いつかこのくもり空わって
コナン
この世界に来て早数週間。ものすごくいろいろあったけれど、ようやく慣れてきた。相変わらず元の世界へ帰る方法も、わたしをこの世界に呼び寄せたひとの手がかりもないけれど、仕事を始めたことで知り合いも増えたし覚えることも多いしなんだかんだで充実している。
今日は園子ちゃんの御屋敷のメイドとして庭を掃除させてもらっていた。さすが鈴木財閥の御屋敷、信じられないくらい広い。新入りは基本的に屋外での対応に当てられるあたりも本物のお金持ちって感じがする。
緑色の芝生はきちんと手入れされていて、いたるところにお花が咲いて美しい。わたしはガーデンパーティが行われる際に使うテーブルとチェアを拭いて回っていた。ほーんと住む世界が違うなあ・・・そう思っていたとき。
「わっ!?」
コツン、と何かが頭に軽く当たった。誰かに小突かれたのかと振り返っても誰もいない。気のせいとかでは絶対ないし、とその箇所を手でさすりながら下を向くと。
「・・・紙飛行機?」
が、落ちていた。
なんだ、この紙飛行機。なんか変なマークがついている。羽の部分にそれぞれ丸いしるしが記されたそれを、どこかで見た気がする·····と首を傾げながら見つめていると。「あら、またその紙飛行機?」と先輩メイドさんが声をかけてきた。
「また·····って、前にもあったんですか?」
「ええ。昨日も落ちてたし、わたしもさっき向こうを掃き掃除しているときに見つけたわ。誰のイタズラなのか、けっこうな数の紙飛行機がこの辺りで見つかったってネットニュースになってたわよ」
「へーーー・・・・・・え!?」
「わっびっくりした、急に大きな声出さないでよ」
紙飛行機、都内にいっぱい、そしてこのマーク。
そういえば、とわたしは何巻だったか忘れたけれど沖矢さんが登場していたから何度か読み返していたひとつの話を思いだす。
「(たしかなんかえらいひとがどっかに監禁されてて助けを求めて紙飛行機投げてる回だーーー!!!)」
相変わらず原作に沿って進んでいる物語にわたしは頭を抱えた。お、思い出せない。どこに監禁されているのか思い出せない。
まあでも放っておいても沖矢さんとコナンくんが解決してくれるし·····とは思いつつ、さすがにいま現在そのひとが大変なことになってるのに見過ごすのはよくないよなあ・・・。なんて考えながらわたしは拭き掃除に戻る。あっここ汚れこびりついてる·····よいしょよいしょ。爪に力を入れながら黒ずんだ部分をなんとか落としつつ、わたしはそのお話がどんな展開だったか懸命に記憶を辿った。
そう、あれはたしか記念すべき沖矢さんと蘭ちゃん&園子ちゃんが初めて会う回だ。蘭ちゃんがいつも通り工藤さん家を掃除しに行っ·····て・・・
「あああああーーー!!!!!!!」
「こ、今度はなに!?中村さん!!」
「あっいやすみません!めっちゃ大きい虫がいたもので!!失礼しました!!」
いやそれは完全にウソだけど!!!!わたしは非常に大変なことに気がついてしまったのである。
蘭ちゃん!!!!!掃除に来るわけないじゃん!!!!!面接のときにわたしがいま工藤邸に住んでるって知っちゃってるんだから!!!!!
うわーーーーーやっちゃったやっちゃった、とわたしは心の中で頭を抱えた。それか、あのときなんか「これまだ知られたらよくなかった気がする·····」って思ったの!
いやでも園子ちゃんが紙飛行機持って学校行ったら蘭ちゃんに見せるだろうし、そうしたら蘭ちゃんはたぶん新一くんにメールするだろうから・・・いやでもあれ新一くんと沖矢さんを対決させよ!みたいなノリで送ってたよね??そもそも沖矢さんと出会わなかったらこのメール自体送らなかったりする???っていうかまずこの紙飛行機いまわたしの手元にあるじゃん!!!!!園子ちゃんとっくに登校してる時間じゃん!!!!!別の紙飛行機持って行ってたりする!?それとも気づかなかった!?そんなのなかった!?!?あれそもそも今日じゃなくて明日持っていくんだったっけ!?!?!?
