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※轟と付き合った後のお話です。寮が始まる前ぐらいまでと思ってください。
※サポート科の知らない人が出てきます。普通に考えたら退学になりそうな事をしていると思います。
※主人公が幼児化します。
※少し長めです。
※上記のようなお話が苦手な方はブラウザバック推奨です。





「轟くん、いる!?」

1-Aと大きく掲げられたバリアフリーの扉が勢いよく開いた。
突然名前を呼ばれた轟は声の主を見て瞬きをする。
少し息を切らしている声の主は、2年生の画色七絵だった。

「ちょっと面倒なことになっちゃって」

周りの視線が集中していたが、画色は大して気に留める事もなく堂々と教室の中を進んでいく。
轟のもとまでたどり着くと後ろに振り向き、画色の後ろに隠れていた物を突き出した。
教室に沈黙が広がる。

「……彩海?」

ひっ。
小さな悲鳴が静まった教室に小さく響いた。

「はあー……やっぱだめか」

画色は困り果てた様にため息をつき、再び自分の後ろに隠れた少女を横目で見た。
画色の制服をぎゅっと握りしめ、怯えたように小刻みに肩を震わせている。

「え?奏出さん?」

麗日が驚いた声で言った。
名前を呼ばれた少女は麗日の方へと顔を向け(手はしっかりと画色の制服を掴んだまま)、消えそうなほどか細い声を出した。

「はじめまして……奏出彩海です……」

そこには奏出彩海だが、奏出彩海ではない姿があった。
轟だけはこの奏出の姿を知っていた。
この奏出は小学生の奏出彩海。
背丈も小さく、学校指定のセーラー服を纏った奏出がそこにいる。
懐かしいその風貌を目にし、轟の頭の中に大量のクエスチョンマークが浮かぶ。
どうして小学生の彩海がここにいるのか。
非日常的な出来事に轟をはじめ、教室中が混乱の渦に巻き込まれている。

「ちょっとややこしい話なんだけどね……」

画色の話はこうだった。

なぜだか勝手に画色へライバル意識を持っているサポート科の2年生がいた。
その2年生は事あるごとに画色に絡み、その都度開発した物を見せに来ているらしかった。
適当にあしらう画色の態度が気にくわなかったのか、そのサポート科の2年生はいつもとは違う行動に出た。

「奏出さん!協力をお願いします!!」

え?という、間の抜けた声にかぶさるように怪しげな小瓶の中の液体が奏出に降りかかった。
その数秒後、音を立てて奏出の風貌は高校生から小学生へと変化した。

”初恋薬”
瓶のラベルは液体を吸い、字体が滲みぼやけていた。





「で、そいつが言うには恋をする前の彩海……轟くんを好きになる前の彩海になってるらしいのよね。それまでの記憶も全部抜けてるんだって」

画色の言葉に、近くにいた芦戸が嬉しそうな甲高い声を上げた。
隣にいた葉隠と寄り添い、轟が初恋なんだー!と嬉々とした声で言った。
その言葉になぜだか緑谷の頬が赤くなっている。

「初恋の時と同じように彩海が轟くんを好きになれば元に戻るらしいの。だから轟くんに彩海を任せようと思って。私はパワーローダー先生とあいつに解毒剤を作らせなきゃだから」

解毒言うんかな。
麗日の口から素朴な疑問が漏れていた。

「ということだから、彩海!いつまでもびくびくしないの!あんたの大好きな轟くんだよ!」

画色は必死にへばりついている奏出を力づくで剥がし、轟の前へと差しだした。
久しぶりに見る奏出の制服姿に、轟の頬がわずかながらにゆるんだ。
1つ年上の彼女。
当然、自分よりも幼い彼女など見た事がないし、見る事はない。
だが目の前には小学生の彼女がいる。
自分よりも幼い彼女を見るのはとても新鮮だった。

「こわい!こんな人、知らない!」

奏出とは思えない発言に、轟は強張った。
画色に隠れられないという事が分かった途端、奏出は近くにいた麗日にすがるようにしがみついた。
轟は依然として同じように固まったままである。

「本当だったんだ。彩海が男嫌いだったって」

轟くんなら大丈夫だと思ったのに。
画色は困り果てたように低い声で呟いた。
轟は依然として同じ姿勢のまま硬直状態である。

「奏出さん、男嫌いだったんですか!?」
「ずっと女子校にいたからねー。普通に話せるようになったのは高校入ってからって言ってたの、マジだったのね」
「未来の彼氏でも、小学生の奏出さんにとっては無理なんですね!!」

