泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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レムレス死ネタ。
魔物が登場しているが、魔物≠紅い魔物。RPGでいうモンスターみたいなもの。
人を襲う魔物がつい最近現れ始めたという設定。
中途半端な終わり方。
最後にあのお方登場。










「フェーリ危ないっ!!!」

「……っ?!」

声に気付いて少女が振り返った時、魔物はもう目前に迫っていた。
振り上げられた爪の前で、血の気がひいた思いで身を固まらせる少女。
嗚呼、もう自分は駄目なのだ。そう思いながらぎゅっと目をつむった瞬間、爪は少女を襲い、鮮やかな鮮血が宙に舞った。

(………え?)

来たるべき痛みが少女を襲う事はなかった。
少女は恐る恐る目を開くと、思わず身を震わせた。そこには少女達にとって信じがたい光景が広がっていたからだ。

どうして。今頃あの魔物の爪を受けているのは自分だった筈なのに。

(なんで…?…どうして…?)

少女は、目の前に広がる大きな緑の背中が魔物の爪に貫かれるその光景を否定したかった。この光景が夢ならばどんなに良かった事か。
しかし、ぽたりぽたりと滴り落ちる鮮血が現実を思い起こさせる。これは夢ではない、現実なのだと…!

やがて魔物の爪が身体から引き抜かれると、傷口から勢いよく血が噴き出していった。与えられた苦痛に顔を歪めながら倒れゆく彼―――レムレスは意識が朦朧と薄れゆく最中に、手を宙にかざしながら意識を集中させる。その手に込めるは魔導の光。


「……っ、グラッサージュッ!」


彼の放つ光の魔導が渾身の一撃を与えたのと、彼の背中が地に付いたのは同時の事。


(あ……、あ……、)


「せん、ぱい……。レムレス先輩っ!!」

少女がやっとの思いで喉から搾り出したのは、愛する彼の名前だった。
横たわる彼の隣に座り込み直ぐさま止血の処置を施そうと血に塗れた腹の上に手をかざす。
癒しの魔導は専門外だが、やらないより良いとの判断を下した少女は、魔力を練ろうと意識を集中させるがその手を止めた。否、止めさせられてしまった。
びくりと少女は驚いた後、血に濡れた彼に視線を動かす。手を止めさせたのは他でもない、彼自身の手によるものだったから。

嗚呼、もう。

彼も少女も、もう分かっていたのだ。それでも少女は認めたくはなかった。認める事が出来なかった。
掴まれた手から温もりが消えていくのを、彼の身体が青白くなっていくのを。
彼自身も己の生命が失われていくのを感じながら、それでも最期の気力を振り絞りながら力強く握るその手を離す事はしなかった。

(まだ……、彼女に伝えなければならない事があるから…。だから…、)



「フェーリ……、生きて……」





それが彼の最期の言葉だった。





「嫌……、せんぱい…?いや…。いや…っ、嫌あああああああああっっ!!!」




遠くで彼女の叫び声を聞きながら目を伏せたクルークは、何も言葉にする事は出来なかった。
只彼の頭を支配するのは絶望の二文字だけ。

つい最近出現し人々に害を為し始めた怪物、人々は便宜上魔物と呼んだ。
レムレスはこの事について、独自に調査を行う事にしたのだ。それを知ったクルークは、未知への探究に心惹かれたのか付き添う形で彼に同行した。勿論、いつも彼の傍にくっついている少女フェーリも一緒に。
森の外れで調査を始めていると、そこに突如として複数の魔物に襲われ三人で対峙している時にその不幸は訪れたのだった。


(いや、違う……。あれは、あれは僕の……、)



ふとすぐ側で魔力が練れられるのを感じたクルークは伏せていた目線を少女へと戻しながら訝しげに眉を潜めた。つい先程息を引き取ったレムレスを囲むように描かれた魔法陣。
その前で何かを始めようと魔力を練り上げている少女。


