泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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2ソラが旅立ってからカイリが街に現れる前までの間。

 


地に足が着く感覚がした。
その次に靄がかかったみたいにぼんやりとしていた視界がすぅと晴れていく。
やがてはっきりとした視界に自分の手の平を映し出すと、ぐっと力を入れ、こぶしを作っては放し、その感覚を確かめるように何度も繰り返した。
どうして自分はここにいるのだろう。
只一つの疑問が頭の中を巡る。
ここにいる筈がないのに。自分がこの場所にいられる筈がないのに。
『俺の夏休み、終わっちゃった』
何故なら、自分はソラに還ったのだから――。
見上げると、夕焼けが自身を照りつけていて、その眩しさに思わず目を細くさせる。
少し前までは幾度となく見ていたこの夕日も、今では遠くの事のように酷く懐かしい気がした。
いつでも黄昏に包まれているこの街。思えば沢山の事があったように思う。
あの時は只ひたすら日々が過ぎて行き、振り返る余裕すらなかったけど、今ではどれも大切な思い出だ。あいつのじゃない、俺が持っている、俺だけの思い出。
ぎゅっと結んだこぶしを胸へやって、大切な人たちに思いを馳せた。
ハイネ、ピンツ、オレット。
思い出した真実。偽りの存在と過ごした偽りの時間だったけど、俺にとって三人は大切な親友だという事に変わらない。例え三人が俺の事を知らないとしても、俺はそう思いたい。
そして、俺の初めての親友――アクセル、シオン。
もう、この二人を忘れるなんて嫌だ。忘れたくない、絶対に。
行こう、あの場所へ。
親友達と過ごした時計台へ――。




****




最近よく夢を見る。同じような夢。
友達と、ついこの前終わった筈の夏休みを過ごす夢。
いつもの場所で、いつもと同じように集合して、いつもと同じようにお喋りをしながら、遊んだり夏休みの宿題片付ける。そんな他愛もない夢。
只一つ、いつもと違うなって思う所は、私達いつものメンバーに知らない男の子が加わっているという事。
他所から来た同い年くらいの男の子だったかな。少し無口で無愛想な子が街に馴染めていないようだったから、確かそれを見かねたハイネが声をかけた所から夢は始まった。
夢の中で私達とその男の子、いつも楽しく遊んでた。
海に行く為にバイトもした。宿題もやったし、アイスも食べた。沢山笑いあって、楽しかった。
でもね、どうしてだろう。楽しい夢だったのに、目覚めると、決まってその男の子の顔と名前を思い出せなくなる。
それだけじゃなくて、他の夢は内容まで鮮明に覚えているというのに、夏休みが終わるまで残り二日の夢だけは、霧がかかったみたいに思い出せない。
たかが夢だって分かっているのに、それがどうしようもなく悲しくて、胸が締めつけられるような切なさを感じて、苦しくて仕方がない。
(ねぇ、どうしてこんな夢を見るの? 君は誰? どうして私の夢に出てくるの? どうして、こんな思いにさせるの?)
心の中でそう問うた所で、答えてくれる人なんて誰もいなかった。

『――約束だろ?』

(あ、時計台――?)

そうだ。そういえば、夢の中での相違点は男の子の存在だけじゃない。
時計台だ。
浮かぶのは、夢の中のあの場所で、皆でアイスを食べたという出来事。
でも普段、私達は危ないからと、あんな場所には行かないし、行った事もない。
でも、夢の中では、あの時計台の上に行く事が当たり前だったように思う。
思い返せば、夢の中でのあの場所の風景は、夢だというのに妙にリアリティがあった気がする。夢は記憶の再現だという言葉を聞いた事があるけれど、行った事もない風景を、どうやって再現するというのだろう。
一つの違和感が胸の中で大きくなっていく。でも、これも、私の思い込みかもしれないという否定はどうしても出来なかった。だって、夢は夢だもの。体験した事のない非現実的な夢なんて正直珍しくもない。
でも、私は、やっぱり確かめたい。

