ハッピーエンドに憧れる

「おいそこの非行少女」
「.......なんだ、土方さんか」

勤め先の上の階にある万事屋の主銀さんと喧嘩して、日が沈んでいるにも関わらずスナックお登勢を飛び出して歌舞伎町をブラブラしていたら瞳孔開いたマヨラーに補導されそうになっている私。でも補導されることなんて私は何一つおかしていない。齢も18だから少女と呼ばれる年齢では無いと思うし、なんならそこのマヨラーと同期にも同い年のドS星から来たドS王子がいるぐらいだし、この先にあるビジネスホテルに泊まろうと足を運んでいたぐらいだ。

「あのー時間まだ夜10時ですよ、非行少女言われる筋合いないんですけど」
「女が1人夜にふらつくな。とっとと家帰れ」
「やだガキ扱いなのか女扱いなのかどっちかにしてくださいよ。.......銀さんと喧嘩して店飛び出して来ちゃったの。せっかく勤務時間終わって美味しく賄い食べてたってのに」

中途半端に摂取したことで空腹が時間が経つにつれて増してきたからそれでバトルロイヤルホストで食べてから、ビジネスホテルに泊まろうとしてたのに。

「今度は何だ」
「銀さん、私が最後の楽しみで取っておいたおかず食べた」
「また随分とくだらねェな」
「喧しいです、もうしない言ったのに約束破ったから精々お登勢さんに怒られるといいんです」

あんな大人にはなりたくない。そう言って私は土方さんに背を向けた。私が歩き出したのを確認して、その後ろを着いてくる土方さんは、もう一歩間違えりゃストーカーじゃねーかと思う。顔が良くてもストーカーはダメだと思う。近藤さんにも言いたいけどストーカーはダメ、絶対。

かち、と軽い音が聞こえたと思ったら、後ろからふわりと香るタバコの匂い。この人と会ってからすっかり慣れてしまった彼の吸うタバコの匂い。不思議とこの人の吸うものには不快に思うことは無かった。キャサリンさんのは控えろ思うけど。

「土方さん、どうしたらこのガキっぽさ抜けるんですかねぇ.......」
「さあな。生きてりゃ次第に抜けてくるもんだけどな」
「私も試しにタバコ吸ってみたらそれっぽく見えますかね」
「警察前で堂々と未成年喫煙宣言すんな。しょっぴくぞ」
「冗談ですよ.......何本気にしてるんですか大人気ない.......」
「お前にだけは言われたくねェよ!!」

立ち止まって、振り返る。土方さんのタバコの煙が闇に溶けてその白さを失っていく姿を見て、さらに子供っぽい自分を恨めしく思う。まだ追いつけない、追いついたとしてもその手が目の前にいる彼に届くことは無いのだろう。

彼みたいな人が一生にいてくれたらと、考えたことがないと言えば嘘になる。むしろよくそんな事を考えていた。

彼の自分より他人の幸せを願う不器用な優しさや、彼の覚悟や、彼の背中の大きさ。どれをとっても誰にも負けないものを感じる私には、到底届かない。

それを沖田くんにドヤされて、からかわれていてもそれでも手に入れられる自信が持てない。当たり前だ、彼は惚れた人の幸せのために自分の身を引く程の男だ。自分の感情を本人に一切伝えずに、自分の墓まで抱えていく。そんな男だ。

「にしてもどうしてこんな時間に隊服でうろついてるんです。また何かあったんですか?」
「接待ってやつだ」
「またキャバクラですか。税金をなんだと思ってるんです」
「オレだって行きたくて行ってる訳じゃねェ。大人になればわかる」
「女を接待でキャバクラに連れていくような職場では働きたくないです」
「お前はいいな.......何でも好き嫌い言えてよ」

また、煙が溶けていく。何かを言いたそうにしているのにそれを言わないまま闇に溶かしていく彼は、何だか疲れきっている。フィルターのギリギリまで吸って、携帯灰皿に押し付けたそれは灰が摩耗して煙も消える。

他人に燃やされて、すり減って、消されて。社会人というのはそういうものなのか。それが当たり前になって、消えそうになって。泣きたくても泣けなくなって。好き嫌いも言えないぐらいに削れてしまう。