芦戸の言葉が轟に突き刺さる。
や、やめてあげて……。と呟く、弱弱しい緑谷の声は芦戸たちには届いていないようだった。





「悪いな。緑谷、麗日」

轟の暗い表情に、2人は苦笑しながら全力でかぶりを振った。
目に見えてわかるほど、轟はひどく落ち込んでいる。
あれからも奏出は轟に怯えっぱなしで、2人で帰る事など出来そうにもなかった。
縋るようにしがみ付かれている麗日が送ろうにも奏出の家を知らないため、轟の道案内が必要だった。
轟、麗日の2人と仲の良い緑谷は気を利かせ、僕も一緒に帰るよ!と提案をした。
そんな経緯で今はこの4人で轟・奏出の家に向かって歩いている。

轟は気を使っているようで、麗日と手を繋いで歩く奏出から少し間を開けて歩いていた。
悲壮感の漂うその背中に緑谷は隣に近づく事も出来ず……結局、麗日と並んで歩く形になった。
幸いな事に、奏出は緑谷にはそんなに怯えてはいなかった。(それがまた、轟にはひどく堪えた。)

「お姉ちゃん……どうしてこの人がいるの?」

遠慮がちに囁くソプラノの声は、轟の耳にはダイレクトに届いた。
一瞬体をピクリと動かし、何事もなかったかのように歩き出すが、ひどくダメージを受けているのは明白だった。

「彩海ちゃん。どうして男の人のこと、そんなに怖いのかな?」

質問に質問で返され驚いたのか、奏出はぱちぱちと瞬きをした。
少し間をおいて視線を地面へと落とすと、ソプラノの声がわずかに揺れ、一生懸命に言葉を紡いだ。

「だって彩海のこと、みんないじめるもん……。だから男の人はきらい」
「いじめる?」
「うん。意地悪してくるの。虫投げてきたり、物取ったり……彩海の嫌なことばっかりしてくるの」
「それきっと、彩海ちゃんのこと好きなんだと思うよ」
「え!?」

麗日の言葉に、奏出は心底驚いたように目を見開いた。
そしてすぐに眉を下げ、疑うような眼差しを麗日に向ける。

「好きな人にそんなことしないでしょ?わたし、焦凍ちゃんにいじわるしたことないよ」

“焦凍ちゃん”
その言葉に轟は思わず足を止めた。
それに気づき、奏出は瞬時に麗日の後ろに回った。
子供ながらの敏感で俊敏な動きに、麗日と緑谷は苦笑する。

「えっと……その焦凍ちゃん?って子は、君の好きな子なの?」

話しかけられた事に驚いたのか、一瞬警戒したように身構えたが、緑谷にどこか気が許せるところがあるのか――……奏出は怯えながらも、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「うん。焦凍ちゃんはわたしの弟みたいな子なの。泣き虫で、いつも悲しそうなの。だから、彩海が守ってあげるの」
「な、泣き虫なん?」
「うん、泣き虫!あ、これ焦凍ちゃんにはヒミツね!きっと怒っちゃう!」

当の本人が近くにいるとは露知らず、奏出は麗日に向けて人差し指を立てて言った。
轟はこちらに振り向くことなく、先ほどから立ち止まったまま地面を見つめていた。

「好きだけど、お姉ちゃんとお兄ちゃんみたいな好きとは違うとおもうの。こいびと?っていうんでしょ?」
「え!?」

緑谷と麗日の声が綺麗に重なる。
お互いに顔を真っ赤にして慌てている様子を見て、奏出はふんわりと笑った。

「彩海にもこいびと、出来るかなあ」

その声に轟が振り返った。
ゆっくりと奏出のもとへと近づき、目線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。
最初は怯えていた奏出だったが、何かに気づいたようで恐る恐る轟の方へと少し身を乗り出した。

「焦凍ちゃんと、おなじ……」

探るように、慎重な目つきで奏出は轟を見る。
轟はただ、そんな奏出を見つめていた。

「髪の色も……やけども……焦凍ちゃんと全部おなじだ」
「その焦凍ってやつと似てるか?俺は」

奏出はゆっくりと肯いた。

「でも……焦凍ちゃんより、しあわせそうな気がする」
「ああ」

轟はポケットから携帯電話を取り出し、奏出に差し出した。
画面を覗き込んだ途端、奏出の顔が一気に綻んでいく。

「こいびと?」

そこには轟と奏出の写真があった。
不機嫌そうに視線を外す轟に対し、嬉しそうに笑い、寄り添う奏出。
以前、奏出が無理やり撮った写真だった。

「お兄ちゃん、この人のおかげでしあわせなんだね!」

轟は無言で肯き、わずかに口角を上げた。
普段奏出の前でしか見せないような柔らかい表情に、緑谷と麗日は少し驚いていた。
威圧感を感じなくなったのか、奏出の轟への警戒心は一気に弱まったようだった。