行こう、あの場所へ。
夢の中で皆と過ごした時計台へ――。

「オレット……?」
「ハイネ。どうしたの?」
「どうしたの、はこっちの台詞だ。ずっとボーっとして」
「最近のオレット、変だよね。何か悩み事?僕達でよければ聞くけど」
「……ハイネ、ピンツ。ごめん。大丈夫だから。私、今日は帰るね!」
「あっ、オレット!」


(ごめんね。一刻も早くあの場所に行きたいの)


何がそう思わせるのかは分からない。でも、只一つ言えるのは、私の心がせわしなく叫んでいる。
あの場所へ行かなくちゃいけないって。今行かなきゃ後悔するって――。



「はぁ…はぁ…」


息を乱しながら辿り着いた、時計台。
降り立った瞬間、奇妙な感覚にとらわれる。それは既視感ってやつなのかな。
私は戸惑った。何もかもが一緒だったから。
吹き抜ける心地良い風も、街全体がオレンジ色に染め上がった驚く程綺麗なこの景色も、高い場所に立っている事による気持ちの高ぶりも。感覚の全てが夢と同じだった。
私はこの場所に来た事なんかない筈なのに、私はこの場所に居る事の感覚を既に知っている。ううん、覚えていると言った方が正しいのかもしれない。
不思議な既視感に戸惑いながら、私は足を進める。すると、

「あ……」

奥に誰かがいるのを見つけた。
跳ねた栗色の髪と全身真っ黒なコートが特徴的な男の子がそこで座っている。少なくともここらへんじゃ見ない子だ。
そういえば、耳が丸くて大きいねずみさんもこういうの着てたっけ、と思い出す。最近の流行なのかな、なんて思ったり。
じっとその子の横顔を見つめていたら、少し後で、流石にその子も私の事に気付いたみたい。
私を見るやいなや、目を丸くして口を開けたまま、そのまま固まってしまった。驚かせちゃったのかな。
私は彼との目線を合わせるようにしゃがむと、思い切って話しかけてみる。

「ねぇ、君、見かけない顔だね」
「お、俺は……」
「君もねずみさんを探しているとか?」
「ねずみ……? 俺は知らない」
「じゃあ、もしかしてソラと…」
「ソラを知っているのか?!」

ソラの名前を出した途端、明らかに様子が変わった彼。
まるで、こちらに詰め寄ってかかるような勢いで聞いてくるものだから、今度はこっちが驚いちゃった。
どうやら、ソラ達の知り合いらしい。

「う、うん。知っているわ」
「ソラはどこに!?」
「電車に乗って、どこかに行っちゃった」
「そうか……」

彼は残念そうにうなだれ、俯くと、何かを思案し始めた。そんな彼の隣に腰を下ろす私。
真横から覗く彼の表情は真剣そのもので、それでいてどこか思い詰めた瞳をしている気がする。
(そうやって君は、悩んでいた)
どうしてかな、その姿にまた妙な既視感を覚えるのはどうしてだろう。この感覚、この場所と同じように私は覚えている。
(不安で一杯だった君に何も言えなかった)
もしかして、彼は夢の――そんなわけないよね。夢の男の子が目の前にいるなんてあるわけが、
(何かをしてあげる事も出来ぬまま、全てが終わってしまった)

「……どうかしたのか?」
「え、なにが?」
「だって、泣いてる……」
「え?」

そのまま頬に触れると、確かに濡れている。彼に言われるまで気付かなかったなんて。
私は泣いている。今、泣いているんだ。
どうして涙なんかを流しているんだろうと、まるで他人事のように思ってしまっている自分がいる。
悲しい事があったわけでもないのに、私は何故か泣いている。
それだけの事実に、自分でも訳が分からずうろたえるのだけれど、本当に訳が分からないのは見ている彼の方だろう。
心配そうに覗き込む彼の目線と私の目線が交わった。彼の瞳はとても優しくて、安心する。

「大丈夫?」

それが懐かしくて懐かしくて、切なくて。どうして懐かしい気がするのかも、この気持ちがどこからくるものなのかも分からない。
ピンツが最近の私の事を表して、変だって言っていたけれど、私、本当に変になってしまったのかもしれない。
じゃなかったら、こんな、何でもないのに泣くなんて事、あるはずがない。

