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※主人公と轟が付き合った後の話になります。
※寮生活が始まっています。
※オリキャラが出てきます。
※少し暴力的・性的な描写がございます。
※苦手な方、ブラウザバック推奨です。
「だから言ったんだ、お前には向いてないって」
低い声が遠く聞こえた。
首を絞める力が強まり、自然と涙が浮かんできた。
どうして――……。
そう後悔しても遅い。視界の端に映った少女はただじっと、私たちの様子を眺めている。
体が酸素を求めて口を開いた瞬間、その活路さえ許さないかのように唇が塞がれる。
首を絞めていた手は、解かれていた。
「彩海ちゃん、遅くなったけど大丈夫?」
久しぶりにおばさんの病室に訪れとてもたくさんの話をしたと一息ついた頃には、窓の外が藍色に色づいていた。
空には小さな星がいくつか煌めき始めている。腕時計を覗けば寮の門限が刻々と迫っていた。
「ごめんなさい、今日はもう帰らなくちゃ」
「私こそ長いことごめんなさいね。気を付けてね」
「ううん!また来ます!次来る時は今日話したプリン、たくさん買ってくるね!」
病院を出て携帯を覗くと、タイミングよく彼からメッセージが入った。
『迎えに行く。どこだ?』
本当は一緒にお見舞いに行く予定だったが、急用が入ったため私一人で行くことになったことを気にかけてくれているようだ。
ぽつぽつと浮かんだメッセージに返信を打つ。
『今病院を出たところ、大丈夫だよ。ありが』
「……歩きスマホとは、雄英の生徒も落ちたもんだな」
咄嗟に聞こえた声に、思わず途中でメッセージを送信してしまった。
今日は午前中に講義があったから制服のまま出向いていた。雄英高校は良くも悪くも世間に認知されている。
行儀の悪さを指摘され、しまったと思った。
悪いイメージの方が印象に強く残ってしまう事は、ここ最近の出来事で嫌というほどわかっていたはずなのに。
これ以上雄英高校の印象を落としたくない。そう思っていた矢先にやってしまった。
「す、すみません」
どこでだれが見ているかはわからない。これからは気を付けよう。
反省しながら目の前の人物に小さく会釈をした。
制服のポケットにしまったスマートフォンが小さく震えたのを感じたので、彼からメッセージが着たことがわかった。
とにかく急がないと。
横を通り過ぎようと思った時だった。
「――警戒しろよ。奏出彩海」
聞き覚えのある声だった。
背筋に震えが走り、自然と足が止まった。
横に立つ人物は私の顔を覗き込む。
「あなたは……!」
「喋るな」
地を這うかのような低い声が耳元で響いた。
蛇に睨まれた蛙。
体を少しでも動かしたらいけないと本能的に思った。男――……荼毘は囁くように言葉を続ける。
「少し話をしようぜ。拒否したら……わかるよな?」
顔は見えないが、卑しく笑ったような気がした。
ポケットにしまわれていた片手がゆっくりと降り、近くを歩いていた男子学生の方へと向けられていくのが分かった。
いつだって殺せる。
荼毘はそう言っている。
抵抗すれば殺す。
私ではない、他の誰かを。
「……行くぞ」
手首を強く掴まれ、思わず痛みで顔が歪む。
荼毘は私の方を振り返ることなく慣れた足取りで近くの路地裏に入った。
落ち着け。
自分にそう言い聞かせて、ゆっくりと静かに深呼吸を繰り返した。
交戦はしない。どう逃げるか。どう助けを呼ぶか。
冷静に今の状況と打開策を考える。
どこに向かっているかはわからない。もしこの先に敵連合の仲間がいたら――……複数対1人。どう考えても分が悪い。
ジャケットにしまったスマートフォンをばれないようにスカートのポケットに移動した。
自分の手に冷汗が浮かんだ。
「っ……」
乱暴に体が投げ出され、近くのビルの壁が背に当たった。
