SSおきば

※:性的描写あり

20.04.27

相方くん×おにいさん
当たって砕けた話
 何処が好きか、と聞かれてつい口籠るのは決して思い浮かばないからという訳ではない。彼との記憶の中で見える相方の良さは誰よりも理解しているつもりであったし、だからこそ今の自分の感情が構築されていると言っても過言ではない。しかしそれでも唐突に他の誰かに問われると上手く言葉が出ないもので、慌てふためく様子に察せられたのか、小さく溜息を吐きながら向かいのソファに座る友人にやれやれと肩を落とされたのだった。
 時は昼時。一人散歩がてら街へ出るとその道中で出会ったのはたまたま買い出しに出ていたマゴさんで、せっかくだから喫茶店でお茶を飲もうという話になった(勿論、ダビデさんとは無関係の店である)。機嫌がいいのか飲み物を奢るからと誘われ、悪いとは思いつつもたまには甘えてもいいかと二つ返事で了承をして現在に至る。初めは他愛の無い世間話をしていたはずが一転、何故だか話は相方の話題へと変わり、根掘り葉掘りという程ではないものの、最近どうなのやら調子はいいのかやら答えにくい質問を次々と投げつけられている次第である。

「だってこういう時じゃないとなかなか聞けないし」

 何をそこまで気になる要素があるのだろうかと疑問を抱くも、自身に彼の口を止める術など知らず、なんとかのらりくらりとかわしていたその中で一つだけふと耳に落ちた、ある問いが頭の中に染み付いていつまでも離れなかった。

「ヒナタくんはさ、彼のどんなところに惹かれたんだい?」

 恐らく、深い意味は何もないのだと思う。偶然にも相方が数年前から通っている銭湯の店主でもある彼は、今よりも遥かに若い姿の相方の事をよく知っていた。特別交流が多かった訳ではないという。しかしそれでも事実を知った時は羨ましさだけで収まらず、少なくとも嫉妬はしていたのだと思う。お互いに思い合う人がいると知った今となっては、同性同士で関係を作っているという意味で彼は理解者であり、経験豊富な年上故にとても頼りになる友人でもあった。そんな彼から藪から棒に質問を突きつけられ、咄嗟に口を開くも思うように言葉は出せずにいる。

「あの、その…」
「…ごめんよ、ちょっと調子に乗り過ぎちゃった。こんなおじさんと恋話なんて、つまらないよね」
「い、いえ。すみません、単に俺がこういう話するの下手なだけで…あ、でも! えと…」
「あはは。大丈夫、分かってるよ」

 君は本当に、マサキくんの事が好きだよね。にこにこと優しい笑顔を掲げながらそう零すマゴさんはそれ以上追求する事もなく、その柔らかな温もりに呆然と目を丸くしているうちにテーブルの上へお札を二枚滑らせ、用事を思い出したと先に席を外しては止める間もなくその細い背中は店の外へと消えていく。そして目の前に残ったのはコーヒーカップから細く昇る白、その根が生える黒に映った、困惑を隠せずにいる自身の顔が静かにゆらゆらと揺れていた。

***

「普段考えない事を考えると、何かと疲れちゃうよね」

 それはつまり、今までが脳味噌を使わなさすぎていただけという事なのだろうか。否、苦笑する幼馴染が溢したその言葉をこれ以上深く考えるのは良くない、即座にそう思い直し思考を透明化しようと首を振っては後ろ向きな考えを四方へ吹き飛ばした。
 幼い頃から付き合いのある彼女とは、今でもこうして新しく出来たスイーツの店へと出向いては二人で食事をする機会がある。勿論後ろめたいような気持ちなどはあらず、物心付いた頃には既に肉親がほとんどいなかった自分と親しくしてくれていた彼女は、自分にとって家族という感覚の方がしっくり馴染んでしまっている。と言えど、まさかこのような形で密かな悩みを打ち明ける日がやってくるとは思いもしなかったのだ。

「考えてない、っていうか…言葉に表した事がない、というか…」
「…ヒナタ。いくら恋人だからって、きちんと言わないと伝わらない事だってあるんだよ」
「そりゃまあ、分かってるけどさぁ…」

