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 調理中は一分一秒だって惜しい。

「ねぇこのメインのソースちょっと味濃くない?」
「野郎連中用だから少し濃いくらいがちょうどいいんだ。レディたち用のソースには仕上げにレモンソースを混ぜてくれ」
「なるほど了解」
「付け合わせ、もう一品なにか作れるか?」
「任せて。スープ仕上がったよ」

 サンジは三品目のメイン料理の仕上げに取りかかり、私はスープの微調整を終えて付け合わせ用の野菜を冷蔵庫から取り出したところ。お互いの作業に集中しつつ、声だけで状況を把握しあう。美味しい料理が一品でも多く食卓に並ぶよう忙しなく動き回る。下準備にこだわり、味付けにこだわり、盛り付けにもこだわる。それはコックの性だ。

「サンジーー!! メシ!!!!」
「うるせェクソゴム!! 飯はまだっつってんだろ!大人しく待ってらんねェのか!」
「待てねェーー!!」
「じゃあ、前菜がてらスープでも飲んでて」
「ナマエさんきゅー!!」

 美味そう!! と涎を垂らしながらルフィがスープに鍋ごと食いつこうとするのでさすがにサンジの蹴りがキマった。派手なケンカだが、ぎゃいぎゃい言い合う二人が可笑しくてつい笑ってしまう。

「もう少しで付け合わせできるから待っててよルフィ」
「腹減ったんだよ〜……早くしてくれェ……」
「はいはい」
「ナマエもルフィを甘やかすなっての」

 料理を一番美味しくするのは人の笑い声だ。だからこの船の料理はきっとこの海で一番美味しい。


 つい数日前から私は麦わら海賊団の副料理長なのだ。




 私がこの船にきたのは、グランドラインのとある島でたまたまサンジと再会したからだ。

「「あ」」

 島の市場で食材を選んでいたらばったり。

「お前……ナマエか……?」
「うそ、サンジ……?」

 すらりと伸びた長い足、柔らかそうな眩しい金の髪、特徴的な面白ぐるぐる眉毛。
 数年越しの成長した身体や顔つきでも間違えることはなかった。それは向こうも同じだったらしく、驚きに満ちた顔はみるみるうちに笑顔に変わった。

「久しぶりじゃねェか! こんなとこで会うなんて!!」
「そっちこそ! 夢みたい!! 元気にしてた!?」

 興奮を抑えることもなく声を弾ませる。周りにいた通行人たちが急に上機嫌になった私たちを訝しげに見ていくがそんなの関係ない。

「市場にいるってことはまだ料理は続けてるんだろうな!?」
「もちろん! サンジこそ腕は鈍ってないでしょうね?」
「バカ言え! このおれを誰だと思ってんだ?」


「「オーナーゼフの弟子だぞ!!」」


 声を揃えてお互いを指差し、子供の頃と同じ無邪気さで笑った。



 私とサンジは共にバラティエで育ったコックだった。
 オーナーゼフから料理の技を盗み、切磋琢磨してきた。同い年だったこともあってすぐに打ち解けたが、お互いの負けず嫌いな性格がケンカも頻発させた。二人でレシピを研究し、失敗しては食材を無駄にしやがってとオーナーに怒鳴られ、それでもめげずに料理の道を極めた日々。

 サンジはオールブルーを、私は世界中の食材を調理することを。
 それぞれの胸に夢を抱いていた。


 13歳のとき、私はバラティエを出た。
 お客様としてバラティエに来店した商船にコックとして見込まれたのだ。当然サンジも誘われたが、強い眼差しでおれはここに残ると言って聞かなかった。
 バラティエを出る日、サンジを含めたバラティエの皆が見送りに甲板にきてくれた。みんなに別れを告げ、オーナーにはありったけの感謝を込めて頭を下げた。
 馴染みの包丁とフライパンに書き留めたレシピの束、私の荷物はそう多くなかったがどれにもサンジとの思い出が染み付いていた。

