ideal
「うわ、ねぇ見てあそこ、絶対告白」
「あ〜……?」
ずず、と啜ったパックジュースは憐れにもへこんだ。気だるそうに返事をしたエースが私が指差した先へ視線を向ける。
中庭、木陰、もじもじと俯く女子と照れたように頭を掻く男子。
「ありゃ間違いないねーな」
「ねー、青春っすわー」
見晴らしのいい屋上からはまぶしい青春の1ページすら丸見えだ。
昼休みの屋上、というシチュエーションもなかなか青春っぽいが、開放されたここには昼食を取ったり遊びに興じる生徒が集まっていて賑やかである。少女漫画にあるような二人きりの秘密の空間とは程遠い。
フェンスにもたれかかって空を仰げば、抜けるような青空が広がっている。
「いいねぇ、告白」
「ナマエの消しゴム無くしたのおれだ」
「違う、そういうんじゃない」
てか知ってるし。
ちげェのかーと私の隣に座り込んだエースが棒読みで笑う。ちゃんと後で弁償してよねと無造作に投げ出されたエースの長い足を爪先でつついた。
「ナマエはどういう告白が理想なんだ?」
「えー?エースが恋バナなんて珍しいね」
「たまにゃァ聞いてやるよ」
「上からだな、腹立つー」
スマホをいじりながらそんなことを言うエースも私同様、大概暇らしい。
理想の告白、理想の告白ねぇ、そうねぇ。
白い雲の縁を曖昧に視線でなぞりながら思案してみる。
「んーとね、放課後の教室とかベタでいいかなぁ」
「へー」
「こう、二人っきりの教室でさ、呼び出されるのもドキドキするけど、日直とかで一緒に居残りしてるシチュでも悪くない」
「ベッタベタじゃねーか」
「いいじゃんいいじゃん。それで、自然な感じで、ずっと好きだった、みたいなさー!」
真剣な眼差しを向ける空想の男子学生に、きゃー!とわざとらしく騒ぐ。
エースは聞いてきたくせに相変わらずスマホを見たまま、漫画の読みすぎだろ、と鼻で笑った。
「エースは今まででグッときた告白あった?」
「あ?」
「結構告白されてるの知ってるんだぞポートガス君」
「……うるせェな」
じろっと睨まれたがすぐに視線は地面に落ちた。ぐっときてたらとっくに付き合ってんだろ、と不貞腐れたような声とともに。
それもそうかと納得して、じゃあさと切り口を変える。
「エースの理想の告白は?」
スマホをいじるエースの手がぴたりと止まった。おもむろに私を見上げる。
「…………お前ちょっとしゃがめ」
「ん?」
エースの隣にすとんと腰をおろす。
耳を貸せという風にちょいちょいと手招かれ、私は大人しく少し体をエース側に傾けた。
大勢いる屋上で普通に話すのは恥ずかしいのか、そうかそうか。学年一の色男にもなかなかシャイなところがあるじゃないか。
エースの口元が私の片耳に寄せられ、彼の大きな手が他の雑音を遮るように優しくかざされる。
言葉を紡ごうと空気を軽く吸い込むエースの呼吸すら鮮明に聞こえる距離で。
「ナマエが、好き」
低い、男の子の、エースの声が、私の鼓膜を揺らした。
その短い文章を額面通りに理解した脳がぶわりと体中を熱くする。
間髪入れずにさらに言葉が続く。
「これに、私もって返されるのが、おれの理想の告白」
堪らず間抜けな声とともにエースへ振り返った。
にやりと笑ったずるい顔。でも、少し頬が赤い。
「い、いまの、」
「消しゴム買ってくる」
「ねぇちょっと!」
「ナマエの理想とかけ離れててごめんなあ」
思考も体も固まった私を置き去りにして、エースは立ち上がる。その声色には笑いが滲んでてあまり謝罪の意は感じられない。
私はエースの何倍も顔を赤くして、校内に続く扉へ数歩向かったその背中を呆然と眺める。すると彼がくるりと振り返った。真っ直ぐな黒い瞳が私を射抜く。
「どうしてもベタな方が好きならやりなおす」
「へ、」
「でも返事はあれじゃなきゃ嫌だ」
距離は遠いし、お喋りに興じる女子の声がノイズのように入ってくる。グラウンドからサッカー部の間延びしたホイッスルの音も聞こえるのに、エースの声は再び私へ鮮明に届いた。
よろしく、と口角をにやりと持ち上げて、エースは校内へ戻っていった。
昼休みが終わり、ふわふわと覚束ない足取りで教室に戻ったら、先に席についていたエースが「ちゃんと使いきれよな」と、購買で買ってきたであろう新品の消しゴムを放ってきた。
ケースの下に、想い人の名前を書いておくというなんともベタなジンクスをかけた消しゴムを。
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