「分からない。どうして、自分が泣いているのか分からないの。ね、一つ変な事言うけどいい?」
「うん……」
「君とは今初めて会ったはずなのに、どうしてかそんな気がしないの。懐かしくて懐かしくてたまらない」
「……」

変な事を言っているのに、彼は何も言わず頬を伝う涙を拭ってくれた。
そういえば、これと似たような気持ちになった事があるのを思い出す。ソラ達と会った日、妙な気持ちが湧き上がるのを抑えられなくて、三人でソラ達を見送りに行ったあの時だ。
あの時、涙を流したのはソラの方だった。ソラも自分が涙を流している事に気付いて驚き、訳が分からずに戸惑いを見せていた。あの時のソラも、今の私と同じような気持ちだったのかもしれない。確証なんかないけれど、私は思った。

「これは……、俺が見ている夢なのかな」
「え……?」
「神様って奴がいるのかは分からない。俺が最期に見る事を願った幸せな夢を、哀れに思った神様が見させてくれているのかもしれない」
「夢……。違う、ここは現実よ。あ、でも、私ね、最近よく見る夢があるの。友達と、夏休みの最後を過ごす夢。でも、違うの。一緒に遊ぶのはいつもの友達と、あともう一人。目覚めるといつも思い出せなくなるんだ。その子の事を思うと胸が締めつけられるみたいに痛くなるのよ。今みたいに」
「……もう、十分だよ。そこまでで、十分だ」
「何を言っているの? それとも、何か知っているの?」
「俺、自分一人だけが取り残されて、自分一人だけが悲しいんだって思ってた。心がないから、こう言うのも変だけど。でも違った。それだけで俺は十分だ。これ以上、悲しむ姿なんか見たくない。これが見たくてここに来たんじゃない」

そう言って彼は立ち上がり、右手から闇色の何かを出現させた。
それで分かってしまう。彼はもう行ってしまうんだって、もう会えないんだって……。
そんなのは嫌だと、彼の背中に向けて手を伸ばすけれど、届きそうで届かなくて。
(また、何も言えないまま終わるなんて、そんなのは嫌……!)

「待って、ねぇ、君はもしかして――」
「――君が苦しむくらいなら、俺の事は忘れてくれて構わない。夢、なんだから」
「忘れるなんて出来るわけないじゃない。分からないけど心が言っているの、君の事は絶対に忘れちゃいけないって。だから私は忘れない、絶対に忘れないわ!」

彼の背中が一瞬強張った後、くるりと身を翻す。
最初は驚いた顔で私を見ていたけれど、すぐに彼は微笑んで見せた。
今日会って初めて見せてくれた彼の笑顔。嬉しさと、哀しみと、儚さと、色々なものがない交ぜになったみたいな、そんな彼の微笑みに思わず見とれる。このまま時が止まってしまえば良い。そんな風に思ってしまった程に。
でも、それもつかの間の時間だという事を私は思い知らされる。

「ありがとう、オレット。俺、君の事……いや、何でもない。君に会えて良かった。ここに来れて良かった。それじゃあ、な」
「待っ」

闇色の何かに彼が入り込むと、次の瞬間にはそのまま闇と一緒に消えていなくなっていた。

「――……」

手の平が行き場を失い、だらりと下がる。
直前まで彼がいた証である温もりが残っているその場所を、私はしばらくの間眺めていた。




彼が去ってから少し経った後、この時計台の上で私は夢で見た彼と全ての事を思い出した。
楽しかった日々と、おかしくなっていく日常。
あれが只の夢だったのかは結局私には分からないし、相変わらず答えてくれる人はいない。
でも、あの夢では言えなかった言葉が今ならはっきり言える事は確かだ。
夢の時と同じで届かないかもしれないけれど、それでもこの世界のどこかにいる君に向けて言いたかった。

「君は一人じゃないからね、ロクサス」

(ありがとう)
そう心の中で呟いたのは、誰だろう。
その日から、あの夢を見る事はなかった。


12.11.24
//ありがとう、さようなら