1週間。
轟が黒猫に最後に会ってから経った、空白の期間。
ほぼ毎日、轟はあの校舎裏に出向いているが、一向に猫は現れなかった。
おかげでここ数日の間食は、猫のために買ったソーセージ三昧だ。
「……いねえ」
昼休憩の時間になり、轟はまた校舎裏に出向いていた。
これで猫の姿を見なくなって8日が過ぎた事になる。
怪我でもして動けなくなっているのか。
もしかしたら事故に遭ったんじゃないのか。
考えれば考えるほど、思いたくもない最悪のイメージばかりが頭に浮かぶ。
「仕方ねえな」
独り言を漏らし、校舎裏から食堂に移動する。
食堂は多くの生徒たちで賑わっていた。
猫の事を考えていると、この喧騒がとても煩わしく感じる。
綺麗に盛り付けられた蕎麦が乗ったトレーを受け取って、適当な席についた。
ランチラッシュが作る料理はどれも美味だが、今日はまるで別物を食べているかのように、不思議と味がしなかった。
味わえない、という表現の方が合っているかもしれない。
それほどまでに、轟は猫の安否が心配になっていた。
昼食を済ませた後は教室に向かい、席に座って静かに午後の授業の開始を待つ。
それがいつもの轟の日常。
今も昼食を済ませ、真っ直ぐに教室に向かっている。
「苗字」
だが、向かう教室が違った。
轟が所属している1-Aではない、普通科の教室。
そこは苗字名前が所属しているクラスだ。
「ヒーロー科だ」
「なんでうちのクラスに?」
雄英高校のヒーロー科は全国的に有名なため倍率が凄まじく、試験は超難関だ。
そんな関門を潜り抜けたヒーロー科の生徒がなぜか普通科に来ている。
イレギュラーな出来事に、周りの者たちの注意は一斉に轟に向いていた。
ひそひそと、物珍しそうに耳打ちしあっている人たちもいる。
「ちょっといいか」
呼び出された当事者である苗字は、黙ったまま座っていた席を離れた。
今度は轟から苗字に周囲の視線が移る。
「場所変えよう」
変に注目され居心地が悪かった轟は、苗字を連れだす事にした。
返事もせず、頷きもせず、苗字はただ轟の後を付いてくる。
その間も、周囲の注目は2人に集まっていた。
「急に悪いな」
人気のない屋上に続く階段にたどり着き、轟は再び話しかけた。
轟の言葉に苗字は首を横に振る。
変に注目を浴びてしまい轟は申し訳なく思っていたが、苗字の様子を見て安堵した。
苗字はいつもと変わらない様子で轟を見据えている。
「ここ最近、あいつに会ったか?」
苗字は少し間をあけた後、首を横に振った。
轟は内心、がっかりした。
もしかしたら苗字なら出会っているかもしれない。
そんな淡い期待を寄せていたからだ。
「そうか……」
轟はますます不安になった。
もしかしたら、今頃、もう……。
いや、そんなはずはない。
きっとどこかの家に転がり込んでいるのだろう。
いや、ただ単に雄英に来る事を辞めただけかもしれない。
だめだ。
考えるほど、嫌な憶測ばかりが浮かんでくる。
「………ソーセージがだめなんじゃない?」
ぽつりと。
苗字の甲高い声が言葉を落とした。
轟は思わず目を見開いた。
「お前、なんで知って……」
はっと、轟は言いかけた言葉を飲み込む。
「見てたのか」
猫に餌をやるところは誰にも見られていないと思っていた。
きっと苗字は陰からその様子を伺っていたに違いないと轟は思った。
苗字は轟には答えず、瞬きを3回落とした。
ビー玉のようにまん丸の目。
睫毛の間から主張するように茶色の光彩が覗いている。
「猫はなかなか死なないものだよ」
苗字は言う。
その言葉に、なぜだか轟の不安は一気に軽くなった。
別に猫の安否がわかったわけでもないのに。
不思議だ。そう轟は思った。
「苗字って、変わってるよな」
轟の言葉に苗字は軽く首を傾げた。
その仕草はなんだか黒猫の動きと似ているように思えて。
気づかないうちに、轟の口元はわずか綻んでいた。