 小さく溜息を吐きながら顔よりも大きなパフェにいくつも積まれたアイスクリームをスプーンで掬う幼馴染、ケイのその言葉に改めて今まで禄に自身の気持ちを整理していなかったツケが回ってきている現実を目の当たりにした気がした。
 会話の中心となっている相方も口数が多い方ではない。極端な話ではあるものの寧ろ少ないくらいで、生活上必要最低限の会話のみで成り立っていると思える程に物静かではある。しかし、恋人に対しては意外にも積極的で二人きりの時にそっと手を繋いだり、体を引き寄せては耳元で名前を呼んだり、好きだと短くもその三文字に熱を込める彼に幾度と無く翻弄されてきたのは確かで。その一方、自分はというと思い出す限りでは禄に返事をした覚えはなく、つい照れ臭さが先行して蔑ろにしてしまう故に後悔先に立たずという状態が続いていた。

「そんな事言ってると、いつかマサキくんに愛想つかされちゃうんだから」
「うう、それは言わない約束…」
「分かってるなら今すぐ帰ってすぐ伝える。うじうじ悩んでても何も変わらないし」
「は!? そ、そそそそんなの、無理だって!」

 とっくに空になったパフェのグラスの縁に付いたクリームをスプーンの先で弄っていた最中に突然宿題を押し付けられ、思わずびくりと体を震わせ首を振るもそれ以降ケイが素直に頷く事はなかった。
 好きだと一言告げるくらいなら少し頑張ればいくら自分とて出来る。しかしただそれを言えばいいという単純な話ではない事くらいは理解していて、それこそ口先だけではない、自身の気持ちをきちんと表現して伝えるのは一番大切な部分でもある。気持ちの問題だと言われればそうなのかも知れない、けれどもこんな自分に対して一途に想いを寄せてくれる相方に贈りたいと思う言葉は確かに存在して、後は覚悟を決めて照れ臭さを振り払えばいいだけの単純な話でもある。

「難しく考えちゃダメ。ヒナタが素直に感じて思ってる事を話せば良いんだから…なんて、私が言えるようなものでもないけどね」

 えへへ、と薄く頬を褒めながら白く立ち昇る湯気に顔を隠す幼馴染に苦笑して、ふと彼女の恋人でもある相方の実姉の存在を思い出す。姉弟揃って背が高く口数が少ない二人は会う度にしっかり血が繋がっているなと実感する程によく似ている。それを本人達に言うと必ず不満げな顔をするだけに留まらず、特に姉の方は下手に出ると心臓に直接突き刺さるような言葉で反撃してくる為未だに少しばかり苦手意識が片隅に残っていた。それでも彼女の話をする時の幼馴染の表情はとても明るく、愛おしそうな声色が自然と溢れ、赤面症であると自ら嘆いていたのが嘘のように自分ではない人物の事を話してくれる辺り、他人には見せない顔がきっと存在するのだろうと少なからず思った。元よりあの相方の姉である事からそれは分かっていたけれど。
 その後も何気ない話をした後に夕方から用事があるとケイが言い出したので、ここは奢らせて欲しいと謝礼のつもりで一方的に会計を済ませ、申し訳なさそうに目を伏せる彼女に今度飯を奢ってくれと頼めば、食べ放題のところで頼むねと返されてしまい堪らず二人で声を上げて笑った。
 彼女と別れて再び一人になった後は特に予定もなく、かと言って手持ちもなかったので素直に帰路を辿った。今日は買い物に行くと言って家を出てきたので、今頃三人でゆっくりと昼下がりを過ごしている事だろうと思い、お土産の一つでも買って帰ろうかと何度か足を運んだ事のある洋菓子店へと向かった時だった。

「あ、れ…ヒカルさん?」
「おっ、意外な所で会ったな。お久しぶり」

 様々なケーキが並ぶショーケースの前で一人蹲り、うんうんと唸りながら頭を悩ませているエプロン姿のそのボーイはよく相方と共に訪れる居酒屋の店主で、その見知った顔に思わず声を掛けた。どうやら奥さんへのお土産を選んでいたらしく、その隣りにしゃがみ込んでは分厚いガラスの向こう側を二人で眺める。ショートケーキやモンブラン、チョコレートケーキにチーズケーキといった定番から少し珍しい期間限定のものまで多種多様な品揃えに目移りするのも無理はない。見た目の装飾による美しさだけでなく、勿論味も保証されている為に尚更質が悪いのだ。

