恋とはどんなものかしら




「A組の佐藤くん?ああ、格好いいよね」

盗み聞きしていたというより耳に入っていたそんな言葉。だって恋話に花を咲かせる女子の声はいつも甲高い。それはクラスの女子だけじゃなくて、野球部マネージャー達も同じらしい……いや、ちょっと格好つけた。本当は聞き耳を立てていた。輪の中心に相田の姿があったからだ。

「サッカー部だっけ?」
「そうそう」

これが練習中なら眉を顰めるけど、生憎というか幸いというか、朝練が終わってグラウンドから寮へと戻る道すがら。マネージャー陣がなにを話していても自由だ。A組の佐藤ってどんな奴だ、と人知れず思考を巡らせていると俺の横で「あいつチャラチャラしとるだけやないか」と不満顔のゾノ。そうだ、こいつはA組だった。…っていうか…みんな聞き耳を立てていたのか。そう思うとなんだか苦笑が溢れる。まあ俺たちも男子高校生だから仕方ない、なんてそんな言い訳を並べ立てた。先を行くマネージャー陣は多分そんな俺たちに気付いていないのだろう。相変わらず話に花を咲かせている。

「格好いいとは思うけど、やっぱり私は…サッカーよりも野球だなぁ。なんかサッカーってチャラいじゃない?ああいうの苦手。どっちかって言うと、ほら、無骨な人の方が好きなんだよね。白州くんみたいな」

相田の口から聞き知った野球部員の名前。その瞬間、俺を含め話を聞いていた男たちの視線は当然のことながら白州へと移る。

「俺を見るなよ」

白州は呆れた様子で口を開いた。

「睨むな、睨むな」
「別に睨んでねーって」

倉持が歯を見せて笑いながら俺の肩を叩く。俺はそれに対して顔を顰めてやんわりと倉持の手を払う。確かに白州はチャラくもないし野球のセンスはあるし相田が名前出すのも頷けれるけど…まあ、正直あまりいい気分にはならない。その理由はひどくシンプルなものだった。

「『嫁』の浮気ぐらい許してやれ」
「だから『嫁』っていうのはやめろって…」

変に声を荒げて騒ぐのもおかしいので務めて冷静に突っ込んだけれど、同級生たちはニヤニヤと俺のことを見てくる。大きな溜息が漏れた。
白州のことを格好いいと言った相田祥子とは、同級生以上に野球部の部員とマネージャーとしてそれなりの関係を築いてきた。でもそれは俺と相田だけじゃなくて倉持や白州たち他の同学年の部員とマネージャーの梅本と夏川だって例外なくそうだ。それなのに皆が俺と相田のことを『夫婦』と呼ぶ。ちなみに付き合っているという事実はない。

「どう考えても両想いなんだから仕方ないんじゃない?」

ナベの言葉に一同、ウンウンと頷いている。…少なくとも、俺が相田のことを気に入っている事実は否定しないけれど、それでも周囲が言うような『両想い』だとは認めたくなかった。それは野球以外のことに目を向けていると思われることが嫌だという思いが大半で、…あとはこんな風に揶揄われるのが非常に居心地が悪いからだ。人の痛いところを突くのは俺の専売特許だし…なんて、まあそんなこと言ったらまた倉持に一発食らわれそうだから言わないけど。

「相田!」

なんとなく周囲の視線を振り払いたくて、少し先を行くマネージャー陣の背に声を掛けた。「おっ」という期待のこもった眼差し。…どう思ってるかは知らねぇけど、お前らが考えてるようなことは言わねえよ、絶対。

「寝ぐせついてるぞ」
「っ!?なんで今それ言うの!?」
「はっはっはっ」

後ろでひとつに結わえた髪のひと房が外に跳ねていたことは事実だ。指摘された相田は足を止めて振り返って俺の顔を睨む。その頬はちょっと赤く染まっていてーーあー、可愛いな、とか思ったり。言わねえけどさ。笑ってスタスタと相田たちを追い越す。後ろから「あーあ」とか「御幸、お前…」といった同級生たちの哀れみの声には聞こえないふりだ。素直じゃないことなんて自分が一番わかってる。



