冴くんの誕生日を祝いたいのに料理をド失敗した話

 冴が帰ってくる。彼氏の冴が、帰ってくる!!
 私は先程まで世界一愛おしい男に繋がっていたスマホを握りしめながら小躍りしていた。なぜならサッカーでスペインにいる冴が、忙しい合間を縫って彼の誕生日に私に会うためだけに日本に帰ってきてくれることになったのだ。会いたいと思ってくれてるのなら私が行くよ!? と慌てたら「去年そう言って俺の制止も聞かずに来た結果空港で迷子になり変なヤツに騙されて連れていかれそうになった女はどこのどいつだ」と舌打ちされてしまったので黙った。いやーだって空港ってややこしいから困ってた時に、俺は冴の友達だから案内してやるって人が現れちゃったらついていっちゃうよな、ははは。ちなみに助けてくれたときの冴はめちゃくちゃ空港内を探し回ってくれていたのか、見たことがないくらい汗をかいててびっくりしたけど……それが本当にかっこよくて最高で改めて惚れ直したのはここだけの話である。
 なんにせよ、冴が帰ってきてくれることになった。去年はスペインへの旅費だけでお金がかさんだため(結局冴が後からその費用を出してくれてしまったんだけど)美味しい塩昆布セットを届けることしかできなかったけれど、今回は違う。今年の誕生日は腕によりをかけて美味しい日本食を作り、プレゼントも奮発して、最高の誕生日にしてやるんだ……!

 そう意気込んだのは記憶に新しいが、いったいどうして私はいま台所で途方に暮れているんだろう。美味しい和食を作るぞ! と気合を入れたにも関わらず、私の目の前にはとても冴には出せられない料理のなり損ないみたいなものが並んでいた。どうして?
「味噌汁……味薄いと思ったから濃くしたら、飲めたもんじゃない……。魚もだし巻き玉子も焦げてる……ほうれん草のお浸し、びったびた……。天ぷら、ベチョベチョ……」
 こりゃダメだ、と頭を抱える。捨てるのはさすがにもったいないから、冷蔵庫に入れておいて冴が帰ったら一人で食べよう。そして今日は大人しく寿司でも取ろう。そう思い、絆創膏まみれになった手でスマホを触りどこの寿司にするか悩んでいると、冴を迎えに空港に行かないといけない時間になっていた。やばいやばい、と私は慌ててエプロンを脱ぎ身支度を整えて家を出る。そして向かった空港には、相変わらず涼しい顔をした冴が立っていた。
「冴! おかえり、お誕生日おめでとう!!」
「ああ。ただいま」
「長時間のフライト疲れたでしょう」
「慣れてる。……おい待て、なんだその手」
「えっ」
 感動の再会も束の間、冴は私の絆創膏まみれの手を目ざとく見つけて怪訝な顔をした。う、バレた。いやまあ隠せるとは思ってなかったけどさぁ……と思いながらも、さすがに料理で手を怪我したと言うのは気が引けたので誤魔化そうとする。
「こ、転んだ?」
「転んでそんな怪我するかよ。そもそも語尾にハテナついてんじゃてえか」
「う」
「……なんだ。料理でもしてたのか」
「…………」
「図星か。……じゃあ早くお前ん家行くぞ、腹減った」
「いや! ちょっと待って、それはやめよう!!」
「あ?」
 大慌てで冴を止めると、彼は眉間に皺を寄せた。そりゃそう。そりゃそうだろう。でもいくらなんでもあんな不出来なものを天下の糸師冴様に食べさせるわけにはいかないのだ!!
「寿司を取ろう。いや寿司を食べて帰ろう」
「なんでだよ。失敗したのか」
「した。ものすごくした! 食べさせられるものではない」
「……それは食ってから俺が判断する。まずは一旦家に行くぞ」
「ええええ!? 無理無理本当に無理だって、やめよう、私冴のお腹に責任持てない!!」
「……賞味期限の切れた食材でも入れない限り腹は壊さねぇだろ」
「いやー、そうかもしれないけど、いやー」
「いいから黙ってついてこい」
「ついてこいも何も目的地はわたしの家なんだけど!?」
 しかしそんな抵抗虚しく私は冴にタクシーへ乗せられて、そのまま自分の家へと連れていかれてしまったのだ。……本当に、冴のお腹に、何があっても責任取れないんですけど!?!?!?

「……」
「こちらになります」
「……独創的な見た目だな」
「ねぇそこ気を遣わなくていいから! 食えるわけねぇだろって言ってもらったほうが気が楽だからほんと!!」
 本当にこんなもん見せて大丈夫なのかと思いながらもここまで来たら引き下がれないな……と冴の前に作った料理を並べたところ、明らかに険しい顔をした冴にフォローを入れられてしまった。ほらやっぱりこれは食べられないと思ってるじゃん!!
「ね、もういいでしょ冴。せっかく誕生日なんだし久しぶりの帰国なんだから、美味しいもの食べに行こうよ。料理教室にでも通って、次はもっとまともなもの作れるようにしておくか……えっ!?」
 しておくから、と言おうとしたとき。とんでもない光景を目撃してしまって私は素っ頓狂な声をあげる。……冴が、ベッチョベチョになっているてんぷらを、食べたのだ。
「ギャーーーーッ!? ぺっして! ぺっしな!! 冴の体になんかあったらサッカー界に申し訳が立たない!」
「大袈裟なんだよ。まあ火は通ってんだから、腹は壊さねぇだろ。……多分」
「多分じゃダメだって! せっかくの帰国なのにこんなまずいもの食べちゃ……」
「……別にこれなら毎日でも食える」
「えっ」
 遮って言われた言葉に驚いて固まる。それ、もしかして、
「プロポーズ……?」
「違う」
「違うか〜!!!!」
 そりゃそうか〜!!! と先走ったことが恥ずかしくて額を叩きながら言うと、冴は飲めたもんじゃない味噌汁を飲み眉を寄せながら続けた。
「……向こうの日本食よかマシだって言ってるだけだ。プロポーズならもっとちゃんと、美味いもの食いながら雰囲気あるところでしてやるから待ってろ」
 げほ、と咳き込みながら言う冴に、胸がきゅうんとときめくのを感じながら、私は何度も頷いた。うっかり涙が出そうになる私の頭を、冴がぽんっと撫でる。
「……作ってくれて、ありがとうな」
「っ、好き……」
「ん」
 頷いた彼がビタビタのおひたしに箸を伸ばすのを滲む視界で見守りながら、私は冴の誕生日をこうやって祝える幸せを噛み締めていた。来年の誕生日は、絶対に美味しいものを作ろう。そして新たに歳を重ねた彼を、絶対絶対幸せにしよう。

だって、そんなの愛じゃん