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「ねぇ、キミって馬鹿だよね」
「あ?」
勝負の後で傷付いた体に、癒しの魔導を押し当てる彼を見下ろしさながら、アルルはさも当然かのように言葉を放つ。
言われた張本人――、シェゾは手から漏れ出す淡い光を止め、眉を潜めた。
人間誰しも馬鹿と罵られれば不快な思いをしても、愉快な思いなどしない筈。とうの昔人間である事を止めた闇の魔導師とて、それは例外ではない。
しかし己が敗者である手前、声を荒げるような事はしないが。
「いきなり馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。お前にそんな事を言われる筋合いはないぞ」
「えー、だってそうじゃない?」
アルルは、地べたに座り込むシェゾの目線に合わせるようにしゃがむと、ビッと人差し指を天へと向けた。
心底楽しそうに笑う少女に冷えた視線を送るシェゾ。視線の矛先にいる少女はそんな事はお構いなしに話し始めた。
「だって変な事言ってくるし、そのおかげで皆に変態呼ばわりされてるし。実際変態だけど。時々勝負してくるけれど僕が勝っちゃうし、そういえば前に塔で律儀に待ってた時もあったっけ?ぷよぷよ勝負にも快く応じてくれるよね?何か時々助けてくれる事もあるし、結構甘い所もあったりするかな。ねぇ、キミって本当に闇の魔導師?」
「ぬぅ…」
最初のはともかくアルルの口から次々と挙げられるのは、今まで己が為してきたもの。それに対しシェゾは、唸りの声を上げるしかなかった。
少女に出会ってから辿ってきた道。それが闇の魔導師らしい行いだったかと問われれば、自信など無いに等しい。それ程シェゾ・ウィグィの行動は己自身から見ても、少女の目から見ても闇の魔導師としては異質なものだったのだ。
眉間にシワを寄せ続けるシェゾは軽く息を吐いて自嘲気味に口の端を吊り上げながら思う。
何が闇の魔導師だ、何が神を汚す華やかなる者だ。聞いて呆れる――。
「ま、そんな事言ってるボクも大馬鹿者なんだけどさ」
「は?」
「そんなキミにいつも付き合ってあげてるって事」
……またどこか馬鹿にされている感じが拭えないのは何故なのか。
相手にするだけ無駄だと感じながら、体の治癒を再開しようと手をかざした時、アルルの腕が彼の腕へと伸びていった。
ぐっと力強く引っ張られる裾。ぎゅっと握り締めて離さない手の平。
(アルル、お前は何を――、)
喉から出掛かった言葉が声にならなかったのは、少女の手が僅かながらも震えていたからで。
震えを露にしたまま少女は優しく、にっこりと。憂いを帯びた瞳で微笑んでから言うのだ。
「ずっと、馬鹿でいようね」
(光と闇に堕ちるくらいなら、道化となってでも踊り続けましょう)
光と闇として戦わなきゃいけない未来が来るなら、ずっと馬鹿をやっていたいねっていう話。
11.6.5
//下らない世界のまま、このまま