Oh My Goat!
「ラブレター……」
自分宛の。エースからの。
自室の扉をぱたんと閉めて私の手に収まるそれをまじまじと見つめる。初めての代物だ。中に書かれている大まかな内容はその場で送り主からバラされた。
内容はラブ。ラブが書かれている。
エースから私への、ラブが。
どきどきと拍動する心臓を誤魔化すこともできず、手紙を注視したままなんとか椅子に腰掛ける。
思わずその場で開けようとしたくらい舞い上がっていたのに今はものすごく緊張している。だって、ラブ。
「家族愛とかっ、友情とかっ、ラブにもいっぱいあるしね!?」
脳裏に焼きついたエースの真剣な眼差しにこれ以上手汗をかかされないためにも、意を決して軽く糊留された封筒を開けた。
***
幼馴染からお便りが届いた翌日も変わりなく手紙は私を介してエースへ寄せられる。託される以上、無碍にするわけにもいかずその後も私は配達員の職を全うしていた。私はエースの手紙に未だ返事をしていない。登下校の道でも教室でも手紙を渡しに訪れるエースの部屋でも、鳩尾の辺りがもぞもぞと落ち着かなくてそそくさと逃げてしまっていた。
そんな私にエースはなにも言わない。返事を催促するでもなく、元通り話しかけてくるでもなく、ただ少し寂しげにエースも目を逸らすだけだ。
「は、はい。今日もきてるよ」
「………」
パステルカラーの手紙を数通、エースに手渡す。
自室のベッドを背もたれにしてスマホをいじっていた彼は、形のいい唇をきゅっと結んでその手紙たちを気だるそうに受けとった。
いつものように差出人を眺めはじめたエースを横目で確認して私はその場に正座した。うろうろと泳ぎそうになる目線を膝の上で握った拳に固定させて、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせる。
怪訝そうな視線を感じる。そりゃそうだ。ここ数日、手紙を渡したらとっとと部屋を出ていたくせに、今日は異様な緊張感を纏って居座っている。
何も言わない私を気にしながらも、エースが確認作業に戻った。そして、程なくして息を呑む気配がした。
「ーー……」
パリ、とたどたどしくも丁寧に糊留が剥がされる音。二つ折りにした便箋が広げられる音。指に力が入ったのか、少しだけ紙の擦れる音。
やけに聴覚が研ぎ澄まされていた。それなのに思考は、スカート握っちゃったから皺になるかも、なんて明後日の方向に彷徨う。
「ナマエ、これ……」
発火してるのではと勘違いするほどのぼせた頭で窺うように視線だけ上げると、目を見開いたエースが喉仏をごくりと上下させるのが見えた。
ああもうそんな目で見られたら緊張するじゃんか。でも、言え、言え、言え!
「わ、私も、エースが好きです、お付き合い、しましょう……!」
つっかえながらも何とか一息で言い終えた。数秒の沈黙も耐えられず、私はエースの反応も確認しないまま続けて口を開く。
「その、せっかく私が好きな方法で気持ちを伝えてくれたからっ、私も一応手紙として返事を書きたいなと思ったんだけど……い、言いたいことは直接言えって、言ってた、ので…………」
“ 好きです。付き合ってください。 ”
導入も締めもあったもんじゃない。要点だけが簡潔に書かれた、誤魔化しようのない、ド直球な、エースらしいラブレターだった。
でもこの2文に至るまでに、エースはたくさん悩んだんだろう。意外とロマンチストな性格だ。ともに過ごした歳月を振り返ってあれこれ書いてはみたものの、うまく文章がまとまらずに、結局極限まで削ることにしたんだろう。上背のある体を丸めて便箋を通して私に向き合う様を想像したら、堪らない気持ちになった。
“ 返事は直接伝えます。 ”
散々悩んだ手紙は、エースのものよりも短い、たった1文の手紙になってしまった。
……あれ、おかしいな。エースが何も言わないぞ。もしかして待たせすぎた?こんなに優柔不断なやつは無理、みたいな?もしそうだったら、どうしよう。
