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※12/11時点、本誌ではまだ明かされていない時期の話なので、後ほど矛盾が出るかもしれません。ご了承ください。
※主人公と轟が付き合った後の話になります。
※主人公のクラスメイトのオリキャラが少しだけ出てきます。
※苦手な方、ブラウザバック推奨です。
鈍色の雲がのろのろと動くさまを見てよかったと安堵した。
先日お気に入りのストールに飲み物を零してしまい(クリーニングでも取れない程しつこい染みだった)、一張羅の防寒具を失っていたからだ。
この雲の動きを見るにきっと、風はさほど強くはないのだろう。ストールがなくても大丈夫そうな気がした。
時計の針は約束の時間の20分前を指している。今日のために事前に決めていた私服に袖を通し姿見を覗き込んだ。
ひどい顔だった。
まるで外の景色と自分の心中がリンクしているようにも思えた。
長いため息が自然と漏れる。重苦しい胸を少しでも軽くしたかった。けれどため息ではこの重圧感は解消されない。胸にはひどく嫌なものが引っかかったままだった。
「焦ちゃん!一緒に帰ろ!」
冬休み、私と彼は自宅へ戻る事になっていた。
終業式が終わり友人たちに挨拶をして私は1-Aの寮へと出向いた。
調度タイミングよく寮から荷物を持った彼の姿を見え、高揚した分声が大きくなってしまった。
彼は私の声に反応しこちらを見た。
「……焦ちゃん?」
彼の表情は険しかった。
ポーカーフェイスであまり感情が顔に出にくいタイプではあったが、負の感情に関しては別だった。
きっと誰が見ても不機嫌に見える。幼馴染の私には猶更そう見える。
「………」
無言で私の横を通り過ぎようとする彼に困惑しながらも、置いて行かれないように歩幅を大きく取った。
彼は私の方に見向きもせずに帰路をまっすぐと進んでいく。
私が彼の機嫌を損ねた事は明白だった。彼の背中がいつもより冷たく見えた。
「待ってよ!焦ちゃん!」
子供じみた態度に少し苛立ちを覚え、いつもより荒々しい声になってしまった。
彼は立ち止まったが私の方へ振り向こうとはしなかった。彼は頑固な性格だった(こういうところは父であるエンデヴァーと似ていると思う。怒るから口にはしないけれど)。
「何で怒ってるの?私、何かした?」
ここ数日間を思い返しても全くと言っていいほど心当たりがなかった。
後期に入りもうすぐ3学年に上がるというこの時期、カリキュラムが鬼のような忙しさになり学校で会う機会も減っていた。昼休みに食堂で顔を見れればいい方だった。
合間を縫って余暇時間に2人で会っていた時も彼はいたって普通だった。
「……怒ってねえよ」
「嘘。絶対怒ってる」
次に降りたのは深いため息だった。訳が分からなかった。ため息をつきたいのはこっちの方だ。
明らかに不機嫌だというのに、怒ってないと彼は言う。
「いいから取り敢えず帰るぞ」
やっとこちらを向いてくれたのに彼は目を合わそうとはしなかった。
歩調をいつも2人で歩くときのペースに戻し、帰路を再び進んでいった。
私は晴れないモヤを抱えたままその後に続き自宅へと戻った。
久しぶりに母の顔を見たというのにうまく笑えなかった。母は困ったように笑って私を迎えてくれた。帰って早々母に心配させてしまった。
全部焦ちゃんのせいだ。
焦ちゃんの、ばか。
『明日迎えに行く』
そんな矢先、彼からメールが着て驚いた。
てっきり約束は流されるものだと思っていたので少し嬉しくも思えたが、冬休みに入ってからずっと居座っているモヤモヤがその感情をあっけなく飲み込んでしまった。
『見てください!たくさんのイルミネーションが輝いています!!明日は特別仕様のライトアップになるとのことで、たくさんの人が――……』
