SSおきば

※:性的描写あり

21.06.04

破天荒×ヘッポコ丸
天邪鬼の話
 珍しい事もあるもんだ、と思った。後から考えてみれば、余程機嫌が良かったのだろう。いつも周りをそっちのけで大暴れしている首領パッチに構ってもらえて、その上旅の途中で相まみえた敵との戦いで共にハジケる事が出来たものだから彼にとってもこの上ない光栄であったに違いない。
 その日の夕方は奇しくも宿が取れず、仕方がなしに野宿となった為に本日の食事当番である自分は一人街へと買い出しに出かけていた。何せ人数がそれなりに多い上、大食漢ばかりなのでその分の食材を買うとなると量が凄い。少ない資金でやり繰りしどれだけかさ増しが出来るか、そう考えるとやはり大鍋カレーやバーベキューなどがチーム内で定番となっていた。そして今、何が問題となっているかというと、買った野菜や肉の山をどうやってテントを張って待っている仲間たちの元へ運ぶかというもので、一日戦い続きで疲れているであろうと思い特に応援を呼ばず一人でここまで来てしまったのである。ぎっちり物を詰め込まれた買い物袋は明らかに両手に収まる量ではなく、かといって回数を分けて運んでいては夕飯の準備が遅くなってしまう。

「……あれ?」

 そんなこんなで引き摺るように商店街の入口まで運び出したその山を眺めながらどうしたものかと頭を悩ませていると、賑わう人混みの中で見慣れた黒い影を見つけた。

「おっ、いたいた。あんまりちっこいもんで見えなかったぜ」

 眩しい程に明るい金髪、風で靡く特徴的な薄紫のマフラーを首に巻き、すらりと伸びた長く細い脚は一度見たらなかなか忘れられない。それは勿論、彼の事を好いていようが自分のように嫌っていようが同じ事で、一目見てその存在に気付き思わず無意識ながら堪らず溜息を吐いていた。

「わざわざご足労掛けてまでちょっかい出しに来たのか?」
「さすがの俺もそこまで落ちぶれちゃいねえよ。これでも大人なんでね」
「ふーん……」

 大人の自覚があるならもう少し人を小ばかにすんのはやめた方がいいんじゃないの、と言いそうになってそっと口をつぐむ。一応手伝いに来てくれたようで半分よりも少し多い数の買い物袋を両手で持ち、早々と踵を返す破天荒の背を眺めては、小さく溜息を吐きながらおおよそ重い物ばかりが入った荷物を両腕に抱えた。


***


 破天荒は口数が少ない。憧れている首領パッチの隣りにいられるよう日々ハジケを学んでは騒がしくする時もあるけれど、一人だったり首領パッチがいない時は驚く程物静かだった。寧ろ後者の方が見た目の印象と合っているので違和感がある訳ではないけど、普段から何を考えているのかよく分からない男と二人きりになると妙に気まずさを覚えて何も言葉が出ない。そもそも初めて出会った際の悪いイメージが今でも残っているせいか、はたまた仲間からも犬猿の仲と称されるくらいにぶつかり合う事も多く、正直師である首領パッチを置いて手伝いにきたというのもいまいちしっくり来ず、この状況があまりにも不思議で仕方がなかった。

「やっぱ、分かんねー……」
「何が」
「お前が」
「ガキ如きが俺を理解できると思ったら大間違いだ……っと、あそこに公園あるな。ちょっと休んでいくか」
「あ、おい!」

 雲一つない空から少しずつ小さくなりながら沈む夕日は辺りを眩しい橙色に染め上げ、帰り道に見つけたその小さな公園も例外ではない。すぐ傍に幾つもの団地が建ち並び、主にそこに住んでいる子供達が遊んでいるであろう場所は時間帯もあってかその姿は一つもない。辺りを見回すと自販機で何かを買っている破天荒を見つけ、慌てて駆け寄るとその手には小さな缶が二本握られていた。

「ほれ、やるよ」
「う、わわっ。急に投げるなよな!」

 にやりと口角を上げて怪しく微笑む破天荒が寄越したのは如何にも甘みが強そうなオレンジジュースで、これはまた子供扱いしてやがるなと苛立ちを募らせれば、既にベンチに腰掛けて休憩を始めている彼に手招きをされる。とことん自由な男だ、そう思いつつも持っていた荷物を脇に置き一人分程席を空けて座り、キンキンに冷えている缶をぷしゅりと音を立てて空け一気に飲み干した。

「ぷはっ」
「美味いだろ」
「まあ、そうだな」
「さすが子供舌」
「うるせーっての」

 今日は主に移動が多く宿もない為休む間もなく買い物に繰り出したせいか、疲労も相まって乾いた喉に流れ込んだ甘く冷たい飲み物がいつもより酷く美味しく感じ、隣りでアイスコーヒーを飲む破天荒もどことなく肩を落としていて疲れているように見えた。隠していたつもりだったけれど、もしかしたら自分はもっと感情が顔に出ていたのかも知れない。

「……えと、その。サンキュ」
「舐められて礼言うとか、もしかしてマゾか?」
「違っ! ああもう、そうじゃなくて」
「ま、とにかくお前はまず自分の限界っつーモンを知った方がいい。仲間を信じて頼るのも強さの一つってもんだ」

