「ねえ、もうすぐ小エビちゃん誕生日だよね」
モストロラウンジでのバイト中、ホールの片付けをしていたわたしにフロイド先輩が突然聞いてきた。どこで知ったんだろうと思いつつも、わたしは笑顔で返す。
「はい、そうですよ」
「なんかほしいモンある?」
単刀直入なその質問。わたしは思わずウーンと唸った。ほしいものなんて突然言われてもなかなか思い浮かばない。というか、浮かんだとしてもここで何かしらの返事をするとねだっているみたいでちょっと気恥しい。ツイステッドワンダーランドの生活にずいぶん慣れてきたとはいえ、やっぱりわたしは生粋の日本人なのである。
「えー、なんだろう……フロイド先輩がお祝いしてくれるならなんでも嬉しいですよ」
「うわダル。そういうのいいって、ちゃんと答えてよ」
「ダルって……」
どうやら今日の先輩はあまり機嫌が良くないみたいだ。こうなると素直に何か述べた方が楽なのかもしれない。
「えっと……うーん……なんか甘いものとか……? ハンカチとか……?」
「甘いものとハンカチじゃぜんぜんベクトルがちげーし。テキトーに答えてんの丸わかりじゃん」
「だって、そんな急に言われても困りますよ」
「なら考えといて。誕生日の一週間前が締切ね」
「そんな無茶苦茶言います?」
「じゃあオレ、キッチンの掃除行ってくる〜」
あ、ちょっと。そう引き留めようとするも自由なフロイド先輩を引き止める術はどこにもない。困ったなあ、なんかぱっと思いついたチョコレートの銘柄でも言っておけばよかった。そう後悔したって後の祭りである。
……ほしいもの。ほしいものって、悩む。
それが誕生日プレゼントだと余計。それこそ洗剤とかの必要なものをねだるのも違うし、そのプレゼントを渡してくれるひとによってもほしいものって変わる気がする。例えばそれこそ相手がエペルなら彼の実家のりんごジュースが嬉しいなぁと思うけれど、他の人からはりんごジュースをもらったって別に嬉しくないし。
……フロイド先輩からほしいものって、けっこう難しいなぁとわたしは少しため息をついた。あのひとは靴とかが好きみたいだけどさすがに靴をねだるのはちょっと申し訳ないし。バイトでいつもお世話になってるから、これ以上何かを欲するということ自体おこがましいような気がする。
でも誕生日の一週間前には決めなきゃいけないのかぁ。一週間前……一週間前……。
「いや一週間前って明日じゃん」
そんな急に思いつかないよ……とわたしは頭を抱えた。今夜は眠れなくなりそうだ。
◇◆◇
「っうわー!?」
「あ、ゴメンな〜」
翌日、ランチタイム。いつものように食堂へ行くと、今日は麓のパン屋さんが来ている日だったため普段より人が多かった。
パンは食べたいものの、あの男子高校生の人混みの中に紛れる元気はないので見送って普通にパスタを注文して席につこうとしたところ。
パン争奪戦に向かったのだろう男子生徒がぶつかってきた。
不運なことにエースもデュースもグリムもパン争奪戦に参加しているためわたしは一人で、ちょっと! と声を出したもののその彼にはまったく届かない。服はパスタソースまみれになってしまっていて、熱いとまではいかないけれど生暖かくて気持ち悪い。最悪……と思わず立ち尽くす。
えー、どうしよ。着替え……いやでもとりあえず残ったパスタ食べるか……あーーーー。
……なんて途方に暮れていると、突然頭上から声がした。
「小エビちゃん、なに遊んでんの〜?」
「フロイド先輩! 遊んでません、遊んでるように見えますかっ!?」
「見えなぁい」
かわいそうに〜、とフロイド先輩は笑い、マジカルペンを取り出す。そしてぶん、と軽く振ると見事にパスタは元通り・わたしの服も綺麗になった。
「わっ!!! すご、魔法みたいです」
「あはっ。魔法じゃん」
「そうでした」
小エビちゃんはたまに面白いこと言うよねぇ、と彼は笑う。そりゃずっとツイステッドワンダーランドで生活しているフロイド先輩にはわからないかもしれないけれど、魔法のまの字もない世界で成長しきったわたしは未だに時々びっくりしてしまうのだ。
「すごいなぁ、魔法。わたしも使えたらいいのに」
「え〜小エビちゃんもそんなこと思うの?」
「思いますよ、そりゃ。どんなにショボイのでもいいから使えたらなってよく思います」
この学校で魔法使えないのわたしだけですし! と苦笑すると、フロイド先輩はふ〜ん……と考え込むような顔をしたあと、いいこと思いついちゃったとばかりにニッコリ笑った。
「じゃあ今日の放課後、図書室に集合ね」
「え?」
「オレ右奥の席にいるから。またあとでね、小エビちゃん」
「はっ!? え、ちょ、ちょっと!?!?」
しかしわたしの制止なんてこの自由がかろうじて服を着て歩いているような男、フロイド・リーチには届かない。呆然としているとパンを無事に買い終えたエース達に声をかけられ、事の顛末を話すと「は? なに、呼び出されてカツアゲ?」と言われた。いやそんなまさか、この小エビから搾り取れるもんなんてまったくないってフロイド先輩もわかってるでしょうし! ……わかってるよね?
