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※Something Blue の補足的なお話です。ネタバレ含みます。
※爆豪視点です。口調にあまり自信がありません。
※苦手な方はブラウザバック推奨です。





「今年の雄英体育祭、1年優勝者は―――………」

テレビから響く大歓声と盛大なアナウンス。
決勝戦の2人を映していたカメラが切り替わり、安堵の色が浮かんでいる女の顏がドアップで映りこんだ。
決勝戦のリプレイ映像で動く女は、大人しそうな外見とは裏腹に、桁違いの火力で対戦相手を屈服させていた。

優勝したというのに、その表情から漂うのはどことない虚無感。
浮かない表情の理由は分からない。
高校受験の年の、春の事だった。





「勝己、ゲーセン寄ってかねえ?」

受験が刻々と近づいてきているというのに、呑気なクラスメイトが俺を誘ってきた。
口には出さず一睨みを利かすと、その意図を感じたのかクラスメイトはしまったとでも言いたげな表情を浮かべて苦笑した。

「冗談だって。受験近いもんな」

その通りだ。
もうすぐ推薦入試の時期になる。
自分よりも先に合格の切符を手にする奴が現れる。
一般入試で受かれば問題はないしそこに焦りを感じるわけではないが、今ここで受験勉強以外の事をするということに気が進まなかった。
落ちる気はさらさらないが、最低限の努力はする。当たり前の事だ。

「あ、雄英じゃん」

くすんだグレーと深緑の制服。
間違いない。俺の入学する(予定の)高校の制服。
雄英高校の制服だ。
携帯電話を片手に辺りを不安そうに見渡している。

「奏出彩海じゃね?ほら、体育祭で優勝したやつ」

名前を言われても思い当たらなかったが、体育祭という言であの液晶の風景が蘇った。
そうだ。あいつだ。
優勝したというのにあんなふざけた表情を浮かべていた女が、目の前にいる。

女は睨んでいた携帯電話から顔を上げた。
長い髪がゆっくりと撓んで動いた。
黒目がちな瞳が俺たちを捉えた途端、思わず立ち止まってしまった。
女の髪がゆっくりと揺れ動いているのを見て、こちらに向かってきているのだと気づいた。

「あの、すみません。ここのあたりに合格祈願で有名な神社があると思うですけど……」

女は再び携帯電話へと視線を移し、画面上に地図を映し出した。
か細い指と画面が当たる度、軽い乾いた高音が小さく響く。
自然と伏目になった女の睫毛が頬に影を作っていた。

「ここ。この神社に行きたいんですけど……」
「それなら交差点右に曲がってすぐそこっすよ。ほら、標識があそこにあるっしょ」
「あ!本当だ!ありがとう!」

影が消えた。
三日月形に変わった目元が睫毛の影を吸い込んでいった。
まるでスポットライトを当てたかのように、女の顔が明るくなった。

「ありがとうございました!」

視界に入る、風を受けて揺れる髪。
光を鈍く反射するそれはどんどん遠く離れ、まるで劇場の暗転のように急に姿を消した。
そこで女が案内された通りに角を曲がったという事に気が付いた。

「奏出彩海、テレビで見るのと全然違うな」
「あ?」
「テレビでも結構いいって思ってたけど……実物は全然別格ってか、マジ可愛い」

可愛いかどうかは知らねえ。
そもそも興味もねえ。
だが全然違う、その言葉にだけは肯ける。

体育祭にいた寂しげな女は、そこにはいなかった。





「こちらでジャージの試着をします。個性の関係で特注の必要がある方は言ってください」

入学前のオリエンテーションで雄英に行くと、またあの女がいた。
神社を探していた時より髪が伸びていて雰囲気が少し変わって見えた。
新入生を見て合いそうなサイズのジャージを手渡して試着させている。
終ったら用紙に記入し、それを手渡しているようだった。

「はい……物間くん。この用紙を持って制服の試着室に向かってください」

順々に来る生徒たちの名前を1人1人わざわざ読み上げて、クソ丁寧に対応している。
同じ説明を繰り返していて疲れねえのか。
容量の悪い対応と、薄い微笑みを浮かべている安っぽい作り笑いに若干のイラつきを覚える。

「次は……」

その瞬間、自分の中に靄のような気持ちの悪いもんが降りていたのが分かった。

「し………轟、くん」

そこにいたのは知らねえ女。
体育祭の時とも道端で会った時とも違う女。

「じゃあ、制服の試着室に向かってください」

少し高くなる声。
微かに潤む瞳。

「待ってよ、焦ちゃん!」

その顏。
入学してから見かける女は、オリエンテーションで見た時と同じだった。
体育祭の時とも道端で会った時とも違う女。
そしてその横には必ず―――………





「爆豪くん……あの……隣いい?」

出場する側となった、初めての雄英体育祭。
突然女は観客席に現れた。

全然、違えじゃねえか。
いつものあの顔はどこいったよ。
いつもみたいに笑えや。
いつもみてえな態度で俺と接しろ。

「ずっと隣で見てきたんだから」

昼休憩の前、偶然デクと轟の話を聞いた後、言った。
それは去年の体育祭のテレビ中継で見たあの光景を彷彿とさせる表情だった。
知るか。お前らのことなんて。
知りたくもねえ。お前らのことなんて。

通路になっている階段に女は座り込んだ。
嫌でも視界にあの長い髪が入ってくる。
主張の強いその存在感に、イラつきばかりが募っていく。

「私のヒーロー……」

最悪だと思った。
女が小さな声で呟いた言葉が、俺にはなぜかはっきりと聞こえてきた。
その言葉に俺の中の嫌なもんがさらに色濃く渦巻いていく感覚がはっきりとあった。

気にしなきゃいい。
そうは分かっているのにこいつは俺の中に勝手に入ってきやがる。
試合が終わった途端、駆け出した女を気が付けば追いかけていた。

何してんだ、俺。

「焦ちゃんのせい、だよ……」

泣いている奏出を轟が引き寄せるその光景を、陰から眺めていた。
気持ちの悪いもんがどんどんどす黒くなり、俺の胸をえぐっていく。
イラつきは収まらない。
自分のペースが乱されていく。

「なんで俺はあいつの事………」

はっとした。
思わず出そうになった言葉を必死で引き戻し、息を止めた。
これを言葉に出しちゃいけねえ。
認めちゃいけねえ。
俺がこんな事に振り回されるなんてあってたまるかって話だ。


「奏出彩海……」


頭に浮かぶ、女の顏。
名前を呟いただけで、自分の中でいろんなものがひしめき合っていくのを感じる。
赤、黒、黄色。色で表すなら、きっとそんな色だ。

俺は女の名前を呼ばないと決めた。
でないときっと、俺は後悔をする事になる。





「2回目だね」

気づいた時には手遅れだった。
思った通りだった。
だから言っただろうがと、自分が自分を戒めている。

「また、ちゃんと私の名前を呼んでくれた」

色濃く脳内に焼きついたその顔は、憎らしいほど穏やかな笑顔だった。


この感情の名前を知ってはいけない