「わ、っとっと…やばいやばい」

 気付けば空が真っ黒に埋もれている事に気付き、アパートまであと数分といったところで突然雨に降られ、両手に買い物袋を提げながら慌てて帰路を辿ったものの到着する頃には全身がずぶ濡れになっていた。目的の部屋の扉の前で上着に着ていた借り物のジップアップカモのポケットに突っこんでおいた合鍵をクラゲのキーホルダーを掴んで取り出し、冷え切った震える手でなんとか鍵穴へと差し込むと、手首を回す前にがちゃりと金属音が鳴ったかと思えば勢い良く扉が開き、うお、と一歩後ろに下がっては部屋の奥からにょきりと生えた手に腕を掴まれ体が引き込まれた。危なく落としそうになった荷物を床に置き、ようやく空いた両手で中まで水に浸りきってしまった靴を脱ぎ捨てようと中腰に屈んだ瞬間、頭から柔らかい何かを覆い被され視界が一瞬で薄い水色でいっぱいに埋もれた。

「ぶえっ…ちょ、何…」
「…早く拭け。また風邪引くぞ」
「あ、あぁ…ありがと」

 いつものサファリハットは被らず、ハラグロラグランを身に付けた彼に投げ付けられたそれを反射的に握り締めれば、まるで新品のようにふわふわで柔らかい、触り心地の良さに思わず顔を押し付けてしまう程の気持ちの良さに自然と顔がやんわりと綻んだ。
 髪を留めていた黄色のゴムを乱雑に外して、肩にだらりと垂らしながらがさがさとバスタオルで掻き回すように水分を拭き取り、その場で重みを増したジップアップカモとその中に来ていたガチホワイト、黒の上下のインナーを脱ぎ捨ててはそのまますぐ左手にある脱衣所へと向かった。

「シャワー、借りるな」
「ちゃんとお湯が出るか確かめろよ」
「あぁ…うん。分かってる」

 扉越しに掛けられた声に深く考える事も無く返事をしたものの、ガスの調子が悪くなってきたと今朝方話をされていたのを言われてからそういえばと思い出した。危うく冷水を浴びるところをそのさり気ない気遣いに助けられた事に心の中で感謝をしつつ、恐る恐る蛇口を捻り、透き通るような音を立てシャワーから噴出される四方へと散らばった水滴にそっと触れると、初めは手を引きそうになる程に冷たい水だったものは次第にぬるま湯へと変化を遂げ、ガスがまだなんとか役目を果たしている事に一安心したところで狭い浴室で冷えた体を温めた。
 その間に用意されていたのか、脱衣所に置かれたいつも寝間着に着ているスクールジャージーに着替え、ひたひたと廊下を裸足で辿った先のリビングへの扉をそっと開ければ、玄関に置いたままだったはずの買い物袋の中身を取り出しては冷蔵庫の中へご丁寧に陳列し整理をしている彼を見つけた。

「ごめん、なんか色々と」
「別にいい。…ただ、卵が一個割れてた」
「げっ。マジか…まぁ、一個で済んだだけまだマシだな」

 三角コーナーに細かく砕けた白い殻、透き通った白身と壊れたオレンジ色が斑のように混じり合い、彼の指と指の間を流れてはひとひととなだらかな粒となって落ちていく。その様子がふと昨夜の出来事の中のある一瞬と重なって、慌てて流し台から目を逸らした。

「…な、なんか、走ったら疲れちゃったな…。俺、先に寝てもいいか? そこに布団敷いて、ねるから、さ…」

 慌てて彼に背を向けながら零し、首に巻いていたマフラータオルをテーブルの上に投げ、部屋の隅に畳んで置かれていた敷布団を掴もうと腰を屈めたその時。背中を包むようにゆっくりと覆った柔らかな体温と、腰にするりと回った程よく張りのある引き締まった腕がしっかりと自身の体を抱き寄せていた。予想外にも横に引っ張られた体は自然と尻餅をつき、首元に寄った彼の息遣いと吸い付くような口付けがちくりと痛みを生んで、瞬間、頬が熱く火照っていくのを感じ、恥ずかしさで思わず腹の上に置かれた手の甲を思い切り抓ってやった。

「痛い」
「ふ、不意打ちみたいな事するオマエが悪いっ」
「だめか」
「だ、だめではないけど!」
「なら、続けて構わないな」
「っ…! あぁもう、好きにしろよ!」

 両足に挟まれる形で彼の胸に背を預け、身動きが出来ない程の力で碌な会話も無いまま抱き締めるぬくもりに雨風で冷えた心も体も、シャワーを浴びるより遥かに温かみを増していて、悔しくも素直な体はどうやら嬉しさに満ちているようだった。