その日は一日中そわそわしたまま授業を終えた。ところどころでミスをしてエースに魔法でカバーしてもらう度に、わたしも魔法が使えたらなぁ……と改めて思うのだった。
◇◆◇
「……ほ、ほんとにいる」
そして放課後、言われた通りわたしは図書館に向かった。あの気まぐれなフロイド先輩のことだから、行ったらいなかったとかもありえるだろうと思っていたんだけど、普通にいた。
フロイド先輩は何やら真剣に分厚くて古い本を読んでいる。難しそうな本の束が彼の元に山積みになっていた。……っていうかフロイド先輩、本読むのはっや! あれ内容理解してるんだろうか、流し見? パラパラパラってめくってすぐに次の本に手を出してるんだけど。
でも一目見てわかるくらい集中してて、ちょっと声をかけられない……。
どうしたもんかなぁと思っていると、また一冊読み終えたフロイド先輩が次の本に手を伸ばす際にわたしの視線に気づいたらしい。くるりとこちらを向いてきた。
「あ〜っ、小エビちゃんだぁ。来たなら声かけてよぉ」
「す、すみません! すごい集中されてたから、ちょっと躊躇っちゃって」
「そう? 普通だけど」
あれが普通……?????
すごいなこのひと、とまじまじ見つめていると、フロイド先輩に隣においで〜と声をかけられた。断る理由もないのでわたしは失礼しますと言われたとおりに並んで座る。
いったいなんなんだろう、とそわそわしていると、フロイド先輩は頬杖をついてにこにこしながらわたしを見下ろした。
「とりあえずいくつかアタリはつけたからぁ……今日から始めよっかぁ、特訓」
「特訓? なんのですか?」
なんだか機嫌のいいフロイド先輩に首を傾げる。そして彼から出た思いもよらない言葉に、わたしは目を丸くした。
「小エビちゃんが魔法を使えるようになるための特訓。誕生日に間に合わせるからスパルタでいくよぉ、覚悟してね」
「………………え???」
「じゃ、まずは外に出ていくつか魔法試してみよっかぁ。面白そうなのけっこう見つけたんだぁ、ぜんぜん効かなそうだけど」
「えええ……?????」
突然のことにまったく着いていけていないわたしのことなんて気にもとめず、フロイド先輩は試したい魔法についてペラペラと話し始める。なんだかその瞳はキラキラとしていて、不覚にもわたしはときめいてしまった。
やばいやばい、と冷静になるため慌ててわたしは口を開く。
「魔力がない人間でも特訓次第で魔法が使えるようになることって、けっこうあるんですか?」
「ん? ぜんぜんナイ」
「えっ」
「まあでも出来るまでやれば出来るようになるじゃん」
「そ、そんな」
確かにそうかもしれないけど、それいったいどれくらいかかるんでしょう……!?
突っ込みたいけれどフロイド先輩に突っ込む勇気がないわたしがどうしたものかと思っていると、彼はいろいろ試してみたいのか上機嫌なまま歌うように言う。
「まァできなくてもさ、せっかくだしやるだけやってみよー? オレも頑張るしぃ」
「で、でもそんな、めちゃくちゃフロイド先輩に負担かけちゃうんじゃ……」
「んー? それは別にぜんぜんいいよぉ、だって小エビちゃんの誕生日だよ?」
せっかくなら代わりがきくようなもんじゃなくて、本当にほしいモンあげてーじゃん。
そう言ってフロイド先輩は優しく眦を下げニカッと笑った。わたしを見下ろすオッドアイが窓から差し込む夕日を反射してキラリと輝く。
……魔法が使えるようになったら、この瞬間を何か小瓶のようなものに詰めて閉じ込められたらいいのに。
そんな子供みたいなことを思いながらわたしはありがとうございますと小さく呟いた。なんだか信じられないほどに心臓がドキドキする。
かくしてフロイド先輩による、小エビ魔法士化計画の幕が上がった。
◇◆◇
「ちょっとどーしたの監督生!? なんかめちゃくちゃボロボロじゃん!!」
「クマがすごいぞ!? 眠れなかったのか!?」
「ちょ、二人とも声がデカい、頭痛い、死ぬ」
翌朝。教室にてわたしの顔を見た瞬間目を見開いて駆け寄ってきたマブ二人にわたしは頭を押さえながら呻いた。昨夜はほとんど眠れていないのである。
「いったいどうしたんだよ監督生、ゴーストにイタズラでもされた?」
「グリムとケンカ……はなさそうだな」
「オレ様はむしろ早く寝ろって声掛けてやったんだゾ!」
「あー、大丈夫、わたしが完徹で本読んでただけだから」
あくびしながらそう言うと、エースとデュースは二人揃って首を傾げて本? と言った。まあ彼らの反応は当然である、別に近々テストがあるわけでもないし思い当たる節がないからだ。
なんでだよ、と聞いてくるエースにわたしはまた出てくる欠伸を噛み殺しもせずマヌケな声で答える。
「ふぁ……フロイドせんぱいに、読めってわたされて……」
「フロイド先輩に?」
なんでお前があの人に本なんか渡されてんの、と同じ部活の後輩である彼はきょとんとしながら聞いてくる。まあそりゃそうだろう、わたしがエースでも同じ反応をする。……でも、昨日、図書館で。
「フロイド先輩、わたしが魔法を使えるようになるために特訓つけてくれるんだって。なんか昨日の放課後は一生空き教室で魔法かけられてた、効かなかったけど」