「大人って、タバコみたいになることなんですかね」
「.......あ?」

少なくてもこの人の人生はそうなのかな。自分が押さえ込んでいる大きな取っかえの壁迎える頃には吐き出すことも無く上からの圧力で潰されていく。

唯一愛した女性とも一緒になることもなく、自分の人生よりもその人の幸せを想い、そしてその最後を受け入れる。その人は、幸せだったのかな。そして誰が土方さんを幸せにするのだろう。

私の周りにいる大人ってば不器用だ。土方さんも、思っていることをあまり口にすることが無いし、銀さんも口が回るけど、自分の過去のことはあまり話してくれない。2人とも周りから聞いた話ばかり聞いて、その人を知る。

「私の前だけでも、好き嫌い言ってもいいんですけど」

なんだか置いていかれるみたいで、嫌な感じ。確かに土方さんは職業柄いつ命を狙われてもおかしくは無い。でもどうしてそれを一人で抱え込まないといけないのか。

「いつか死んでしまうかもしれないのに、どうして自重するんです。土方スペシャルとか訳の分からないものは押し付けてくるくせに」

18歳。それは子供でもなければ、大人でもない。その厄介な年齢で、ガキだと思われていること人の目を見て、私は。

「他人の幸せばっかで、自分の幸せを疎かにするのが大人ならばそんな大人にはなりたくない。貴方が貴方を否定するのなら、その否定する貴方を私は否定します。土方さんだって、幸せになる権利ぐらいあるんだから」

世間知らずと思われても良かった。もういい加減自分の幸せを知ってもいい頃だとも思った。武漢から江戸にやってきた時からしか私は彼を知らないけれど、それでももう年単位の付き合いでもあるんだ。

過去の土方家の事やミツバさんとの関係も、沖田くんがどうしてあそこまで土方さんを嫌うのかも全部知ってる。それを全部自分の中だけに閉じ込めて、自分を騙して生きて、一人で死んでいこうとしていることも。全部、知ってる。

「私と一緒にいる時ぐらい、本当の言葉を聞かせてくださいよ」

一方的に感情を否定されるのは嫌。その人が私を好きでいてくれているのが分かっているなら尚更そうだ。ミツバさんもこんな感情だったのだろうか。もしそうなら、本当に報われない。

「私、土方さんのこと好きです。でも、一人で抱え込んで死んでいこうとしている姿は嫌い」

一方的に感情をぶつけて、一人で走り出した。それを見逃す彼ではないことぐらい分かっていたから全力で。体力は確実にあちらの方が上なのは分かっているのに、逃げたくて堪らなかったのだ。

さらりと言ってしまった。好きだと。平常心を保とうと何度も胸を叩く。顔に帯びた熱も、萎縮した背中も、全部土方さんにだけは見られたくない。

今頃になって自分が言った言葉に後悔する。こんなはずではなかった。張り裂けそうになった胸を走ることで別の何かで誤魔化そうとするのを、掴まれた腕が無駄だと言わんばかりに襲いかかった。その腕の先、息を乱していない彼の顔が月の下だというのに耳まで真っ赤にさせてこちらを睨みつけるように凝視する。

なんで、私よりも貴方の方が顔を赤くしてるの、そう言いたかったけれど、言葉が上手く出てこない。息が切れて苦しい胸は立ち止まったことでより一層体を蝕んでいき、それが恐怖心に変わっていく。怖い。彼に対してではない、彼の本心を知る未来の私が怖いの。この関係が変わってしまう。今までの、仲がいい友人の関係ではなくて、それ以上にもそれ以外にもなってしまう手前。今、とても、それが、

土方さんは何も話さない。言葉を探しているのか、少し目が泳いでいた。でも、手を離してくれる様子はない。

追い、追われ、捕まえ、捕まる。お互いのその行動が、2人にどんな未来を押し付けてくる?駆け引きだなんて難しいことは出来ないし、したくない。それなのに、逃げられない。上がっていた息が落ち着いてきている筈なのに、胸の苦しさは収まらない。それどころか顔に熱が集まってくるのを今度は意識させてきて、それ以上に苦しくなって泣きたくなって.......