ぐるぐると渦巻きだした不安を、エースの細くて長くて深いため息が助長する。おそるおそる顔を上げたのに、エースの顔は彼の大きな両手で覆われてて見えなかった。
長い沈黙のあと、指の隙間から黒い瞳が覗いた。よかった、やっと目が合った、と喜んだのも束の間でエースが覆い被さるように抱きついてきた。
ギャ!という色気のない声を無視して、ぎゅうぎゅうと腕に力が込められていく。生命の危機を感じてエースの背中を必死にタップすると、ようやくほんの少し緩んだ。
「よかったァ……おれはてっきり…………」
「返事が遅くなって、誠に申し訳ありません………」
「分かりやすく避けるくせに、手紙だけは相変わらず受けとってきやがるし……」
「そ、そうだね、不安になる要素しかなかったね……ごめん……」
思った以上に可哀想なことをしていた。お詫びの意味を込めて慰めるようにエースの背をさすると、甘える猫のようにぐりぐりと肩口にエースが擦り寄る。
でっかい体だなあ。小さい頃から一緒にいると麻痺するけど、もう“男の子”じゃなくて“男性”の体躯だ。
「……もう手紙預かってくんなよ、断れよ」
「えっ?う、うーん、それは……難しい、かもな〜……」
「は?」
低い声も成長した証、と片付けたいところだがこれは明らかに棘を孕んでいる。すぐさま継いで出た「なんでだよ」の声はさらに分かりやすく不機嫌そうだ。
さっきまでの甘えた子猫チャンはどこいった。いや子猫は言い過ぎだけど。
「私、エースと付き合うことになったので、もう手紙の取次は致しません! ……なんてエースに好意を寄せる女の子に言える?言えなくない?私は平和に学生生活を送りたい」
「………」
エースの眉間に寄る皺を怖いなと思ったことはあるが、かっこいいと思うのは生まれて初めてだ。ラブの力はすごいんだなあ。いやでもやっぱり今はちょっと怖いな、ウン。
いくら凄まれても残念ながら被害妄想ではないのだ。嫉妬に狂う女は恐ろしいのだ。
ーーアンタちゃんとエース君に手紙渡したのよね!?なんで返事がこないわけ!?
クラスのマドンナと言われる女の子とその取り巻き、怖かったなあ。忘れもしない中学生の頃のあの昼休みの非常階段横。私はいわゆるお呼び出しをくらった。
手紙を渡す約束をしても読ませる約束はしてない。読むか読まないかはエースの自由だ。そう反論しかけて口をつぐんだ。私が言い返したら今度はエースが詰られるかもしれない。逡巡して、視線を落とす。
ーー実は昨日、手紙渡し忘……
私の言葉を遮るように私とクラスのマドンナの間に割って入ってきたのはエースだった。息を切らして現れたエースにキッと睨みつけられたら私なら怯んでしまいそうなのに、マドンナは嬉しそうにエース君!と顔を輝かせていた。
ーー明日、この時間に集合!
集合ってあんた。部活じゃあるまいし。
それでもマドンナにとっては意中の男子からの呼び出しの約束に変わりなく、彼女は可愛いと評判の笑顔を惜しみなく溢れさせた。エースに腕を引っ掴まれて私は退場した。
翌日の午後、マドンナを5秒でフりやがったと嫉妬に狂う男子にベッドロックをキメられるエースを見た。
中学であれなのに、より大人びた女子高生の嫉妬なんてもっと怖いかもしれない。日の下を歩ける生活がしたい。同じ出来事を思い出しているのかは分からないが、エースもなにか思案している。
そして、伏せがちになっていた瞼をぱちりと持ち上げた。
「じゃあ手紙を書く」
昇降口横に設置されている校内掲示板に人だかりができていた。
“ 皆々様 2年D組ポートガス・D・エースは同クラスのナマエさんとお付き合いいたしますので今後手紙などを持ってこないようお願いします。以後よろしく。 2年D組ポートガス・D・エース ”
朝一番でこの怪文書を貼り付けた男を一刻も早くぶん殴るため、私は2年D組の教室へ駆け出した。
Oh My Goat!
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