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※時系列系のトリップネタです。
※付き合い始めぐらいの話です。(寮が始まる前です)
※Something Blue 54.be foundちょっと過ぎぐらいだと思います。
※長めなお話です。
※苦手な方はブラウザバック推奨です。
何の変哲もない歩道のど真ん中で轟は立ちすくんでいた。
切れ長な目元は大きく開かれ、いつもは固く一文字に結ばれている唇は力なく緩んでいた。
困惑。
今の轟を形容するならこの言葉がぴったりなように思える。
轟の頭には数分前の出来事が鮮明に映し出されていた。
「轟は奏出さんのどこが好きなの?」
7限目までの長いカリキュラムを終え帰宅しようとしていた轟を呼び止めたのは芦戸の甲高い声だった。
突然の質問に帰り支度をしていた手が止まる。
芦戸はまるで小さな子供がおもちゃを待ちわびているかのような期待の眼差しで轟を見ていた。
「聞いたよー。付き合ったんでしょ?ねえ、どこが好きなの?いつから好きだったの?」
雄英高校は数多くの有名なヒーローを輩出してきた名門校なだけあり、それなりの生徒たちが集まる場所でもあった。
世間で名の知れ渡っているヒーローの子供や親族が在籍するのも珍しい話ではない。
轟はNo2ヒーローであるエンデヴァーの息子という事もあり、その知名度は群を抜いていた。
奏出も父親が有名なヒーローであったし、人より容姿が整っていることもあり、校内で知らない者はいなかった。
そんな有名な2人が付き合ったというビックニュースは瞬く間に広まり、校内はその話題で持ち切りだった。
「幼馴染なんでしょ?ずっと前から好きだったの?」
芦戸は待ちきれないようで、答えを急かすように質問を重ねた。
クラスメイト達はそのやり取りに交わるわけでもなく、平然とした表情で帰り支度をする振りをしながら聞き耳を立てていた。
体育祭を終え、轟は入学当初より柔らかい雰囲気を醸し出していた。
幾らかは話しかけやすくはなっていたが、プライベートの事を詮索出来るほどではなかったので、皆興味はあっても聞く事が出来なかったのだ。
クラスメイト達の期待を芦戸は背負っていた。(本人にその自覚はない)
「……わかんねえ」
数秒開けた空白の後、轟は言った。
その衝撃的な率直な答えに、思わずクラスメイト達の動きが止まる。
「え?」
「わかんねえ。どこが好きなんだろうな」
付き合いたてのカップルとは思えない発言に、辺りは一気に静まり返った。
轟はその雰囲気に気づいたのか、不思議そうにあたりを1度見回した後、大して気に留めることなく教室の扉へと向かって歩き出した。
質問をした芦戸でさえ何と言えばいいかわからなかったのか、そんな轟を茫然と眺めている。
「じゃあまた明日」
轟が別れの挨拶を言い、教室の扉を開いた。
「……彩海、いたのか」
ひやりとした。
そこにいたクラスメイト達の肝が一気に冷えた。
その場に立ちすくむ少女は、紛れもない轟の彼女である奏出彩海だった。
扉を開こうとしていたのだろう。
行き先を失った右手が軽く握られたまま宙に浮かんでいる。
「………ごめん。私、忘れ物しちゃった。焦ちゃん先帰ってて」
「取りに行けよ。玄関で待っててやるから」
「先生にも用があったの思い出したの。時間かかっちゃうと思うから、焦ちゃん先に……」
「じゃあ付いて行ってやる」
「……いい」
「おい、彩海」
