泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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女神→魔物(あやクル)→アミティ。
魔物と月の女神敵対ネタ。

















あたしは貴方に何も出来ない。
あたしは傷を与える事しか貴方にしてやれない。その傷を癒やす事も、慰める事も、優しい言葉をかける事すらしてやれない。
だって、あたしは邪悪な魔物を滅する定めを背負った存在だもの。
どんなに恋い焦がれたって、どんなに泣き叫んだって世界は無情にも答えてくれない。
会いたくて、会いたくて、会いたくて、会いたくて会いに行けば戦うしかなくて。戦って、戦って、戦って、戦い続けて果てに貴方を傷付ける。たくさんたくさん酷い言葉を投げかけながら、魔力の塊をぶつけて、肉体的にも精神的にも追い詰めて、苦しめて。
あたしに許されたのはそれだけだった。たった、それだけ。
こんな馬鹿げた定めに逆らおうにも立場がそれを許してくれない。貴方に会う為に殺意を向け続けるか、縛りを受けて貴方に一生会えなくなるか。選択肢は二つで、そのどちらかしかなかったの。どちらを選んでもあたしにとっては破滅への道だったの。
ねぇ、あたしはどうすれば良かったのよ。
ねぇ、貴方はどうしたら良かったと思う?

ねぇ?



***



愚かな人間に騙され、封印された魔物の魂。神々の連中もそれはそれは予想外だったらしく、頭を抱えて唸らせていた。簡単に言うとあの本の中にいたままでは滅する事は出来ないから。
残った方は害がないらしくひとまず様子見、このまま何も影響がないなら放置という事になったけど、取り除かれた邪悪な紅い魂の方はそうはいかない。
先読みの結果、条件が揃って封印が解かれるのは長い長い先の未来だった。だから、あたしは眠って待つ事にしたの。
永い眠りに入り転生の儀式を行う。魔物が復活を遂げた頃に追って転生したあたしが目覚める。そして魔物を完全に滅する。
それが、あたしに与えられた新たな使命だった。

目覚めた時、あたし嬉しかったんだ。あの日々がまた始まるんだって。また貴方に会えるんだって。心浮かれて、楽しくなって。
ああでも、それは間違いだったみたい。


「なぁに、抵抗しないの」
「傷付けたく、ない」
「はっ、まさかとは思うけど落ちぶれすぎちゃって頭がぱーになっちゃった?」
「その娘を、傷付けたくはない」
「娘ぇ? あはっ、まったく何度言えばいいのかな。もうこの子は存在しないんだってば。ぜーんぶあたし、な、の。分かる?」
「その娘は、アミティは言ってくれたのだ。こんな私でも、ここに居ていいのだと」
「ねぇ、」
「だから、私は――」


相対するあたし達、殺意を向けたこの状況。一回動けば、致命的になるかもしれないっていう時に、何とも似つかわしくない穏やかな声。
言葉が詰まる。
魔物は笑っていた。
ただ、ただ、微笑んでいた。
その微笑みに不覚にも魅せられて、罵る為の唇は上手く動かない。
だって、それがあたしに見せてくれた初めての、


「――戦わない」


ぷつん、と。
何かが切れた音がする。
まるで支えをなくした操り人形のように、あたしを支えていたものが崩れていくような気がした。

「な、なに、いってんのよ。それがなにをいみするのか」
「分かっている。この身体の持ち主……クルークも了承してくれたよ。アミティを傷付けたくはないとな」
「な――っ」
「巻き込んでしまってすまないと思っている。せめて、痛みは引き受けよう」
「馬っ鹿じゃないの。そう言ってあたしを油断させる気ね、そうなんでしょう!」
「……」
「騙されないから、絶対に!」
「……」

