一話
「お…………、ま……」
懐かしい声が聞こえる。とても懐かしくて、何よりも温かい声。子どものように甲高いのに少しも耳障りじゃないそれは、あの夕焼け色の瞳を持つ真っ白な物の怪のものだ。
「おい、起……ろ、昌…………」
けど、その温かさは俺に向けてのものじゃない
「いい加減に起きろ、昌夜」
「ん、……おはよ騰蛇。ありがとう、起こしてくれて」
今の俺は、この物の怪を騰蛇としか呼べない。その呼び方しかできない。だって俺は、『昌浩』じゃないから。
「昌樹は?もう起こしたの?」
目の前でお座りの状態で尻尾をゆらゆらさせている騰蛇に、俺は聞いた。
「いや、まだだ」
「じゃあ、早く行ってあげなきゃ。アイツ、朝は弱いんだから」
騰蛇はなにも答えず、じっと見つめてくる。少しそれが続いたかと思うと、口を開いた。
「昌夜……俺は」
「騰蛇」
騰蛇が何か言う前に、俺は口を挟んだ。それ以上は言っちゃだめだ。昌樹が『昌浩』なんだから。お前は、『昌浩』のそばにいるべきなんだから。