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あや←アミ
「あー!あやしいほうのクルークだ」
「……!」
「久しぶりだね」
「……そう、だな」
「図書館に行くの?」
「……あぁ」
あの日から彼は時々、クルークの身体を借りてはあたしの前に姿を現す。
何でも本に閉じ込められっぱなしは嫌なんだって。クルークの事を気遣ってか、その姿を見れるのは本当に時々。
一時的に自由に動かせる身体を手に入れた彼は、つかの間の自由を満喫するって。最初に会った時それはもう嬉しそうに語っていた。
でも。
(あ……、今日もだ)
でも、なんでかな。
本から出てきて嬉しい筈の彼は、悲しそうにどこか遠くを見ている時があるのをあたしは知っている。
目を細めて、瞳を揺らして、今にも泣きだしそうな顔をして、ずっと何かに耐えているような、そんな顔。
「どうしたの?何か元気ないね」
あたしは気になって声を掛けて聞いてはみるけれど、彼は決まって慌てたようにそっぽを向いて視線を避ける。
そしてこう言うんだ。
「……なんでもない」
横顔から見える彼の目尻は、濡れているような気がして。
(そんなに悲しい顔をしないで)
って言いたかったのに。必死に迫りくる"何か"に耐えぬく彼を見ていたら、そんな言葉は喉から出かかって消えてしまった。
「……」
「では、私は失礼する。新たな本を読みたいのでな」
「ぁ、待って!」
いつもだったらここでお別れ。
でも、やっぱり行かないでほしい。今日はそんな想いが強く生まれて、気が付けば彼の手を掴んでしまっていた。
彼は瞳を丸くして驚きながら言葉を失っている。
「……」
「ぁ、えっと……その……」
「……」
言い淀むそれはまるでリデルみたいだと内心苦笑してしまう。
最初は彼が本を読みに行くのを邪魔されて怒っているのかと思ったけれど、違っていたみたい。じっとあたしを見つめて、あたしの言葉を待ってくれているんだ。
(どうすれば彼の悲しみを和らげてあげるができるんだろう。どうしたら悲しくなくなるの?あたしは……)
「……あたし、キミの事が大好きだからね」
「!」
「大好きだから、忘れないでね。……あはは、何言っているんだろ」
「……ありがとう」
彼はそう言ってやわらかく微笑んだ。
初めて見る彼のその表情はとても優しくて、あたしが見とれてしまう程に儚かった。
「そんな事を言われたのは長い間生きてきた中でも初めてだ。そうだな、私はお前の事は嫌いではないぞ」
「本当?」
「本当だとも。ああ、そういえば本を返しに行く途中だったな。では今度こそ失礼するぞ。アミティ、またな」
「……! うん、またねっ!」
あたしはたくさん、たくさん手を振った。彼の背中が見えなくなるまで。振りすぎてちょっと疲れてしまうくらいに。
『また』と言ってくれた事が何より嬉しくて、はりきりすぎちゃったみたい。だって『また』っていう事は、また会ってお喋りをしても良いっていう事でしょう?
あたしにとって都合の良い意味でとらえすぎかな?でも、また会いたい。彼とまたお喋りしたいよ。
彼の悲しみを癒す事は出来ないかもしれないけれど、もっと彼の笑った顔が見たいから。
12.5.5
//埋まる距離感