笑う、笑う、笑う。
返事の代わりとして返ってくるのは微笑みの一点のみで。
あたしはその光景がにわかに信じられなかった。信じたくなくて否定したかった。
揺らぐ、揺らぐ、揺らぐ。
だって、……え、嘘だ、嘘だよ、ね。
だって、こんな奴じゃなかったもの。こんな、誰かに笑顔を向けてもらえる奴じゃなかったでしょう? こんな微笑みを向ける奴でもなかったじゃない。
ここに居ていいと言ってくれた? 嘘よ。
いつも独りぼっちだった癖に。
人から畏怖される存在で、嫌われ者に会いに行こうなんて思う者なんかあたしぐらいなものだった癖に。
人を信用しないから近付こうともしなかった癖に。
本を読む事や掃除をする事、そして人間やあたし達へ憎しみを走らせる事でしか気持ちを発散出来なかった癖にっ。
あたしを相手にするしか、気持ちのぶつけ所がなかった癖に!
どうしてよ、どうして笑えるのよ。こんな状況で、どうして。
分からなかった。
否定したかった。
こんな魔物、知らない。
あたしは知らない!
あれ、あれ、あれ……?

「あ、は。はははは、はははははははははははは!!!」
「――……?」

訝しむ魔物の目なんか気にせずに笑い続ける。だってああ、これが笑わずしていつ笑えっていうの?
答えは簡単だった。
魔物は独りぼっちじゃなくなったんだ。
人から畏怖される存在じゃなくなったんだ。
嫌われ者でもなくなったんだ。
人を信用出来るようになったんだ。
誰かに気持ちをぶつけられるようになったんだ。
笑えるようになったんだ。
ここに居ていいと言ってくれる人が、大切な人が出来たんだ。
そして……、もう戦ってくれないんだね。
こんな、皮肉にも程があるじゃない。よりによって彼の全てを包み込み、彼を救ったのがいわばあたしの分身とも呼べる存在だなんて。
彼を愛し、彼に愛されたあの子。ああ、どうしてあの子なんだろう。羨ましいな。なんであたしじゃ駄目だったの。
ねぇ、お願いだから戦ってよ。戦ってくれないと、あたしが貴方を倒しちゃうじゃない。
貴方が戦ってくれないと、終わるしかないじゃない。

「お前……、泣いているのか?」
「あはは。もう、いいや。面倒臭くなっちゃった」
「……おい。お前、力が、存在が希薄になっているぞ……!?」
「安心してよ。あの子は何ともならないからさ」
「どういう事――」
「――今までごめんね」
「!!」

本当はもっといっぱい一緒にいたかった。戦い続ける定めしかなかったけれど、それでも貴方の傍にいたかった。
でも、もう終わらなくちゃ。戦いの中でも貴方を殺すしか道がなくなったのなら、あたしは選ばなかったもう一つの道を選ぶから。
こうしてあたしは少しずつ消えてゆく、一欠片残さずあたしという存在が剥がれ落ちて消えてゆく。
これでいい。
神としての義務?果たすべき使命? そんなもの知らない。定めなんてくそくらえ!
永らく続いた戦いに終止符を。
ああ、でも最後に一つだけ言わせて。あたしの最初で最後の素直な言葉。


















目覚めた時には全部終えた後で。だからあたしは彼に全てを話しました。あたしが眠っている間に見た彼女の記憶、感情、想い、全部を。
彼はその間黙って聞いてくれました。まるで、空いていた隙間を埋めるように。

「私は……今でさえ、あやつを許す事は出来ぬ。私が受けた傷は本当はやりたくはなかったの一言で許せるものではない」
「……」
「しかし、あやつと過ごした日々はそれなりに刺激があって良かったかもしれないな。今思えば、あの頃私を相手にしてくれた者などあやつしかいなかったのだから」

そう言って彼は笑いました。
僅かな哀しみの色を瞳に宿しながら、ただ、ただ、優しく微笑んでいました。

ねえ、女神様。
あたしは貴女から生まれたようなものでした。
ならば、貴女がいたからあたしが居るんだって事なんだよね。
あたし、貴女に言いたい事があったんだよ。
ありがとうって。
あたしに生まれる機会をくれてありがとうって。

「どんな形にせよ、こんな嫌われ者を愛してくれた事は感謝するべきなのだろうな」

もう貴女に届く事はないけれど、あたし達はそれでも思わずにはいられない。

「ありがとう、と」


13.8.2
//幸せと哀しみの絶対条件