 空っぽになった缶をゴミ箱に投げ入れながらそう言った破天荒の声色はいつもの尖ったものではなく、今まで聞いた事のない程のあまりに優しく思わず唖然としてしまった。いつだって喧嘩腰に煽る言葉しか掛けて来なかったくせに、今更になって面倒見のいい兄のような態度を取られて驚かない訳がない。おそらく面食らってぽかんと口を開けたままの情けない表情をしていたであろう、まじまじと送られた痛い程の視線にぐうの音も出なかった。

「ったく、素直じゃねぇガキは嫌いだぜ」
「なんだよ。さっきちゃんとお礼言ったじゃん……っ、いッてぇ!」

 不器用な優しさに思わず溜息を吐くと、癇に障ったのか長い指に力いっぱい額を弾かれ、あまりの痛さに危うく持っていた缶を落としそうになった。

「何、す」

 文句も一つでも言ってやろう、そう思ったのに見上げた先にあった破天荒の表情はあまりにも楽しそうで、こいつも首領パッチの前以外でこんな風に笑顔になったりするんだな、なんて一人心の中で感心していたら小さく沸いた怒りなどすぐにどこかへ消えてしまっていた。すっかり調子を良くした彼は再び買い物袋を手に取り、今にも公園から出て行ってしまいそうな勢いで歩き出したので、深く考える暇もなく急いでその場を後にするしかなかった。

「早く帰んねーとおやびんにどやされちまう。ほら、急ぐぞ」
「お前が寄り道したせいだろ!」
「またジュースでもなんでも奢ってやっからそう言うなって」

 また。そのたった二文字の言葉がやけに強く脳に刻まれ、次買い出しに行く時は絶対にもう一人誰か連れて行こう、そう心に決めては、どこか足取りの軽い破天荒の背に書かれたハジケ組という文字の羅列にげんなりと肩を落として重い荷物を肩に担ぎ直したのだった。


***


「破天荒さんって、変なとこ不器用だよね」
「そんな事ねえ。ばっちりだっただろ」

 どこが、という非難の声が今にも隣りから聞こえてきそうな気がして慌てて視線を青い空へと向ける。
 チームの紅一点である仲間の一人、ビュティが昨夜作ったカレーライスは相変わらず美味しかった。ヘッポコ丸と二人でしこたま重い荷物を苦労して運んだ甲斐があるというものである。キャンプ地に到着した頃にはもう辺りは暗くなり始め、予想していた通り各方面から遅いとお怒りを受け、それでも手際良く短時間で完成したカレーライスは空っぽの胃と疲れていた体には十分効いた。その後焚火を囲んで何もない原っぱの上で適当に寝転び、そして次の日、再び日が真上に昇るまでなんて事はない、いつもの日常である。そんな旅の途中で休憩する事となり、今一度聳え立つ木を背にひと眠りしようと思った直後、その隣りにちょこんと腰を下ろしたのは昨夜の料理当番だった。

「何よもう。せっかく譲ってあげたのに」
「話はしたぜ。普段よりかはな」
「ひとっつも進展してないじゃないですか」
「んな事ねーよ。手応えあったし」
「またそんな調子の良い事言って」

 若年者特有の柔らかそうな頬はすっかり不満げに膨らみ、肩を落としながらも、見据えた先にいる相変わらず飽きもしないで修行に明け暮れる話の中心人物を眺めて彼女は一言ぼそりと呟いた。

「……早くしないと、取っちゃいますから」
「んな事されちゃあ、勝ち目がねえな」
「ただの冗談だと思ったら痛い目遭いますよ」
「おお、こわいこわい」

 十代の甘酸っぱい青春を眺めているのは少しむず痒いけれど嫌いではない。寧ろ、彼らと出会う前から二人がそういう関係であったのならすっぱり諦めもついたし、そもそも彼に対する自身の気持ちに気付く事も、所謂そういった想いに変化する事もなかっただろうに。そう思うと、人生まだまだ何が起こるか分からないものだと感心するばかりだった。
 ビュティは美人だ。女の子らしい女の子で、まさにヘッポコ丸のような初心で優しい人間が惚れてしまいそうな、かわいらしい少女であると大人の目線から見てもそう思った。実際のところ、彼は出会った頃から惚れ込んでいるようだったが、未だに気持ちが伝わっていない辺りその内向さには堪らず苦笑を零してしまう。

(アイツがヘタレで良かった、なんて思うのはこれが最初で最後だろうなぁ)

 出来る事なら自身の気持ちに気付くまでそのままの君でいて欲しい、なんて考えてしまう辺り、人の事を貶している場合ではないのかも知れない。

「いくら付き合いが長くても、言わなきゃ分からない事だってあるんですよ」
「それは俺に言ってんのか?」
「もうっ、破天荒さんの意地悪」

 くつくつと我慢も出来ずに声を漏らせば、ご機嫌の優れない少女はヘッポコ丸の側へと駆け寄っていく。自分と二人きりの時には絶対に見せる事のない、照れ臭そうな不器用な笑顔、手渡されたタオルを大事そうに胸に抱き、特別なあだ名で呼ばれた時の幸せそうな彼の柔らかな表情を眺めてそっと目を閉じ、ごろりと仰向けに寝転んだ。

「……素直に言えりゃあ、こんな拗らせてねぇよ」

 大人になったからこそ、好きと伝える事さえままならない。ましてや年の離れた少年に対してなど尚更で、不器用と言われて返す言葉は何一つなかった。

(せめて、夢の中だけでも言えればな)

 そんな情けない戯言まで吐き出してしまう自身に呆れながら、すぐ近くにいる事の出来る小さな幸せを噛みしめつつ今だけは素直に慣れる唯一の夢の中へと一人旅立つ事にした。



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