午前の授業を終え、また轟は校舎裏を訪れていた。
今日はここに来るつもりはなかったのだが、体が勝手にこちらに出向いていた。
来る予定ではなかったため、この間とは違って手ぶらで来た事を轟は気にしていた。

猫が今頃、腹を空かせて待っているんじゃないか。
そんな心配が頭をよぎったからだ。

辺りを見回す。
この間のように、慎重に垣根の下ものぞき込む。
だが目当ての黒い毛並みは一向に視界には入らない。
轟は体を起こし、ため息を1つついた。
会えなかったことに対して落胆する気持ちと、どこか別のところへ飯を食いに行っているのかもしれないという期待する気持ちが入り混じった、そんなため息だった。
そしてふと、ある1つの視線に気が付く。

視線の先には少女がいた。
この間のやつだと、轟は思った。
少女は大して表情を変えず、轟の事を眺めている。
その視線はまるで観察しているかのようにも見えた。

「……あなた、ヒーロー科……ですか?」

少女の声はまるで鈴を転がすような、甲高い、耳障りの良い声だった。
轟は話しかけられた事に驚きながらも答えた。

「ああ」
「……そう」

会話はそこで終了した。
単語1つで終わる会話。
傍から見れば気まずそうな雰囲気に見える。
初対面だし、当然と言えばそうかもしれないが。

「……お前、いつもここにいるのか?」

轟は少女に話しかけた。
あの他人にはあまり干渉しない轟が、少女に話しかけている。
珍しい光景だった。
少女は大して表情を変えずに3秒ほど間をあけて、1度だけ頷く。
少女もまた、轟と同じように寡黙なタイプだった。
悪く言えば口下手で、人見知りをするタイプだ。
2人が初めて会った時に直感した通り、正に似たもの同士だった。

「何してんだ?」

自分でも珍しいと、轟は思い、驚いていた。
いつもなら他人の事など気にも留めないのに、少女に何をしているかと聞いている。
心の中で、きっとこいつもあの黒猫を探しに来ているんじゃないかと期待しているのかもしれない。

「………秘密」

また3秒ほど間をあけて、少女は言った。
秘密なら仕方ないと轟は思った。
再び2人の間に沈黙が下りる。

「あなたにも……ある、でしょ?」

少女の茶色の瞳はこの間と同じように轟を捉えている。
相変わらず表情は変わらないままで、にこりと微笑むこともない。
今度は轟が首を1度縦に振った。
脳裏に、母親と父親の思い出がよぎった。

「誰にでもあるよな」

そしてまた、少女も首を1度縦に振った。
風が吹き目の前の木々の青葉が揺れている。
その光景を2人は何も言わずに眺めている。

大した話しもしていない。
お互いの名前を名乗ってもいないのに。
雄英に入学して、初めて気負いをせずに自然体で入れている自分がいる事に轟は気づく。

なぜだかはわからないが、とても居心地がいい。
そう、轟は思った。




We all have our own secrets that we can't tell others.








melt
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