「あ!ネコ!」

すっかり気を許したのか、途端に明るくなった奏出は近くにいた野良猫を追いかけて走り出した。
無邪気なその姿を轟はまた穏やかな笑みを浮かべて見つめている。

「この調子なら、奏出さんすぐに戻りそうやね」
「そうか?」

麗日の声に答えた轟はいつも通りの表情に戻ったが、先ほどの落胆の色は消えていた。
緑谷はその表情を見て安心したように笑った。

「僕もそう思うよ。轟くんたちなら大丈夫だと思う。それに、もう少しで画色さんからも薬が出来たって連絡がくるんじゃ……」

緑谷の声が止まった。
3人の視線の先――……そこにはネコを追いかけるのに夢中になった奏出がワイヤーに足を引っかけて、公園の中の池に落ちようとしている光景があった。

「彩海!!!」

大きな水しぶきと共に、奏出の姿が池の中へと消えた。
轟は真っ先に駆け出し、池のもとへと駆け出していく。

「轟くん!奏出さんの個性なら大丈夫なんじゃ……!」
「小学生のアイツじゃ個性をまだうまく使えてねえ!パニックになったら人魚になれねえ!!」

轟は鞄を投げ出し、池へと飛び込んだ。
そういえば、ここは……。
ふと、轟の脳裏に1つの思い出が過る。

ここは彩海が前に落とされた池だ。
割と深さがあり、小学生の背丈では顔を出すのもやっとの水深。
昔、轟はここで溺れかかっている彩海を引き上げていた。

「けほっ……けほっ……」

水を飲んでしまったのか、咳き込む奏出を抱え、轟は陸へと上がった。
遅れてやってきた緑谷と麗日が心配そうに2人を見つめている。

「焦……ちゃん」

虚ろな目をして、奏出は轟の顔を見つめて呟いた。
顔を覗き込む轟の髪から落ちた雫が、奏出の頬にゆっくりと落ちていく。

「彩海」

轟の優しい声がした。





「!!」

ボン!!
古典的な音と共に、轟が抱えていた少女が煙に包まれた。
轟の腕にかかる重みが増し、煙がゆっくりと晴れていく。

「え……焦ちゃん!?」
「戻った!!」
「え!?緑谷くん?麗日さん?」

奏出は元の姿に戻った。
状況が理解できず、辺りをきょろきょろと見回している。

「ここうちの近くの公園……なんで2人が?え?なんで焦ちゃん濡れてるの?私学校にいたんじゃないの?」
「……重い」
「は!?」

轟はふう、とため息をついて奏出を地面に下ろした。
気怠そうに首を鳴らし、肩をぐるぐると回し、またため息をつく。

「彩海、お前また重くなっただろ」
「そんなことないもん!焦ちゃんはどうしてまたそうやってデリカシーのない事を言うの!?」

顔を赤くして詰め寄る奏出を見て、轟の顔は自然と緩んでいた。

一時的とは言え、いつも好意を寄せられていた彼女に拒否されたのは生まれて初めての経験で、正直かなり堪えていた。
内心かなりサポート科の奴に苛ついていたが、今となってはよかったと轟は思う。

「ちょっと焦ちゃん!聞いてる!?」

彩海が俺を好きになったのは、あの時だったのか。

「な、なんでそんな嬉しそうなの?」

奏出は眉間に皺を寄せて、轟の様子を伺っていた。
そんな仕草さえも愛おしい。
轟はそんな事を思う。

「ね、ねえ……焦ちゃん、どうかしちゃった……?」

助けを求めるかのように、緑谷の方へと奏出が目配せをする。
すると緑谷は突然顔を真っ赤にし、顔を背けて、たどたどしく言葉を繋いだ。

「あの、奏出さん!その!なにか、きた……ほう、が……!」

緑谷の言葉に奏出ははっとする。
轟は緑谷の言葉に奏出を見た。

水を吸ったシャツは、奏出の下着のラインを薄っすらと透かせている。

「焦ちゃん、まさかそれで笑って……!!」

奏出は顔を真っ赤にして、胸元を隠しながら轟から離れていく。
新たに生まれた誤解のせいで轟が2、3日口を利いてもらえなくなったのは、また別の話だ。


よくあるハプニング的な話