凪くんに告白されたのに詐欺だと思い込んでいる女の話


「ねぇ、付き合ってほしいんだけど」
「うん!?」
「よかった。じゃあこれからよろしくね」
「えっ!?」
……一体全体どういうことなんだろうか。本当に何が起こっているんだろうか。片思いの相手である凪くんと、たまたま帰るタイミングが重なって、一緒に帰ろうと誘われた時点で心臓が飛び上がって吐くかと思ったのに。いまわたし、凪くんになんかすごいこと言われてないか!?
わけがわからないまま目を白黒させていると、わたしの右手はあたたかくてゴツゴツした大きな何か……えっ、凪くんの手!? 凪くんの指!! に絡め取られて気を失いそうになる。大混乱するも、「あ、手……繋ぐの早かった?」とミ〇フィーちゃんみたいなかわいい顔で心配されたら「ううん! ぜんぜん大丈夫!!」と言うしかない。いやなぁんにも大丈夫じゃないよ。そもそも190cmの大男があのみんなに愛される白うさぎみたいな顔をしてるんじゃないよ。

凪誠士郎くんは、同じクラスの男の子である。窓際の席でぼんやりと外の風景を眺めるその横顔があまりにも整いすぎていて、簡単なわたしはその姿にうっかり恋をしてしまった。
教科書に隠れて気持ちよさそうに眠るそのあどけない表情とか、授業中に隠れてパンを食べる時はちゃんと手でちぎって口に運ぶところとか、そういう全てがいちいちかわいくて無理だった。その上勉強はできるし、体育だってやる気がないくせに先生に叱られたりしてちょっとだけ頑張ると信じられないくらい活躍してしまう。何もかもがあまりにもツボで、あぁこんな奇跡みたいなイケメンと同じクラスになれたなんて多分わたしは前世で村を2、3個救ったんだろうな〜と思う程だった。
でも自分なんかでは手の届かない人だとわかっていたし、青春の1ページに凪誠士郎という人物が刻まれただけでもう充分満足していたのに。
……手が届かないはずの凪くんに、なんかいま、手を繋がれてるんですけど。
「えっ!? えっ!? そもそもなんでわたしたち今おてて繋いでるの!?」
「おててって言うんだ。かわいいね、それ」
「かわっ……!?」
信じられない単語が聞こえてきてわたしは思わず固まるも、凪くんは相変わらずのポーカーフェイスである。あまりにも当然みたいな顔するじゃん、と思いながらわたしは凪くんとした会話をなんとか頭の中で遡って、そこで気づいた。……もしかして、「付き合ってほしいんだけど」に対して「うん!?」と聞き返したのを、彼、肯定の「うん」だと捉えてる? つまりもしかしなくとも、わたし、まったく事態を飲み込めないまま凪くんの彼女になってる!? えっ!?
「……なんでそんなにオドオドしてるの? 付き合ったら手、繋ぐくらい普通だと思ったんだけど」
「エ゙ッやっぱり付き合ってるの!?」
「え、付き合ってないの?」
「いや……え、それは……えっ」
首を傾げる凪くんに思わず口ごもる。いやわたしだって、手が届かない相手♡ とか青春の1ページになってくれるだけで十分♡ なんてしおらしいことを言ったけれど、そりゃ、凪くんがわたしと付き合いたいって言うならぜんぜんやぶさかではない。やぶさかではないしなんならもう諸手を挙げて大歓迎だ。いや諸手を挙げるも何もいまわたしの手は凪くんに掴まれてるんだけど。エッ!? 本当ですか!? もしかしてわたし、このままどこか怪しいところに連れていかれて気づいたら高価な壺とか買わされたりしませんか!?
そう思ったら一気にそれな気がしてきた。いやまあ青春の1ページに「好きな人と付き合えたと思ったらいつの間にか壺を買わされていた」が刻まれても話のネタとして面白すぎるからいい気もするんだけれど、さすがにまだわたしも凪くんも高校生なので悪徳商法に手を出すのは早すぎると思う。それに叩いても小銭しか出ないような女に時間を使わせるなんて凪くんに申し訳ない! 相手を間違えていることを教えてあげないと、とわたしは意気込んで口を開いた。
