夢を見ていた。このままずっと、自分しかいない世界の中で静かに死んでいくのだと思い込んでいた、あの頃の夢を。
 自分の体がどうなろうと別に構わなかった。それでも生き続ける無駄な命と、それどころか消えてはいけなかったはずの命の為にもそう簡単に死ぬ事も出来ず、今頃空の上でまたがみがみと頭に角を生やしながら文句を零して怒っているであろう、大切な幼馴染でもあり家族でもあった彼女の姿を想像しただけで思わず口元が歪んだ。
 知人の誘いでふらふらと付いていった先の倉庫の中には、同年代くらいか自分よりも年上のボーイが数人、にやつきながら舐め回すようにこちらを見遣り、背中を押されて突き出された体はその集団が囲う中心へと転がっていった。いってぇ、と心の中で悪態をつき、ゆっくりと体勢を整えると俯かせていた顔が突然ぐいっと顎から掴み上げられ、目の前には切れ目の汚れた赤い瞳が自身を真っ直ぐに射抜いていた。

「…へぇ、いい顔してる」

 ざらついた指先の感触が気に食わず、地面をついていた手で払いのけようとするももう一人のボーイに後ろから羽交い絞めにされ、いくら振り解こうとしても強い力で押さえられた両腕は解放される事はなかった。

「いいの? こんな上玉。ちょっと安すぎないかな」
「え、なんスか。もしかして、おっさん好きなんスか。貰えんだったらいくらでももらいますけど」
「…好みなんだよね、僕。こういう反抗的な目、してる人」

 綺麗な顔をしている割に、体中から真っ黒な冷たさが滲みでいている目の前のボーイから嫌悪感以外に感じるものは一つもない。しかし、カネの為だと振り切れば、そんなものさえどうだっていいとも思える自分の自暴自棄さに苦笑した。

(あぁ…腹、減ったな…)

 もう、一週間は何も食べていない。別段珍しい事ではないので辛いとも思わなかったが、ふと突然頭の中に浮かんだ懐かしい鶏のから揚げが目頭に浮かんでは消え、未練がましい自身に対し小さく溜息を吐くと、それがもう一人のボーイの逆鱗に触れたのか横脇腹を思い切り蹴られ、堪らず嗚咽を吐きながら透明な唾液を口の端から垂れ流しては、ぽたぽたと雫になったものが地面へと溶けていった。

「後でいつものとこ、振り込んでおくから。ちゃんとこの子にも分けてあげなきゃだめだよ。いいね?」
「へいへい。分かってますよ、お得意様サン」

 けらけらと笑いながら倉庫から出ていく知人を横目に、これから再び始まろうとしている悪夢のような夜が一瞬のうちに終わってしまえばいいのに、とただただ心からそう願う事しか出来なかった。


***


「ほら、全部脱いで」

 錆びた鉄板がいくつも横たわり、辺りが砂埃で散った冷たい地面の上で立ち膝になりながら、言われた通りに着ていたフクとスパッツ、下着とクツをゆっくり脱いでは自分のすぐ側へと投げ捨てた。他人の前であられもない姿を見せるのは今日が初めてではない。今回よりも酷い状況の中でフクを破り捨てられたり、頭を掴まれほぼリンチ目的で殴る蹴るを始終繰り返され、仕舞にはゴミ処理場へ捨てられたりした時もあった。

(今日はまだ、マシな方だ)

 一糸纏わぬ状態になった自分を仁王立ちで舐めるように見下ろしていた彼は、ごくりと喉を鳴らしながら自身のスパッツを下ろすと、その露出された下半身を見せ付けるように目の前で突き出した。

「出来るよね、勿論」
「………」
「返事は?」
「…はい」

 既に破裂しそうな程に血管が浮き出た陰茎がびくびく揺れる。独特な生臭さが鼻を掠っては息を止め、ゆっくりと大きく膨れ上がったそれを恐る恐るぐっと目を瞑りながら口に咥えた。何度繰り返しても好きにはなれない舌触りに耐えながら亀頭の周りを撫でるように舐め、少しずつ裏筋をなぞるように舌を滑らせる。次第に失われていく酸素を必死に鼻と口の隙間から取り込めば、自然と耳につくいやらしい自身の声がぽろぽろと落ちていった。