「ひっ!」

 そんな恥ずかしい事実に頭の中で悶々と募らせていた時、耳の裏で何かがなだらかに滑る感覚を帯びて、反射的にどこから出したのかも分からないような甲高い声が刺すように口から飛び出した。咄嗟に振り向くと、目の前にはにやりと口角を上げた彼が睨む視線も構わずにじっくりとこちらを見遣り、ぺろりと真っ赤な舌がはみ出したかと思えば、一つ文句を零してやろうと口を開いた途端、噛み付くような口付けで吐き出し掛けた言葉は漏れる事無く甘い嬌声へと変化していった。

「んっ、うぅ、ふぁあっ」
「…っ、ん」

 ふわりと鼻を掠ったいつものシャンプーの香りがぼやけた視界を濃く滲ませて、乱された不規則な呼吸の苦しさに必死に酸素を取り入れようとするもなかなか離してもらえずに、隙間からだらりと垂れた唾液さえ一滴残らず舐め取られながら、次第に崩されていく体勢は気付けば中途半端に敷かれた敷布団へ横になるように仰向けで押し倒されていた。

「…勃ってる。興奮したか」
「し、てないっ…ん、あぁっ!」

 着替えたばかりの黒のスパッツの上から握るように掴まれた陰茎は誤魔化せない程に膨らみが増し、早く解放してほしいとでも言うようにその存在を誇張していた。体を起こし直接自分の目でその状態を確認した途端、恥ずかしさがピークを達し力を込めてぎゅっと目を瞑っていると、気を良くしたのか親指の腹でぐりぐりとその先を押し撫で始め、下半身に走るびりびりと痺れるような快感に耐え切れず、すぐさまその手の動きを止めようと自身の手のひらを力を込めて重ねた。

「ど、どこ触ってんだよ!」
「どこって…そりゃあオマエの、」
「言わんでよろしい!」

 危うくストレートな言葉で答えられそうになり、変なところで素直さが浮き出る彼の額をもう片方の手でぺちんと叩いた。それでも固い表情は一ミリも変わることなく、腹から胸に掛けて滑るように手の平で撫で陰茎を握った左手はそのままに、被さるように跨った体の影の中で目と鼻の先まで近付いた荒い息遣いと共に暗闇へ落ちれば、優しく頬を包みながら今度は触れるだけのキスが何度も唇に落ちては跳ねた。

「ん、うぅう…も、だめ、だって! せっかくシャワー浴びたのにっ」
「…遠慮をするな。素直になれ」
「なっ! えん、遠慮なんかしてな…」

 するするとフクをたくし上げられ姿を見せた紫色の痣と既にぷっくりと膨らみを帯びた胸元、体中に散りばめられていく口付けのこそばゆさに度々声が漏れ、その小刻みに振り撒かれる熱さに目を背いていると、突然腹の上にべしゃりと音を立て落ちてきた冷たい何かの衝撃に思わず変な声を上げてしまった。

「ふぎゃあ! な、何? 何してんの!?」
「オマエが今さっき、ご所望していた生卵だが?」
「は? ちょ…それ、どういう…あぁもう! 意味が分からない、ほんといい加減に…っ」

 ぬるりと腹の上に浮かぶそれはどうやら先程スーパーで買っては雨の中必死に持ち帰ってきた生卵らしく、目の前で食べ物を粗末にされてしまった事に苛立ちが募るも、直後に彼の大きな手の平に潰され無残な姿になったオレンジ色の物体を眺めては静かにその怒りは呆れへと変わり、自然と大きく溜息を吐き力の抜けた上半身を布団の上へと倒した。

「…どうせ、昨日の夜の事でも思い出したんだろう。なかなか豊かな想像力だな」
「あのなぁ…勝手にそう決めつけるなっ」
「事実だ、大人しく認めておけ」

 くつくつと苦笑を落としながら声を漏らす彼が腹立たしく、しかし根拠もない癖に間違い一つの無いその推測に反論する術などなく。細切れになり脇腹からだらりと垂れた白身をそのままに、抵抗する間もなくスパッツを剥ぎ取られてはどろどろの生卵が纏った右手が臀部の下へと潜り込み、ずぶずぶと奥に潜む秘部の中へとの潜り込んでいく。その度に肉壁と擦れては擦り付けられる白身と不規則に動く指先が下半身を震わせ、歯を食いしばるも腰が浮く度に溢れるように小さく嬌声が漏れ始めていた。