▼▼▼



「ほんと!信じらんない…!」
「まあまあ」
「ちょっと落ち着きな」

荒れる私に対して、唯と幸子がそれぞれ肩をポンと叩いて怒りを沈めようとしてくれたけれど、やっぱり一度火がついたハートを冷却するのはなかなか難しいらしい。さっきの御幸の無神経な言葉が脳裏に蘇ってまた拳に力が入った。

「…御幸のバカ…」

大したことを言われたわけじゃない。寝癖がついていたのは事実だ。でもなにもみんなの前で指摘することないじゃないかと思うのだ。羞恥で頬に熱が集まった感覚を未だに鮮明に思い出してしまい、小さく溜息。食堂の厨房をお借りして、ジャグを洗い、午後練用の補食のおにぎり用の米を研ぎながら、私は唇を尖らせた。当の本人は厨房から一番遠い席でいつものように倉持たちと朝食を食べている。呑気なもんだ、ほんとに。

「あれは御幸くんなりの照れ隠しだと思うんだけどなぁ」
「御幸も素直じゃないから」
「…唯も幸子もいっつもそう言うけどさぁ…正直、自信ないよ」

ふたりは随分前から私と御幸が両想いだって言うのだ。でもそれを私はとてもじゃないけど信じられない。私は御幸のこと好きだけど、向こうは好きじゃないって思う。だって好きだったら絶対あんなこと言わないでしょ、フツー。

「恋愛ってどう始めればいいの?」

米を洗って、水を流して、また水を入れて、洗って、その繰り返し。ざっざっと掻き混ぜながら、そんな言葉をポツリと呟けば、幸子が「そういうことはクラスのギャル達に聞きなよ」と呆れられた。まあその通り。私たちは似たもの同士。恋愛に時間を割いてる暇なんてない。野球が青春。だから三人寄ったところで文殊の知恵なんて産まれやしない。

「祥子の方からアプローチしてみたら?」
「こんな時期に?絶対断られるでしょ」
「そうだけど」
「なんかいい加減グダグダしてるアンタたち見てるのも飽きてきた」
「さっちんひどい…」
「さっちん言うな」

仕事を終えて、マネージャー陣で朝食を囲む。いただきます、と声を揃えて手を合わせた。
過去マネージャーをしていた人で青道から家が近い人は朝練後に帰って始業前にもう一度登校するって感じだったらしいけど、現在私を含め六人のマネージャー陣全員が電車通学だ。そんなことしてる時間がないので、朝練の後は食堂の台所の片隅で寮母さんが用意してくれた朝ごはんを食べる。
私たちにどんぶり三杯のノルマはないから、雰囲気はひどく穏やかだった。後輩たちも交えてなんてことない話に花が咲く。しかしそんな和やかな空気の中に、突如落とされた爆弾。

「祥子先輩って、御幸キャプテンのこと好きなんですか?」

一年マネージャーである杏奈の直球の質問に、私は思わず飲んでいた味噌汁を吹き出しそうになった。ごふっと咽せる。隣に座っていた唯が背中を摩ってくれた。…さすが唯…優しい…天使…。

「そうそう」
「祥子と御幸は『夫婦』だから」
「夫婦…」
「ふたりでよく野球の話で盛り上がってますもんね!」

春乃まで参戦してしまった。相変わらず無邪気な笑顔で私の顔を見てニコニコ。うーん、癒される…と思いつつ、厄介であることは変わりない。だってこのままじゃ収集つかないじゃないか。やっぱり私は大きな溜息を吐いた。
強豪の野球部のマネージャーになる理由は正直人それぞれだと思う。その根本にあるのは野球が好きって気持ち。それは変わらない。だけどスキルっていうのは入部した時点で差があってーー私は野球をやってる兄がいるおかげで、一年生の頃からスコアが書けたり配球についての知識があった。そういう点で御幸と話があったしウマがあったのだ。
そんなこれまでの積み重ねを見てきた同級生たちは私たちのことを好き勝手に『夫婦』って言う。そこに相思相愛の意味はない。…と、少なくとも私は思っている。
だってあの御幸一也だよ?野球以外まるで興味ない御幸だよ?