冷たく硬い壁のずしりとした感触が背中に乗り、思わず息をのんだ。
荼毘は私を見下ろすようにして目の前に立ちはだかる。
ここは行き止まりだった。幸い仲間らしき人物たちは目に入らなかったが、交戦するには狭すぎる空間だった。
「……似合わねえな。その制服」
荼毘は私を舐めるように見た後、ぽつりと言った。
意味の分からない発言に眉を顰めた。何が言いたいのだろう。何のために私をここに連れ出したのだろう。
突拍子もない発言の意図を探るように、思考をフル回転させた。
「無視かよ。相変わらずつれねえな」
私を囲うかのように荼毘は壁に手を付いた。
縮まった距離感に緊張感が高まる。
心臓の音が大きくなっていく。
「……あなたは何がしたいの?」
張り詰めた空気の中、精一杯の声を振り絞っていった。
荼毘は眉一つ動かすことなく私をじっと見つめたままだ。
「神野事件の時、死柄木は私に興味を持ってなかった。あなたが勝手に連れてきたって、そう言った。今だってそう。あなたが何をしたいのか、全く分からない」
「全く……ね、」
荼毘は私の耳元に口を寄せた。
耳に息がかかる。思わずぴくりと体が力んだ。
「俺が何をしたいかわかったら、お前はどうすんだよ」
「は……?」
「知ったところでお前に何のメリットがある?」
「今はそんな話をしてるんじゃ……」
「……お前、よく言われんだろ」
声が出なかった。
突然の出来事に目を見開いた。
首には荼毘の大きな手が力強くかかっている。
「偽善者」
あまりの苦しさに涙が浮かぶ。
体が酸素を求めてもがくように動いた。
手を払おうと自分の手を重ねてもピクリともしない。
荼毘は表情を崩さないまま、片手で私の太ももをなぞった。
「ほら。轟焦凍、だってよ」
荼毘は私のスマートフォンのありかに気づいていた。
画面に表示されている着信画面をこれ見よがしに見せつける。
荼毘の手の中で震え続けるスマートフォンは、彼からの着信を告げている。
「お待たせ」
荼毘の背後から聞こえた声に、締められていた手が緩んだ。
わずかに開いた気道へ咳き込みながらも息を吸い込む。
手は離さず、後ろを振り返ることなく荼毘は声に答えた。
「遅い」
「無茶言わないで。急な呼び出しに応じただけでもありがたく思いなさい」
普遍的な少女だった。
これと言って特徴のない、どこにでもいそうな少女。
そんな少女は私をじっと見つめて、小さく会釈をした。
「髪、伸びたね」
突拍子のない言葉に、頭が追いつかなかった。
初対面の相手に対してとは思えないその言葉は間違いなく私に向けられたものだった。
記憶をたどってもこの少女に出会った覚えは全くない。
雄英体育祭のテレビ中継と比較をして言っているのだろうか。それにしてもこの言葉がすぐに出てくるだろうか。
いや、違う。
そもそもこの状況で呑気な世間話のような言葉が出てくること自体がおかしい。
少女は間違いなく敵側の人間だ。
荼毘と2人で私を殺しに来たのだろうか。
「……だ、れ」
「あ、そっか。私の事忘れちゃってるよね」
少女は制服のポケットに手をしまい込んだ。
片足に重心を乗せるように立ち、覗き込むような視線でこちらを見ている。
「最初に言っておくと、私は中立者だから。敵連合にもヒーローにもつかない、その間の人間。平等が一番だと思う。だから、私を責めないでね」
何の話か全く見えてこない。
少女の言葉が私に向けられているのかと疑いたくなるほど、その会話の意図がわからなかった。
「お互いの気持ちが少しでも一致していなければ、個性を使わない事にしているの。だからあなたも望んだ事なんだよ。無理に使ったわけじゃないの」
「今のこいつに言ったって意味ねえよ」
「でも、ちょっとだけ思い出したんでしょ?」
「かもしれねえ、つー話」
