泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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まぐりん←エコロ




背中越しから伝わるのは、冷たいテーブルの感触。
覆いかぶさる様に私の真上にいる幼なじみが不気味に笑っていた。


(わ、私…、もしかして押し倒されてる―――!?)




あれ、あれ……?
なんでこんな事になったんだっけ?

事の始まりは放課後の部室。いつもの様に部活動を始めた時、珍しい事に幼なじみの姿がどこにも見当たらなかった。急用が入ったか休む事を私に伝え忘れたのか、気にする事はなかったのだが。
途中先輩は何やら用があると言って帰ってしまい、私はまだやりたい事があったのでほんの少しだけ残る事にしたのだ。
そしたらとっくに帰ったと思っていた幼なじみが部室にやってきたのだから、それはもう驚いたよ。

「まぐろくん……?もう帰ったのかとばかり思っていたよ」

「…………」

「まぐろ…くん?」

その時の幼なじみはただならぬオーラを纏っていたというか。とにかく普通じゃなかった。
いつもの笑みはどこかに消えていて話しかけても何も喋ろうとはしないし、髪で目を隠している彼の表情を読み取る事は出来ない。いつもと何かが違う彼が私の元へ近づいていくのを、ただただ見ている事しか出来なかった。


ガタンッ。




そして最初に戻るというわけだ。





「りんごちゃん。君が好きだ」

「まぐろくん?…ふ、ふざけているのならこれはやりすぎだと抗議します!」

「悪ふざけなんかじゃないさ。僕は本気だよ?」

「あ……」


見上げた先で、ちらりと髪の隙間から見え隠れする彼の瞳は真っ直ぐで、とてもふざけてやっているようには見えなかった。

まさか彼は本当に私を……?


「りんごちゃん、君が欲しい」


それはどこぞの変態魔導師の台詞ですか。
なんて的確なツッコミを入れられる状況ではない事は明白だった。でも、何を口にしたら良いのか分からないのだ。
だって、今まで幼なじみとしか認識していなかった彼から告白なんて。


「りんごちゃん、」

「え…っ。あ…っ!」


彼はあろう事か、私の身につけているベストを脱がし始めた。咄嗟に抵抗しようと暴れようにも脚は中途半端に机の下へ放り出されていてろくに動けない。それでも、どうにかして逃れようと足をばたばたさせていたら、彼は馬乗りになる事で脚を止めさせた。手で彼の腕を払いのけようとしても非力な女の私が男の彼に敵う筈もなく、必死の抵抗もむなしく脱がされてしまう。


「りんごちゃん、君も僕が好きでしょ?だから一緒に遊ぼうよ」


直感が告げていた。
逃げなければならないと。
彼が何をしようとしているのか私には何となくだけど分かっていた。だけど、どうやって?どうすれば良い!?

ぷちり。
シャツのボタンが外された音が確かに耳に届いた。


「嫌っ…!嫌っ…!まぐろくん放してっ!!」

「っ、うるさいな」


彼はそう言って私の両手首を無理矢理片手で押さえ付けた。
頭上で力強く締め付けられる両手首に激痛が走る。

(痛い……。いつもの、まぐろくんの、力じゃないみたい…!)


「片手じゃ面倒だなー」

「やっ!…まぐろくん…まぐろくんっ!」

ブチリッ。

片手ではボタンを外しにくいと判断したのだろう。彼は空いた片手でボタンを引っ張り上げる事によって、無理矢理外していく事にしたらしい。

1つ。

ブチッ。

2つ。

ブチリ。

3つ……。




やだ。やだよ、まぐろくん…。

こんなに怖い彼を見た事がなかった。
これが本当に彼なの?
面白くて優しかったあの彼なの?
それとも、私が知らなかっただけ?

こんなの、こんなの彼じゃない……。
こんなの……っ!!


…………っ!!





「………エ、コロ?」



ぴたり。


私がとある存在の名を口にした時、シャツにかけていた手が止まった。手だけではなく、彼のありとあらゆる動作は停止した。

私は、昨日とはまるで別人のように振る舞う彼に、一つだけ心当たりがあったのだ。それは魔法の扱える、こことは別の世界に住んでいる摩訶不思議な集団がこの世界に降り立った時の事。
不思議集団の中に一人の少女が不気味に笑っていたのを今も鮮明に覚えている。ああ、どうして気付かなった。


「あーあ、バレちゃったのか。せっかく良い所だったのに」

「エコロ…!なんでまぐろくんの体を……。どうして?」

「言ったでしょ。りんごちゃんにギリギリアウトな展開を仕掛けるのは僕の役目だってね」


幼なじみの口から放たれる悪びれないエコロの言葉。
私が彼を睨みながら黙っていると、エコロはやれやれと言った態度を取ると私の上に乗っていた体をどかしてくれた。


「エコロ、まぐろくんの体を返して」





「………良いよ。りんごちゃんがそれを望むのなら」


(あれ………?)


胸につっかえるような違和感だった。
エコロがすんなりと受け入れた事もそうだけど、私の感じた違和感はそちらではなかった。
エコロが哀しそうに私を見ていた気がしたのだ。
今エコロの媒体である幼なじみは、髪で顔を隠してしまっている。だからその表情を読み切る事は出来ない。今の彼も口だけを見れば無表情に違いない。幼なじみを乗っ取ってあんな事をしても、尚悪びれる様子もない。
それでも、私には今の彼が哀しそうに見えた。


(何故なのかは分からない。でも……、)



「じゃあね、りんごちゃん。楽しかったよ」

「あ、待って……っ!!」


私が慌てて手を伸ばした瞬間。彼の身体からすぅっと黒いもやみたいな何かが抜け出ていくのが見えていた。そして力が抜けたように倒れ込む身体を受け止める為に、必死に両腕を伸ばすと何とか無事に支える事に成功した。

「エコロ……」



幼なじみを支えながら室内を見渡しても、彼の姿はおろか気配までも感じられなくなっていた。




りんごが好きで触れたいけど実体がないエコロが、ナチュラルな関係を築けているまぐろに嫉妬し身体を乗っ取りりんごをおそうけれど、りんごの傷付く所は本当は見たくなかったという話。

これの続きのまぐりん話も宜しければどうぞ。


11.9.2
//落ちる影