「…コウさん、どんなケーキが好きなんですか?」
「何でも食うっちゃ食うんだけど、なんかこう…一番喜んでもらえるの何だろうなって考えるとさ、意外と決められないもんで」
「あはは。なんとなく分かります、それ」
「ほんとはこういう感謝の気持ちとか、物じゃなくて直接伝えた方がいいんだろうけど…付き合いが長けりゃ長い程、なかなか素直になれなくてよ」

 普段は店の経営補助に家事育児、自身も勿論店主という立場ではあるものの、考えてた以上に増えていった負担にも負けず日々頑張っているという奥さんに労ってもらいたいという気持ちがいつしか仕入れのついでにケーキを買って帰るという形に落ち着いたようで。しかし真面目な彼はそれで満足出来ず、かといって他にどうすればいいのか分からずにもやもやとした気持ちを抱えたまま日々を過ごしている、と重い溜息を吐きながらそんな愚痴をぽろりと溢していた。そんな話を聞いている中、今まさに自分も同じ悩みを抱えている事をふと思い出して、今日が何かの記念日や誕生日でもなかったけれど、なんとなく自分も相方の好きそうなケーキを一つ選んでみようと決めた、その時だった。あの近寄りがたい雰囲気を纏いつつも慣れた手付きで家事を熟す姿や、洋食よりも和食を好むところ、口数は少なくとも抱いている気持ちの熱さや優しさが時より垣間見えるところ、そしてチビッ子や自身の事を真っ直ぐに見詰めては限りない愛情を注いでくれる柔らかな表情がふと思い浮かび、途端にぶわりと頬が熱くなっていくのを感じた。

「は、ぁ…。参ったな、くそ…」
「いやほんと、参った。どれにしよっかな」

 つい数時間前まで考えても考えても言葉に表せなかった自分は一体何処へ行ってしまったのだろう。相方である彼を思い、彼自身の好きなもの、普段の仕草、声、触れた時の温かさ、そして何気ない日常の中で切り取った表情を思い出す度に自分自身が向ける相方への気持ちは溢れんばかりのものだった。今なら言える、きっと最後まで伝えきれる。そう思い、未だ悩み続けているヒカルさんに今回はイチゴのショートケーキで行きましょうと一言だけ告げ、突然のリクエストに驚いている彼を他所に感謝の言葉を投げつけては店の外へと飛び出した。西日が次第に傾き始め、空一帯は早くも夕焼け色に染まりつつある。今頃夕飯を作っている頃だろうと想像しただけで腹の虫が騒ぎそうになり、今はただひたすらに会いたくて堪らなくなってしまった相方の元へと向かうべく、すっかりケーキを購入するのを忘れたまま早足で帰路を辿ったのであった。

***

 帰ってきたかと思った早々、浴びせられた言葉は如何にも彼らしくない賞賛の雨に等しかった。吐き出さねば今にも溜まりに溜まったものが体中を突き破り、勢い余って余計な事まで話してしまうのではないかというくらいに今日の彼はくだを巻いている。雨ならば降りかかる程度で済む。しかし、言葉に込められた強さはまるで注射針のように太く長い。その針先がいくつも背中に突き刺さっては、自身の胸の奥を掻き回していくものだから非常に質が悪かった。それでも普段は照れ臭さに負けてか滅多に聞けない気持ちを、彼自身が一心不乱にも伝えようとしてくれた事に関しては素直に嬉しかった。

(さすがに不意打ちすぎて気が狂ったのかとは思ったが)

 丁度リビングに炊飯器のアラームが高らかに響いたつい数分前。玄関の扉が開く音を耳にして、外をフラフラしていつまで経っても帰ってこなかった最後の一人がようやく帰宅したのだと気付き、ぬるくなったかきたま汁の鍋に火を掛ける。律儀に手洗いとうがいを済ませ、ただいまと一言溢しながらリビングへと足を踏み入れた相方はおどおどとどこか煮え切らない雰囲気を纏っていて、思わず気になってどうかしたのかと声を掛けてみればこのザマである。

