萩原くん夢
2020/11/05
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「その髪、どうしたの」
「似合う?」
「うん。かわいい。でも、あんなに長かったのにもったいないなあって」
目の前の萩原くんは照れもせずにかわいいと言ってくれる。それはとても嬉しくて、とても悲しい。少しは驚いたり、照れたり、してくれたらいいのに。まったく意識なんてしてくれない。飄々と生きてる人。だからあんなふうに、簡単に死んじゃうんだ。
「よくある話だよ」
「え」
「失恋したから切ったの。でも、萩原くんにかわいいって言ってもらえたからよかった。ずっとロングだったからショートって久しぶりでなんだか落ち着かなかったの」
「……きみを振るようなバカ、いるんだね」
「もうすぐいなくなっちゃう人はしかたないよね」
「……え、」
「ううん。なんでもない。かわいいって言ってくれてありがとう」
どうして今更思い出してしまったんだろう。卒業式の前日に。もう、彼と進路が交わることはないだろうこの時期に。せめて、もう少し猶予があれば、勉強して警察官になって、彼を守ることができたかもしれないのに。今からじゃとても追いつけない。警察は、そこまで甘くない。それに、松田くんの言うことすら聞かない飄々とした人だ、同級生の私の言うことなんて聞いてくれるはずもない。もう、何もかも手遅れで。彼の死んだ姿を見てしまったのだから、私も彼に死んだ姿を見せたかった。未来が変わらないならせめて一緒に連れて行ってと。心だけでも連れて行ってと。彼の心にはきっとこの会話なんて明日にでもなればすぐに忘れ去られて残らないものだろうけど、彼とそんな話をしたという事実があるだけでも全然違う。私の心を勝手に預けて、勝手に一緒に死んだ気になるだけ。ただの自己満足。
「……っ、ねえ」
「なあに」
「卒業しても、遊ぼうよ」
「……そうだね、萩原くんの警察学校生活が落ち着いたら」
「やだ」
「え」
やだ、って。思わず目を見開く。飄々と生きてる人はいつも気まぐれでなにを考えてるのかわからない。
「始業式まで時間あるんだから、先に遊んでよ。学校はじまっても休みの日は遊んでほしい」
「……萩原くんが忙しくないなら」
「忙しくても、きみと会いたい」
「……あの、萩原くん優しいから失恋した私に気を使ってくれてると思うんだけど、私、そんなにいうほど落ち込んでないから大丈夫だよ。落ち込んでたら失恋したなんてわざわざ言わないから」
「……俺が遊びたいの」
「……そう。そういうことにしておくね、……落ち込んでないけど、ありがとう」
自分のことには無頓着なくせに、人には優しい。その優しさを、自分にも向けてくれる人なら完璧だったのに。
「いつ遊ぶ?」
「……今決めるの?」
「じゃないと遊んでくれなそう」
「……連絡先渡すから、萩原くんの好きな日でいいよ」
「……連絡先、知ってるの、覚えてない?」
え、と携帯画面から萩原くんへ視線を向ける。交換したことなんてないはずだけど。いつ、どうして。
「……俺、きみに連絡先聞いたことあるよ。それで教えてもらった。あのとき、きみのだけ教えてもらって今度は俺の番ってときに先生に呼ばれたから俺が一方的に知ってるだけだけど」
「……ごめん、」
そんな衝撃的なことあったっけ。あったら忘れるはずなさそうなんだけど。ああ、でも、前のことを思い出したのは今日で、逆にそれ以前のことはぼんやりとしか思い出せない。唐突な記憶の逆流に記憶の容量がパンクしてるんだろうか。ウンウンと考え込んでいれば小さく笑われてあの時と一緒の顔、と呟かれた。
「あのとき」
「……あの時も俺が急に話しかけて教えてって言ったからすごい不思議そうな顔で唸ってたから」
「あ」
ああ、思い出した。3年も前のことだ。普通に忘れてても仕方ない。それにそのときは入学したばかりで友達も少なくそのうえこんな綺麗な男の子に声をかけられたから緊張のあまり顔を見ないようにしていた気がする。あれ、萩原くんだったのか。……なんで? 女の子にはとりあえず声をかけてたんだろうか。ひゅう。
「……思い出してくれた?」
「綺麗な顔の男の子だなあって思った記憶が」
「……うーん。かっこいいとかの方が嬉しいけど」