「「はあ!?」」
びっくりしたようにハモるエースとデュースに仲がいいねぇ、と思う。しかしわたしはまた特大のあくびが出てきたからそれを言葉にはしなかった。そんなわたしを見てエースが口を開く。
「マジで言ってる? フロイド先輩にからかわれてんじゃないの?」
「んー、そういう感じじゃないんだよねぇ、たぶん」
「でも魔力のない人間に魔法は使えないぞ。魔法士に憧れる魔力のない人間はたくさんいるし、中には魔法を習得しようと努力したものもいるが、思うような結果が出たという報告は聞いた事がない」
「あー、なんかそれフロイド先輩も言ってたなあ……ふぁあ」
そんなことより眠いのよ、とあくびを続けるわたし。一応徹夜で本を読んで魔法の仕組みだとか使い方・考え方は脳みそに叩き込んだけれど、そもそもとして魔力がないんだからどうしようもないじゃんとも思う。だって理論を理解したって、ガソリンの入っていない車で運転方法を教わっただけみたいなものでしょ? それじゃ発進すらできないって、わかる。
……わかるんだけど。
「……フロイド先輩がさあ、できるようになるまでやればできるって言ったんだよねぇ」
「は? あの人そんなバルガス先生みたいなこと言うの?」
「魔力の有無は気合いじゃどうにもならないぞ」
エースとデュースがここまで言うということは、本当にわたしはいま無謀なことに挑戦しているのだろう。そしてフロイド先輩だって、絶対不可能なことだとわかった上で特訓を始めてくれたんだと思う。
その理由は何故かって、そんなの。
わたしに最高の誕生日プレゼントを贈ろうとしてくれているからに、決まっている。
「……なんかでも、フロイド先輩めちゃくちゃ真剣で、頑張ってみたいんだよねぇ」
「監督生……」
「まあムリだとは思うけど、もし本当に魔法が使えるようになったら奇跡じゃん」
起こしてみたくない? 奇跡。
そう言って笑うとデュースは釣られたように笑った。エースは相変わらず「ムダだってぇ……」という顔をしている。
「そこまで言うなら僕は応援するぞ! そもそも監督生は別の世界の人間だし、すでに一度奇跡を起こしているようなものなんだからな!」
「いや異世界の人間だからこそムリでしょ、監督生の話聞く限りマジで魔法のないところから来てるから遺伝子的にも望みなさそうだし……」
「そもそもオレ様にはあのそっくり兄弟の片割れと特訓しようとか思う子分の気持ちがまったく理解できないんだゾ……」
それはめっちゃわかる、とイソギンチャク事件のトラウマが蘇ったらしいエースとデュースはグリムに深く頷いた。まあわたしもフロイド先輩のことはちょっと……多少……いやまあかなり怖いと思っているので、その感じもわかる。
……でも、なんでだろうなぁ。とっても頑張りたいなと思ったんだ。
別に本当に魔法が使えるようにならなかったとしても、それでも。
なんだかフロイド先輩が、わたしの願いを叶えようと頑張ってくれている姿が、とってもとっても嬉しかったんだ───────。
◇◆◇
「小エビちゃーん、ちょっとこの魔法薬飲んでみて〜」
「あっねえ小エビちゃん、放課後までにこの本読んどいて」
「小エビちゃん、ジェイドが持ってきたんだけど一応このキノコ食べてみて〜」
「ねぇねぇ小エビちゃん、軽く攻撃していい? なるべく痛い思いはさせないから」
「………………きゅう」
……フロイド先輩は、本気だった。
あの日から教室の移動休憩や昼休み、放課後はほとんど彼に捕まって課題図書を与えられたりよく分からないものを飲み食いさせられたり軽く衝撃を与えられたり永遠に謎の呪文を唱えられたりしている。普通にストレスで体重が3キロ減った。
そんなわたしを見て心配したエースとデュース、グリムが「もう諦めた方がいい」「自分で言えないなら代わりにやめるよう言ってやる」と申し出てくれる始末である。あんなにフロイド先輩のことを怖がっているのに、わたしはいい友を持った─────。
なんて授業終わりに感動していたらガラッと扉が開いて191センチのウツボの人魚がやってきた。小エビちゃーん、今日はちょっと趣向を変えてみよぉ〜! と笑顔で近づいてきてガッとわたしの腕を掴み、そのままずんずんと扉に向かって引っ張っていく。
カニちゃんサメちゃんアザラシちゃんばいばぁ〜い、と手を振ったフロイド先輩をマブ達は止めずにお疲れ様です! と見送った。いやめちゃくちゃビビってるじゃんさっきの感動返せ? そう思っているわたしなんて気にも止めずにフロイド先輩は楽しそうに話す。
「今日はねぇ〜、オレの魔力を小エビちゃんに注いでみようかと思うんだぁ〜」
「へ? ま、魔力???」
「うん! まぁでも魔力って人によって違うから多分めちゃくちゃ疲れるだろうし望み薄だけどね〜」
でも誕生日もう明後日だし、なりふり構ってらんないじゃん? とフロイド先輩は言う。そう、もう特訓開始の日からけっこう日にちが経ってしまっているのだ。今のところまったくわたしが魔法使いになれる見込みはないけれど!!!
