訝しげに黙り込む。この少年が何を考えてそんな事を言っているのか全く理解出来なかったからだ。

(こいつ……、何を考えている?)

その本の名は封印の記録。
その名の通り遠い昔、魔物の魂をこの本によって封印した事を記した代物だった。心ない人間によって身体から引き剥がされ封じ込められた紅色の魂は、本の中で己を取り戻し人間達に復讐しようと心に決めたが、封印によって果たす事が出来ずに長い時間を無駄に過ごしていた。しかし、一人の少年が必要な道具を揃えた事で邪悪な紅い魂は解き放たれる事になる。

封印を解いた少年、名はクルーク。彼にとっては力が欲しいあまりに好奇心で解いただけなのだが、とにかく身体を欲していた紅い魂に身体を乗っ取られ、後に友人達の行動により救い出されたとは言え酷い目にあってしまう。

そんな目にあっておきながら、今になって身体を自ら差し出すなどとは正気の沙汰ではないのだ。
そう、人間から見れば。

「何を黙っているんだい?これは君にとって良い話だと思うけど」

「ああ、その身体を手に入れれば我が半身を取り戻す事も可能になるが。しかし、お前はずっとそれを拒否していたではないか。どういう心の変わりようだ?」

何故今になってなのか。紅い魂の最大の疑問はそこにある。
半身を取り戻す為には自由に動かせる仮初めの身体が必要で、いつも本の傍から離れないクルークの身体は狙いを定めるのにおあつらえ向きとも言えた。しかしそれが出来なかったのはクルーク本人の拒否によるものだったからだ。

「お前シグの身体を狙っているんだろう?」

「……シグ?ああ、我が血を受け継ぐ半身の事か?」

「アイツは……、アイツは僕の唯一"大事なもの"を奪っていったんだ…ッ!!」

ぞわり。
魔物は背後に冷たいものが通ったような感覚を覚える。
ギリリと唇を噛み締めるクルークの瞳は激しく揺れ、確かな憎しみと狂気がそこに存在している事を物語っている。


「アイツは……!!アイツは……!!」


突き刺すような鋭い殺気を纏いながらクルークの憎しみの矛先は、"大事なもの"を奪った者へと向けられた。




『好きだよ、シグ』






「アイツは僕の大事なものを奪った。後から出てきた癖に横から奪ったんだ。アイツが憎い。アイツが恨めしい。だって、本当なら僕だったんだ。彼女の隣は僕だったんだ。彼女の笑顔が向けられるのは僕の筈だった。彼女の好意は僕が受け止める筈だった。僕には彼女しかいないのに。僕に笑ってくれるのは彼女しかいないんだ。何で、何でなんだよ。僕が先だった。アイツなんか後から出てきた癖に。全部全部横から取って行ったんだ。アイツが憎い。アイツが許せない。アイツが憎い。消えれば良いんだ。アイツが消えれば彼女は僕のもとへ戻ってくる。また僕の方へ向いてくれる。消えろ、消えろ、消えろ、消えてしまえッ!!そうすれば彼女が……、あはっ。あはははははははッ!!!!」


(…………)

言葉を紡いでいくにつれて増していく憎悪と狂気。部屋中に響き渡る声。
普段の彼からは想像を絶するそれらをひしひしと身で感じながら魔物は内心戸惑う。

(こいつは狂っている)

「……だから、さ。お前はアイツを取り込んでアイツの存在を消してよ。そしたら僕の目的も達成されるんだから。お前は本当の身体を、僕は"大切なもの"を取り戻す。まさに一石二鳥というやつだろう?なぁ?」

(……しかし、都合が良い)

戸惑いを見せていたのもつかの間の事で、にやりと笑みを浮かべた魔物。
本来の身体の持ち主である彼が狂気を膨らませれば膨らませる程に心の内にある闇が濃くなり、深い闇を簡単に扱いやすくなる。それと合わせて目的も感情さえも一致していれば、それだけ持ち主との誤差や抵抗がなくなり身体を自由に動かしやすくなる。
魔物にとって、目的を果たす為に今の状況は都合が良いとも言えた。
最初から断る理由など存在しえないのだ。

「良いだろう。その取引乗ったぞ」

「取引?違うね、これは契約さ!」


瞳を閉じるクルーク。
紅い魂が本から離れ、素早く彼の胸元から体内へ入っていく。
可視出来る程の膨大な紅い魔力が彼の周りで渦巻く最中。変わる髪色、変わる服装、変わる姿。
きっちり整っていた髪は濃く乱れ、紫を基調とした服は紅く染まり衣に覆われる。
次に瞳を開けた時、その瞳は燃えるように紅く光っていた。

その口元は卑しい笑みを作る。
目の前に置かれた本には、もう何も残っていない。
だからこそ少年は嗤うのだ。


「嗚呼、待っててよ。アミティ」






闇堕ちって良いなと思いながら、クルークが闇堕ちしたらどんなものかなと考えて出来たネタでした。
アミティに依存したクルークの話。
クルークの闇堕ちって、姿だけならあやクルじゃないですか。でもそれだけじゃ本当に堕ちた事にはならない。クルーク自身の意志で身体を差し出してあやクルの他者を傷付けるやり方に賛同する。それがクルーク闇堕ちだとなんだと思います。
あやクルの姿でクルークの意識が残っていたら燃える。


10.11.18
//愛憎攪拌機