「っ、ん…あっ、ひうぅっ! や、だっ、冷た……あ、んんっ!」
「…ここか」
「ふあぁ!? だ、だめっ! そ、んな…あっ、ん…ひ、あぁっ」

 昨夜も同じ場所へと注がれたものと類似しているどろりとしたそれが、彼の言葉で思い出してしまった激しい情事を脳裏に浮かべては、脳内に宿る燃えるような熱に無意識に彼を求めるように両腕を伸ばしていた。すぐさま空いた左手で掴み上げられ、未だ挿し込まれたままの指と、腹に張り付いた生卵の残骸が陰茎へと垂れてゆくも最早それさえも気にしているどころではなく。
肩を掴むように頷きで促され、彼の下半身を跨ぐように立ち膝になると、一回り以上に大きく反り立った陰茎を自身のものへ擦るように押し付けられては思わずごくりと息を飲みこんだ。

「あっ…お、っき…!」
「…ヒナ」
「っ! ふ、あぁあっ」

 浮かされた腰の真下へと潜り込んでいき、指を抜かれ広がった入口の先からゆっくりと沈むように挿し込まれていく陰茎が、みちみちと音を立てながら奥を押し広げていく感覚に堪らず腰を捩らせた。

「中、ぐちょぐちょだな」
「だ、誰の、せいでっ…は、あぁあっ! ひ、うっ」

 下から何度も突き上げられる動きに合わせ必死に体を持ち上げ、弾ける水音を脳内に響かせながら目を伏せ唇を噛み締める。いつの間にか脱ぎ捨てていたジップアップカモの中に着ていたハラグロラグランを握り締め、深く皺を作りながら大きく押し寄せるびりびりとした快感に耐えていると、ゆっくりと彼の上半身が布団へと落ち、そのまま流され押し倒すように胸の中へと頭を沈めた。

「…好きに、動いてみろ」

 にやりと口角を上げながらそう呟く彼の憎たらしい表情に悔しさが滲むも、理性よりも高まりつつあるもう一つの欲には到底勝てるはずもなく、小刻みに吐き出された熱い息と霞む視界にも構わずに体を揺らしては耳を塞ぎたくなる程の嬌声を生んだ。
 両方を掴みフク越しでも分かる程に食い込む己の爪と、俯けばすぐ目の前に映る汗だくになりながら眉間に皺を深く刻み、何かを耐えているように眉を潜ませる余裕のない細い赤の瞳に、胸の奥に沈む熱を煽られた気がした。

「あ、んっ…さ、き…サキ、もっ、と…!」

 その間に撫でるように頬に触れた彼の手のひらに重ね合わせると、そっと距離を置いた直後に首の後ろへと回った両腕が距離のあった視線をぐっと縮め、自ら腰を上下させてはねだるようにそのまま唇を押し付けると、僅かな隙間から漏れる二人の声と息が余計に心臓を唸らせた。ぴちゃぴちゃと絡む舌、浮つく意識と奥へ貫かれる衝撃、下半身から体全体で感じられる彼そのものに理性など一つも残されていなかった。

「んっ、ふ、あぁっ…! あ、や、触っちゃ、だ、め…ひぅうっ!」

 見えずとも胸元を摘まれている感覚にびくびくと体が震え、その指先は次第に下半身へと伸び、だらりと垂れていた自身の今にも欲を吐き出す寸前の陰茎を握り締められたかと思えば、即座に上下に扱き上げてくる彼を止めるべく急いでその手首を掴んだ。

「ま、って…お願い、だか、らっ…!」
「…っ、これ以上、待ってやれる程、俺は優しくない」
「え、あ、やだっ…ひ、あぁっ! さ、きっ…ら、めっ!」

 腹の底からどくどくと震えを帯びた何かが溢れそうになるのが嫌でも分かって、その途端に全身から力が抜け、全てを預けるように彼の上半身を包んでは顔のすぐ脇に頭を落とし、口元の肩口に噛み付いては未だ攻められ続けている二方向からの刺激に意識が飛ばないよう、しっかりとしがみついていた。

「っ、ヒナ、ヒナ…!」
「あっ、あうぅ! も、むり…出ちゃ、う! でちゃう、のぉっ!」

 ようやく解放され行き場を失った彼の両腕が自分の背中に回り、息が苦しい程に抱き締められたまま、自身の中で彼の陰茎から溢れ出した熱いものを感じた瞬間。

「あっ…す、ごっ…!」

 既に蕩けだした頭の中で今起きている事を整理する事など何一つ出来る訳もなく。自身のものからも、ずっと抑えていた全てを出し切るように外へと吐き出しては、だらりと垂れた真っ白の欲が彼の腹の上に広がっているのを他所に力尽きた体はそのまま瞼をゆっくりと下げていった。

「はぁ、はぁ…ひ、な…」
「っ…う、あっ…! さ、き…」

 好き。何もかも空っぽになった頭と体で、ふと浮かんできたその一言を彼の耳元で小さく呟いては、すぐさま返ってきた言葉を聞き取る余裕などなく、そのまま夢の世界へと意識を沈ませていった。
 次の日、その時の記憶だけが消え失せてしまい、後悔してしまう事を知らずに。


(2017.02.04)


‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