「私は先に行くけど、サンジも必ず来てね」

 返事はない。
 足元をじっと見つめ、まるで境界線が引かれているかのようにサンジは頑なにバラティエを出ようとしなかった。

「この先の海で待ってる」

 返事など要らなかった。
 パティやカルネたちの涙声を背中に聞きながら私は新たな船に乗り込んだ。


 それから色んな船に乗って島を渡ったり、様々な食材が手に入る交易都市に滞在したり、確かに苦労もあったがひとつとして夢を諦める理由にはならなかった。
 そして、偶然にもサンジと航路が交わり、陽気な船長に誘われるがまま海賊船のコックとなったのだ。
 麦わら海賊団は人数こそ多くないが、ルフィを始めとする食べさせ甲斐のある面々だ。彼らの腹を満たすことにコックの本能が燃えないわけがない。でも、バラティエを心から愛していた男が海に出た理由はきっとそれだけじゃない。
 サンジが水平線を見つめる時、その目は初めて私にオールブルーを語った時と同じ輝きを孕んでいる。




 付け合わせが完成した。
 手際よく皿に盛ってカウンターに出せば、サンジがルフィの手から守り抜きながらダイニングテーブルに並べてくれた。
 香りに誘われたクルーが概ね時間通りにダイニングルームへ集まってくる。並べられた料理を見て、ナミが今日も美味しそうねと笑った。
 ああ、きっとまた始まる。

「ンナミすわァ〜〜〜ん!! 美しい君のために愛情たっぷり込めたんだよォ〜〜〜!!」
「はいはい、サンジ君ありがと」
「ささ、ロビンちゃんもこちらへどうぞ。サンジ特製、麗しのロビンちゃんに捧ぐ愛のリゾットをご賞味ください」
「ふふ、楽しみね」

 身体をくねらせ、語尾にも目にも周囲にもハートを撒き散らし、鼻の下を伸ばしきったサンジがナミに跪く。かと思えば、ロビンが席に座ろうとしたのを見逃さず、言ってる内容こそだらしないが完璧な紳士的振る舞いですっと椅子を引いてエスコートしてみせる。ナミもロビンもそんなサンジに対して至って冷静だ。
 そりゃそうだ。

だってこれ、毎日やってる。

 サンジがまだチビナスだった頃はこんなに女の子にデレデレな姿は見たことがなかった。綺麗なお客様が来店すれば緊張気味に椅子を引いて席へ誘導したり、料理の説明をしたり、同い年から見ても年相応に可愛らしい反応だったと思う。
 離れていた数年の間に、サンジはすっかり超がつくほどの女好きになっていた。これもひとつの"年相応"な変化なのかもしれないが、幼馴染としてサンジのことはよく知っていると思っていただけに、彼のこの変わり様は内心複雑だった。
 私の心を複雑にする理由はもうひとつある。

「ナマエも突っ立ってないで座れよ。料理が冷めるぞ」
「……はぁい」

 平常運転。
 過去と再会してからの数日を含め、私にハートが飛んできたことは一度もない。
 各々いただきますと叫んで賑やかな食事が始まる。
 私は用意してあったソースを持ってダイニングテーブルへ向かう。メインの肉料理に味付け濃い目のソースを、別皿に盛られた肉にはレモンソースで後味をさっぱりさせたソースを垂らす。後者はサンジ曰く"レディたち用"なので皿の縁にも可愛らしくソースを添えた。
 そして、それはサンジの手によって華麗にさらわれ、歯の浮くような台詞と共にナミとロビンの前に運ばれる。
 私の目の前に残ったのは"野郎連中用"の肉。

レディたちとくくられた中に私は入っていない。
加えて扱いはどちらかと言えば男寄り。
そう、複雑だ、複雑なのだ。

「〜っはぁ!! ウソップ! チョッパー! ちょっと隣空けて!!」
「おお、なんだなんだ?」
「ナマエこれうめーな!おれ好きだ!」
「また作ってあげるねチョッパー!!」

 チョッパーの可愛らしい声がチビナスのサンジを思い出させる。押すなよ、と言いながらもお尻を浮かせて私のスペースを開けてくれるウソップは優しいお鼻さんだ。自棄気味にお肉へかじりつけば、ご飯がよく進む濃い目の味付けが美味しくて、やはり私は野郎連中寄りなのかなぁとちょっと心がしぼむ。

別にサンジにハートを飛ばしながら恭しくかしづいてほしいわけではない。
でも、女の子扱いもされないのは悔しいし寂しい。


だって私はサンジが好きなのだから。