「だーかーらー、私は、別に御幸のことは、好きじゃないって言ってるでしょ!ラブじゃないの!ライクなの!」

みんながあまりにも揶揄うから、思わず大きくなる声。黙り込む一同。…そんなに驚くこと?と思っていたら、その理由はすぐに分かった。……御幸だ。なんというタイミング。ちょうど白米のおかわりなのか、彼は厨房の前に立っていた。ばっちりと目が合う。気まずくてすぐさま視線を逸らした。

「あーあー」
「祥子も素直じゃないから」

呆れた幸子の声も、唯の声も、私は全部聞かないフリ。御幸の視線も素知らぬふりで、箸を動かす。なんだかとってもいたたまれない。こんなことはしょっちゅうだ。だからやっぱり恋のはじめ方って難題は、私には解けそうもない。



▼▼▼


「あ、」
「……あ」

昼休み。飲み物でも買おうと足が向いた体育館横の自動販売機。見慣れた後ろ姿に思わず声を漏らせばどうやら思いの外その呟きは大きかったらしく、その背中はこちらに振り返った。そして俺の姿を見て、向こうも母音を漏らす。互いになんだか気まずい雰囲気。

「……パシリ?」
「…まー、そんなとこ」

男子じゃあるまいし、と否定されるかと思ったけど案外そうじゃなかった。相田は腕にペットボトルを何本か抱えて俺の方へと歩みを寄せた。そしてこちらの顔を見上げる。

「ジャンケン負けちゃって。御幸は?」
「普通に自分の飲み物買いに来た」
「うわっ、嫌味」

相田は顔を顰めて、唇を尖らせた。……案外、普通だな。なんとなく朝の気まずい空気を思い出して、内心息を吐く。俺の寝癖発言と彼女のライク発言。俺はとんでもなくへそ曲がりなものだったけど……彼女のは間違いなく本心だろう。ラブよりライク。薄々気づいていたこととは言え、地味に傷つく。そんな小さな胸の痛みを誤魔化すように、俺は彼女の髪に目をやった。朝食の時間まで跳ねていた箇所が目立たなくなっている。…というか、なんだったら全体的にくるくるしていた。それを指差して指摘すれば、相田は驚いたように少し目を見開く。

「クラスの子にコテで巻いてもらって直したの」
「コテ?」
「髪の毛温めてクセつける道具」
「ふーん」
「御幸も案外そういうこと気付くんだね」
「ま、捕手だからな」
「それ捕手関係ないと思うよ」

相田が俺の言葉に歯を見せて笑う。…その顔を素直に俺は可愛いなと思った。他人がいないと感性は実に素直だ。心が彼女を好きだと言う。まあそう思ったところで、彼女の気持ちはライクだからどうにもならないけどな、と思ってしまうあたり俺も随分根に持っているらしい。なんだか無性に彼女の無邪気な笑顔を崩したくなった。掌が無意識に彼女の髪に向かい、指先がカールしたひと房を掴む。

「なかなかいいんじゃねぇの」

可愛い、と柄にもない言葉が口から飛び出していた。その瞬間、ひゅっ、と彼女の喉が鳴った音が俺の耳まで届く。そして同時にバタバタとペットボトルがコンクリートに落ちる音。指先から彼女の髪がするりと逃げた。俺はそれを追いかけるように、彼女と同様に地面に蹲み込む。必死にペットボトルを拾う彼女の顔は伏せっていて見れないけど、耳はなんだか真っ赤だ。

(……これは、案外…)

なんて思ってしまうのは自意識過剰だろうか。でも押してみたらいけんのかな、と思うあたり勝算云々は別にして好奇心には勝てないらしい。俺の指先はやっぱり彼女の方へと向かっていた。水荒れした相田の関節にそっと撫でる。

「……今日、送ってくわ。駅まで」
「…えっ……」
「いいだろ、たまには」

すげー気障。すげーチャラい。多分佐藤並み。佐藤がどんなやつか知らないけど。…でもまあ…なんとなく、ちょっと踏み込んでみてもいいかなと思ってしまったのだ。打者に対しての挑発に似ているのかもしれない。

「……わかった」

その返事を聞いた瞬間はーーなんとなく打者の思考の裏をかいたリードで空振りをとった気分になった。

「………なにやってるんですか」

僅かな征服感を感じた余韻に浸る暇もなく、掛けられた呆れ声。俺と相田はふたりして勢いよく顔を上げる。声のした方を見れば、そこに立っていたのは一年生の奥村と瀬戸だった。相変わらず部活以外でも一緒にいるらしい。鋭い眼光でこちらを見下ろしている奥村とそんな奥村の様子に眉を下げる瀬戸。