「ふーん……じゃあ今回は難しいね。個性を使うかどうかのジャッジが」
「……どう、い、」
ギュッと、締められた音が聞こえた。
再び訪れた苦しみに意識が遠のきそうになる。
「だから言ったんだ、お前には向いてないって」
開かれた口を塞ぐように、荼毘は唇を重ねた。
首を絞めていた手がほどかれ、崩れ落ちそうになった体を荼毘が抑えていた。
否が応でも入り込んでくる舌を受け止めてしまう。
抵抗したいのに体に力が入らない。
息を吸い込むのだけで精一杯な私を見かねたように、荼毘は舌を絡めてきた。
自分の声が漏れだす。涙が頬を伝う。荼毘の吐き出した息を吸いこむ。
嫌だ。こんな事したくない。
嫌で嫌で仕方ないのに、抗う術もないなんて。
「どういう意味かなんてこういう状況で聞き返してんじゃねえよ。そんなん応えるわけねえだろ。やっぱお前はヒーローにはなれねえよ」
肩で息をする。
両手は壁に抑え込まれたままだ。
地面には私のスマートフォンが相変わらずけたたましく彼からの着信を告げている。
「所詮、お前は人魚だ」
「ちが……」
「不幸の象徴だ」
「そんなことない!」
「じゃあどうして……俺は不幸なんだよ」
目が離せなかった。
荼毘の表情があまりにも切なくて。今にも泣き出しそうな顔に見えたから。
「や……だ……」
涙がなぜだか止まらなかった。
再び近づいてきた顔から逃れるように顔を背けると、荼毘は私の耳元に唇を当てがった。
背筋が震える。一々反応してしまう体が憎くてたまらない。
「そんな顔……しないで……」
「……一致したね」
少女の声が聞こえたと同時に、無理やりまた私は唇を塞がれていた。
先ほどよりも体を密着させて交わされるキス。逃げ場のない状況。
私の脳内にいくつもの光景がちらついている。
「あなた、あの時と同じ顔をしてる」
少女は淡々とした声で言った。
まるで、張り詰めていた糸を切るかのように。
「彩海!!」
「……焦、ちゃん?」
彼の不安そうな表情が飛び込んできた。
何度か瞬きを落とすと、ゆっくりと焦点があってきた。
ここは雄英高校の最寄り駅のベンチだ。
長時間いたのか、私の体はすっかりと冷え切ってしまっている。
「お前こんなところで何寝てんだ!」
「え、嘘……」
慌てて画面を覗き込めば、大量の不在着信が表示されていた。
時刻は寮の門限まであと数分と言ったところだ。
「何かあったらどうすんだ!!」
「ご、ごめんなさい……」
「ほら行くぞ」
「うん」
差し伸ばされた手をゆっくりと取る。
指と指を絡め、いつもと同じ彼の手のぬくもりに包まれた。
「ねえ、焦ちゃん」
なぜそう思ったかはわからない。
「……キス、して」
どうしようもなく不安な気持ちになり、自分から求めていた。
彼は驚きながらも、何か思うところがあったのか……私の頭をゆっくりと撫ぜて唇を重ねる。
彼の暖かさに不思議と涙が出そうになった。
彼の触れる手が、とても愛おしく感じた。
「どうした。急に」
「わかんない、けど……」
彼が唇を離して心配そうな口調で言った。
「焦ちゃんに触れたくなったの」
理由は分からない。
おばさんに会ったからだろうか。
無性に私は彼に触れたくてしょうがなかった。
どこか心の中でざわつくような不安感があり、彼と触れる事でそれが和らいでいく気がしたのだ。
「……行くぞ」
「うん」
顔を上げると不思議と首が痛んだ。
ネクタイを少し緩めながら彼と手を繋いで雄英高校までの道のりを進む。
この手のぬくもりが、なぜだかひどく懐かしく、愛おしいものに感じた。
「やっぱり、知らない方があなたにとっては幸せなのかしら」
小さな幸せ、っていうのかな。
そんな呑気なことを考えながら彼の横顔を盗み見た。
「でもきっとまた会う事になるでしょう」
後ろから私たちを見つめる少女の声に、気づかないまま。
「またね……奏出彩海」
忘却(リスタート)