凛くんにチョコを横取りされかける話

「さっむ……おっも……」
冬だ。刺すように吹く風に頬を容赦なく打たれた私はぶるりと身震いした後小さく呟いた。気温だけでなく両手に抱えた荷物の重さにも溜息をつく。通学カバンを肩にかけた私は、両の腕にバカみたいに重たい袋をぶら下げていた。中には学校帰りに買った大量のチョコレートがパンッパンに詰め込まれている。
もうすぐバレンタイン。経済を回すためだけに存在しているこのイベントに、世間はウッキウキで乗っかっていた。私だってチョコレートは美味しいしバレンタインは好きである。けれども義理チョコを配るのって本当に骨が折れるんだよね、まあまあお金かかるし。
なんて思いながら家までの道のりを歩いていると、突然右側の袋が軽くなった。同時に高い影に半身が覆われて、反射的にそちらを向く。……幼なじみでお隣さんの凛が、相変わらず不機嫌そうな険しい顔をしてこちらを見下ろしていた。
「……なんだこれ」
「チョコ。凛のもあるよ〜」
「いらねぇ」
「やっぱり? てか持ってくれんの、ありがとう」
「大量に荷物持って目の前とろとろ歩かれたら邪魔なんだよ」
「それは失礼いたしました〜」
相変わらずの口の悪さに、私もかわいくない返事をして心の中でため息をつく。……昔は結婚の約束をするくらい仲がよかったはずなのに、いつの間にか彼はこんなにも憎たらしい男になり、私もこの調子なせいで顔を合わせれば喧嘩ばかりだ。それでも幼なじみのよしみということにして凛の分の義理チョコも用意しているが、こいつは受け取ってすらくれなくない。だから毎年、凛の分は自分が食べるつもりで選んでいる。まあどうしても多少は凛の好みも思い浮かべてしまうんだけどさ。
「こんなに買ってどうすんだ、毎年」
「配ってるじゃん毎年。凛にもあげてるじゃん毎年」
「受け取らねぇけどな、毎年」
「だから凛のは自分のものになるのを見越してちょっといいのを買ってるのよ、毎年」
ふふんと笑いながら、左手から両腕に持ち替えて抱えた袋の一番てっぺんにちょこんと乗せてある小さな袋を顎で示した。中にはかわいらしい小箱が入っている。もはやこれほしさに催事場まで行ったと言っても過言ではない。すると凛が不満気な声を出した。
「あ? 聞いてねぇぞ」
「チョコいる? って聞いても受け取らないどころか見もしないからねぇ、凛は」
「……こいつら全部配布用の義理ですよ、って感じのでけー袋に大量にチョコ詰めて持ってくるからだろうが」
「なに〜その言い方、義理チョコが嫌だって言うなら本命チョコ渡しちゃうぞ!」
なーんてね、と笑いながら凛を見上げる。どうせ凛のことだから、「あ? それこそ受け取るわけねーだろ」なんていう憎まれ口が返ってくると思っていた。……のに。
「凛?」
明らかに固まってしまった彼の瞳は揺れていて、私は思わず言葉を失う。二月の風はこんなにも冷たいのに、急に耳まで熱くなった。え、なにそれ、なんかこれじゃ、まるで。そんなまさかが頭に過ぎるのと、凛が不服そうに口を開くのは同時だった。
「……受け取ってやるって言ったら用意すんのか」
「え」
「ほしいって言ったらお前は俺のモンになんのかよ」
「っ、」
射抜くように見下ろされて、どうしたらいいかわからない。バクバクうるさい心音のせいで適切な言葉が見つからないまま、呆けた顔をして凛を見つめて固まってしまう。すると凛が小さく舌打ちをして、私が食べるのを楽しみにしている凛用兼自分用のチョコレートを袋から奪って歩き始めてしまった。
「待っ、それ私のっ」
「俺用っつったろうが」
「そうだけどでもっ……待って、待って!」
このまま凛を歩いて行かせたらだめだ、そう思って慌てて大きな声を出すと、眉間の皺をいつもより深く刻んだ彼が足を止めてこっちを見てくる。
「返して、そのチョコ」
「…………」
「……あとほしいってちゃんと言って。そしたらその、ちゃんとしたの用意してあげる」
震える声で言葉を紡ぐ。それでも凛から目を離さないようにしていると、彼はフンと鼻を鳴らした後、私の抱える袋の中にさっきのチョコをぽんっと戻した。
「返したぞ」
「……ほしいは?」
「うるせぇ、黙ってよこせ」
「ひどい! 俺様、自己中!!」
結局求めていた言葉はもらえず、私は唇を尖らせながら少し先を歩く凛の後ろを歩く。本当に勝手なやつ、と思いながらもどんなチョコがいいのか悩んでしまう自分がバカバカしくってしょうがない。けれどもまあ、あのあと一言も話さなくなってしまった凛の頬が、寒さのせいと言い逃れすることもできないくらい赤く染まっているのが見えたから。ホワイトデーで素敵なお返しをくれた場合だけ、今回のことは許してやろう。