「な、凪くん、わたしあんまりお金ないよ!!」
「え?」
「お金がないから高価な壺は買えないし、人望もないからマルチ商法に勧誘されても頷けないよ!?」
「ごめんなんの話してるの?」
心底意味がわからない、というふうに凪くんは眉を寄せる。えっ……違うのかな? 詐欺の手段じゃなかったのかな……!? あっじゃあただ彼女がほしかっただけとか!? 高校生だし!! ちょうど彼女ほしいな〜と思っていたタイミングでたまたま靴箱で一緒になった女がわたしだったとか!? うわーだとしたら神様ありがとう!! たとえ明日凪くんの気が変わるのだとしても、いまこの瞬間凪くんの彼女であるという経験をできただけでわたしは一生健やかに生きていけそうです!! ……なんて思っていると、凪くんが立ち止まって顔を覗き込んできた。急に目の前に端正な顔が現れて、わたしはヒュッと息を飲む。
「……もしかしてなんか変なこと考えてる?」
「変なこと!? 変なこと考えてません!! 形だけでも彼女の期間にちょっと抱きついて匂いを嗅ごうだなんて考えていません!!」
「え、そんなことしたいの? いいけど」
「ヒェッ!?!?」
そう言った瞬間わたしの目の前は真っ暗になった。何かに包まれてる!!! 動けない!!! えっ凪くんに抱きしめられてる!? どうしよう死ぬほどいい匂いがするんだけどここが天国かな!? 興奮しすぎてそのまま気を失いそうになったとき、頭上から声がした。
「形だけの彼女ってなに?」
「え」
「普通にちゃんと付き合いたいんだけど。だめなの?」
これは、俗に言う、ガチ恋営業ってやつでは……!? もしかして凪くん、本当にお金に困ってるのかな。だからわたしなんかにこんなに一生懸命になってるのかな!? そう思うと胸が痛くなって、今まで大事に貯めてきたお小遣いやお年玉の額を頭に浮かべる。……凪くんのためなら、端金だ!!
「あの、凪くん! そ、そんなに頑張らなくて大丈夫! 自分のこともっと大事にして!! 本当に微々たるものだけど、わたしの全財産は凪くんにお譲りするので!」
「え、いらない……」
「いらないの!? えっじゃあなんでわたしみたいなちんちくりんにこんな、詐欺を」
「詐欺じゃなくて好きだから付き合ってほしいって言ったんだけど……」
「へ!?」
「そっちも俺のこと好きなの丸わかりだったからわざわざ好きとか言わなかったんだけど、言った方がよかった? 心配してる?」
嘘でしょ!? そう固まるわたしを凪くんはじっと見つめてくる。丸い瞳の中にわたしが映っていて、まるで世界に二人きりみたいな気持ちになった。……え、本当に? 本当に本当に詐欺じゃない? ……本当に、凪くんが、わたしのことを好きなんて世界……ありえるの??
「好きっていうのはその、好きってことですか」
「日本語ヤバ。そうだけど」
「こ、こんな日本語ヤバ女が、好き……? 凪くん、趣味悪い……?」
「自分で言ってて悲しくなんない?」
状況を理解できないから悲しむ余裕もないですけど! そう叫び出したくなるわたしの頭に、凪くんはぽんっと大きな手を置いた。右手は彼の左手に繋がれたままなので、わたしは彼の手のひらの温度と湿度だけでなく重みまで同時に味わっていることになる。贅沢すぎる。
「まあなんでもいいや。付き合ってるうちに安心できるでしょ。……いや俺あんまり連絡とかマメじゃないし逆に悪化するかな」
「大丈夫! ぜんぜん片手間で大丈夫です!!」
「片手間程度の気持ちでわざわざ付き合わないんだけど……ま、いっか。めんどくさいし」
彼女になってくれるなら、それで。と凪くんが珍しく薄く笑う。その笑顔にきゅんときて、こんな顔を見せてくれるなんてもしかして本当に……とドキドキする。でもまだ信じないぞ! と疑うわたしに三ヶ月後、「これならさすがに信じる? ハズいからやだったんだけど」とペアリングを彼が渡してくるから、さすがにわたしも観念して幸せを噛み締めてしまうのだった。

真っ赤な愛が煌めいて