顔を上げない奏出を不思議に思い、轟は奏出の腕へと手を伸ばした。
しかしそれは甲高い音を立てて弾かれた。
「彩海……?」
「………っ」
「彩海!!」
奏出は固く唇を噛みしめ、潤んだ虹彩を隠すようにして走り出した。
今にも泣き出しそうなその表情を見て、轟は後を追う。
「おい、待てよ!彩海!!」
いつもなら簡単に追いついてしまうはずなのに、その日の奏出は異様に足が速かった。
気が付いた時には姿を見失っていた。
携帯は電源が切られているのか通じず、轟は必死に走り回って奏出を探していた。
「どこ行ったんだよ、あいつ……」
思い当たる場所をしらみつぶしに探しているというのに見つからない。
走り回り溢れ出た汗を拭い、荒くなった呼吸を整える。
もう1度電話を掛けてみようと携帯電話を手に取った時だった。
「焦ちゃん?」
聞きなれた耳障りの良い声がした。
反射的に顔を上げた轟だったが、その姿を目にした瞬間に固まってしまった。
その視線の先には1人の女性がいた。
奏出と同じ声と、同じ呼び方で轟を呼ぶ、見知らぬ女性だった。
普段は入らないような落ち着いた雰囲気のカフェに轟はいた。
向かいには先ほどの女性がホットコーヒーとミルクを混ぜ合わせるようにティースプーンを優雅に回していた。
黒と白がゆっくりと馴染んでいく光景を轟はぼおっと眺めている。
何してんだ。
彩海を探さなくちゃいけねえのに。
「飲まないの?」
女性はティースプーンをソーサーに落とし、ベージュ色になったコーヒーを口へと運んでいった。
思わず目が合いそうになり、轟は咄嗟に視線を目の前のコースターに移した。
氷がいっぱいに詰まったグラスは汗をかき、1粒の雫がコースターへと落ちて滲んでいる。
「……雄英高校ヒーロー科1年生の轟くん」
先ほどは違う呼び方に轟は思わず顔を上げた。
視線がぶつかり、女性の表情に釘付けになる。
「やっと顔、上げてくれた」
不思議な感覚だった。
会った事もないはずなのに、なぜだか懐かしい感覚が轟を襲った。
少し首を傾げながら浮かべる柔らかい笑顔は不思議と奏出を彷彿させた。
「急にごめんね。君と話をしてみたかったの」
女性はカップを置き、懐かしそうに目を細めて外の景色を眺めた。
轟はその動きをじっと見つめていた。
店内に鳴り響くクラシックピアノのBGMが2人の間に流れる沈黙を埋めていく。
「ねえ。ちょっと付き合ってくれる?」
女性は突然立ち上がり、轟の手を掴んだ。
いきなりの行動に意表を突かれ、轟は思わず身を固くした。
「ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだけど……」
困ったように笑う女性の表情を見て、轟の力が一気に抜けた。
それを見て安心したのか、女性は轟の手を引いて店を後にする。
本当なら今すぐにでも奏出を探しに行きたいのに、不思議と女性を前にすると何も出来なくなった。
この女性があまりにも奏出と似すぎていて、轟は混乱し、いつものような冷静な判断が出来なくなっていた。
少し前を歩く女性の髪が揺れる度、自然と目が奪われていく。
轟は気づいていた。
女性が自分と程よい距離感で接してくれている事を。
不愛想にも思われやすい轟の態度を何も気にする事なく受け止めてくれる包容力があることを。
それはとても心地よく、とても魅力的に映った。
自分より10才は上であろう女性に魅かれている事に、轟は気づいていた。
“轟は奏出さんのどこが好きなの?”