「んっ、う、っく…ふぁ、あ」
「…へぇ、上手だね。もっと奥までしゃぶって」
「ぐ、んっ…あ、ひゃま、押ふなっ…!」

 急な刺激を与えずに少しずつ奥へと咥えようとすれば、それがじれったいのかはたまた面倒だったのか、無理矢理に後頭部を掴まれ、嘔吐しそうになる程喉の奥へと到達するくらいに陰茎を押し入れられた。うぐ、と一瞬腹の底から込み上げるも、それでも力を抜く気の無い腕がスライドする動きを止めるのを許さない。次第に強くなる圧迫感と息苦しさに生理的な涙が自然と溢れ、視界がゆらゆらと揺れては弾けて飛んだ。

「っ、ん、ぐ、うっ、むう」
「ふふ…いいなぁ、すごくいい。興奮する」
「…っ、が、あっ、も、むぃっ…! ううぅうっ」
「…あぁ、そこの君。入れちゃったら? 先、どうぞ」

 促され、背後で腰を掴み動かないように固定をしていたボーイの拘束から解放されたかと思えば、途端にひたりと熱を帯びたものが臀部に擦りつけられているのに気付き、驚いて咥えていたびきびきと唸る陰茎がずるりと口の中から抜け落ちたその瞬間、先から勢い良く溢れ出た生ぬるい大量の白濁が顔にだらりとかかった。

「はぁ、気持ちいいな」
「っ、げほっ! が、はぁっ、は……あぁ? ちょ、んな、いきなりっ」
「いきなりだろうがなんだろうが、おカネ、払うんだからきっちり働いてもらわないと。ほら、どうぞ」
「だ、だからって! そんな、あっ…あぁあ…! ぐ、う、い、だっ…あ、あぁああぁっ!」

 ぼとりと口元から蕩け落ちる唾液と肉を裂くように中へと無理矢理に押し入れられた別の陰茎がずぶずぶと肉を引き裂くような音を立てながら、苦しい程の熱量と雪崩込むように中で弾ける痛みと痺れが全身を流れ、一瞬、意識が爆発するように白く飛んだ。

「がっ、あぁ、う…あぁあっ! ざっ、けんな…でか、す、ぎっ、んっ、ううぅっ!」
「良かったね〜気持ちいいでしょ? 大きさだけは自信あるコ、集めてきた甲斐があったなぁ」
「大きさだけ、ってなんスか。ひっでーの。テクだってイケてると思いますけど」
「う、っぐ…ひっ! あ、うぅ…や、やだ、あ、んっ、ふあぁっ!」

 そんな言葉とは裏腹に乱暴にも出し入れを繰り返す名前も知らない褐色肌のボーイは、好き勝手をした挙句に溜め込んでいた欲望をすぐさま中へと吐き出しながらさぞ楽しそうに高らかと笑っていた。どろどろの濁った波が下半身をあっという間に埋め尽くし、堪らず上げた雄叫びが更に興奮を煽っているようにも感じて腹の底に溜まってゆく黒が沸々と煮えては沈下していく。

「はっ…ぁ、ぐ、き、ったね…くっそ…」
「はいキミ、終わり。次は僕」
「へいへい、どうぞ」

 叩きつけるようにピストンが続いた体はだるさで満たされ、腰を掴んでいた腕が離された瞬間、地面へと溶けるように崩れ落ちていく。腕にも足にも力は入らない。とろけるように横たわった体と荒げた呼吸で声も出せず、そっと見上げた先に未だにやにやと物足りなさそうに汚く笑うボーイ達の腐った表情が視界に入り、まだ覚める事はない悪夢のような現実を突き付けられては目を伏せ吐いた重い溜め息が静かに漏れていく。

