01

※流血表現あり




全ての始まりは、攘夷戦争だった。ただそれは確かに前触れはあった。私もそれを感じていたし、前線で戦う銀時は余計にそれを感じていた。

上級武家の家の生まれだけれど妾の子だった私は、ほぼ他人として家を守るために刀の稽古を施してもらう事が当たり前になっていた。でもどれだけ稽古を積もうと、妾の子はいい目で見られないし、天人相手には普通の戦とは勝手がちがうからと女子供は戦争には参加させて貰えない。でもそれはこの時代じゃ当たり前だった。攘夷戦争が始まろうともそれは拭われない。

私が女だからという理由と、まだ年齢が若すぎるという理由で少し田舎にある講武館にその身を押し込められたのだ。仕舞いには妾の子であるが一応上級武家の血筋である事を隠すために母親の性であった成瀬を名乗れと強制された。何も出来ない。そう思っても仕方ない。私はただ下唇を噛み締めて私より幼い子供達に目を向けた。私と同じ年の輩は自分の家の権力を振るって威張り散らかすろくでなしばかりだったから他に見るものもなかったのだ。

そんな状況でも、髪を撫でてやればへらりと笑う。そうだ、この子達には何も罪はない。でも、そんなの天人からしたら別だ。人生なんでも弱肉強食、それが当たり前になってしまっているこんな世界じゃ、楽しいことも楽しいとは思えなかった。

そんな生活をしていた私だけれど、一つだけ羨ましいと思うことがあった。帰り道にいつも前を通る度に笑い声が耐えないそこは私の生活とは無縁なものだった。

松下村塾。身寄りのない子供達を集めて、無償で寺子屋をやっている。この戦争で、何人もの子供達が住む場所を失ったのだろう。でもまあ無償で読み書きを教えている分、何を教えているのか分かったものじゃないとあまり評判は良くなかった。でも人数は日に日に増えていく。

ここの主である吉田松陽は、いつも子供たちに囲まれていた。それだけ信頼されているのだろう。そんな人が評判通りなのかと疑うようになった私は、いつの日にか隠れてこっそり練習を覗いて、近くの死角で1人隠れて木刀を振るようになった。

そしてある日隠れてこちらを見ている影に気がついた。それは吉田松陽以外にはいなかったのだけど、次第に声をかけられるようになった。きっとこの人の性格だ。何を言うわけでもなく、ただ私をじっと見て笑っている。休憩中には普通に会話もすることもあった。

「瑞希。貴女はどうして強くなりたいのですか?」
「私は、守る為に刀を振るいたいのです。娘に生まれたからといって女は守られるものだという立場を私はよく思いません。女も人を守りたいのです」

それから周りには内緒ですよと言われ、私も稽古をつけてもらえることになる。まだ齢10にも満たない子供の頃の話だけれど、初めて男女対等に扱えて貰えた瞬間だった。

家のことがあるから松下村塾には行けなかったけれど、吉田松陽の事を先生と呼ぶようになった。そして練習相手といって違う子ども達と一緒に現れることも増えた。その初めての相手が銀時だった。だるそうにしているけれど、やることはやってくれる。たまに私に食べ物せがんでくるから毎回手軽なお菓子を銀時に渡すのが日課になっていた。そして同じ講武館に通っていた小太郎や晋助ともここで初めて会話を交わすようになる。

こうして何人かで稽古する日が増えている中、勿論先生と2人で稽古をつけることもあった。でもその日は特に特別だった。

事の始まりは、何気無いこと。あまり怪我をしない先生が、私が下手な所に振った木刀に掠って指を怪我してしまったのだ。いつもは私の打撃なんて軽くあしらわれてしまうのに、今日は何処か先生の視線が虚ろだった気がする。

ぱくり、と先生が自分の指を口に含んだ。大丈夫かと口から出た指をじっと見てみたが、あまりにも小さな怪我だったのか、その傷口は見当たらない。どうしてかなと思って指に触れてみても結局答えは分からない。汚いですよと笑っている先生の姿を見て、嘘をついているとは思えなかった。だから、私は直ぐに忘れることにしたのだ。

そしてその次の日、先生が私の前から姿を消した。





第一次攘夷戦争で先生が捕まり、そして先生を連れ戻そうと松下村塾の門下生筆頭で攘夷戦争に身を投じることになった。第二次攘夷戦争の勃発。ても私はそれにも参加出来ずにいた。正しくは参加させて貰えなかったと言った方が正しいだろう。