大混乱しながらわたしはとりあえず慌てて先輩メイドさんに声をかける。
「あ、あの!そういえばこの紙飛行機ってどうしたらいいですか?っていうか先輩が見つけたやつはどこにありますか!?」
「ん?イタズラだろうしわたしは捨てたわよ。ほらそこのゴミ袋。中村さんも捨てておいで」
「は、はい·····!」
・・・いやこれ園子ちゃんの手元にいかないじゃん!大事に置いといて園子ちゃんに見せに行くのも変な話だし、そもそも園子ちゃん今日と明日はテストだから大変って言ってたし·····!つ、つまりこれって。
「(この世界にイレギュラーを引き起こしちゃったわたしが解決するしかないよね・・・!?)」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。これがバタフライエフェクトってやつ?
わたしの行動に人ひとりの命がかかってるんだと思うとめちゃめちゃ汗かいてきた。いやこの世界で生活してる人間すごすぎんか?どれだけの命救ってるんだ???(救えずあとから解決パターンもめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃ多いけど)
わたしはどうしたものか考えながら掃除を続ける。幸い今日の仕事は早番であと30分で終わりだから、そのあと行動に移そう・・・!とりあえず紙飛行機を捨てるふりをして先輩が捨てたものも拾い上げた。描かれているマークが違うので、手がかりになりそうだとホッとする。昨日から紙飛行機が飛ぶようになったのなら、たぶん、まだ、監禁されてるひとそこまで衰弱してない・・・よね!?きっと!間に合わなかったらどうしよう、でもわたしだけの力じゃどうにもできないから仕事終わったら誰かに相談しなきゃ·····!
『どうしたんですか、菜々子さん。あなたからお電話なんて珍しいですね』
そしてよく考えなくてもいまのわたしが頼れる人間なんてこのひと·····安室さんしかいなかった。
「す、すみません!忙しい中突然電話しちゃって·····」
『いえいえ、菜々子さんなら大歓迎ですよ!それで、どうされたんですか?』
仕事が終わってすぐ、着替えるためのロッカールームでわたしは安室さんに電話をした。前回のハンマー女に引き続き、本来なら関わらなくてよかったはずの業務を増やしてしまうことは非常に申し訳ないのだが、やっぱり人命には替えられないし。沖矢さんはつかず離れずいい距離で付き合ってくれているけどそれでもやっぱり時々なんだか怪しまれている気がするし、コナンくんなんてわたしは「普通の小学生」以上の認識を持っていていいはずがないから連絡できるわけがない。小五郎おじさんに相談するのも一瞬考えたけれど、下手なことをしてコナンくんに勘ぐられたくないし。黒羽くんは論外。
掃除をしながら頭の中で何度も何度も考えた文言をわたしは安室さんに言う。
「えっと、あの·····今日お仕事で鈴木財閥のお屋敷のお掃除をしてて、そこで紙飛行機が落ちてきたんですけど」
『紙飛行機?』
「はい。昨日から都内に大量の紙飛行機が飛んでるの、ニュースになってるんですがご存知ありませんか?」
『ああ、そういえばネットニュースで見たような·····。イタズラかとそこまで注目していなかったのですが、それがどうしました?』
「こ、この紙飛行機。誰かからのメッセージで、助けを求めてるんじゃないかと思って·····!あの、画像送るので見てもらえないですか!?」
『!?