「あぁ、ごめんよ…ちょっと乱暴だったかな。これを使えばきっと幸せになれるから、許してくれるよね」
「…な、んだよ、それ」
「さぁ、何だろう。使ってみてのお楽しみ、かなぁ」
「っ、おい! くそ、離せよ! っ、あ、あぁあっ…い、やだあぁっ!」

 脇腹を足で蹴られ転がった体へ、覆い被さるように伸し掛ったボーイの手には確かに見慣れない小さな注射器のようなものを持っていたのを見た。それが一体何であるのかを確認する前に、その針の先はあっという間に見えない首元へと運ばれ、抵抗する暇もなく気付けばどくどくと音を立てる血管の中へとその中身は流れていってしまった。

「あ、あぁっ…! は、あっ、うぅっ…て、めっ、何して」
「…さっき、言ったでしょ? 君がとっても幸せになれる特別なオクスリ。思わず、ブッ飛んじゃうくらいの、ね」

 耳元でぼんやりとそう零した直後、伏していた体の下半身を力ずくで持ち上げられ、まだ中に白濁が残ったままの穿孔へ先程まで咥えていた、今か今かと待ち草臥れたかのように震えている彼の陰茎がずぶずぶと押し入れられていく。
「がっ! あ、あぁあっ! …っちい…な、んだよ、コレッ…!」

 体の熱さと流れる快感の波が今までのものと段違いに強く、情けなくも溺れつつある感覚が揺れる視界と共に底へと落ちていく。一度果てたはずの陰茎は再び太さを増し、何度も突き刺す毎に先程より更にびりびりと中を押し広げていく衝撃に、自分の声とは思えないくらいの高い艶やかな嬌声が倉庫の中で淡々と響き渡っていた。

「く、うっ…も、やだっ! しんじゃっ、あっ…ふ、あぁあ!」

 四つん這いになり最早痛みさえ感じない恐怖に、唇を切る勢いで体中を巡る熱から耐えるように噛み続けては顔を伏せた。その間にもむくむくと膨れ上がっていく男根が、居てもたっても居られないとでもいうようにはち切れそうになっているのが分かり、何も抵抗の出来なくなった衰弱した体を守るように堪らず自身を強く抱き締めた。

「た、すけてっ、こわ、いっ…! も、む、りっ…!」
「大丈夫、大丈夫だからっ…! 安心して僕に任せてよ。もっともっと、気持ちよくしてあげる、ねっ。ははは、あはははっ!」
「ひっ! あぁあ、んぅ、うっ! …ふ、あぁあっー……!」

 苦しい事、悲しい事、自身とこの世界から全てをシャットダウンするかのように耳を閉じる。果てるのと同時に高らかに上がる自分の声が恐ろしくて堪らない。こんな体などいくら捨てたって構わないと思っていた。それなのに、いざとなると必死にその命を守ろうとする自身が酷く情けなく感じ、露呈した弱さがもろに滲み出てはこのまま死んで何もかも消えてしまえばいいのに、と薄れゆく意識の中で確かにそう思った。


***


「はい、これ」

 微睡の中、掛けられた声にぴくりと反応を示した気怠く重い体を壁伝いに持ち上げる。
 あの果てしなく長い夜が明け、やはりあのまま逃げられてしまったかと思っていた知人が、いつも勝手に寝て過ごしている空家へとこっそり訪れ、人がぐっすりと寝ているところに札束の塊がいくつも入れられた紙袋をまるで紙くずを捨てるように放り投げられた。あの日から既に数日が経過した後だというのに、変なところで律儀さを持ち合わせていた彼は、約束通り契約相手から振り込まれたカネの折半分を直接自分へと渡す為にわざわざ足を運んだらしい。