それがダメだったらどうしよっかなぁ〜、あんまり怖い思いはさせたくないけど雷に打たれるとか高いところから落ちるとかは定石だよねぇとフロイド先輩が言う。ヒッ、とわたしが息を飲むと、「防衛本能を刺激したいだけだからケガには繋がらないようにするよぉ」と続けられた。アズールにもいまそのへん相談してるんだよねぇ、モストロのバイト代二か月分で協力してくれそう〜と言われてわたしは目が点になる。え、そ、そこまで……?????
「な、なんで……」
「ン〜?」
「なんでそこまで、やってくれるんですか……っ? 魔力のない人間が魔法使えるようになるのって本当に難しい、っていうか不可能なんですよね……」
授業が終わって、購買や部活に向かったり寮へと戻ったりする生徒達が歩く廊下。ざわざわとした話し声の中、それでもいまだわたしの腕を掴む彼の独特な声はよく響いた。
「だって小エビちゃんが本当にしたいって思ってること、叶えられたら嬉しいじゃん」
フロイド先輩はそう言って、もともと下がった眦を優しく細めながらわたしを見下ろす。
「いっぱい無謀なことしてきた小エビちゃんがムリなんて言わないの。ま、でも本当にムリだったらモストロで残念会やろ〜」
それはそれできっと、楽しいパーティーになるんじゃね? と彼は笑った。その笑顔に、わたしは。きゅうっと胸が締め付けられて。
「……フロイド、せんぱいは、…………優しいん、ですね……」
「ン〜? そぉ?」
「優しいです、こんな……いっぱい時間も、力も、使ってもらって……」
なんだか胸がいっぱいになってしまってうまく話せない。顔も赤くなってしまっているような、そんな気がする。思わず俯きながら、それでもフロイド先輩から目を離せなくて、ちらりと彼を横目で盗み見た。すると彼は至極当然のような顔をして、言う。
「だって魔法使えないのに使いたいって思いながらこの学校にいるのしんどかったでしょ?」
「…………」
「イヤじゃんそんなの。オレだったらヤダ。それに小エビちゃんがイヤな思いしてんのもヤダよ」
………………フロイド、先輩は。
「……ありがとう、ございます…………」
「エッ!? なに小エビちゃん泣いてんの!? なんでっ!?」
「ちが、や、なんでも……! なんでもないです……っ!!」
こんなにいつも飄々として、絶対的強者で、弱いもののことなんて……それこそこんな、小エビのことなんて、考えたりしないと思っていたのに。
「大丈夫〜? 体調悪い? オレちょっとスパルタすぎてる?」
「だいじょうぶです、今日もよろしくお願いします……!」
きっといつも自由で、誰にも縛られずにふわふわと生きているから。時々こうやって気まぐれに誰かの前に降りたって、手を差し伸べることができるんだろう。本当に強いひとだから、救うとも思わずに人に優しくできるんだろう。
まるで神様みたいだなあ。神様がわたしなんかを見つけてくれたんだなあ。
そんなたまらない気持ちになっていると、少しオロオロしたフロイド先輩がそこで初めてわたしから手を離して少しよれたハンカチを渡してくれた。それを有難く受け取って、甘えて涙を拭かせてもらう。
その優しさが嬉しいのに、なぜか。さっきまでわたしの腕を掴んでいた大きくてあたたかい体温がなくなってしまったことが、寂しい。
(これは、まずいな────……)
魔法を使えるようになるよりも先に、この人に恋をしてしまうかもしれないな、なんてわたしは一人心の中で呟いた。
◇◆◇
「……本気で言ってます?」
「小エビちゃん、オレが冗談でこんなこと言うと思う?」
思います、とは口が裂けても言えなかった。いやでも確かにフロイド先輩はいつもゆるくてふざけているけどあんまり冗談は言わないというかウソはつかないんだ。そしてこの目。本気と書いてマジなやつだろう。
「まあマウス・トゥ・マウスとか体液を直接摂取して……っていう文献もあったんだけど」
「ひぇっ!?」
「さすがに女の子にそんなことさせらんねーし。とりあえずこれはガマンして」