それは穏やかではないですね·····わかりました。送ってください』
ありがとうございますとわたしはお礼をして一度電話を切り、さっき撮っておいた写真を4枚メールに添付して送信する。
ふたつの紙飛行機の表向きと裏向きと、開いた際の表裏だ。どういう暗号かはちゃんと覚えていないけれど、安室さんならきっとすぐ解いてくれるだろう。
そう思った瞬間、安室さんからまた電話がかかってきた。
『·····菜々子さんが睨んだ通り、この紙飛行機には事件性がありますね。この二枚を合わせると、どこか電波の届かない場所に監禁された人物がSOSを求めているようです』
「や、やっぱり!」
『しかし情報が足りません·····僕は他に違う紙飛行機の情報がないか調べてみます。菜々子さんも別の種類の紙飛行機が落ちていないか確認していただけませんか?』
「わかりました!」
よろしくお願いします、とわたしと安室さんは言い合って電話を切った。わたしはそのまま急いで先程の先輩メイドさんの元へ走り、もし他に紙飛行機があれば教えてほしい旨を告げる。そしてそのあとわたしは外壁のまわりや庭の茂み・木の上などに紙飛行機が落ちていないか探し回った。わたしの頭に落ちてきた紙飛行機も木の上に引っかかっていたものが風に乗って飛んできたものだったのか、木の上からは2つほど見つかった(しかし両方とも同じマークだった)。
ひぃんどうしよう、年甲斐もなく木登りしたせいで勝手がわからず顔や手足に細かいキズがちょこちょこついてしまったのに手がかり無しなんて!1時間ほど探し回って収穫はなし、ただひとり傷だらけのアラサーが出来上がったのみだなんて誰が喜ぶというんだ。そして地味に痛い。
そのあと裏庭の掃除を担当してたメイドさんが紙飛行機を見つけて渡してくれたがわたしが見つけたのと全く同じものだった。監禁されてるおじさん!!!!!もっとありとあらゆる手であなたのありかを示して!!!!!
思わずそう叫びたくなっていると、携帯電話が震えた。ディスプレイに表示された名前が安室さんだったので、わたしは慌てて電話を取る。
「も、もしもし!」
『菜々子さん!ありがとうございました、解決しました』
「えっ」
『米花タワーマンションで、誘拐された造船会社社長の代田育雄さんを見つけ無事保護しました』
「はっっっっや!!!!!」
さすが安室透、ハンパねぇ·····わたしは安心してその場にへたりこんだ。よ、よかった。わたしのせいで本来なら助かっていたはずの命がだめになるんじゃないかと思った。たぶん安室さんのおかげで原作より早く見つかったよねこれ。なんか安心したらいたるところにできた傷が痛くなってきたな。
「さ、さすが安室さん・・・正義の味方みたいですね、いたた」
『?どうしたんですか』
「あ、いえ。紙飛行機探すのにちょっと木登りしたらケガしちゃって·····」
『なんだって!?』
「ひぇっ」
苦笑しながら言うとものすごい剣幕で聞き返されてわたしは飛び上がる。
「あ、いや!ケガって言ってもほんと大したことなくて、擦り傷がちょっとできたくらいで」
『ちゃんと手当てしましたか!?化膿したらどうなると·····いまどこですか!』
「えっ、えっと、仕事先のままですが·····」
『すぐ行くので動かないでください!』
「っえ、いやそんなほんと切り傷がちょっとできたくらいで、本当にぜんぜんだいじょ·····」
『鈴木財閥のお屋敷ですよね!そこから動かないように!』
「や、あの·····」
ブツッ。
・・・え、切られた。
え、マ?まじですか、えっすごい勢いで止められなかったんだけど、えっ·····え、こんなしょぼいケガのためにあの天下の安室透呼び出しちゃうのわたし???っていうか安室さんすごいな場所わかるの?あ、やっぱこのレベルの豪邸·····っていうか鈴木邸はこの世界では有名なのかな?????さすがー・・・なんて現実逃避をしてみたが、そんな場合じゃないわと我に返り立ち上がる。
·····ま、まじで来んの!?
こ、こんな切り傷のために・・・!?!?!?
わたしは呆然としながらツーツーと音を立てる携帯電話を見つめた。え、え・・・・ど、どうしよう。まじ?????
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