テレビのアナウンサーの黄色い声が私の耳をまさぐる。
約束していた場所は杉並木道の大通り。
12月24日の夕方、彼は私を迎えに来る事になっていた。
「彩海―。焦凍くん来たわよー」
母の声に意を決し部屋を出た。
足が心なしか重い。ノーカラーコートから覗き出る首がいつもより少し肌寒く感じる。
まだ家から出ていないというのに。色々なことが重なってドアを開けるのが億劫になった。
「なにぐずぐずしてるの。早く行きなさい。焦凍くん風邪ひいちゃうでしょ」
「わかってるよ!今出るところだったの!」
母には何でもお見通しだ。私が躊躇っている事を見抜いたうえで発破をかけているのだろう。
少し躍起になってドアを開くと、すぐそこに彼がいた。
暗い色のブルゾンがいつもの彼をさらにかっこよく見せている気がして、胸がきゅっと音を立てた。
こんな時でもときめいてしまうなんて。私は相当重症らしい。
「マフラーなくて寒くねえのか?」
「平気だよ」
いつも通りの何気ない会話。でもどこかしらぎこちない会話。
彼は何も言わずに左手を差し出した。私は遠慮がちにその手を掴んだ。
慣れた手つきで彼は私の指の間に指を滑らせる。互いに収まりのいい位置まで届くときゅっと手を握った。反射的に私は握り返す。
付き合い始めは慣れなかった手を握るという簡単な行為を、今では難なくこなせるようになった。
互いに邪魔をすることなく、ちょうどいいタイミングで指と指が絡み合うようになった。
変なの。私達気まずいのになんで手を握ってるんだろう。
いつもみたいに一緒のペースで歩いているんだろう。
昨日の私がこの光景を見ていたらきっと、眉を顰めて理解できないという風に首をひねるだろう。
何で流されているの?
この間どうして不機嫌だったのか理由を聞きなよ。
頭の中の私が言う。
でも出来なかった。悔しいけど、私の負けだった。
手を繋いで歩く。たったそれだけであれだけ頑丈に絡みついていたモヤが晴れていくような気がした。
彼の大きな手が触れている。それだけなのに。
「……焦ちゃん」
気づいた時には彼を呼んでいた。
大分長いこと移動したから目的地であるイルミネーションの杉並木道まではあと10分ほどで到着しそうだった。
彼は私を見た。この間のように目を逸らすことなく、真っ直ぐ私の瞳を捉えていた。
「ねえ、なんで怒ってたの?」
この間のような刺々しさはなく、いつものような口調で自然と言葉が零れ落ちた。
彼は2・3度瞬きをした後、私から視線を外した。
握っている力が強まる。私もそれに応える様に彼の手を握り返した。
「この間、稲妻さんと一緒に出掛けたんだろ」
「え?」
「上鳴から終業式の日に聞いた。2人で服屋に入るところを見たって」
「え、なんで!?どうしてそういう事になってるの!?」
「違うのか?」
「2人じゃないよ!七絵も含めてみんなで行ったの!」
稲妻くんはクラスメイトの男の子。七絵は私の親友だ。
この間の休日、木椰区のショッピングモールへクラスメイト複数名で出向いたのだ。
きっと上鳴くんは私と稲妻くんだけが目に入ったのだろう。
勘違いも甚だしい。というかそれを彼に言うという事自体がデリカシーにかけていると思う。
「そうか」
また胸がきゅっとなった。
彼が優しいまなざしで私を見て、ほんの少しだけ口角を上げた。
私はこの微笑みを見ると何も言えなくなってしまう。
ただ彼に見とれてしまう。
そしてまた、”好き”が募っていくんだ。
「……わあ」
誤解も解け、和やかな空気になった私たちを煌びやかなイルミネーションが包んだ。
無数の細やかなライトの光が杉並木を覆い暗闇の中に浮かんでいた。
大通りを進む人たちはゆっくりと進みながらその光に目を奪われている。
濃紺の背景にそれはよく映えた。
「イルミネーション、すっごく綺麗だったね!」