「なっ、なんでも!ないから!」

今の場面を後輩に見られたのがよっぽど恥ずかしかったのか、相田はペッドボトルを凄まじい勢いで拾い集めてすぐさま立ち上がる。ひらりと揺れ動くスカートが視界の端に映った。バタバタと去っていく足音。俺は蹲み込んだまま、大きな息を吐き出す。

「余裕ですね」

……どうやら奥村が俺に対して対抗心を燃やしているのは入部当初ーーなんだったら同室になった初日から気づいていたけれど、哲さんともまた違うオーラを纏う(普通に考えてオーラってなんだって思うけどな)その姿を見上げて、また溜息。

「別に余裕なんてねぇって」

そんな独り言を、ぽつりと呟いた。相田の手の甲に触れた指先が、まだ熱い。



▼▼▼


「なんかソワソワしてない?」

午後練の合間に三回は言われたその言葉。私は「なんでもないよ」って誤魔化したけど、幸子も唯もきっと何かあるなと勘づいていたんだと思う。いつものようにマネージャー陣でさあ帰るかってなった時に私が食堂の方をチラリと見たことを目敏く指摘された。

「誰かと一緒に帰んの?」
「…いや〜」
「悪い、遅くなった」

なんだったらこのままみんなと帰ろうかなとさえ思っていたのに、なんとまあタイミングのいい主将だろう。夕食を食べ終わったらしい御幸が食堂から出てきて団子になっていた私たちに声を掛けた。それだけでみんな色々と察したらしい。「じゃあ後はお若いおふたりで!」なんて見合いの仲人よろしく私と御幸を置いて五人でさっさと寮の敷地を出て行く。は、薄情もの〜〜〜っ!と心の中で悪態をつくけれど、約束したのは私だ。隣に立つ御幸を見上げれば、彼はその柔らかそうな髪の毛を掻いていた。

「…ごめん、なんか、練習の時間削って」
「俺が誘ったんだけど?」
「まあそうなんだけどさぁ…」

ーー正直、なんで御幸が駅まで送ってくれる気になったのか私には理解らない。冬ならまだしも、シーズン中は基本的にマネージャー陣だけで帰るのが通常で。いいのかキャプテン…とこっちが心配になってくる。要らぬ世話かもしれないけれど、やっぱり私は部員みんなに野球に専念してもらいたいって思うのだ。そんな部員に恋してるのは、矛盾してるのかもしれないけども…。
とはいえ送ってもらうことになってこうして御幸もそのつもりなのだからいつまでも突っ立っているわけにもいかない。なんとなく腑に落ちない気分で、御幸と並んで歩き出した。そして話すことと言えば、やっぱり野球の話だ。

「祥子の兄ちゃん元気?」
「元気、元気」

兄は青道のOBで、時折練習にも差し入れを持って顔を出しに来てくれることがあって御幸とも親しい。五歳上なので在校期間こそ被ってないけど、捕手同士話が合うんだろう。兄もまた御幸と同じく性格が悪い。なんて考えて思わず笑みが漏れた。

「なんだよ」
「え?」
「笑ってる」

指摘されて、ちょっと赤面。陽が落ちるのが遅くなって暗闇に紛れることのない表情。あー気をつけなくちゃな、と緩んだ自分の頬を指で摘む。そんな何気ない行動だったけれど、ふっと昼間の御幸の指の感触を思い出して、頬に集まる熱。

「忙しいやつだな〜」

赤面した顔も見られていたらしい。御幸が私を笑う。その笑顔は、一年生の時から見ていたそれとたいして変わらない。眼鏡のレンズ越しに下がる目尻。多分、私達同級生にしか見せない顔。それを見るとーーやっぱり好きだなって思うのだ。人がいないと案外素直に認めてしまえる、自分自身の恋心。私は恥ずかしくなって目を伏せた。二年以上履き潰したローファーの先を見つめる。