家には帰っていなかった。攘夷戦争で身内をなくした子供達を保護する。それが今の私の出来ることと思い、誰もいなくなった民家を借りて私は今日も現実に揉まれながら生きていた。巻き込まれるように辺りには鉄の臭いが鼻に刺さる。戦争に参加していない私はただみんなを守るために身を削る。日常生活の営みはこんな時にも行っていかないといけないのはなんとも嫌な事だ。

深夜のある日、突然鼓膜にぶつけられた悲鳴で私は思わず飛び起きた。まだこの部屋には死んでいる子供はいないことを確認して、子供達を屋根裏部屋へと避難させていく。音を立てないように、泣いている子供には手拭いを噛ませてその声を誤魔化す。

生憎この部屋には、10人もいない。避難したことを確認して私は屋根裏部屋に隠していた刀を下ろしてもらった。

実家から持ってきた数少ない品のひとつだった。にじり、と柱から様子を伺って、侵入してきたのが何者かを確認していく。


「ガキばっかじゃねェか」

息を飲んだ。天人が2人。そしてその天人の顔についている飛び散った血が返り血であると理解するまでほんの一瞬だった。

それを見てからの記憶は曖昧で、でも確かに肉を切った感覚は私の手に伝わってそれに恐怖した。私が切り落としたであろう天人の首を、刀でつつく。勿論、口も聞かないし、動きもしない。私の頬についた返り血はやけに熱く、初めて殺めた現実を突きつけられながら呆然と立ち尽くしていた。

頬に手を滑らせれば粘着質なものが伸びて、脳裏にこびりついていく。私がやったのだろうかと逃げの考えになっていく私の思考回路は、掌に粘つくその血が否定していく。嗚呼、血というもはこんなにも気性悪いものだったのか。それを全身に浴びて戦っている銀時と小太郎と晋助はもう何も感じなくなってしまったのかな。

そんなことを考える暇も与えてくれないのが現実だ。天人は何せ2人だけじゃ無かったのだ。女がたった1人で自分より大きな天人を斬ったとなればまあそれは囲まれるのには十分すぎる理由で。

「.......やらなきゃ」

気性悪い感覚を、私も忘れることになるのは時間の問題だった。稽古でしか握ってこなかった刀を生まれ初めて初めから殺すために振るう感覚。難しいことを考える事無く、ただ生き残りたいという生存本能に任せて振るわれるそれは歪で荒々しく実践はまた違った動きをしてしまうものだと腹を括るまでにはもう辺りはみるみる血溜まりになり、着ていた着物は血を吸い少し重みをましていた。

ああ、結局私もこの人達みたいに殺していく。天人と何が違うのだろう。やっている事はほとんど同じ様なものじゃないか。人を殺して、自分たちの思いどおりにする。そればかりで。

「.......あの子達は、無事かな」

唯一の良心と言わんばかりの存在を、飲み込ませないように。それを考えて。

「.......は.......?」

でもまあ、それも崩れ去る。血まみれになった屋根裏部屋。私の頬に伝う血とは違うそれ。さっきまで一緒にいた彼らの、血肉が飛び散り、抵抗できないのを分かっていながらそれでも尚蹴り飛ばす彼らを。

もう、頭の中が真っ白になった。

また、血を浴びる。浴び続けてもう訳が分からない。そして誰もいなくなった家から飛び出して、他の村人に襲いかかる天人全員を斬り殺した。

「っ、あ、」

斬って斬って斬って斬って斬って。斬らないと殺される。まだ私は死にたくない。

齢はまだ成人に満たないまだ女と呼べるかどうかも分からない程の存在が、天人の死体の真ん中でただ呆然と立っていた。この光景は、異常だ。そんなこと分かっているのに、それでも止められない。

「あは、」

全部斬れば解決する。これは間違いじゃない。

「あははははははははははははははは」

そう、分かっているのに。天人を殺せて嬉しいわけじゃないのに。なんで笑っているのだろう。なんで笑っているのに涙が止まらないのだろう。

「っ、テメェ何してんだ.......!」

嗚呼、声が聞こえる。

耳障りな声じゃない、心地いい声。

「ぎん、とき.......」

ここから私の意識は闇に落ちていく。

何度も私の名前を呼ぶ銀時。何時もは怠そうにしてるくせになんでそんなに必死になるんだろう。刀を持つ手の力が抜けて、情けない音を立てた。天人の血で粘つく掌を銀時に向けて伸ばして、ただ存在を確かめるように銀時の胸に手を当てた。