興奮気味に言う私に彼は肯いて応えた。
大通りから自宅の近くへと移動し、近所の公園のベンチに2人で腰掛けていた。
私の脳裏には先ほどの煌びやかな光景がしっかりと焼き付いていた。
「……彩海」
「きゃっ!」
突然の出来事に思わず背筋に震えが走った。
すっかり冷え切った首元に彼の手が触れ、私の体は一気に震えあがった。
彼の手は冷たかった。握っていなかった手は風に当てられてすっかり冷え切っているようだった。
「何するの!!」
「お前の首が寒そうだったからあっためてやろうと思って……」
「絶対わざとでしょ!?」
本気なのか冗談なのかよくわからない彼の行動に振り回されながらも、私はなんだかおかしくなってしまった。
今までの彼ならきっとこんな事はしてくれなかった。
雄英に入って彼は変わった。大切な友人が出来て彼はとても楽しそうに笑うようになったと思う(とても楽しそうというのは大きく笑い声を上げたり、目や口元が弧を描いたりする様を言うのだ。彼はそんな表情には見えない、と七絵には言われたけど、少なくとも私にはそう見えた)。
彼が雄英に来てくれてよかった。信頼できる友人に出会ってくれてよかった。
私も嬉しくなって自然と笑顔が増え、この1年は笑う事が多かったと思う。
「……焦ちゃん、はい」
綺麗に包装されたラッピングをほどき彼の手を取った。
彼は少し驚いたように目を開いたまま、私の動きをじっと見つめている。
「よかった。サイズぴったりだね」
モノトーン調の手袋は彼の手元によく映えた。
カッコいい彼は何でも着こなせてしまう。憎らしほどに似合っている。
「これを買いに行ったの。男の子のお店ってよくわからなかったから、皆に協力してもらって……」
「……やっぱりか」
「え?」
「上鳴も言ってた。きっとクリスマスプレゼントを買いに行ったんじゃねえかって。でも2人きりだったような気がするって聞いて……いい気分しなかった」
そっか。上鳴くん、悪気があったわけじゃなかったんだ。
話しの全容を聞けて少し安堵している自分がいた。
「誤解させちゃってごめんね。2人では行ってないから。これは本当だよ」
「ああ」
今度は彼の番らしかった。
鞄の中から同じようにラッピングが施された袋を取り出し、ゆっくりと包装をほどいていく。
ふわりと、何か暖かいものが私を包んだ。
「……これ、え!?」
淡い色の肌触りのいいストールだった。
私は驚きうまく言葉が出せなかった。
なぜならこれは私が欲しいと思っていたものだったから。
ストールを汚してしまった日に雑誌を見て目星をつけていたもの。
どうしてそれを彼が持っているのだろう。
「風邪ひくぞ」
ぎこちなそうに腕を動かし、優しく丁寧に私の首にストールを巻いてくれた。
柔らかく暖かいストールはコートと顔の間を埋めていく。
彼の腕が動くたびふわりと嗅ぎなれた香りが鼻を掠め――……そしてさらにそれは強くなる。
目を閉じる隙を与えてくれなかった。
長い睫毛が降り、顔が斜めに傾き近づく。
あまりにも繊細で綺麗な、間近に映る光景は私の脳裏に色濃く刷り込まれていった。
2人の、呼吸の音が、聞こえる。
「……彩海」
私の名前を呼んで彼はまた同じように睫毛を降ろす。
背景には濃紺に煌びやかな無数の光が浮かんでいる。
先ほどの並木道の光景を思い出した。
目の前に迫りくる彼の姿は私の心拍を急速に上げ、熱をもたらす。
恥ずかしさでこれ以上見ていたらおかしくなってしまう。
でも、目を閉じるふりをした。
唇に熱が伝わる。
劈くような鼓動が私を打つ。
キスを交わす時の彼の表情は私を虜にしていく。
“好き”という感情が私の胸を締め付ける。
それはとても苦しくて、悲しくて、切なくて。
どうにかなってしまいそうなのに、私は―――………
それでもずっと、君を見ていた