たのもしいひと
飛影がふて寝を決め込んでくれたようでわたしは少し安心した。さすがに睨みつけられながらの治療は落ち着かない。
しかしパックマンの中に彼を取り込んで改めてわかる。この右腕は、相当やばい。思わずゴクリと唾を飲んだ。
これは普通の怪我ではない。そもそも、飛影の妖気の減り方が相当おかしい。良くならないと殺すと脅されたが、本当に殺されるかもしれない。それくらい飛影の容体は深刻だった。
(普通の怪我じゃないからだ・・・)
単なる腕の怪我なら問題なく治せる。しかしこれは根本的に悪くなった原因が違う。黒龍を呼び出すために犠牲になった腕は、通常の損傷とは全く違う傷つき方をしていた。
でも、だからといって、泣き言を言っている場合ではない。わたしはしっかり飛影に向き合い、全神経を集中させた。
第14話
・・・にも関わらず。
「じ、冗談じゃねえオレ達はもうぬけるぜ!!」
「楽に殺しが楽しめるって言うからきたんだ」
なにやら向こうが騒がしい。六遊怪チームがもめているようだ。そういえばそんな展開あったな、と聞こえてきた覚えのある台詞に少し意識がそちらを向く。どうにも心がざわついてしまっているみたいで辟易した。
チラ、とそちらに視線をやろうとする。向こうの方でヒュッと風を切るような音がした。だがわたしがその後の展開を見ることはなかった。突然何者かの手によって視界が暗くなったからだ。急に真っ暗な世界に招かれたわたしは、びっくりして声を上げた。
「えっ?!」
「見ないで」
いきなり暗転した視界に驚くも、すぐ傍から聞き慣れた蔵馬の声がして状況を察する。ふわりと漂う優しい薔薇の香りと目元に感じる温もり。あ、この手、蔵馬か。わたしがそう判断したのと同じタイミングで、向こうで何か重たいものが二つほど倒れるような音がした。
「キミは見ない方がいい」
「・・・」
そうか。酎は登場シーンで、騒ぎ立てた仲間を殺すんだ。
漫画で何度も読んだ展開からいまの状況を察し、蔵馬がわたしを気遣ってくれたことを知る。視界が奪われた状態だと他の聴覚が鋭くなるのか、ウィ〜ックと親父くさいしゃっくりをしながら酎が小兎ちゃんに仲間が死んだ場合どうなるかどうかを確かめているのがよく聞こえた。いや自分で殺したんだけどさ、酎が。そしてけっこう距離が離れてるはずなのにこのあたりまで酒臭さがするの相当やばいな。鼻に付くアルコールを感じたところでようやくハッとして、わたしは蔵馬に声をかけた。
「く、くらま。ありがとう、もう大丈夫」
そう言うとそっと手が離れる。入り込んできた光。見える範囲に死体はなかった。端の方にあるか、リングで隠れているんだろう。いや探したりしないけど。
「ごめんね、気を遣わせて」
「いえ。余計なお世話かとも思ったんですが・・・」
「ううん、ありがとう」
蔵馬はやっぱり優しい。そしてわたしはみじめだ。情け無い。
へら、と笑って飛影の治療に戻る。いや、わたしの意識のあるなしに関わらずパックマンは自動で飛影を治療してくれるんだけど、やっぱりわたしが集中していたほうが進みがいいのだ。ぜんぜんさっきからできてないけど。
集中しろ、集中しろ。そう自分に言い聞かせるもやはりリングでのやり取りや酎のこの不気味な妖気が気になってしまう。眠っていた飛影も起きて酎の方を見ているようだった。
どうしよう。飛影が向こうの喧騒に飽きてこっちを向いてきたらまたいたたまれなくなって治療が進まないかもしれない。本当に役立たずもいいところだ。自分が嫌になる。
なんとかしなきゃと唇を噛んだ。じくじくと痛みが広がる。しかしそうしているうちに、しばらく聞いていなかった声がした。
「よっと・・・」
「!」
幽助、起きたんだ。声の方を向くと寝ていたはずの幽助が起き上がっていた。
「なんだ飛影、やよいに治してもらってんのか。そん中あったかくて落ち着くだろ」
「・・・起きてそうそう減らず口を叩くな」
「減らず口も叩きたくならァ。こちとら気持ちよく眠ってたのにすげー酒の匂いで起こされたんだぞ」
オハヨ、やよいと幽助が軽く手を上げたからわたしもつられて手をあげる。お、おはよう、と少しどもりながら言うと彼はニッと笑った。
「なんだオメー口噛んだのか?血ィ出てるぞ」
「えっあ、や、これは」
「っとによー。心配かけんじゃねえぞ、お前の治療、オレは当てにしてんだからな」
ぽん、と座っているわたしの頭に幽助が軽く手を置いた。たくましく重みのあるあたたかいそれに少し驚く。・・・ああ、男の子の成長って、こんなにも早いんだ。
なんだかそのてのひらの温度に酷く落ち着いて、わたしはようやく口元がゆるむ。ああ、すごいな幽助は。一気に場の雰囲気が変わったような気がした。
わたしは茶化すように幽助に笑いかける。
「ありがと、じゃあ頑張ってね。わたし治療に集中するからあんま応援できないけど」
「オイオイ冷てーな。ま、んじゃ飛影のことは任せたぜ。余裕で勝ってくるから安心しろや」
「うん。何かあったら幽助のこともしっかり治してあげる」
「そりゃー頼もしいこって」
立ち上がった幽助が臨戦態勢に入るのを見ているとあんなにざわざわとしていた心が一気に凪いだ。うん、なんか、もう大丈夫かもしれない。正直この試合は見なくてもいい、くらいかもしれない。
修行をしているのを横で見ていたときは気づかなかった。彼はこんなにも、頼もしかったんだ。
「ハリーアップ!オレは早いとこ優勝して死ぬ程酒をいただきてーんだ!!」
「オレが行くぜ!体がうずいてしょーがねー、寝起きに軽く運動しねーとな」
リングの上から急かす酎を煽るように幽助が返答する。わたしは彼がリングへ向かうのを見届けた後、飛影の方に視線を戻し深く息を吸った。
どこまでできるかわからない。でも、しっかり、わたしができる限りのことをやろう。