頭の中が、ハッキリしていく。本当に私が天人を斬り殺していた。でもそれ以前に。

「皆を.......守れなかった」

今でも屋根裏部屋での光景が頭から離れない。こびりついた血肉の臭いが私の鼻から抜けなくて。それから逃げたくて只管天人を斬りつけていたのかもしれない。分からないままそれが分かるまでひたすら刀を振るった。でも結局変わらない。斬っても斬ってもそこには血の臭いが増していくだけで。

銀時からも、私と同じ臭いがした。
銀時からも、私と同じ掌の粘付きがあった。
でも銀時の目は、私なんかよりも濁っているみたいで。虚ろで、焦点があっているのかも分からない。涙を流したのか、目の下が赤く擦ったような跡が残っていて.......そんな彼を見て、私の意識がハッキリしていく。

「守れなかったのは、お前だけじゃねェよ」
「ぎん、」
「松陽の首を、俺が斬った」
「え.......?」

銀時と先生は、親同然だと思っていた。それ以上、銀時の口からは何も聞けなかった。

そして攘夷戦争は終結を迎える。

それと同時に始まったのは天導衆による、攘夷志士の残党狩りだった。私も勿論裁かれるだろう。それもまた一興か。

少しでも反乱分子を見つけたら斬首。ああ、なんだ。結局国のために戦争していたのに結局こうなるのか。

残党狩りが始まってから私の身柄は、拘束される。短い人生だった。そう思いながら特に反抗はしなかった。侍はもう新しい時代から溢れてしまったのだろう。もう必要ないと言われているような気もする。

でもそんな考えとは裏腹に助けた村人達が止めようと必死になってくれていた。止めようと言葉を発していたり、私の前に立って刑を遅らせようとしたりやり方は様々だったけれど、私のためにやってくれていることはよく分かった。でも、こんなことしたらこの人達まで巻き込まれてしまうじゃない。

「みんなも、処刑されちゃうよ」

そう言ってそれを振り切った私の姿をみて、ボロボロに泣いてくれる人がいた。それだけでもう十分だ。私がやった事は、間違いじゃない。そう言ってくれる涙は最後にいい気分にさせてくれる。

そう思いながら空を仰ぐ。何の変哲もない、晴れ模様。でもその時はなんだかじんわりと心の中に溶け込んでくるかのような気がして。

ああ、最後に1度だけ、寺子屋みんなと同じ空拝んでおきたかったなぁ。

周りへの配慮なのか、私の周りがを囲うように白い布で四方を囲まれる。それでも空だけは拝むことが出来た。今の私には、それだけでなんだか心が軽くなった気がする。

自ら、短刀を腹に押付けた。血が滲んでいると認識した時にはもう私の意識は薄れていた。不思議と、痛くはなかったと思う。何も考える間もなく楽に殺してくれた。ごめんなさい、私は1歩先に逝きます。どうかこんな私の事なんか忘れて平和に暮らしてください。

「おやすみ、嬢ちゃん」

完全に意識が飛んで、私は死んだ。

「.......と、思ったんだけどなぁ」

私は、死んでいなかった。

首も繋がっているし、血も流れた形跡もある。なんなら少しだけ痛みがする腹部を擦りながら座棺の中でぼんやり過ごしていた。

「どういうこと?いや首切られたよね.......?なんで生きてんの私.......」

原因は分からないけれど、私はどうやら生きているらしい。その証拠に座棺の中に一緒に入れられていたのは今いる建物の見取り図だった。これは公儀御試御用を務めている中に、政府の裏切り者がいるということだろう。だから私はここにいる。

これからどうやって生きていくのかなんて全く検討もつかないまま、考えるのをやめたくて座棺の中で目を閉じた。まあ、なんとかなるだろう。

いや、何とかしなくてはいけない、だ。

座棺からの揺れが無くなったのを確認して、私はこっそりそこから立ち去る。

何も分からないまま、いつの間にか近くに聳え立つ江戸城を睨みつけた。

「.......生きなきゃ」

長い時間無茶な体制で座ったままで痺れる足を引きずって、1人歩き始めた。



20201108