ね、と言いながらフロイド先輩はわたしの手を取った。魔法の特訓をする際いつも使っている空き教室で、わたしの右手に彼の左手、わたしの左手に彼の右手がそっと重ねられる。そして指を絡められた。
さっき離れていって、惜しいと思った体温が、より鮮明になって帰ってきた。それに思わず顔が熱くなる。
「座って、小エビちゃん。この身長差だとオレ背中しんどい」
「は、はい……」
わたしはぺたんと地面に座った。そこには魔法陣が描かれている。フロイド先輩はわたしの前で胡座をかいて、そしてわたしの額に彼の額をくっつけた。
フロイド先輩の熱を、おでこに感じる。重ねられた手があたたかくて、どきどきする。
「呼吸合わせて、小エビちゃん」
「は、はい……っ、」
吸って、吐いて。吸って、吐いて。
俯いて目を閉じ呼吸に集中しようとするも、空気の振動ひとつひとつに心臓が飛び出そうなほどドキドキしてしまってかなわない。絶対に顔、真っ赤になってるんだろうな……そう思いながら近くに香るフロイド先輩の、なんだか優しくて落ち着くどこか甘い香りに死んでしまいそうだった。しかしそんなとき、優しい体温に包まれていたはずの手のひらが突然熱くなる。
「ッ、あつ……!?」
「集中して」
「は、はい……っ、」
これがフロイド先輩の魔力なんだろうか。火傷するほどではないけれども突然流れ込む熱にわたしは驚きが隠せない。フロイド先輩はゆっくりと呼吸を続けている。わたしひとりでこんなにドギマギしてバカみたいである。
吸って、吐いて。吸って、吐いて。吸って、吐いて。
一呼吸ごとにフロイド先輩の手のひらから送り込まれる熱に血液が沸騰しそうだと思った。いやそこまで熱いわけではないんだけれど、確かに感じる異物感というか、フロイド先輩から何かが自分にはいってくるというこの奇妙な感覚にクラクラする。
(な、なんかこれ、すごいエッチじゃない……!?)
いやフロイド先輩はめちゃくちゃ真面目なんだけど、それはわかってるんだけど、わたしのためにしてくれてるわけなんだけど、なんか、こんな。
指先から熱くなっていった体はだんだんフロイド先輩の魔力に満たされているようで、もう今では両肘まで熱い。このまま全身ぽっかぽかになるのかな、なんか茹だっちゃいそうだな……なんて思っていた時。
突然ふっと熱が冷めた。
「!?」
「ンー、これだけじゃやっぱダメかぁ」
突然引いてしまった熱に困惑していると、フロイド先輩はわたしの手をにぎにぎと握りながらブツブツと呟いている。けっこういい感じぽかったけどなぁ、あそこまでいくってことはオレの魔力はうまく変換されてるよなぁ、なんて彼が言うのが聞き取れた。
しかしいまだ額は重なったままなのである。いい加減恥ずかしすぎて死にそうだから離れたいけど、さっき集中してって怒られたし、もしかしたら続行するかもしれないし……。
どうしたものかと動けずにいると、ふいにフロイド先輩が頭を離した。額にあった彼の優しい熱が、なくなる。
「あ……」
「ウーン、このままだとちょっと微妙かも。ちょっと部屋で考えてく……ッ、わ、なんて顔してんの小エビちゃん」
「えっ、」
身長差から必然的にフロイド先輩を見上げると、彼はなぜだか顔を真っ赤にしてぎょっとしたようにわたしから距離を取った。え、え、え? そ、そんな変な顔してます?????
「す、すみませ……? え、どんな顔……??」
「ヤバい顔!!!」
「貶されてます???」
「チョー褒めてる!!!!」
「褒め……!?」
ヤバい顔が褒め言葉って、どういうことですかフロイド先輩。わけがわからず首を傾げると、彼は「〜〜〜〜ッ、」となんだか声にもなっていない音を出して立ち上がった。エッでっか。突然立たれるとやっぱりフロイド先輩でっか。
「と、とりあえずオレ今日はもう寮に戻るからっ! 小エビちゃんも帰って、あとこの本読んどいてッ!!」
「え!? あ、ちょ、フロイドせんぱ、」
「また明日ね!!!」
「ふ、ふろ……」
ダーーーーーーーーーッ!!!!!
