SSおきば

※:性的描写あり

20.03.15

241×061
こそばゆい話
今日のkbnzのお題は【うるさい心臓を抑え込む】です。

 布越しに触れた指先の温もりがじんわりと侵食する度に瞼が重くなる程の熱を帯びる。最早ここまでくると病気なのではないかと思える自身に呆れつつも、正直な体と心はそれを拒む事も出来ず、今日もまた機嫌の良さそうに歩幅を合わせて隣りを歩いているキバナを見上げて小さく溜息を吐いた。
 ある一夜を境に所謂そういう関係になってからというものの、それから彼を変に意識してしまうようになってしまい、自然に接してきたはずの過去の自分さえ全く思い出せない始末でこのような形で自覚した気持ちに翻弄されてしまう事が悔しくて堪らなかった。

「この間さ、仕事中だったんだけど居ても立ってもいられなくて。結局、配信された直後にスマホでこっそり一人でネズの新曲聴いちゃった」
「おまえね、そんな事してジムトレーナーにだけは迷惑掛けないでくださいよ」

 苦笑しながら分かっているよと溢した彼の左耳、そして二人を結ぶように右耳へと一つずつ嵌められた小さなイヤホンのコードが一つになった先に繋げられたのはキバナのスマホロトムで、ヒールを履いているとはいえ身長に差がある事から自然と体は密着し、そっと頭を傾けてくるキバナの優しさが気恥ずかしくてつんつんと肘を打った。
 先程から延々と流れているのは最近世の中に出回り始めたばかりの新しいシングル曲であったが、さすがにプライベートで自身の歌声を聴きたくなる程ナルシストではなく、それでもどうしても二人で聴きたいと一点張りをされ仕方なく三曲目のオフボーカルを流す事で許可を下ろした。日が落ちかけた時間帯のせいか街中を歩いていても人気はあまりなく、それでも自然と影が濃く暗い細道へ足が向き六番道路入り口近くの古びた階段に二人で腰を下ろした。

「寒くないか?」
「平気です」

 冬も終わろうとしている季節の今、上着にコートを羽織っていてもさすがに夕刻時になると肌寒さは感じる。それでも奥底から沸き立つ熱は相変わらず収まる事を知らず、頭の中に響く心臓の音が煩わしくて自分でも気付かないまま静かに脳に刻まれている歌を口ずさんでいた。
 我ながら女々しくあまりに露骨な曲を作ったと思う。それでも溢れて止まる事を知らないこの気持ちを何処かに吐き出さずにはいられなかった。アーティストとして当たり前の感情とも言える。己がこの体全身で感じたものを言葉として表現し、曲に並べ、声を映していく。仕上がった時のぞくぞくと痺れるような充足感は今も忘れていない。それ程に納得のいく完成度だったのだ。しかし後日、改めて作品を見返してみて吐きたくなる程の陳腐な甘い歌詞の羅列に思わず頭を抱えた。こんなにも毒された挙句曲作りにここまで影響を及ぼしてしまうとは夢にも思わなかったのだ。それでも結局、不満はあれど曲そのものとしては納得の出来栄えであった為、少々気乗りはせずとも試しにリリースしてみればあれよあれよというままに自身のヒット曲の一つとなってしまったものだから居た堪れない。

「…へへ。やっぱり好きだわ、この曲」
「そいつはどうも」
「目の前で生歌聴けるオレさま、前世でどれだけすごい事を成し得ちまったんだろうなぁ」
「毎日便所の掃除でもしてたんじゃねぇですか」

 ひっでぇ、なんて言葉とは裏腹にげらげらと腹を抱えて笑うキバナのくしゃりと崩れた笑顔につられて思わず口角を上げる。いつの間にか腰に回った左腕、そして空いた右手がそっと頬を撫でたかと思えば、流れるように顔を寄せ文句一つ吐き出す前に柔らかな唇が重なった。煩い鼓動、この時ばかりは耳の良い自分を恨みたくなる。ようやく落ち着いてきたと思った熱も頬を赤く染め、音だけでもばれないでくれと心の中で祈りながらセーターの胸元をくしゃりと握り締めたのだった。



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