「フェーリ…。君は何を……」

「何って、決まってるわ。……先輩を、生き返らせる為よ」

「生き返らせる為って、そんな事、」

「出来るわ!禁忌とされている黒魔術を使えばね」


クルークは考える。行おうと思えば人をも呪い殺せる黒魔術を扱えばレムレスを生き返らせる事も可能ではないか…?
しかし、より高度な魔導にはそれと同等の代価が必要になる。人はその代価を魔力や精神力といった形で支払う事で魔導は完成する。
ならば人一人を蘇らせる代価とは何か?彼女の魔力は同年代と比べたら人並み以上こそあれ、そこまでだった筈だ。レムレスならまだしも、大人に満たない彼女が相応の代価を支払える筈がない。何を以って彼女はこんなにも確信に満ちているのだろうか。


「おい、君はまさか……」

「………儀式を、始めるわ…」


簡単な事だ。
人一人を蘇らせる為に、人一人の生命力を捧げれば良い。


「やめろっ!!」


儀式を始めようと手をかざす彼女の腕を掴むクルーク。それを振り払おうともがく少女はキッとその手の主を睨みつけた。


「何するのよ!アンタは先輩に生きてて欲しくないわけ?!ねぇ、ねぇ!!?」

「生きてて欲しいさ!でも、ここでお前が代わりに死んだら、レムレスは何の為にお前を生かしたんだよ!?どういう気持ちでお前に生きろって言ったと思ってるんだよ!?」


レムレスは分かっていたのだ。
己の命が燃え尽きた後、傍らにいる少女がどのような行動を取ろうとするのかを。
少女も傍らにいる少年も彼の最期の言葉を思い出す。


"フェーリ……、生きて……"



「何よ…、それ。あたしのせいで先輩は死んだのよ…?あたしの、せいで……。じゃあ、あたしはどうしろって言うのよ…?どうすれば良いのよぉ……っ!?」



力を無くしたように泣き崩れる少女を、クルークは只見ている事しか出来なかった。


「違う……。違うんだ……」


(レムレスは僕が殺したようなものだ…)


完全に自分のミスだった。
魔物と対峙していた時に隙を与えてしまい、自分を擦り抜けると同時に攻撃の爪がフェーリへと向かった。それをレムレスが咄嗟に庇っただけなのだ。
それは些細なタイミングが引き起こした不幸とも呼べる出来事。

(フェーリは悪くない……。僕がその術を使えたのなら。むしろ、僕が代わりにイケニエになりたかったくらいさ)



「………っ?!」


そこまでの考えが及んだ後、クルークは気付いてしまう。
新たな魔物の気配が幾つも存在する事に。それも一匹や二匹ではない、二人で相手をするには程遠い数の魔物が忍び寄っている事を。
悲しみに明け暮れている場合ではない。ここは何としても彼女を守らなければならない。
クルークはぎゅっと拳を握りしめ、傍らで泣いている少女を力強くみつめた。

それが命を懸けて彼女を守ったレムレスへの、せめてもの償いと信じて。





「……フェーリ、また魔物が近づいてる。僕等二人では圧倒的に敵わない程の数さ。ここはひとまず逃げよう」

「嫌よ、嫌っ!あたしはレムレス先輩から離れないんだからぁっ!!」

「フェーリ!」

「いや!」

レムレスに縋り付いて離れないフェーリを困った様子で見つめるクルーク。
レムレスを背負って逃げてしまうのが一番良い方法なのだが、生憎自分にそんな体力勝負など不可能だという事は十分理解している。だからここは彼を置いてこの場を去るしか手段がない。しかし、只でさえ動けないでいるフェーリがそれを許してくれる筈もなかった。

(……っ!!)

いくら説得を続けても聞く気のないフェーリと膠着状態に陥っているその時、魔物は二人を囲むようにして姿を現した。
間近に聞こえる雄叫び声に焦りの色を隠せないクルークの首には冷たい汗が流れていく。下にいる少女は断固として離れようとはしない。

頭では分かっていた。
生き残る為にはもう逃げるという手段を用いるのではなく、戦う事を選ぶしかないのだと。しかし、一人で多数を相手にする事等、どうすれば良いのか全く分からなかった。

そこでクルークは改めて思うのだ。
チカラが欲しい、と。



(チカラが欲しい……。只、格好付ける為だけの力ではなく、彼女を守る為のチカラが……っ!!!)



チカラが……!!!







――力が欲しいのか。



(え?)