「…どうも」
「これで恨みっこなしだぞ。了承したのはお前なんだから」

 ぶっきら棒に振られた言葉に何も特別な感情は含まれていない。元より互いが互いを利用するだけの関係だと知り合った時からそう認識していて、だからこそ、何があったとしても、例えそれが裏切りだったとしてもそれは自己責任であると出会った時から二人で決めた約束だった。

「んじゃ、またいい儲け話があったら持ってきてやるからな」
「……いらねぇよ、そんなの」
「またまた。今回みたいなのが一番手っ取り早いんだぞ。お前、なんか気に入られてたようだし。遠慮はいらねぇよ。それに…」

 ほんとは、ハマりそうなんだろ。屈辱とも言えるそんな台詞を吐かれながらも反論する気力さえ残ってもおらず、これ以上何も返らないと察した彼は、背を向け逃げるように部屋の外へ颯爽と出て行った。

(ンなワケねぇだろ、クッソ…)

 本来ならばいくらでも文句は言えたはずなのに、何も言葉にする事のできないもやもやとした感情が胸の奥で渦巻き、ふと何故だか古い友人の姿が目に浮かんで慌ててふるふると首を振っては跡形もなく消し去った。
 あの頃の彼に対する汚い気持ちはとっくに捨てていた。もう、二度と会わないと心にも決めた。このまま足掻くだけ足掻き、死ぬ時はひとり闇の中へと沈みそのまま黒に混じっては消えてしまえばいい。それが、自分に適した生き方であり、死に方だと悟っていたのだから。

「…カネの匂い、振りまいて来てんじゃねぇ。馬鹿野郎」

 空家の外から落ちた古い木材がぱりぱりと割れる音がする。地面の砂を擦り、影に隠れた者の気配、そして、カネにつられておびき寄せられている馬鹿共の小汚い臭い。
 受け取ったばかりの紙袋を胸に抱えて、何かあった時の為に脱出用にと事前に確認していたぼろぼろの壁に空いた隙間の穴からこっそりと外へ抜け出すと、駆け出して地面を蹴る音に気付いたのか、数十メートル離れた後ろからうるさい喚き声が追ってくるのが分かった。

(そんなに欲しけりゃくれてやるよ。こんなクソみてえなカネ、泥の中で腐るのが一番だ)

 全力疾走で逃げた先はどこかで見覚えのあった細く暗い路地裏だった。積まれたダンボールを蹴り倒しながら進んだ先には、高い高い煙突が空へと伸びた古い建物が佇んでいる。店の脇の勝手口、鍵が掛かっているようで力ずくでドアノブを捻ってみても開かなかった。もたもたしている間にも追っ手はもうすぐそこまで来ている。

「っ…ぐ、あっ!」

 先走る気持ちに一瞬、油断をしたその瞬間。突然、足首に迸る落雷のような激痛が走った。少し離れた暗い影の中から見えた、小型の銃のようなものを構えている男を睨み付けながら舌打ちを鳴らす。ぽたぽたと地面に黒い血を流しながらも、唇を*み締めながら痛みに耐えては抱えた紙袋をその男の上空に向かって投げつければ、その拍子に中から溢れ出ては空中を飛び散る札の雨に彼らが気を取られているうちに、店の玄関の戸に手を掛けては必死な形相で中へと飛び込んだ。

「はぁ、はぁはぁ…く、そ…ざけやが、って…?」

 どこか、懐かしい匂い。どこか感じた事のある柔らかなあたたかさ。不意に飛び込んだ割には落ち着く空間。赤く染まりゆく下半身に溜め息をつきながら尻餅をついたその時に初めて、目の前にデッキブラシを担いだ小さなガールが目を丸くして立ち尽くしている事に気付いた。

「…いら、っしゃい、ませ?」

 オレンジ色の瞳と髪色、じっと見詰めてくる視線とぶつかったこの時が、呆けた表情を浮かべながらこちらを見下ろすガール、後に銭湯の小さな看板娘と呼ばれ常連客から親しまれる彼女と、そして十年来会う事を諦めていた幼馴染との再会をする瞬間の事だった。


(2016.09.14)


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