「えと、あの…いつも、ありがとう」
「あ?」
「オマエだって忙しいのに家事とかあいつらの事とか、いつも考えてくれて」
「…急にどう、」
「それで、その、俺なんかの事も…好きに、なってくれて」
「おい、少し落ち着」
「この幸せを当たり前に思っちゃだめだと思うし! だから、えと…俺、オマエに全部伝えたくて、あっ、あと! 飯とか、いつも美味い! 最高! 感謝してもしきれないというか」
「ヒナタ」

 人の話を聞く余裕さえないマシンガンの如く放たれた弾のエイムは果てしなく狙いが定まっておらず、正直何を言われているのかさっぱり理解出来ない。 しかし、困ったように眉尻を下げながら照れ臭そうに俯く彼から羅列された言葉は半端な気持ちから来ているものではなく、恐らく胸の奥に顰めていた至って真剣な気持ちを必死に訴えているのだと気付いた直後、聞こえないくらい小さな溜息を吐きながらそっとその身を引き寄せたのだった。

「あっ、う、おぉっ。急に、何…」
「それをオマエが言うか」
「い、いや、だってさぁ…」

 腕の中でもぞもぞと埋めた顔、未だ火照ったままの耳を見下ろして苦笑してはそっと頭を撫で、今更恥ずかしがっている相方を見下ろしては堪らず抱き締める腕に力が籠る。
 幼い頃、相方があまり恵まれない環境の中で日々を過ごしていたのは知っていた。不遇な出来事や思い出したくない過去があの笑顔の裏に潜んでいる事、負った傷のあまりの深さにごく最近まで本人さえもその記憶を忘れていた事も。しかし、だからという理由だけではない、今となっては相方でもある彼の瞳の中の海色と初めて視線をぶつけ合ったあの日から、きっと自分の運命は決まっていた。そんな自身の気持ちを受け入れてくれた相方も初めの頃は気恥ずかしいのか、暫く手を繋ぐ事さえままならず恋人らしい事をするなど以ての外だったけれど、今となってはこうして一生懸命に恋人の事を考えて行動をしてくれるまでになった彼を目の前にして、止めどなく溢れる愛おしさと共にその言葉は自然と外へと零れていた。

「…愛してる」
「っ、さ、サキ…」
「俺だって、伝えられる時に伝えたいと思ってる。それが今だっただけだ」
「ちゃっかり便乗するなんてずるいぞっ」
「何とでも言え」

 熱を込めたつもりで伝えた言葉はどうやら掠り傷程度の効き目で終わってしまったようで、不満げに頬を膨らませながらようやく顔を上げた相方に間髪を入れずに顔を寄せては奪うように唇を押し付けた。

「んっ」
「…誰の差し金かは知らないが、それなりに良いものを見れた。さて、メシにするぞ」
「何だよそれ、ムードもクソもないやつ!」

 そっと拘束を解き肉付きの良い体を放して夕飯の準備に取り掛かる。その切替の早さにすっかり機嫌を損ねてしまった相方はリビングのソファーにどかりと座ると最早日課でもある携帯ゲーム機を両手で握り締めていた。しかし幸か不幸か、否普段の行いが功を奏したか、なんと今日の夕飯の献立は彼の好きな炒飯と餃子であるのだ。戦況は至って優位のまま、勝利は目に見えている。

(といえど何事も油断は禁物だな。そもそも、俺がコイツに勝てた事なんて一度もないのだから)

 我慢の出来ない子供達はとっくに夕飯を終えて今は二人仲良く風呂に入っている。山のように盛った炒飯を大き目のラップに包んで電子レンジに突っ込み、フライパンに乗せたままだった残りの餃子(と言っても常人からすれば二、三人前の量)を火にかける。次第に相方の鼻に掠めたらしい香ばしい匂い、カウンターを挟んだ先のリビングから聞こえる、すっかり機嫌を直したらしい陽気な鼻歌に小さく苦笑を漏らしながら、そう遠くない未来に見えるはずの満足気な笑顔を楽しみにそっと目を細めた。



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