SSおきば
※:性的描写あり17.02.09
マゴ×おにいさん ※if
相容れない話
どんな道を辿ろうとも、最終的に同じ場所へ落ちてしまうのだろうという予感はしていた。出会った時と比べると幾分か血行の良い顔色に回復しつつある彼は無意識に沈めていた感情を少しずつ言葉や表情へと出せるようになり、今では店の看板娘と楽しそうに話をしながら手伝える程活発に行動が出来るようになっていた。共に生活する中で、数年前までの記憶がない中で酷い仕打ちを受けながら生活を送っていた事、自分が今まで何をしてどうしてこの街にいるのかも未だ分からない事、胸のうちが不安と恐怖で埋め尽くされたままに日の当たらない暗い部屋の中で過ごしていた事など、決して人には言えないような衝撃的な話を彼は拙いながらも時間を掛けながら少しずつ話してくれた。想像を絶する程の、聞いているだけでもあまりに辛い出来事が彼に降りかかっていた事を知り、軋むような胸の痛みに思わず細い体を引き寄せては涙を流しながら抱き締めた事もあった。突然、腕の中に閉じ込められた彼が不思議そうに見上げては視線がぶつかったと同時に映った諦めにも近い濁った青色の瞳が、今でもまだ忘れる事は出来ない。
「ごめん、なさい」
初めて出会った日から、早いもので数ヶ月が経過しようとしている。体中に散りばめられていた切り傷や痣、紫斑の痕は完全にとは言えないものの少しずつ薄れており、痩せ細り少なすぎていた体重も標準へと近付いているようにも思えた。変わらないのは、髪の中に混じる誰とも分からない多数混じり合っているインクで、こればかりは時間を掛けて自然に抜けお落ちるのを待つ以外に方法はない。
彼自身、体の傷跡よりも色濃く残る名前も知らない存在のインクが、自身が受けてきた全てを忘れるなとでも言うように無言にも訴えているように見えた。
「汚くて、みすぼらしい、です、ね」
「…そんな事はない」
「全部、同じ色で塗り潰せてしまえたら、少しは、マシに見えますか?」
「ヒナタくん…?」
「…っ! あ、いえ、その…なんでも、ない、です」
びくりと震わせた体をすぐさま布団の中へと頭から潜り込ませ、静かに深い呼吸をし始めた事を確認しては居間の電気を消した。真っ暗闇の中で一人、薄く微かに見える木目の天井を見詰めながら受け取った言葉の一つ一つを頭の中で思い返すように浮かべていく。ほとんど変わらない表情の中でもぱっと明るさの灯火、しかし不安げな様子が拭えずに眉を顰め目を細めて視線を落とす、そして何かを後悔しているかのような悲しみを帯びる涙の粒がぽろりとその瞳から零れ落ちる。
(そっと指先で触れただけで、全てが壊れてしまいそうなその脆さに怯えている自分が、酷く情けない)
大切な存在だと実感すればする程、何も出来なくなってゆく臆病な自分が嫌だった。心のどこかで声にならない声の叫びが救いを求めている事に気付いていないはずもなく、救いの手を伸ばせずに全てを受け止める勇気が今の自分にはなかった。躊躇している時間などありはしないのに。
次の日の夕方。彼の髪に混じるインクを見てからかっているボーイ二人組が休憩所でうるさくげらげらと声をあげて笑っていた。居ても立っても居られず、人をからかうような言動は控えて欲しいと注意喚起をしたものの、伝えたところで素直に応じるはずもなく、碌に謝ろうともしないまま二度と来るかと捨て台詞を吐きながら店を出て行った。途中、危うく暴力沙汰になるかと冷や冷やしたものの、タイミング良く店へとやってきた幼馴染とその恋人であるボーイのマサキくんが上手い事彼らを追い払ってくれたので、特に怪我をする訳でもなく無事にその場を収める事が出来た。
「マゴさっ、け、ケガ、してません、か」
「俺は平気だよ。それより、さっき髪を引っ張られていただろう。見せてごらん、傷が付いているかも知れない」
風呂に入ってくると脱衣所へ向かった二人の背中を見送った後、ふるふると首を振る彼の腕を掴んでは居間へと連れてゆき、看板娘に持ってきてもらった救急箱を受け取っては座布団の上へと座らせ、自身も彼の後ろへ腰を下ろし膝立ちになる。ちょうど頭の上から見下ろすような形でそっと一つに纏められた髪に触れ、その付け根を覗くように少しだけ寄せてみると、切り傷はないものの想像していた通り赤く鬱血した痕が残っていた。
「くそ…力任せに引っ張ったのか、あいつら」
「あ、の…平気です。だから、もう」
「待って、今から薬を塗るから」
「い、いいです。こんなの、いつもの事…っ、い、つ」
チューブ型の軟膏を指先に絞り出し、青みがかった緑の髪に浮かぶ赤に優しく塗り付ける。やはり痛むのか、ぴくりと体を震わせる彼が歯を食いしばるように耐え、終わったよと一言伝えるとようやく安心したのか、力の入っていた肩がふっと降りてゆき、小さく吐かれたため息が流れるように足元へと滑り落ちていった。
「…今日は、もうゆっくりおやすみ。後は俺とリンでなんとかす…」
「マゴ、さん」
「…ヒナタくん?」
浮かない表情のままその場に動けなくなっている彼を心配に思いながら、立ち上がり箪笥の中へと救急箱を片付けていたその時。彼に向けていた背を包むように腰へと回された腕と、ハラシロラグランに皺が出来る程に力強く、しかし微かに震えを帯びながら掴んでいた手へ咄嗟に自身の手を無意識にも重ね合わせていた。
「ごめん、なさい」
「…何が」
「……もう、いや、です。だから、ごめんなさいっ…!」
額を押し付けるように背に身を預け、息の詰まるような濁声で振り絞る苦しそうな声が胸の奥にある何かを深く刻んだ気がした。
知らない間に期待していたのかも知れない。そんな事はあってはならないと決めていたのに、心のどこかではそうであって欲しいと願っていたのかも知れない。だからこそ、傷付く心とは正反対にどこか安心している自分が確かにそこにいた。
「…そう、か。そう、だね」
声に出した言葉が想像していたよりも黒く染まっていて、こうなる事を望んでいたのにも関わらず未練がましい自身に思わず溜息を吐きそうになった。
自分の気持ちに素直になる事さえ出来ない、離れたくないと願う事も訴える事も、ましてや伝える事さえ自分には出来ない。出来ない事が彼の為だと信じてしまった、もう後には戻れない罪を償う方法は今もこれからもきっと分からないままに今日もまた眠れない夜が更けていった。
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