ふと、脳裏に芦戸の声が浮かぶ。
轟の答えは変わらなかった。
わからない。
俺は彩海のどこが好きなのか。
「すっかり日が暮れちゃったね」
「……はい」
気が付いたときには、2人は轟の家の近くにいた。
空は藍色に色を変え、小さな星が少しずつ姿を現し始めている。
2人は肩を並べて歩いていた。
最初とは違って、時折肩がぶつかってしまうほどの距離だった。
「轟くん、彼女がいるんでしょ?」
女性はふと足を止めて言った。
つられて止まった轟は、女性の言葉に思わず目を見開いた。
そう。俺には彼女がいる。
この人によく似た彼女が。
「彼女のどこが好き?」
沈黙が降りた。
轟はどう言えばいいかわからなかった。
彩海の事は好きだ。
だけど具体的にどこが好きとか、どう好きだとかはわからなかった。
それに今、この女性に魅かれているのも事実。
こんな状態で胸を張って好きと言っていいのか……轟は分からなかった。
「じゃあ質問を変えるね。……どうして彼女と付き合おうって決めたの?」
「どうしてそんな事聞くんですか」
「いいから言って」
女性はまっすぐと轟を見据えていた。
「ちゃんと知りたいの」
威圧的なものではない、真剣なまなざし。
こういうところも似てる。
ふと、轟は思う。
「………あいつを手放したくないって思ったから」
そしてその瞳を見ていると、なぜだか素直になれる。
「どこが好きとか正直うまく言えねえけど……俺の日常に彩海がいるってのが当たり前だから」
いとも簡単に言葉が降りてくる。
「だから傍にいてほしいって思った」
「……自分勝手だね」
女性のもっともな言い分が轟に突き刺さる。
ショックを受けているであろう轟をみて、女性は吹き出す様に小さく肩を揺らして笑った。
「でも、私も人の事言えないや」
女性は轟に一歩近づいた。
その表情は先ほどとは打って変わり、とても晴れやかな表情に見える。
「私ね、昔ここである決意をしたの。ある人の傍にずっといるって。でも、いざその時となったら怖気づいちゃって、自分の気持ちがわからなくなって、自信がなくなって逃げだして……気づいたらここにいた」
女性はゆっくりと轟の頬に手を添えた。
細長い指が轟の火傷の後を優しくなぞっている。
「あの人のまっすぐなところが好きだったんだってこと、思い出した。これでようやく決意が出来ました。ありがとう」
ふわりと。
甘い香りが轟の鼻を掠めた。
優しく暖かい熱が轟を覆っていく。
心地のよい抱擁はとある記憶を蘇らせた。
そういえば数日前も似たような事があった。
抱き寄せた彩海は俺の腕の中で囁くように言ったんだ。
「これからも傍に……ずっといさせてくれる?」
記憶の中の声と、現実で聞こえる声がリンクした。
女性は少しだけ体を起こして、轟の顔を見るなり優しそうに、愛おしそうに笑った。
「焦ちゃん、やっぱり変わらないね。びっくりした顏、可愛くて好きだなあ」
「その呼び方……」
轟の言葉は遮られた。
女性は轟の首に手を回して、力強く、けど優しく引き寄せ、ゆっくりと顔を傾ける―――………その色香の漂う仕草に轟は釘付けになる。
「自己紹介がまだだったね。私は……」
触れ合っていた唇をゆっくりと離し、女性は内緒話をするように轟の耳元で囁いた。
くすぐったいような、でもいつまでも聞いていたくなるような優しい声音に轟の背筋に震えが走った。
「奏出……いや、轟―――………」
彩海です――――…………
何の変哲もない歩道のど真ん中で轟は立ちすくんでいた。
切れ長な目元は大きく開かれ、いつもは固く一文字に結ばれている唇は力なく緩んでいた。
混乱。
今の轟を形容するならこの言葉がぴったりなように思える。
轟の頭には数分前の出来事が鮮明に映し出されていた。
「焦ちゃん?」
聞きなれた耳障りの良い声がした。
反射的に顔を上げた轟だったが、その姿を目にした瞬間に固まってしまった。
「……彩海」
その視線の先には1人の女性ではなく、探していた奏出の姿があった。
女性と同じ声、同じ呼び方で轟を呼ぶ、奏出の姿が。
「ごめんね。急に逃げ出して、その……」
奏出の言葉を待たず、気が付けば轟は駆け出していた。
自分の腕の中に奏出を閉じ込め、存在を確かめるかのような抱擁をする。
「……離れんなよ」
「……ごめんなさい」
ぎゅっと。
轟は奏出をさらに強く抱き寄せた。
それに応える様に奏出はゆっくりと轟の制服を掴んだ。
「これからも傍に……ずっといさせてくれる?」
奏出の声に、女性の姿が脳裏に浮かんだ。
きっとそうだ。
何がどうしてあんな出来事が起こったかはわからないが、きっとそうだったんだ。
「………絶対、いろよ」
「……うん」
恋人たちの初々しくも力強い誓い。
傍からすれば甘酸っぱく、脆く儚い誓い。
けれど2人には確かな自信があった。
未来の事など誰にもわかるはずはないのに。
きっと大丈夫。
そう思える、確かな自信が。
空の藍色に浮かぶ強い光の2つの星が、2人を照らすように揺らめいていた。
タイムリープ・プロミス