▼ ▲ ▼
※Something Blue 53.poseidonあたりの話です。
※オチはありません。
※苦手な方はブラウザバック推奨です。
ぽつぽつ、と。
屋根を打つ細かい音で目を覚ました。
いつのまにか眠っていたようで、つけっぱなしにしていたテレビからは昼のバラエティ番組ではない、夕方のニュース番組のBGMが流れていた。
体を起こすと先日負った腕と足の傷が鈍く痛み、反射的に顔が歪む。
午前中リカバリーガールが往診に来てくれたのに、なぜか痛みが増している気がする。
「……あ、そっか」
先ほどよりも強くなった音で気づいた。
人間は不思議なもので、傷や関節は気圧の影響を受けやすいのだ。
私は水を操る個性を持っているからか、気圧の変化には敏感な方だ。
朝起きてすぐに今日は傷に響きそうだと思った事を今思い出した。
痛みのせいでなんだか気分まで落ちてしまった。
こういう時こそ、とっておきのものを見よう。
テーブルの上のリモコンを取り、ボタンを操作してある番組を選択する。
私ってちょろいなあ。
憂鬱な気分も、これ1つで一気に晴れてしまうのだから。
「………かっこいいなあ」
思わず漏れる感嘆のため息。
テレビ画面に映っている少年は仮想敵である巨大ロボットを氷結の個性であっという間に倒してしまった。
「焦ちゃん……」
小さい頃から一緒にいる幼馴染の男の子、轟焦凍。
そして先日、長年の片思いが実って私の彼氏になった。
同じ学校でも学年が違うから彼の活躍を直接目にすることは出来なかった。
(緑谷くんとの試合は直接見ることが出来た。誘ってくれたおじさんに感謝だ。)
雄英高校の体育祭が全国的に有名な一大イベントで本当によかった。
好きな人の雄姿をこんなにもクローズアップして見れるとは、なんて幸せなんだろう。
思わず声を出してにやけてしまうほど、画面に映る真剣な表情の彼はいつも以上にかっこよく見えた。
「焦ちゃん頑張って!わ!緑谷くんだめっ!」
すっかり興奮した私はまるでその場にいる観客のように声を上げていた。
第2種目である騎馬戦を食い入るように見つめる。
彼の騎馬である飯田くんがぐっと態勢を静めてために入った。
その瞬間、周りの雰囲気が一気に変わっていく。
画面の外にいる私にもひしひしと伝わるほどに。
「取って!!焦ちゃん!!!」
「……おい」
聞きなれた声が私の耳にスッと入った。
祈るように組んだ両手が思わず力む。
恐る恐るテレビ画面から視線を声のした方へと動かしていった。
「焦ちゃん!?え、どうしてここに!?」
「チャイム鳴らしても電話してもお前が出ねえから勝手に入った」
彼は不機嫌そうに言った。
いや、実際不機嫌だ。
いつもより冷たい、じっとりとした視線が私に向いている。
「ごめんなさい……って、焦ちゃん!びしょ濡れ!!」
「さっき急に降ってきた。こんぐらい大したことねえよ」
「だめだよ!風邪ひいちゃう!お父さんのTシャツに着替えて!」
私は立ち上がり、彼を無理やり脱衣所へと追いやった。
彼は促されるがままに脱衣所へ移動し、素直に父のTシャツを受け取ってくれた。
扉を閉め、安堵のため息を漏らす。
今のうちに録画画面を閉じよう。
本人がいる前で見るのはだめだ。
恥ずかしさで消えてしまいたくなる。
先ほどの私の様子にはまだ触れられていないし、もしかしたら彼は私が雄英体育祭のテレビ中継を見ている事には気づいていないかもしれない。
(彼は意外と鈍感だ。気づいていなくてもおかしくはない。)
「おい、彩海」
「へ!?」
突然開かれた扉に、思わず間抜けな声を上げた。
そしてその先に現れた光景に、私の思考がフリーズした。
「……っ!!」
程よく引き締まった体。逞しい腕。
緑谷くんとの試合が終わった後にも同じような光景を見た。
「彩海?」
どうしてTシャツを着て出てこないの。
早く上を着て。風邪を引いちゃうよ。
言いたい言葉が浮かんでくるのに声になって出てこない。
あの日の出来事。そしてカッコいい彼の姿。
目の前の光景と頭に浮かぶ以前の出来事で脳内がいっぱいになり、パンク状態だ。
「おい、彩海」
「こ、こないで!!!」
「は?」
やっと音になって出せたのは、彼を拒む言葉。
明らかに彼は機嫌を悪くしている。
「きちゃだめ!!」
「何でだよ」
「何が何でもっ!!」
「……おい」
「だからだめっ………」
「彩海!!」
あ、だめ。
もう私、だめだ。
「……相変わらずお前はどんくせえな」
焦ちゃんがまた、私を抱きしめている。
後ずさり転びそうになった私を受け止めて、あの逞しい胸板に引き寄せている。
「本当にヒーロー志望かよ」
ばくばくばくと速まる心音と、急上昇する私の熱。
密着する彼の肌と、強く香る彼の香り。
どうしよう。
私、だめかも。
「焦ちゃん……わ、たし………」
好きな人の腕の中。
恥ずかしいけど、世界一好きな場所。
最近やっと気持ちが結ばれたというのに、もっとこの中にいたいだなんて願う私は欲張りだ。
彼ともっとくっついていたい。
もっともっと、彼という存在を噛みしめて感じたい。
勇気を出して、私は自分の腕を彼の背中へと回そうと伸ばした。
「……いっ!!」
「どうした?」
思わず自分の腕を縮こめた。
突然襲い掛かった痛みはいつもより鮮明で、わずかながらに涙が浮かんでしまうほどだった。
彼はゆっくりと私を離していく。
「なに動かそうとしてんだ。安静にしてろよ」
ああ、きっと欲張りだからバチが当たったんだな。
彼の物言いはなんだか私を叱られているようにも思えて、自分が情けなくなった。
「……焦ちゃん、上着て」
少し冷静になれたのか、視線を外してなら言葉が出せるようになった。
「何でだよ」
「いいから、着てほしいの。風邪ひいちゃうし……」
「そんなやわじゃねえよ。それに30分もすれば乾くだろ」
「でも、着てほしいの!」
「……たく、仕方ねえな」
私が折れないと悟ったのか、彼は渋々Tシャツを被った。
視界の端でそれを確認し、ようやく彼へと視線を戻す。
彼の髪は雨でぬれていて、直毛の髪がさらにまっすぐとなって下に落ちていた。
「焦ちゃん、髪も乾かそう。風邪ひいちゃうよ」
「いい。すぐ乾く」
「でも……」
「お前今日は頑固だな。さっきみてえに素直にしてりゃいいのによ」
「え!?さっきって?」
彼は少しだけ口角を上げて、意地悪な笑顔を浮かべた。
「……俺の応援してる時」
「!?」
耳元で囁く彼の声がとてもこそばゆくて。
でもそれ以上に、とても恥ずかしくて。
「焦ちゃん、気づいて……!」
「……ばーか」
やっと落ち着いたと思った私の頬は再び熱を持って赤みを帯びた。
彼はそんな私を見てまた少し口角を上げる。
その笑顔はさっきみたいな意地悪なものじゃなくて、とても優しいまなざしで。
年下とは思えないあまりにも大人びた表情に、私は再びフリーズしてしまう。
案外、彼は私よりも何枚も上手なのかもしれない。
幸せな翻弄