一度目のさよなら

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「ねえねえ!」


そうやって笑ったお前はいまどこにいるんだろう。

わかっているんだ、あのとき消えてしまったと、死んでしまったと。



お前はもうオレに笑いかけてなどくれない。

少し高くて明るい声でオレの名を呼ぶことはない。
あのとき確かに失った。確かに、失ったのに。


もしかしたらとほんの一縷、望みを残さずにはいられなくて。


これだけの月日が経ってもまだお前にしがみつくオレを、笑い飛ばしてくれるんじゃないかって。



いつかまたオレのとなりで、いっしょに月を、星を、空を、見てくれるんじゃないかって。
ただ、そう、オレは。




「サナ・・・」


そばにいてほしかった。

そばで笑っていてほしかった。





第一話
風の音を残して






「・・・え?」


なに、これ。




そろそろ眠ろうとしたときだった。


室内の湿度が少し高い気がして、窓を開けるついでに夜空を見上げた。

あんまり星はないし、…ていうかぜんぜんないし、きれいな空とはお世辞にも言えない。


でも空を見上げていると目が慣れて、ひとつふたつと星が増えていくのをみるのがすきだった。


…そのとき突然風が吹いて、あたしは反射的に目を閉じた。



風の音だけは耳に残ったまま、目を開くとそこにあったものはすべて消えていた。


真っ白に。



「は・・・?」


そして真っ白な空間に、ひとりポツンと立つあたし。


え、え、えええ。


パジャマを着たあたしは突然謎の空間に放り出されて目を見張る。
死ぬほどびっくりすると声もなかなか出ないらしい。

硬直した体に回らない頭。とにもかくにも状況を確認しないと、とわたしは無理やり首を動かす。








・・・そのとき。





「本当になんとお詫びすればいいか…」
「ヒィッ!!」



誰もいなかったはずの空間に、聞きなれない男性の声がする。

あまりにも仰天しすぎて泣きそうになりながら後ろを振り向くと、さっきはいなかったはずの人間離れしたイケメンがいらっしゃった。いまの状況を忘れるくらいその男性は美しく、思わず息を飲む。

腰まである長い薄緑色の髪に、澄んだ碧い瞳。
外国の人?と頭にはてなを浮かべつつ、不躾ながら凝視した。

「すまない」
「あっはい!!」

あまりに端正な顔立ちに一瞬現状を忘れる。見入ってしまっているとその麗人に声をかけられハッとした。


「君は異世界トリップという言葉を知っているか」
「え、は?あ、まあ…」


突然の言葉に首を傾げる。と、トリップ?え、もしかしてこれ異世界トリップ?そんなあほな、とツッコミをいれるよりも前に、その男は畳み掛けるように言葉を続けた。



「知っているのなら話は早いな………すまない、君はどうやら時空の歪みに飲み込まれ、強制的にここにトリップしてしまったようだ……」



どうしたものか。と目の前の麗人は呟いた。


え、どうしたものかって。あたしが聞きたいんだけど。
混乱しているわたしを他所に、その人物は話を続ける。


「…私は全時空を司るもの、時空の管理人と呼ばれている。
はじめまして、サナ。」
「な、なんで名前、」
「それくらいは手に取るようにわかる」


彼はなんでもないことのようにサラッとそう言い放った。て、ていうかそもそも時空ってなに。時空?じくう…??その定義とは・・・??

「単刀直入に言う。…君は、元の世界には戻れない。」
「はい?」
「時空の歪みに飲み込まれた際、君の肉体は消滅してしまったんだ。
いま君は、この空間に精神体として存在している…長くはもたないが。」

「え、と…」



長くは…もたない?
え、なにあたし死ぬの?これ死ぬ感じ???

動かない頭で必死にわかりそうな単語だけを掴み、なんとか話を追おうとする。
もしかして、変な別世界に突然飛ばされて、このまま死ぬっていうこと???


「もしも君が望むなら、新しい肉体を提供する。なんならリクエストにも答えよう。怪我も病気も治してやる。

…しかし肉体を作り出すには、代価が必要なのだ」

「代価…?」

復唱するあたしに時空の管理人は重々しく頷いた。


「元の世界での、君に接してきた者が持つ君への記憶。それらを代価としてかき集め、新たに肉体として作り直す。」
「・・・」

「つまり、元の世界での君の知人、友人、家族は…みんな君を忘れる。
そして君は、新たな肉体を得て新たな世界で生をまっとうするのだ」



彼はとても、申し訳なさそうに語る。



・・・みんなが、あたしを、忘れる。

転生するってことなのかな。あたしの存在を葬り去って。



「…じゃ、じゃあ・・・元の世界を心配しないでいい異世界トリップってことですか?」
「そうなるな、君の心情としては重く苦しいだろうが」
「元の世界に戻ることは・・・」


そこまで言って、ハッとした。
元の世界。

本当に戻りたいのか?
嫌気は差していなかったか?
違うどこかへ行きたいと、思ったことはなかったか?

違う世界に行きたかったから、毎夜創作の世界で自分を慰めていたのではなかったか。



「世界が、変わるとして。
あたしはどんな世界に行くんですか?どんな世界で生きることになるんですか」


その世界は今よりも、生きやすいのだろうか。
果たして。


「それはトリップしてからでないとわからない・・・が、時空の歪みに落ちたということは元来いた世界が君にそこまで適していなかったからだと考えられる。
次はおそらくもう少し生きやすい世界になるだろうとは、思う。

新しく君に生を与えるのだから、年齢だって容姿だってある程度君が望むようにしてやろう」

その言葉に、少しだけ。
希望を見たような気がした。


「あたしを強くしてください。ひとりでも、どんなときでも、頑張れるように。
せっかくだし年齢ももっと若いほうが・・・若すぎるのはしんどいかな。でも、人生をやり直せるのなら・・・14歳とか、15歳とか」


欲に塗れたあたしは矢継ぎ早に言った。



傷つくことも折れることもないような、しあわせな未来を。


次は。




「・・・わかった、サナ。お前にいちばん合う世界へ必ず連れていってやる、期待していろ。

もしかしたら君が好きな、マンガの中だったりするかもしれない」

「え、そんなことあるの?まじでよくある異世界トリップみたい」

「ああ。世界は無限にあり、書物とは筆者がその世界とシンクロしたときに別世界に形として現れるものだ。
そして惹かれる書籍というものは、基本的に自分と波長が合う世界である場合が多い」

「なるほど…!」


だったらいいな。そしたら。

あたしも次は、キラキラ生きられるかもしれない。




「…サナ。これを受けとれ」


そう言って彼は持っていたロッドをあたしに渡した。


「!」

受け取った瞬間に体が光る。
あれ、なんか足の方から透けてきたような・・・


「そろそろ時間だ。
このまま此処に留まり続けることはできない…新しい世界に行っておいで」

「・・・」

「願わくば君に幸多からんことを。

・・・しあわせになれよ、サナ」



そう言って彼は微笑んだ。



「ありがとう、あなたもね!」


精一杯の気持ちで言うと、時空の管理人は少し驚いて、それから笑った。






・・・新しい、世界。



今度こそは、何者かになれますように。

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