「3年前は背も低くて声も若干高くて可愛かったから。今はもちろんかっこいいよ」
「ありがと。……これ、俺の連絡先。三年越しでようやく返せた」
ぽん、と、追加されたそれに小さく笑う。アイコンが松田くんじゃない。ややこしい。
「あっ、松田のままだった。かっこつかねー……。みんなで名前シャッフルして遊んでたんだよ。松田も……松田はすぐに戻してそうだな」
「ふふふ。松田くんと勘違いしそう」
「……松田の連絡先知ってんの?」
「確か二年前くらいに交換した、けどそのままなにも会話してないよ」
あれは松田くん狙いの女子たちの策略にハマってクラス全員が交換したから。
「なるほど……あいつも大変だな」
「萩原くんと松田くん、ものすごくモテてたからねえ」
「……俺はみんなにモテるより好きな子にモテたいな」
「すてきだね」
「……で、いつ遊ぶ?」
「……萩原くんの都合のいい日でいいってば。……私と遊んでも特になにも面白いことはできないけど」
「いつも休日はなにしてるの?」
「うーん。映画見たり、買い物したり。面白味はないよ」
「今見たい映画ある?」
「今? ……最近よくコマーシャルしてるやつはいつか見にいこうかなと思ってたけど……」
「じゃあ、それ、見に行こうよ。土曜日か日曜日、どっちがいい?」
「……土曜日、かな」
「……ほんとに行くからね」
「無理になったらちゃんと行ってね」
「行くってば」
「……おはよう」
「遅れてごめん、寒くなかった?」
「もうすぐ春だよ、大丈夫。それに遅れてないよ。時間前」
「女の子よりあとについたらそれは遅刻なの」
「ふふふ、紳士だね」
「できてないから紳士じゃないよ」
「……でも、その手に持ってるのはチケットでしょう。そういうのさらっとしちゃうのも、紳士だよ。……おかね、出すよ」
「デートは誘った側が持つの」
「……じゃあ次はわたしが誘うからね」
「……誘ってくれなさそう。今日で終わりと思ってるでしょう。君が俺を大嫌いって言うまでものすごく誘いまくるからね」
「……こわぁい」
「未来の警察官はストーカーぎりぎりのところをせめるよ」
「あはは! そんなに気を遣ってくれなくても、もう吹っ切れてるんだよ?」
「……時間、まだあるから少しカフェにでも寄ろう?」
「うん」
「君の好きな男、どんな馬鹿な男だったの?」
「馬鹿って。……まあ、たしかに、人の言うこと聞かないところは馬鹿だなあと思うけど」
「言うこと聞かないの? だめじゃん」
「体が心配だから気をつけてほしいって言葉、ことごとく無視だからねぇ。いくら頑丈でも、人間、いつ死ぬかわからないんだから、予防できることは予防してほしいものだよ」
「……君のことそんなに心配させるなんて悪い男だね」
「それ以外はすてきな人なんだよ。大丈夫大丈夫っていうところ、健康に関してはダメだけど、それ以外だとそれを言ってもいいほど本当に実力のある人だし、見た目も王子様みたいだし、声も良いし、性格も良いし、……ごめん、何言ってるんだろう。忘れて」
「……真っ赤」
「惚気てるみたいになっちゃって、その、……テンション上がっちゃってごめんなさい」
「だけど、素敵な人だって君は言うけど、見る目は絶望的にないね、その男」
「……ふふふ。わたしのこと好きになる方が見る目ないよ」
「なんで?」
「なんで、って言われると」
「君はすてきな人だよ」
「あ、ありがとう」
「……あんまり信じてくれないよね。俺、軽そう?」
「えっいや、まあ、見た目とか行動とか、軽そうに見えるけど、でも、警察目指して頑張ってるところ見てたから、本当は誠実な人だって知ってるよ。ただこう、そういうことじゃないの。誰に言われても、わたしのこと好きになったら見る目がないって答えると思う」
「……自分のこと、卑下しすぎじゃない?」
「そうかな? この世界で誰かに好かれるのはこわいよ」
「……別の世界ならいいの?」
「もうっ。さっきから揚げ足ばっかりとらないで。そんなこと、ありえないでしょう?」
「俺ね、見る目がないんだって」
「ええ? 誰に言われたの?」
「好きな子」
「萩原くんが好きになる子なら、素敵な人だろうにね」
「……君が好きな人も、そう思ってると思うよ」
「……わたしのことはいいの」
「よくない」
「どうして」
「君のこと好きだから。俺、ものすごい見る目あると思うよ」