フロイド先輩はわたしに本を二冊投げつけるように置いて、それはもう目にも止まらぬ速さで駆けて行ってしまった。すごい、あの身長のフロイド先輩の本気ダッシュ、迫力がある。
……じゃなくて。
「顔、ヤバい、チョー褒めてるって……フロイド先輩もドキドキしてくれたんだろうか……」
わたしはもう、今でも彼の体温に脳みそ全てが支配されてしまっているんだけど。
とりあえずわたしは乱雑に転がった本を拾ってよいしょと地面から立ち上がった。足元にあった魔方陣は、フロイド先輩がいなくなると同時に消えてしまっている。
(誕生日になってもムリだったら残念会しようって、言ってたなあ……)
もしも許されるのなら、ずっとこの特訓を続けていたい。魔法なんてもう使えても使えなくてもいいから、ずっとこうしてフロイド先輩がわたしのことを考えてくれていたらいいのに。
……なんてことを考えて、いやどれだけ重たい女なんだよと自分にドン引きした。こういうタイプの女、まず間違いなくフロイド先輩が一番嫌う気がする。
「困ったなあ……」
けっこう相当、フロイド先輩のことを好きになってしまっているみたいだ。
◇◆◇
翌日はフロイド先輩と話していた通り、ジェイド先輩やアズール先輩にも協力してもらって刺激を与える方法での特訓に挑んだ。高いところから落ちてみたり(怪我をする前に浮かせてもらった)催眠状態にされたりといろいろされたが、体になんの変化もなかった。モストロ開店前の忙しい時に来てもらったのになにも成果は出なくて残念である。
アズール先輩は「フロイドの気まぐれに付き合わされて貴女も大変ですねえ」と言い、ジェイド先輩は「フロイドが最近楽しそうで僕も嬉しいんですよ、お気になさらず」と言ってモストロ・ラウンジへと帰っていった。優しい。
二人を見送ったあと他にもしばらくフロイド先輩に様々な魔法をかけられたがやっぱりダメだった。残念……と思っていたところ、彼が「やっぱ昨日の方法がまだ一番マシ〜?」と一人呟いた。反射的にそちらを見ると、先にわたしのほうを見ていたらしいフロイド先輩と目が合う。しかしその瞬間彼は少し頬を染めてガッと勢いよく顔を逸らしてしまった。
……マウス・トゥ・マウスとか、体液を直接摂取して……って、言ってたっけ。
それなら望みがあるのではと思いつつ、たぶん彼も同じ結論に達しているんだろうとも思いつつ、でもそんなこと彼女でもなんでもないのに出来るわけないじゃんとも思いつつ。
……そこで、フロイド先輩とキスをしたいなぁ、なんて思っているわたしに気づく。
(フロイド先輩は真剣にわたしを魔法士にしようとしてくれてるのに、この気持ちただのスケベな下心じゃない!?!?!?)
いやフロイド先輩に申し訳ないわ! そう思いながらもわたしはドキドキすることを止められなかった。
他の方法を、……キスも試してみますかと、言ったら引かれてしまうだろうか。破廉恥な女だと思われてしまうだろうか。でもせっかくここまで一緒に頑張ってもらっているわけだから、可能性があるならそれに賭けたいという気持ちもある。こんなに努力をしてもらって、成果が出せないっていうのも悔しい。
どうしたものかと思っていると、フロイド先輩がゆっくり近づいてきた。
「……小エビちゃんさぁ」
「は、はい! なんでしょうっ……!?」
なんだか気まずそうに話しかけてくるフロイド先輩に、わたしは思わず声が裏返る。もしかして、これは。キスの話になるのでは、ないだろうか。
なんて思いながらドキドキしていると、フロイド先輩は「アー、」とちょっと困ったような声を上げた後切り出した。
「……残念だけど、やっぱオレのできる方法じゃ小エビちゃんに魔法使えるようにさせてあげんの、ちょっと無理かも。せっかく頑張ってくれたのに、ごめんね」
「え、」
その言葉にわたしは、なんだか一気に世界から色が消えたような感覚に陥った。……え、それ、ウソですよね???