――力が欲しいのかと聞いている。



(なんだ……。頭の中で直接…声が…)


突如として頭の中に響き渡る声にクルークは驚きながら頭をおさえた。
そして思い出したのだ。自分はこの声の主を知っている。この声は……。


(あの時の…本の……!?)


クルークにとっては忘れもしないあの日の出来事。
強くなりたいが為に本の封印を解いてしまい、何者かに身体を乗っ取られてしまった事。幸い、友人の手によって戻してもらったが、あの後自分を乗っ取った何者かがどうなったのかまでは定かではなかった。


(その奴がどうして……。何を企んでいるんだ…!?)


――企む?ふっ、面白い事を言うな。私はお前に力を貸してやろうかと聞いているのだが。


(また僕の身体を乗っ取る気か?)


――今のお前にとって悪い話ではないと思うが?お前が私の代わりに本に閉じ込められている時、感じた筈だ。我が力の大きさを。それともあの娘もろともここで果てるか?


(くっ………)


――なに、あの時のような悪さをしよう等とは思わないさ。私はお前に死なれては困るというだけの事なのだからな。


(どういう事だ?)


――本来三つの魔導具がなければ私は具現化する事が出来ない。しかし、一度感応を果たしたお前ならば、お前の意識次第で唯一具現化出来るようだ。私はいつの日か、我が半身を手に入れる為にお前が必要なのだ。分かるか?お前と私は利害が一致している。


(悪さをしないって?機会を伺っているという意味では同じ事じゃないか)


――別に今を逃しても私にはこの先無限の時間がある。幾らでも機会を伺えるが、お前はそうでもないだろう。さあ、どうする?伸るか、反るか。


(……フェーリを、助けてやってくれ)


――交換条件というわけか。ふっ、良いだろう。


クルークは瞳をゆっくり閉じると、混濁した意識の中へ溶けていく。
自分はどうなっても良い、只彼女の無事だけをひたすら願いながら………。





「うっ…せん、ぱい…せんぱい…ううっ…」


横たわるレムレスに縋り付いて泣きじゃくる少女フェーリは、今の危機的な状況を頭では十分理解していた。早く逃げなければならない。頭の中の赤信号は逃げろと命じている。しかし、身体がどうしても動かないのだ。身体全体が石と化したように重く、固い。それが恐怖からによるものなのか、はたまた愛する彼と離れたくないからなのか、フェーリは分からなかった。あるいは両方なのかもしれない。

(ああ、アイツだけでも逃がしておけば良かったわ)

いつも嫌味ばかり言って他者を見下し、会えば衝突ばかりしていたクルーク。
でも、同じレムレスを慕う者として、悔しいけれど少しは理解出来る部分もあったのだ。
先程だって、あんなに憎まれ口を叩いていた自分の事を、レムレスを殺した自分の事を放って自分だけ逃げれば良かったのに、律儀に一緒に逃げようなどと言って。

(ごめんなさい、クルーク……。詫びた所でどうにもならない事は分かっているけれど……)

魔物の雄叫び声が間近に聞こえる。
フェーリは感じていた。魔物の爪が自分へ迫って来るのを。もう自分の命はないに等しいのだと。


(レムレス先輩、ごめんなさい。あたし、貴方の言った事、守れそうもないわ。……今、そっちに行きますから…)






「ハイドレンジア!!!」




(………え!?)



パァンッ。
フェーリの耳には何かが破裂する音が確かに届いていた。しかし顔をあげると、魔物の姿はどこにもいない。姿が見当たらないだけではない、あんなに大勢存在していた魔物の気配までもが完璧に消え失せていたのだ。
辺りを見渡すと、紅のマントを羽織った一人の男が背を向けて立っているのを確認する事が出来る。


「クルーク……?」

「私はクルークではない」


いつも聞いているものとは少し違う低い声がフェーリの耳をかすめる。
この男が言っている事は本当だろう。クルークの魔力に似て非なる強大な魔力がそれを証明している。だがそんな事よりも同じ闇を扱っているからこそ、何となく分かってしまうというのが大きいのかもしれない。ひしひしと肌で感じるのだ。この男の深淵とも呼べる闇の深さを。

やがて男が振り返ると、紅色に染まる印象的なマントも一緒にばさりと揺れた。見えたのは笑み。その顔はどこまでも自信に満ち溢れていた。



11.9.2
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