残さずお食べ



 第n次、パンブーム到来。
 潜水とともに密室と化したポーラータング号内は焼き立てのパンの香りでいっぱいだった。

「今日は何パンだ?」
「ピザパン!この後もう一弾焼くからトッピング選べるよ。何がいい?」
「コーン!」
「チーズ!」
「照り焼きチキン!」
「マシュマロ!」
「生ハム!」
「焼いたら生じゃねェだろ〜!」

 ゲラゲラと腹を抱えるお揃いのつなぎの野郎どもの真ん中で、雑用兼戦闘員兼コックのナマエも笑っていた。
 連日パンが続けば、いくらパンが好きな輩でも不満が出そうなものだが、クルーたちを飽きさせないだけのバリエーションと手腕がナマエにはあった。甘い菓子パンやしょっぱい惣菜パン、食べ応えのある主食向きのパン、おやつ感覚で食べられる軽めのパン。手を変え品を変え、発酵の具合や小麦の配分を変えて試す過程はさながら実験。ナマエもその他クルーも大いに楽しんでいてブームは当分続きそうだ。
 この船の主であるトラファルガー・ローはパンが嫌いだ。でも、幾多の危険な航海をともに乗り越え、自分を慕って付いて来てくれるクルーたちのことは好きだ。そのクルーたちが楽しげに笑っている様子も好ましい、確かにそう思ってはいる。

「あ、キャプテン。おにぎり作ってありますよ」
「……中身は」
「鮭と高菜とおかかと、こっちが五目で、こっちが焼きタラコでー……」

 食堂にやってきたローに気付いたナマエがバラエティ豊かなおにぎりが乗った皿を差し出す。鮭おにぎりをひとつ取って頬張りつつ、ローは近くの空いた席に腰掛けた。
 ピザパンの具材リクエストはまだ続いているらしく、あれが美味かったからまた乗っけてほしいだの、これを組み合わせたら面白そうじゃないかだの、賑やかを通り越して騒がしい。その騒がしさの渦中に作り手であるナマエは当然ながら再び絡め取られる。
 じゃあこういうのは!?とリクエストに応じて提案するナマエを含め、やいのやいのと楽しそうな部下たちを眺め、ひとつふたつとおにぎりは着実にローの腹に収まっていく。

 パンの何がいいんだか。パサついて口の水分が持っていかれるし、あのもさもさとした食感はあまり好みでない。しかも腹持ちが悪くて、大食漢でないローですら数時間後には胃袋に空きを感じる。食糧難にでもならない限り、彼が進んでパンを食べることはないだろう。米があるならローは米を選ぶ。
 ローのパン嫌いはこのハートの海賊団では周知の事実。船内にパンブームが何度訪れようと、ローがパンを強要されることは決してない。ローとて自身の好物であるおにぎりを手抜きもせずに用意されれば特に文句はない。
 勝手にやってろ、と彼にとってはそれ以上でも以下でもないのだ。


***


 今日も今日とて、ポーラータング号ではパンが量産されていた。
 小腹が空いたローは、なにかつまめるものはないかと読みかけの本を放り出して食堂の扉を開いた。

「あーーーおれの鼻焦げてる!!」
「おれの!おれのは!?」
「ベポ安心して。ほら、ふんわりふかふか」
「案外ちゃんと焼けるもんだな」
「ごめん、ウニのは真っ黒だ」
「まじかよ……」

 オーブンの前が一段と騒がしい。香りからしてどうせまたパン、と分かっていつつも、盛り上がり方がいつにも増して熱心なクルーたちにローも興味が湧いた。

「なにしてんだ」
「あ!キャプテーン!見てくださいよ、おれパン!!」
「はあ?」

 シャチが嬉々としてパンが乗る天板を指差し、まだ熱いから危ないよ、とナマエにその手を払われる。帽子とサングラスと左右に無造作に跳ねた髪——天板を見やれば確かに“鼻が焦げた”シャチらしき特徴のパンが乗っかっていた。その隣にはレーズンで目と鼻を象られ、丸い耳がくっついた見慣れたクマのパン。
 クルーの特徴を捉えたパンがご丁寧におそらく人数分焼き上がっていた。

「……暇なのか、てめェら」
「今回は似顔絵パンです!ウニ以外は概ね成功ですよ!」

 市民から恐れられる海賊が、暇を持て余してパン作りとは。
 クルーたちの暇の潰し方に口を出すことなど滅多にないローでも、思わず呆れた声が出た。首謀者たるパンブーム火付け役のナマエが呑気に「じゃじゃーん!」と両手を広げるものだから、ため息が漏れるのも致し方ない。

「泣くなウニ!」
「どんまいウニ!」
「似てるじゃん!黒くてもさっとしてるとこ!」
「もさっと具合ならお前も同列だからなイッカク!!」

 各自、自分の似顔絵パンを皿に取り分け、出来栄えを見せあったり早速かじりついてみたりしている。
 この平和ボケを手っ取り早く一掃するために敵襲のひとつもくりゃいいのに。キッチンに向かい、自分でコーヒーを淹れながらローはそんなことを思っていた。

「キャプテン」
「…………」
「焼いたんです、キャプテンのパンも」

 ローの隣にひょっこりと現れたナマエが持つ皿には確かにローの似顔絵パンがあった。愛用の斑模様の入った帽子とピアスと髭と隈。
 食べろという催促ではないのは分かる。ただのお披露目だ。コーヒーをマグカップに注ぎ終えたローはキッチンカウンターにもたれかかって、そのパンを見下ろす。ナマエには丁度いい高さのカウンターもローには低すぎるようで、もたれかかると言うより腰掛けるに近い。キャプテンは脚が長いなあ、とナマエは改めて思った。

「おれはそんな顔か」
「えー、出来る限りイケメンに作りましたよ?」
「ちげェよ」

 ローがコーヒーを一口啜る。マグカップに口をつけたまま、長い指が静かにローパンの口元を指す。緩やかに弧を描いた、それ。
 ローだって笑うが、こんなににこやかではないと自負している。死の外科医と名がつく程度には、ローは界隈では特に物騒な男なのだ。
 ローの指摘にナマエはきょとんと瞬いた。そして、彼が何を言わんとしているかを理解して破顔した。

「キャプテン、結構こういう顔してますよ。私たちを見てる時とか」

 自覚ないんですか、とナマエは悪戯っぽく目を細める。

「……どうだかな。でも、お前のパンは似てると思うぜ」
「ほんとですか?」
「危機感がなさそうで能天気なとことか」
「うっわー、上げて落とすのやめてくださいよ」

 ローパンの隣にはナマエパンが並んでいる。
 ローは腰を屈めて、危機感がなさそうで能天気なその女に前触れなくキスを落とした。自分たちの似顔絵パンに夢中なクルーたちは誰もその瞬間を見ていない。ローはそれも計算済みだ。
 わざと小さくリップ音を立てて顔を離す。何が起こったのか理解できず立ち尽くすナマエをよそに、ローはナマエの手元からパンをひとつ取った。

「次はもっと間抜けな顔で作ったら似るんじゃねェか?今の顔に」

 コーヒーとパンを携え、ローはすたすたと食堂の扉へ向かって歩き出している。

「……キャプ、テン……いまっ、なにを……!?」
「試食?」

 くるりと振り向いたその口元には、ローパンとは似ても似つかぬ意地の悪い笑みが浮かんでいた。


 自室へ続く廊下で、ローはナマエの似顔絵パンを一口かじり、やはり米の方が美味いとしみじみ思うのであった。


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