「お詫びにモストロでやる残念会は盛大なやつにすんねぇ。なに食べたいとかある〜?」
にかっといつものように大きく口を開けて笑うフロイド先輩。その笑顔を見ると、どうにかなりそうなほどドキドキしていたのに。いまではどうしてか、腹立たしささえ覚える。
ウソじゃん、だって。キスとかその先とか、可能性はあるんじゃん。フロイド先輩がやりたくないだけじゃん。
わたし、高いところから落とされたり催眠をかけられたりするのもめちゃくちゃ怖かったしぶっちゃけ嫌だったけど、フロイド先輩が一生懸命考えてくれたからって頑張れたのに。なんだ、じゃあ頑張らなきゃよかった。徹夜して本なんて読まなければよかった。バカみたいにドキドキしなければよかった。
フロイド先輩もわたしのことが気になっているのかもなんて、自惚れなければよかった。
「……いいです、別に。残念会やらなくていいです、もういっぱい頑張ってもらったし充分です。お誕生日は普通に、一年生のみんなと過ごします」
「え?」
「大丈夫です、ホント。今までありがとうございました! お疲れ様です!」
「ちょっ、小エビちゃん!」
なんだかそう思うと情けなくなってきた。いや、そんな、わたしが勝手に期待して勝手に傷ついているだけなんで、フロイド先輩は何も悪くないんです。わかっている、わかっているのにどうしてこんなにも胸が痛くて苦しいんだろう。目の奥が熱くて痛い。このままでは泣いてしまう。
勢いよく逃げようとすると、フロイド先輩に腕を掴まれた。反動でぐいっと後ろに体が下がってしまう。あ、まずい、このまま転ける。そう思ったけれどわたしの背中は暖かいものに包み込まれた。そのままぎゅっと抱きしめられる。
「あっぶね……。大丈夫? 小エビちゃん」
「あ……はい、えっと、すみま……」
「なんで急に逃げようとすんの。オレなんかした?」
すみません、と言い切る前に不服そうに質問される。いや、ほんと、フロイド先輩は悪くないんです。わたしが悪いだけで、あの、本当に……。
「…………」
「黙ってたらわかんねーんだけど。オレはっきりしないのヤダ」
「……すみません」
「すみませんじゃなくてちゃんと言ってよ」
「でも昨日はフロイド先輩だって何も言わずに走って行っちゃったじゃないですか」
語気が荒くなるフロイド先輩にわたしは思わず食ってかかる。反撃が予想外だったのか、フロイド先輩が腕を緩めたからわたしは慌てて彼から離れた。
「別にフロイド先輩は悪くないんです、勝手にドキドキして、勝手に期待して、そんな自分が急に嫌になっちゃっただけなんです! だからもう気にしないでください、ほっといてください!!」
「ハァ!? 小エビちゃん何急にキレてんの、意味わかんねぇし」
「わたしだってフロイド先輩がわかりません、さようなら!」
「ちょ、」
「さようなら!!!!!」
ああ、もう、最悪だ。
こんなはずじゃなかったのにと思いながらわたしは扉を開いて全力で走った。フロイド先輩も呆れてしまったのだろうか、追ってこない。結局わたしは魔法使いになんてなれないまま、ひとり勝手にフロイド先輩への想いを拗らせて、新たな年齢を迎えることになるんだろう。なんだそれ、最悪である。
◇◆◇
そのあとはもう何もやる気にならなくて、グリムやゴーストに寝るとだけ告げてわたしはソッコーでベッドに入った。幸いなのかなんなのか、ここのところ徹夜続きで疲れきっていた体はこんな精神状態でも簡単に眠りに誘ってくれた。
睡眠不足による情緒不安定をフロイド先輩にぶつけてしまったのかもしれないな、なんて反省の気持ちがわいてくる。あのどうしようもない苛立ちも、フロイド先輩へ抱いた恋心も、きっと寝不足が招いた思い違いだったのだろう。
大丈夫、きっと起きたらぜんぶ平気になってるよ。そしたらフロイド先輩に謝って、今まで通りただの先輩と後輩としてモストロ・ラウンジでバイトしたりすれ違ったら会釈すればいいんだ。
……なんて、慰めにもならないけれど自分に必死に言い聞かせながら眠った。
そして深い眠りの中、わたしはフロイド先輩が魔方陣を描いている夢を見た。諦めようと思っているのに、一生懸命わたしのために頑張ってくれる姿に、やっぱり好きだなぁとしみじみ感じ入ってしまう、そんな夢だった。
「……ん」
いったいどれくらい眠っていたんだろう。突然ぱちりと目が覚めて、ぼうっとした頭でわたしは瞬きを繰り返した。まだ外は暗いから夜だろう。11時くらいかな、シャワーを浴びなきゃ……。
そんなことを働かない頭で考えて、とりあえず時間を確かめようと携帯電話を探そうとした時。
「……おはよ、小エビちゃん。ハッピーバースデー」
聞こえるはずのない声がして、わたしは目を見開いた。
「……ふ、ろいど、せんぱい……?」
どうしてここに。
びっくりして声も出せずにいると、わたしの寝転がるベッドの横に椅子を持ってきて腰掛けているフロイド先輩が続けた。
「もう0時だよ、小エビちゃん。やっぱ疲れてたんだねぇ、よく眠れた? すっきりした?」
「あ、ハイ……。え、あの、なんでここに」
「ンー、小エビちゃんがなんか残念会いらないとか一年に祝ってもらうとか言い出したからとりあえず0時ちょうどに来ちゃったぁ。パーティーしないならせめて一番にお祝いしたかったし?」