また走り出してしまおうか。土方さんが手を離した隙にどこまでも。

「ひじか、」
「本当だろうな」
「なに、っ.......!」

周りに人が居ないことを確認した彼の動きを、私は拒むことが出来なかった。

彼のタバコの匂いが、より一層強くなった。背中から伝わる熱と彼の着る隊服がガツンと頭を鈍器でぶん殴ってきたかのように現実を叩きつける。どうしていいのか分からない。どうするのが正解なのか。どうして私はこんな事になっている?私が好きな事を確認してから土方さんがこうしているのを、自惚れてしまうのは間違っている反応なのかな。頭の中が全てめちゃくちゃに侵されていき、まともな事なんて考えられそうにない。

背中に腕を回すまで、きっと10数秒はかかった。それを合図に背中に回る力が少しだけ増し、ひんやりと少し肌寒かった夜が暖かいものに変わる。衣服を伝ってくる熱が熱くて堪らない。普段こんなことをしないからか、微かに土方さんの手が震えているのが分かった。

「こんな時ぐらいにしか伝えられねェんだ、聞き逃すなよ」
「は、い」

ああ、この先が分かってしまう。どんな結果だろうと、いつかは分かってしまうのに。どうしてこんなにも逃げたいと思ってしまうのかな。抱きしめられている時点でそんなこと出来ないのに。

彼の口が、ゆっくりと動く。たった3文字。その言葉が私を飲み込んでいく。

息を飲んだ。熱が籠る。今にも泣いてしまいそうなその目は彼に見られてしまわないように下を向くのが精一杯で、私は。

「好きだ」

何度も頭の中でその言葉が反響する。跳ね上がった心臓を今すぐ止めてしまいたい。恋愛漫画のような現実は、私にはまだ早すぎたのかな。浮ついて、熱くて、嬉しくて、今にも消えてしまいそうで、夢じゃないかと何度も疑った。

私も好きです。

その一言が上手く言えない。震えた私の唇がそれを言えるようになるのはあと何分掛かるのだろう。

「っ、き、」

上手く言葉が出ない。それほどにまで破壊力があった。ただでさえ真選組で1番の色男だと言われる人に、こんなこと言われてしまったのだから。

「わたし.......っ、」

言うんだ、私。そうじゃないと2人とも報われない。

「土方さんが.......っ、好きです.......っ」

流した涙も温かかったけれど、彼の方が温かい。彼が私の髪を撫でた。私が泣き止むのを、待ってくれるこの人が、今も昔も好きで堪らない。

誰かに見られているだなんて、考えられる余裕は無かった。それだけ夢中だった。何度も夢じゃないのかと疑った。ただこのまま夢だったらと考えさせてくれる余裕は互いになかった。

「瑞希」
「は、い」

この人が私の名前を呼ぶ。呼ばれて現実に引き戻されて、何度も何度も夢から遠ざけられる。

「帰るか」

涙もおさまってきた。震えていた唇は少しずつ落ち着きをみせる。

「送る」

遠ざかっていく熱を、名残惜しいと思った。このまま時が進めばなかったことになってしまうのではないかと不安も生まれる。喜びと不安が混ざって、信じられなくなっていくのが怖くてたまらなくて。

それから逃げるように、土方さんに手を伸ばし、隊服の袖口を摘む。

暫くこうさせて。そうすれば安心するから。

絞り出したその言葉。きちんと伝わっているのかも分からなくて。沈黙が続くのが辛かった。でも本当にこの人が私のことを好きだと言ってくれたと信じたくてそれを求めてしまう。

年齢が年齢なんだ、不安で仕方ないんだよ。10歳近く年の差あるんだからもしかして揶揄われているのかなって不安になる。

いきなり手を繋いだりだとか、キスをしてだとかそんな我儘は言わないから。今はこうして貴方がここに確かにいる感覚を残せるだけでいいから。

年の差をゆっくり埋めて。私が貴方の隣に堂々と立てるようになるまで何年かかるか分からないけれど待っていて欲しい。

ただ、そばにいて。今はそれだけで。

どうか、この恋を捨てさせないで。


20201108