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※轟・主人公は成人済みです。
※20歳+2〜3ぐらいと思ってください。
※Something Blue+ 酩酊、溺れていく夜 の前の話になります。
※苦手な方はブラウザバック推奨です。



轟は苛ついていた。
眉間は自然と力み、縦に濃い皺が刻まれている。
スニーカーとアスファルトの擦れる音が乱暴に響いていた。
原因は家を出る前の些細な一言だった。


「焦ちゃん。お酒はほどほどにしてね」


皮肉の混じった忠告を告げたのは、彼女である奏出彩海だった。
轟と奏出は幼馴染であり、物心ついた時から一緒だった。
ヒーローへの就職を機に同棲を始め、今まで以上に仲が親密になった分、小さな事での言い争いも増えた。
今までも喧嘩はする方ではあったが、昔よりも互いに些細な事で苛立つことが多くなっていた。

まるで俺が飲み歩いているような言い方しやがる。
脳裏にチラつく、出る前の奏出の顏がとても煩わしく思えた。

轟はそんなに付き合いは多くない方だった。
普通の人より酒が弱い事が自覚はしていたし、それなりに抑えるようにしていた。
そんな俺の様子を一番見てきたのは、アイツじゃねえのか。
奏出の理解の足りない言葉が気に障り、轟は何も言わずに家を後にした。

俺はどうして彩海を好きになったのだろう。
付き合いも長くなれば、ふとそう考える時もあった。(いつもではない。たまに考える、といった程度だ。)
事務所の先輩や同期に幼馴染の彼女がいて、高校から付き合っていると言うと、大体の人たちが口を揃えて言った。

「他の女、見たいと思わねえの?」

この言葉の次には合コンやキャバクラと言った、男ならではの付き合いが待ち受けていた。
轟はそう言った類のものに興味はなかったし、他の女性に目を向けようと思った事もなかった。
だがこうして苛ついているとふと、嫌な考えが過るのだ。

他の女ならこうはならないのかもしれない。
あいつにはもっと他に合うやつがいるのかもしれない。
そんなこと、誰もわからないのに。





「轟くんは奏出さんと結婚するの?」

酎ハイの入った中ジョッキをテーブルに置き、照れながら緑谷は言った。
締まりのなくなりかけている表情から、少しずつアルコールが回り始めていることが見て取れる。

「そうだ!轟くんと奏出さんは大分長く付き合っているもんな!結婚してもおかしくない!いや、めでたい!!」

結婚するなんて一言も言っていないのに、飯田は勝手に祝い始めてしまった。
1人でテンションが上がり、大きな声を張り上げている。典型的な酔っ払いだった。

「緑谷は付き合わねえのか?」

出かける前の事もあり、奏出の話題を避けたかった轟は、緑谷に話題を振った。
急に振られた緑谷は突然の事に焦り、慌てふためいている。

「え?だ、誰と?僕が付き合うとか…そんな……」
「そうか。てっきり気になってるやつでもいんのかと思った」
「何!?緑谷くん、好いている女性がいるのか!?教えてくれないなんて、水臭いじゃないか!!!」

個性のごとく、また1人で飯田は先走っている。
緑谷は自分を隠すように頭を抱え、テーブルに肘をついた。

「いや…僕はそういうの本当わからないっていうか……その……まずは自分の事をしっかりしないと……」
「あれ?もしかして、デクさんとショートさんですか!?」

もごもごと喋る緑谷の声に重なり、甲高い声が響き渡った。
見ず知らずの女性が目を輝かせ、緑谷と轟を見つめている。
ヒーローとして功績を残しつつある彼らは世の中でも多くの人たちに認知されていた。
もちろん、こうした出来事も初めてではなかった。(飯田は顔が露出しないコスチュームのため、気づかれない事が大半だった。)

「ご一緒してもいいですか?」

先ほどよりもトーンを上げた声で言い、まだ承諾もしていないのに半ば無理やりに女性たちは紛れ込んできた。
3人の女性がそれぞれの隣に腰を下ろす。
あまりの勢いに圧倒され、轟達は文句を言うタイミングも逃してしまった。

「ショートさん、テレビで見るより超かっこいいですねえー!!」
「なんかクール!腕とかも超たくましいしー!」

なんだ、これ。
轟の胸のあたりに、何かがつっかえている気がした。

「これ超おいしいですよー!どうぞー!」

言われるがまま、よそってもらった取り皿を受け取る。
そこには先ほど注文したつまみが3つほどセンス良く盛られていた。
黒い皿の上に並ぶそれをじっと眺めていると、隣から茶色の箸が姿を現した。

「これおいしそうだから、1口もらっちゃおっと」

隣の女性は少しだけ顔を傾け、笑って言った。
瞼に塗られたベージュのアイシャドウが、女性の動きに合わせて煌めいて見える。

違う。

「……悪い」

違う。

「3人で飲みたいから席を外してくれ」

違った。

「……ご、ごめんなさい」

轟の言葉に居た堪れなくなったのか、女性たちは荷物をまとめて自分たちの席へと戻って行った。
嵐が去ったかのような、再び訪れた平穏に3人でふう、とため息をつく。

「轟くんありがとう。助かったよ」
「ああ。俺も彼女たちの勢いに負けてしまった……」
「いや、別に」

轟は目の前のジョッキを口に付け、ビールを喉に流し込んだ。
炭酸がはじける感覚が伝い、思わずほっと息を漏らす。

「……やっぱ、違うんだな」
「え?」

轟の言葉に緑谷が不思議そうに首を傾げた。
轟の口元がわずかに緩んでいく。


脳裏に浮かんだのは、彩海の声だった。

「焦ちゃん!これおいしいよ!食べてみて!」

話し方。
言葉と言葉のつなぎ方。
間の取り方。
箸の持ち方。
皿の盛り付け方。

隣に来た女性たちを見て、違和感があった。
なぜこんなにも違うと思うのか。何が違うのか。
轟は咄嗟に理解できなかった。
けれどそれは脳裏に浮かんだ奏出の声ですぐにわかった。


そうだ。
俺にはアイツなんだ。

話し方も。
食べ物の好みも。
本当に些細な仕草も。
全部全部、違うと思ってしまう。
自分の中で無意識に奏出と他の女性を比べていたことに気が付く。
知らないうちに奏出の存在がこんなにも大きくなっていたとは。

「………すると思う」
「え?何を?」

轟は笑った。
その笑顔に、緑谷は轟の言葉が何を指しているのか気づいたようだった。

「そっか」

緑谷はまるで自分のことかのように、とても嬉しそうに笑った。
2人で一気にジョッキを飲み干し、テーブルのボタンを押す。
飯田もそれにつられ、残っていた中ジョッキを一気に飲み干した。

「すいません!同じの追加で!!」

緑谷のはきはきとした声が店内に響き渡り、快く応える店員の声が木霊した。
轟はため息をつき、ソファの背もたれによりかかる。


「……轟彩海、か」

ぽつりと、何も考えずに呟いたその言葉に、こそばゆいような、むずがゆいような感覚が轟を襲った。
アルコールが体中をめぐり始め、轟の体は熱くなっていく。

「……もっと、いいヒーローにならねえとな」

心地よい感覚を酔いしれながら、轟は小さな決意を固めた。
それは自分と、好きな人のための、揺るがない固い決意だった。

やがて訪れるいつかの日のために