「フロイド、せんぱい……」
……嬉しい。その、気持ちが嬉しい。
そうだ、わたしはずっと、フロイド先輩から向けられる純粋な優しさだとか気まぐれな気遣いに、ドキドキしてたまらなくなったんだ。
そこが、好きになったんだ。
そう思うと胸がきゅうっと苦しくなって、わたしはおずおずと口を開いた。
「……さっきはごめんなさい、急に理不尽にキレて。寝不足の八つ当たりもあったと思います」
「あはっ。マジであれびっくりしたぁ。小エビちゃんあんなふうに怒ったりするんだねぇ、茹でエビみたいだった」
「ムッ……」
「あ、また怒る?」
ごめんごめん、怒んないでよぉ。そう笑うフロイド先輩にはたぶんぜんぜん悪意なんてなくて、なんだかこっちの毒気は抜かれてしまう。ずるいひとだと、思う。
とりあえずまあフロイド先輩が来てくれているわけだし起き上がるか、とモゾモゾ体を動かそうとすると、フロイド先輩が歌うように言った。
「でもオレさぁ、小エビちゃんが怒ってんのかわいいなって思っちゃったんだよねぇ」
「は?」
「誰かに怒られたりするとめっちゃ腹立つんだけど、パスタぶちまけられても怒んなかった小エビちゃんがオレには怒るんだって思うと、なんかすごいかわいいなって思っちゃったぁ」
「……」
びっくりしているわたしに、どうしてオレには怒ってくれたの、とフロイド先輩が優しい声で聞く。窓から差し込む月明かりがターコイズ色の彼の髪を優しく照らし出して、なんだか幻想的なくらいに綺麗に見えた。
「自分が嫌になるくらい、オレにドキドキして期待してたの? 小エビちゃん」
「……恥ずかしいので、言わないでください」
「ヤダ。今もそうやって赤くなってる小エビちゃん見たらすごいかわいいなって思う」
「〜〜〜〜ッ、」
恥ずかしくなって布団を鼻の上まで引き上げるとフロイド先輩が、ニコニコ笑った。ゴールドとオリーブの瞳が優しく細められる。
「彼女でもない女の子にそんなことしたらダメだって、ガマンしようと思ってたんだけど……。オレ、小エビちゃんのこと、魔法使いにしてもいい?」
「え、」
ぐい、とフロイド先輩がわたしの背に腕を入れて起き上がらせた。重力に従って布団が落ちる。そして、また、手が重ねられた。
ぽうっと部屋全体に魔法陣が浮かぶ。ああ、さっき見た夢は、ただの夢じゃなくてこれだったのかとひとり合点した。
「好きだよ、小エビちゃん。絶対に魔法が使えるようにしてあげるから、オレの彼女になってよ」
「あ……」
その言葉はまるで魔法のようで。
わたしはもう、頷くしかできなくなってしまったのである。
そんなわたしにフロイド先輩はまた笑い、そっと口付けた。ふにゅりと触れる柔らかい唇にドキドキする。重ねられた手に力が込められる。
この優しい体温が、愛おしい。
────そう思っていたときだった。
「ッ!」
突然また指先が沸騰するような熱い感覚がする。それと同時に唇も熱を持った。触れるだけのキスなのに、口内が、喉の奥が、どんどん沸騰していく。手から這い上がってきた温度も肘を通過し、まるで熱すぎるお風呂に入っているのではないかと思うくらい、体がポカポカしてきた。
────フロイド先輩の魔力で満たされると、こんなにも幸せで苦しくて愛おしくて泣きたい気持ちになるのか。
そっとフロイド先輩が唇を離す。それでもまだわたしの体は熱いままだった。ドキドキしながら瞬きを繰り返していると、フロイド先輩はにっこり笑った。
「小エビちゃん、いまなら何かできるかも。何か魔法でしたいことある?」
「……魔法で…………」
そう言われた瞬間、あの放課後、フロイド先輩との時間をどこかに閉じ込めたいと思ったことを思い出す。そう、あの日も。求めていたのはフロイド先輩だった。
だったら、とわたしは目を閉じて、心の中で思い描く。いまこの瞬間を、もっと丁寧に刻みたい─────。
するとぽわんと、今にも消えそうなくらい淡くて優しい光の泡が宙に浮かんだ。それはふわふわと漂って、フロイド先輩の顔を仄かに照らす。
「……綺麗だね、小エビちゃん。すごい、できたじゃん」
「信じられない……」
驚きで目を瞬かせていると、その泡は嬉しそうに漂って、フロイド先輩の瞳を優しく輝かせた。それにわたしは泣きそうなくらい胸が熱くなった。
「……嬉しい。フロイド先輩のお顔が、よく見える」
「えっ喜ぶところそれぇ!? 魔法使えたこと喜びなよ小エビちゃん」
「あ、はい。それも、とっても嬉しいんですけど……」
フロイド先輩の瞳が、あんまりにも綺麗だから。なんだかこれを見られただけで、世界一のプレゼントをもらったなって思ったんです。
そんな恥ずかしいセリフを言うと、フロイド先輩は一瞬目を見開いた後困ったように眉を寄せて、それから少しだけ笑った。
「そんなん反則じゃね? ……ユウ」
そしてそのあと降ってきたキスは魔力なんて篭っておらず、ただただお互いの唇の柔らかさを確かめ合うだけのものだった。生み出したばかりの光の泡はいつの間にか消えてしまっていたけれど、わたしはなんだかもう、無敵になれたような気がしていた。
君となら泡すらも