「…なぁ」

御幸の声が上から降ってくるけれど、やっぱり顔を上げることは出来ない。そのかわり、小さく「なに?」と下を向いたまま尋ねた。

「佐藤ってどんなやつ?」
「……佐藤?誰?」
「格好いいと噂のA組の佐藤くん」

その名前を聞いた瞬間、朝の会話を思い出した。格好いいという言葉は私が確かに口にしたもの。……聞かれてたのか、と驚いた。だけど今その話題を引っ張り出される心当たりはない。

「…別に、ただの、イケメンだよ。ちょっとチャラいけど」
「ふーん」
「なによ、急に」
「別に。サッカー部よりは野球部が好きなんだっけ?」

なんだか誘導尋問みたいだ。居心地が悪い。責められてるわけではないだろうけれど、その先に続く言葉が予想出来て胸が騒いだ。

「まあ…」
「で、白州が好み、と」
「だから!それは!例えで白州くんの名前を出しただけで…!!」

そこでようやく顔を上げて御幸の顔を見た。バチリ、と目が合う。まさかこっちを見下ろしているとは思わなくて、うっと息を呑んだ。……本当に、こいつは、顔がいい…なんて、わかりきったことを今更実感する。なんだろうなぁ。こうしたふとした瞬間に、嗚呼戻れないなって思うのだ。……恋のはじめ方がわからないって思ってたけど、案外とっくに始まっていたからこそ私はこうしてグダグダと悩んでいるのかもしれない。そんな風に思い知らされる。
御幸の穏やかな瞳が私の顔をジッと見つめた。真剣な表情。…この人は野球をしてる時もこんな顔をしてるんだろうか。そうやって投手と向き合ってるんだろうか。私には立ち入ることのできないグラウンドでそうしているんだろうか。そんな言葉が沸々と浮かび上がって、ーーそして。

「俺にしとけば」

そして、全部吹き飛ばされた。

「ッ、」
「………」
「………」
「………」
「………」
「…ナンカイッテクレマセンカネ」
「いやなんで片言なの」

しばらくの沈黙の後、御幸が変なイントネーションでそんなことを言うから思わず突っ込めば……なんだか可笑しくなってふたりしてプッと吹き出した。御幸も大概自分の言葉が普段の調子とかけ離れているとこを自覚しているらしい。まあそうであってくれ。気障な御幸はなんとも居心地が悪い。せめて昼間の一度だけで十分だよ。しょっちゅうやられたらそれこそ心臓に悪いから。

「……で、返事は?」
「………本気だったの?」

ひとしきり笑ってこっちは冗談で済ませようと思ったのに…案外相手は本気らしい。聞き返した言葉に「ひでぇな」と御幸が頭を掻く。…そもそも、なんで今日なんだろうか。考えても答えは出てこない。ずっとずっと平行線だった私たちの関係が一歩どころか大股で数歩進んでしまう日にしてはーーなんでもない平凡な日。だけど御幸が私のことをいつまでもいつまでもただジッと見つめてくるからーー結局私も観念して口を開くしかないのだ。

「…甲子園行ったらね」

だって私達には、恋とか愛とかよりも大事なことがあるでしょ。今度こそ肌寒いぐらいの空の下じゃなくて照りつける太陽の下であの地に立って欲しい。…まあそんなこと御幸は当然言われなくても理解しているんだろうね。

「そうだな」

しみじみと呟かれた言葉と共に、私の頭には温かな温もり。昼間感じたものよりも熱いそれ。肉刺だらけの掌。

そんな彼の手と私の手が繋がる未来。
今から、その瞬間がとても待ち遠しい。
そんな風に思うんだよ。

私はただ言葉にならない温かな気持ちを抱いて緩む口元を噛みしめるように、唇を噛んだのだった。




「青春を感じられる話」ということでリクエスト頂きました。御幸、夢主それぞれの立場のイメージソングを教えてもらったので折角なら、と両方の視点から。自分の気持ちを悟られたくなくて(でもめっちゃバレてる)好きな子には特に余計な一言を言ってしまう思春期の御幸が出来上がったわけですが、御幸書き慣れてなくてイメージと違っていたら本当に申し訳ないです…。色んなキャラを出せて個人的には書いてて楽しかったです。ダイヤはマネージャー陣がとっても可愛いですよね。特に幸子と唯ちゃんには「頑張れ!御幸に負けるな!」と応援しています(御幸をなんだと思っているんだ)。改めて優衣様、素敵なリクエストありがとうございました!